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ダンジョンを破壊せよ  作者: ゆず胡椒
第一ダンジョン
15/54

第一のダンジョンへ・11

森を抜けるとそこはお花畑であった。


夕暮れは近く、すでに太陽()は赤々と世を照らし。

随所(ずいしょ)に今日の終わりを告げんとしている。

これほど穏やかで美しい景色はこれまでの旅路にはなく。

膝下(しっか)の花々にすら感謝の念を禁じえない。

よしんば今日(こんにち)ただいまこの命終わろうと、一片の悔いなし。

うん、俺に詩文の才能はないな。



森を抜けたところで俺は困っていた。

さっきのキモいポエムはちょっとした現実逃避だ。


森を抜けてすぐ街道の存在と遠くに小さく見える城壁に気づいた

そしてそれより前に50メートルくらい向こうで争っている集団があることに気がついていた。

それが困惑の理由だ。


敵はまず、ゴブリンが数匹。

これはいい。

確かに数は多いが人間の集団を襲っているのだ。

仮にここに俺が加わったとしても、人間の方はいくらなんでもこっちに攻撃を仕掛けてくることはないはず。

なら、戦っている4人と力を合わせて戦えば対等の状況には持ち込めるはずだ。

馬鹿正直に戦っても、勝つのはそんなに難しくないはずだ。


だが、一匹大物が混じっている。

あれは恐らく『オーガ』だ。

俺は左肩に乗ったナビに確認した。


「……ナビ、あのデカいやつが何か解るか?」

「……あれはオーガ、やな」

「やっぱりか……」


俺のゲーム知識が確かなら、オーガってのは初心者に対処できるような怪物(モンスター)じゃない。


身長はゲームによってまちまちだが3メートルから5メートル。

力は強く、生命力も高い。

巨人の一種に分類されることもある。

少々傷をつけたくらいじゃ逆に怒り狂って攻撃力を増し、愚かな挑戦者を粉砕するだろう。

知能は総じて高くないが、人食いの怪物の中でもかなり厄介なやつだ。


いまあそこに行ったら死ぬ。

遠目で見ただけで生物としてのポテンシャルが段違いなのがはっきりとわかった。


「……ウィル、わかってるようやがアレには手ェ出したらアカンで?いまはまだ絶対勝てへん。あの街道を進めば帝都に入れる。私らはまだ見つかってないんやさかい、迂回して帝都に向かお?」

「……」



ああ、多分絶対勝てない。

今の俺が気絶するまで魔法を使っても間違いなく奴のHPは削りきれない。

かといって肉弾戦はもっと可能性が低いだろう。

多分一撃当てるのが精一杯でその直後には俺はただのひき肉になってるはずだ。

あのとき見捨てたコボルトの子供みたいに。

そのあと食われる運命までおんなじだ。

だからといって見捨てれば、それは『勇者』のすることじゃない。

「ウィル?」

不審げにナビが俺を見る。


けど同じ人間まで見捨てるのか?

俺は『勇者』ってやつをやるんじゃなかったのか?

コボルトでさえ自分を投げ出して家族を守ろうとしたのに


『……いま戦ってる奴らは別に俺の家族じゃないだろ?』


ああ、だけどあそこにいるのは同じ人間だ。

なるべくなら見捨てたくはない。

魔物(コボルト)とはわけが違う。


『……だって戦ったら絶対死ぬぞ?いくら勇者でもこんなときはひとまず逃げるだろ?』


そして彼らは死ぬ。

100%間違いなく死ぬ。

誰の助けもなく戦って。

あのときのコボルト達みたいに。


『……急いで帝都までいけば助けてくれる奴らがいるさ。助けるならそいつらと戻ってくりゃあいい』


そんなのは絶対に間に合わない。

俺は助けようとした、って言えるだけだ。


『……そりゃ仕方ない。所詮この世は弱肉強食だって『俺』が一番よくわかってるだろ?それに自分(オレ)だって他人を守れるほど強いわけじゃない』


ああ俺は弱い、それは認めるよ。

だからこそ変わりたかった。

『勇者』に。

恐れを知らない者に。

だが俺はいま、どうしようもなく恐れていた。


『……今度の世界じゃ強くなってからやれば良い。勇者で無双(オレツエー)するんだろ?いま死んだらやり直しした意味がなくなるんだぜ?逃げよう。それが正しい選択だ』


あの人たちを助けてやりたい。

だが死にたくない。

俺はどうしたらいい?

