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金盛昇は金闘士らしい

レスターに案内された先は、まさしく謁見の間といった感じの大広間だった。

荘厳にして優美な造り、最高級の調度品に彩られており、自然と豪華絢爛という言葉が頭に浮かんで来た。

赤い絨毯を挟み込むように、幾人もの……多分、騎士であろう人たちが向かい合っている。

絨毯の先にある玉座に腰掛けている人物こそこの国の王に違いない。しかし、その傍らにいるローブ姿の女性はいったいどういう立場の人なんだろうか?


 レスターについていくように絨毯の上を進み、玉座の数メートル前ほどまで来たところで、王族らへの畏敬の念を示すように跪く。2億返済しろとか無茶苦茶言ってくる相手ではあるが、それでも王族。一応は礼儀を尽くそう。


「そういうのいらねえから。なあ、親父殿?」


「うむ、面を上げるがよい」


 レスターさん、軽すぎませんかねぇ……。

王の許しも出たことだし、顔を上げる。その際に、王の風貌を観察する。

 赤髪に豊かな髭を携えたナイスダンディなお方だ。なんというか、オーラが違う。そう感じるのは、彼が王であるという先入観があるからなんて理由では決してない。彼の纏う風格が『特別』であることを主張して憚らないのだ。


「まずは、よくぞ召喚の儀に応じてくれた。俺はアインス国王、ガイナード・ツォン・アインスだ」


「お気になさらないでください。俺は金盛昇と申します。昇とお呼びいただければと思います。以後お見知りおきを」


 ペコリと一礼。しかし、召喚に応じたつもりはないんだけどな……。無理やり吸い込まれただけだし。


「それで体調の方はいかがかな?」


「ずっと寝てた分、体が重く感じていますが、取り立てて異常はありません」


 死にかけの身であったことを考えると、今の状態は快調という他ないだろう。


「そうであろうな。いや、神薬を使ったのだからそうでなくては困るというものだ」


「……」


 ガイナードの言葉に少し皮肉めいたものを感じ、俺は押し黙ってしまう。


「レスターから話は聞いているな。2億ペルの返済、了承してもらえるだろうか?」


「……はい」


 そもそも俺に断る権利はない。納得はできないけど、ここは了承せざるを得ない。


「ならば俺から何か言うこともない。何か聞きたいことはあるかね?」


「いえ、特にありません」


 言いたい文句やら暴言ならあるけど、本当に言うわけにもいかない。言ったが最後。殺されはしないだろうけど、大変な目に遭うのは間違いないだろう。

 

「ふむ……わざわざ呼ぶこともなかったか? まあ良い、アマンダ」 


「はい」


 ガイナードの呼びかけに応じて、ローブの女性が俺の近くに来る。その手には水晶玉。

 そのアマンダと呼ばれた女性は妖美を漂わせる女性だった。その美しさについ見惚れてしまう。


「へぇ……悪くないわね」


 俺の顔をじろじろと見た後にこの一言。アマンダは俺を評価してくれたみたいだ。なんか嬉しい。


「おいおい、そんなガキに手ぇ出す気かよ?」


「あらやだ、もしかしてレスター様ったら嫉妬していらっしゃるのかしら?」


「んなわけあるか。いいからさっさと仕事しろ」


「は~い」


 微妙に不穏な空気を纏いつつも軽口を交わす二人。気の置けない仲なんだろうな。


「それじゃこれに手をかざしてちょうだい」


「こうですか?」


 アマンダに言われるがままに水晶玉に手をかざす。これに何の意味があるんだろう?


「ふむふむ、なるほどなるほど……ふぅん、これはまた……大変ねぇ」


「あの、どうしたんですか?」


 一人で納得している様子のアマンダに疑問を投げる。その答えは傍にいるレスターから返って来た。


「鑑定だよ。お前の資質を見極めてんのさ」


 俺みたいな一般庶民を鑑定したところで面白いことは何もないと思うんだけどな。まあ、異世界人ってことで何かあるのかもしれない。それこそ世界を救う光の力とか……我ながら痛々しい発想だ。もうやめておこう。


「で、どうなんだ? アマンダよ」


 興味津々といった様子でレスターが問いかける。俺自身も結構気になる。


「もう手をかざさなくても大丈夫よノボル……まず基礎的な能力についてですが、耐久と魔力以外はそれなりに強いようです」


「それなりかよ。耐久と魔力は?」


 レスターが拍子抜けと言わんばかりの顔をする。けっこう期待してくれてたのかこの男。まあ、せっかく異世界から召喚した存在がそれなりって評価では困るのか。

ところで、魔力なんて言葉が出るってことはこの世界には魔法があるってことだよな? すごく使ってみたいぞ魔法。火属性の魔法とか使えたらいいな。いいね、実に夢がある。

 

