第一のダンジョンへ・12
今回はポロリがあるよ
うふふ♥
これまでで最大の力と最速のスピードと最高の技で繰り出された短槍はオーガの背中に深々と突き刺さり、
次の瞬間、あっけなくへし折れた。
オーガがこちらを振り返る動作がやけにゆっくり見えたのは俺の脳内物質のせいだろうか?
それとも『デカブツは鈍重い』という多くの創作物でおなじみの『お約束』だろうか?
こういう事態を予測していた俺は慌てずに次の一手を準備する。
着地した俺は柄の残りを捨てて、バックステップで下がりながら左腰の剣を抜く。
振り返り終わったオーガが新たな獲物――もちろん俺だ――を認めて怒りの叫びをあげた。
一帯の大気がビリビリと震え、奴の手下であるはずのゴブリンまでが恐怖で動きを止めた。
だが俺の覚悟はとっくに決まってる。
奴の咆哮が終わるまで黙って待ってる義理もない。
俺は様式美を無視して奴の口中に火魔法を叩きこんだ。
俺の叫び声は奴の怒声にかき消されて俺自身にすらほとんど聞こえなかった。
が、魔法は正しく発動した。
俺のいまの全MPの半分を費やした火魔法だ。
それはすでに矢ではなく投槍といっていいサイズだ。
――威力は通常の3倍、いや5倍くらいは。
この一撃が奴の肺を、せめて半分でも焼いてくれれば時間はかかっても俺達が勝つ――
魔法が炸裂するその刹那に俺は虫の良い祈りを捧げていた。
だが『現実は非情』だった。
これだけはどこの世界でも『お約束』らしい。
顔面に炸裂した火魔法は奴の長い咆哮こそ止めたがそれが精一杯だった。
オーガは首を左右にブルブルふっただけで、どう見てもその動きは『ちょっと熱かったな』くらいにしか感じていないようだった。
肉弾戦も効かず、魔法も同じものをもう一発撃ってもやはり大して効かないだろう。
事前に予測した通り、そして予測よりずっと至極あっさりと
俺は詰んでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
死ねよ、クソ!
俺の放った火魔法はオーガ本人には微々たるダメージだが、奴の『怒り』には充分な燃料を投下してしまっていたらしい。
奴の目はもう落ちる夕陽の最後の抵抗のせいでも、もちろん比喩でもなく真っ赤に染まり、奴が狂戦士化したことを親切にも教えてくれていた。
礼は言わないが。
狂戦士化とは怒りに狂った戦士が我を忘れ、全ての敵を殺すまでけして止まらず、ただただ殺戮のためだけに剣をふるう一種の暴走状態のことだ。
理性は消し飛び防御的な行動はしないため、敵の反撃による自分の血と敵からの返り血で、狂戦士の体は赤く染まるという。
赤は止まれだろう、子供でも知っているぞ。
いやしかし。
この、緊張状態でくだらないことを考える癖は早く何とかしたほうがいい。
傍目にはわからないだろうが読者には筒抜けなんだし。
などと余裕で(?)考えていられたのもそこまでだった。
奴が右手のこん棒をもち上げる。
パッと見で"むく"の鉄製に見える。
が、あまりに軽々と持ち上げるので俺は映画で使う小道具みたいに実は発泡スチロール製なんだろうと思った。
そんなわけはなかった。
『………………………………………!』
俺の背中に盛大に冷や水がぶちまけられた。
理屈ではなく、瞬間に俺は後方に飛んでいた。
俺がパイロットだったら額に稲妻でも走っていたろう。
錆びた剣を体の前につきだして守ろうとして、なぜかオーガに重なって回転するダンプの幻が見えた。
そこまでは覚えている。
次の瞬間俺は自分の意志と関係無く、空中でクルクルと回っていた。
そして大地に叩きつけられる。
何が起きたかわからない。
いやわかっている。
オーガの一撃を食らったのだ。
誰だデカイやつはトロいなんて言ったのは!
目にも止まらねえじゃねえか!