正しい選択(こたえ)は?

俺は……。


「……ナビ、行こう」


俺は彼らに背を向けて帝都に向かうことにした。

何か悪いか?

絶対勝てないときまで戦うことを選ぶやつは『勇敢』なんじゃない、ただのバカだ。


そして俺は一歩を踏み出した。





―――――――――――――――――――――――――





そして俺は一歩を踏み出した。

だがそのまま二歩目を踏み出すことは出来なかった。

たった一歩、歩いただけで俺の胸の中に生まれた感情が俺の足を止めていた。

自分自身へのどうしようもない失望と嫌悪――。


『……また逃げるのか?』


ああ。

悪いか?

俺はやっぱりただの人だ。

死ぬのが、殺されるのが怖くてたまらない。


『……悪くはない。だがそれは『勇者(おとこ)』のすることじゃないな』


ちゃんと強くなってから『勇者(ゆうしゃ)』をやるさ!

こんなバカな死に方はしない!


『……お前知力7じゃねえか。誰がどう見たってバカだよ。

バカが考えたって間違えるだけ。バカなやつはな、やりたいことを一生懸命やればいい。お前が本当にやりたいことをお前の魂に聞いてみろ……』


俺のやりたいこと……。


死にたくない。

だけどそれ以上にあの人たちを助けてやりたい。

勇者になりたいからじゃない。

こういうとき、見過ごして生きてたのがいままでの俺なんだ。

だから勇者になりたかった。

損得とか考えないで正しいって思ったことをやりたかった。

それができないまま、俺は死んだから。


へっ、確かに俺は知力(バカ)7だな。

1回こっきりの人生を、『2回』も間違えるところだった大バカ野郎だ。


「ウィル?どしたん?」


ナビが怪訝な顔で俺を見た。


「ナビすまん。やっぱり、戦う」


ナビは大きく目を見開いてこっちを見た。

いろんな感情が自分(こいつ)の中で揺れているようだ。

わかるよ。

俺だってかなり迷ったもん。

今だって、まだ少し迷ってる。


だが今は時間が無い。

俺はナビの返事を待たずに戦場に向かって一歩を踏み出した。

そしてすぐに全力で駆け出した。




―――――――――――――――――――――――――



「無理や!無理やて!ウィルやめえ!」


すまんナビ。

無事に生き伸びて終わったら何でも言うこと聞いてやるから。

一歩ごとに呼吸も、鼓動も速くなる。


口角があがるのを止められない。

俺は自分のこの選択(こたえ)を楽しんでるのか?

はっきり言ってまったく楽しくない。

死ぬのが怖い。

だが俺の口は意志に関係無く笑うかたちになっている。

アドレナリンが出ているのがわかる。


腰の左右でキラキラと夕陽を照り返し、蔓草で吊るされた錆びた剣が踊っている。


そう言えば生前読んだ転生モノでも俺TUEEEE!とか叫びながら突撃して、すぐ死ぬモブの話があったっけ……。

俺は叫ばない。

これは夢だ。

もう死んでるバカな男が、死に際に見てる夢――。


走りながら頼りない短槍を力いっぱい握りしめる。


「――うおおおぉぉぉ!!!!!」

戦場はもう目と鼻の先だ。

俺は雄叫びを上げながらこちらに背を向けているオーガの背中に飛びかかり、全力で粗末な槍を突き立てた。

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