アマンダの説明が続く。


「耐久については、おかしなことになってます。正直びっくりしましたわ」


「ほう、どういうことだ?」


「あまりに高すぎるんですよ。余程のことがない限り、命を落とすことはないかと」


「なんたってそんな……ああ、ミナーヴァのおかげってとこか」


 得心がいった様子のレスター。なるほど、ミナーヴァが俺の耐久を引き上げてくれたということか。さすがは神薬というだけのことはある。


「そんなところでしょう。そして魔力についてですが、これまたびっくりです」


「ずば抜けて高いのか?」


「いいえ、逆です。ずば抜けて低いんです。これじゃあ魔法は使えませんわ」


 レスターの言葉を即座に否定するアマンダ。魔法を使いたいと思った矢先にこれだよ。2億ペルの件といい、疫病神に憑かれているとしか思えない。


「思ったよか微妙な男だな……じゃあ肝心要のスキルの方はどうなんだ?」


「微妙って……」


 レスターのやつ、失礼にもほどがあるだろ。

 それはともかくスキルという言葉が気にかかる。


「金闘士。未知のスキルを宿しています」


「そうでなきゃ困る。それこそ異世界人を召喚する最大のメリットだろうがよ」


 レスターの言い方から判断するに、異世界人にはこの世界の人間では持ちえない特殊な能力が宿っているということだろう。それにしても未知のスキル金闘士か……。特別な能力が俺に宿っていると思うと、不思議な高揚感を覚えた。いったいどういう能力なんだろう?


「その金闘士とやらはどういうスキルなんだ?」


 俺の知りたいことをレスターが質問してくれる。すごく強い能力であってくれることを密かに願う。


「1万ペル以上のお金を力に換えるスキルみたいです」


 お金を力に換える……お金を……あれっ、それって……。

 傍のレスターが顔をしかめ、ボリボリと頭を掻いている。そして吐き捨てるように言い放つ。


「一番こいつが持ってちゃいけねえスキルじゃねえか」


 おそらく、俺の事情を把握している人間全てが似たようなことを思ったはず。

 一文無しどころか2億の返済義務を背負った俺に金を要求するスキルとか冗談にもほどがあるだろう。


「ちなみに現段階では一度に変換できるのは10万ペルが限度ですね」


「なるほど。スキルの熟練度の問題か」


「おそらくは」


 レスターとアマンダは俺を他所に、俺のスキルについて話をしている。

 熟練度とか言ってたけど、使っていくうちに限度額も上がっていくんだろうか?

 限度額が上がったところで、金のない俺にとってはさほど意味のないというのが悲しい。


「これにて鑑定は終了です」


 アマンダは玉座の方に振り返り、ガイナードに向けて一礼する。それを合図にガイナードが口を開く。


「さて、ノボルよ。君の今後についてだが……本人たっての希望ということで、レスターに一任している。何かあれば、そやつを頼るがいい」


「よろしく~」


 へらへらと笑っているレスター。

 全く知らない人の預かりになるよりはマシなんだけど、この男に自分の今後を委ねて大丈夫なんだろうか? なんか先行き不安になって来るなぁ……。


「俺たちはそろそろお暇させてもらうぜ親父殿。どうにもこの空間は息苦しくてしょうがねえ」


 内心でレスターに同意する。荘厳な大広間に幾人もの騎士。決して居心地の良い場所ではない。


「うむ、下がってよいぞ……君の訪れが我がアインス王国にとって幸多きものとなるよう祈っておるぞ、ノボル」


「善処します」


 自分から場を離れて失礼に思われるのもまずいので、レスターの後に続く形で俺は謁見の間から退出した。


 ◇


「この紅茶美味しいですね」


 謁見の間から退出した俺たちが戻って来たのは、最初に目覚めたあの部屋。

 レスター曰く、とりあえずはここを俺の部屋として使っていいとのことだ。これは素直にありがたい。

 現在、俺たちは侍女たちが運んで来た紅茶と菓子を楽しんでいた。


「せいぜい今のうちに英気を養っておくこった。明後日からはしっかり働いてもらうからな」


「はあ……気が重い」


 しかし、しがない高校生である俺がどうやって稼げばいいのか? 

現状、俺の利点といえば、それなりに高いらしい基礎能力、神薬頼みのタフさ、俺にとって最も使いにくい金闘士とかいうスキル……駄目だ、稼げる気がしない。


「せっかく並外れた耐久を得たことだし、殴られ屋とかやってみるか?」


「嫌ですよ」


 一応頬をつねったりして確認してみたけど、痛みは通常通りに感じた。

 いくら堪え切れるとは言ったって、殴られ屋なんて絶対にやりたくない。


「選り好みできる立場とは思えねえがな」


「ぐっ」


 シニカルな笑みを浮かべるレスター。

選り好みできない。その通りではあるのだが、嫌なものは嫌なんだ。


「それは置いといてだ……明後日から少しの間、お前にやってもらうことは決まっている」


「どんな無理難題吹っかける気ですか?」


 この男ならそのくらいはやりかねない。

 俺は少し身構え、次の言葉を待つ。


「なに、ちょっと闘技大会に出場して優勝してきてもらうだけだ」


「ちょっとじゃないですよちょっとじゃ!」


 やっぱり無理難題じゃないか! 何でそんな闘技大会なんかに出場しなきゃならないんだ?