派手に食らってしまった。
いや、正確にはかすったのだ。
だから俺はまだ、死んでいないし。
俺の右手甲から先は、ちぎれ飛んでいるのだ。
親指以外四本とも。
その同じ一撃の衝撃波が俺を回転させて吹き飛ばし大地に叩きつけられた俺の命はいま風前の灯火。
思考もグルグル回った。
俺は死ぬ方の覚悟をいま決めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
新たな覚悟を決めたはずの俺は『武神』と呼ばれた空手家がやったように左手を右の脇の下に差し込み、右脇をしめた。
これでとりあえず止血になる。
問題は治療を受ける前に次の一撃を食らって潰れ死ぬ程度。
の完璧な対応だった。
止血しても血ってすぐ止まんないんだね。
傷口からぴゅっぴゅって出てくる。
ありがたいことに痛みはない。
きっとエンドルフィンやらドーパミンが俺の脳内でバーゲンセールを始めたんだろう。
オーガが俺に一歩近づく。
寄るんじゃねえ。
俺はオーガを睨みつける。
くそ、これじゃ回復魔法を使っても次の瞬間にはミンチになってるだろう。
やっぱり無謀だったか。
最後の抵抗で全MPを使って火魔法をかましてやるか。
どうせたいして効かないだろうがMP切れで気絶すれば恐怖も感じないだろう。
ああ、変なポエムで死亡フラグを立ててしまった……。
そこまで考えて気がついた。
俺に近寄るんじゃねえ。
いま気がついたが、このオーガ。
『お っ 勃 て て や が る』
さすがにこれ以上の覚悟はいかな鋼の精神力の持ち主である俺にも決める余地はない。
痛みは感じないのに玉の袋がキュッとするのは感じる不思議。
オーガが2歩目を踏み出す。
それにあわせてナニかがプルプルと揺れる。
ビンビンだ。
ああ。
頼む。
せめて清い体のままあの世に送ってくれ。
もう知力とか絶対言わないから。
だが、それは誤解だった。
奴は単にずっとおっ勃てていたのだ。
俺が到着する前に戦っていた集団がいたのを覚えているだろうか。
より正確にはそのうちの一人がオーガと接敵していたのだ。
『彼女』と。
そう、この腐れオーガ野郎はこともあろうに『彼女』に対しておっ勃てていたのだ。
ゴブリンと戦う一団からするりと抜け出し、どこか丸みをおびたシルエットの戦士が一人こちらに向かって駆けてくる。
その頭部は人と呼ぶにははっきりといびつだった。
獣人と言うのだろうか。
そう彼女は獣人、これはあとで知るのだが『羊人』の戦士だった。
最後の夕陽を浴びて輝くその人は――とても美しいひとだった。
こめかみからはたくましい2本の角が左右にわかれて生え、それは美しい円形を描き、まるで白と金で装飾された兜のよう。
豊かな金髪は緩やかに波うちながら輝き、彼女の腰までを覆っていた。
そして、その覚悟にみちみちた瞳。
まろやかなくちびるとつつましきおとがいにいたるまでが、完璧な調和と美を保っていた。
たくましい肉体はしかし太すぎず丸みをたもち、しなやかに動き、彼女が一流の戦士であるとはばかりなく語っていた。
全身からは気迫と戦士の誇りが陽炎のように立ちのぼり、そしてその胸のやわらかな二つの
あ、意識が遠くなってきた。
ごめんここからは巻きで説明するね。
彼女は俺が最初にやったように、駆けよる勢いのまま飛び上がると渾身の力でオーガの後頭部に強烈な頭突きをかました。
よく羊がやるような全体重を乗せた一撃だった。
ゴズン、とおよそ生き物同士の体がぶつかったとは思えない轟音が響いた。
オーガは1、2歩たたらを踏んでから彼女に対して振り向いた。
あの一撃でも効かないのか?
オーガが振り向いたからわかったが後頭部は完全にひしゃげている。
すでに生物としての限界は超えているだろうに。
俺はオーガの生命力に対する見積りが完全に甘かったことを知った。
すでに万策は尽きている。
彼女の一撃だっておそらくは今できる最善の手だったんだろう。
彼女は丸腰だ。
ヤバい。
この聖女様まで死んでしまう!
俺はもうどうでもいい、せめて彼女だけは助けたい。
グルグルと回り続けていた俺の思考に一つの記憶が浮かびあがる。
『……で……やから……気をつけるんやで……』
ああ。
わかったよ。
今の一撃でオーガは俺にかなり近づいていた。
倒れこんで手を伸ばせば足首にさわれるほどに。
で、そうする。
止血はもういらない。
オーガ野郎の足首に触って俺は力無く呟いた。
最後の賭けだ。
「ステータスリライト」
オーガのステータスはなんの抵抗もなく書き換えられていく。
くそ、最初からこうすりゃ良かった。
だが、賭けは俺の勝ちだ。
さすが『運50』は伊達じゃないな。
こうして奴は世界一賢いオーガとして死んだ。
狂戦士化したオーガにとっては無意味なことだったろう。
たぶん誰にとっても。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「ウィルぅううううう!!飲めえええ!!!!」
モガモガ!!
ナビのやつが『収納』から水竹を取り出して俺の口に無理やり突っ込んだ。
末期の水ってやつか?
ていうかお前これ俺に止め刺そうとしてるだろ?
そうかやっぱり裏切るんだな。
某魔スコットの声してるだけあるよな?
「ウィルぅううううう!!!」
うるせえ。
首をめぐらすとゴブリンは逃げたようだ。
親分がやられたから逃げたんだろう。
やつらは基本臆病だ。
聖女様は立ちつくしていた。
やっぱりきれいだ。
彼女だけはちゃんと守れた。
100%自分の力じゃなかったけど……。
今度こそ、俺は自分の意志を貫いたんだ、
やりたいように……。
………。
「ウィルぅううううう!!!!」
ああ、うるさい。
つか、苦しい……。
息ができん……。
急速に緊張から解放された俺の意識は暗いところに沈んでいく。
さっきからナビが口に突っ込んでくる水のせいで溺れてるようだ。
気力がもう限界だ。
「ウィルぅううううう!!!!!!」
ナビ、てめえ。
お ぼ え て ろ よ 。
――そして、俺は意識を手放した――
指が、ポロリ