「実戦でお前の能力を試せるし、優勝賞金は300万ペルだ。予選含めても試合数は6試合。お前のスキルによる損失を考慮しても十分お釣りがくる。スキルを使うのに必要な金は俺が貸してやるし、悪くない話だと俺は思うがね」


「い、一理ある……のか?」


 いや待て。レスターは俺が優勝できるって前提で話をしてるけど、そもそもスキルを使っても俺の力が通用せず、途中敗退なんてことになれば状況は悪化する。単純に闘いとか怖いって気持ちもあるし、やはり断るべきか。


「いや、でも、やっぱり俺には無理だと思うんですけど」


「そうでもねえよ。言ったろ? 異世界から強い魂を持つ存在を召喚したって。お前は、少なくとも自分で思っているよりは上等な存在なんだよ」


 そう言えばそんなこと言ってたっけ。魂が強いって言われて悪い気はしないな。


「無理かどうかはお前の力を試してからでも遅くはねえだろ?」


 上手く言いくるめられているような気もするけど、確かに一気に数百万という大金が手に入る機会は滅多にないだろう。優勝する力がこの身に宿っているなら、出場するのは悪い選択ではない。


「だけど、賞金が300万って結構大きな大会ですよね? 今から参加申し込みってできるんですか?」


「大きな大会には違いねえが、当日申し込みで問題ねえよ」


 随分と緩いんだな。大勢の参加者が押しかけたら大変じゃないだろうか?


「お前は余計な心配しなくていいんだっての。やる気さえ出してくれりゃいいんだ」


「……わかりましたよ。参加します」


「そう来なくっちゃ」


 そう言ってレスターは快活に笑う。

 もうこうなったら腹をくくろう。当たって砕けてしまえ。


 レスターは紅茶をもう一杯飲み干した後、席を立った。


「何か入用なら侍女を見つけて頼れ。食事はこの部屋に運ばれてくるから大人しく待ってろ。その後は自由にしてていいが、むやみに出歩くのは控えておけよ」


 小言を一通り言い残し、レスターは部屋を去ろうとする。

 食事と言えば、正直ものすごく腹が減ってるんだよな……あれっ?


「俺ずっと飲まず食わずで生きていたんですか?」


 二ヶ月もの間、俺は眠っていたわけだけど、その間飲まず食わずでいたら衰弱死してるはずだよな? 

 これもミナーヴァの効能か?


「無理やり流し込んだんだ。無理やりな」


 無理やりをやけに強調してくる。どんな方法を使ったのかは知らないけど、少し怖い。

 今度こそレスターは俺の部屋を去っていった。


 窓から見える空はすでに薄暗くなっていた。

 もう間もなく、食事が運ばれてきた。パンにスープ、サラダに肉料理とシンプルな構成だった。腹が減っていることもあって、めちゃくちゃ美味しく感じた。

食べ終わった後、侍女の人が食器を片付けてくれる。自分の使った食器だし、自分で片付けますとは言ってみたけど、お気になさらずと返された。侍女という立場の人にしてみれは余計なお世話だったか。


 食事を終え、だらだらしているうちに風呂に入りたくなってくる。部屋を出て、侍女さんにその旨を伝え、風呂場まで案内してもらう。よかった、風呂がないってことはなかったか。


 脱衣所らしきで手早く服を脱ぎ、浴場へつながっている戸を開ける。

 広々としたその浴場には、先客がいた。精悍な顔つきに赤い髪を持つ男。歳は三十歳前後といったところか。

 この男、誰かに……そうだ、アインス国王ガイナードに似ている。


「ふっ、これはとんだ客人だ。ここは王族専用の浴場なんだがな」


 王族専用。つまり、そんな場所にいるこの男は……。


「グラン・ツォン・アインス。アインス王国第一王子だ。異世界の者よ……名は確か」


 やはり、王族の者だった。しかし、王族専用の風呂に入ってしまったって、俺結構まずいことしてるんじゃないか? あの侍女さん、何も言ってくれなかったんだけど……。


「昇と申します。王族専用とは露知らず……失礼しました」


 踵を返し、その場を去ろうとする。それはグランによって引き止められた。


「レスターから許しが出ているのだろう。構わんから、入っていけ。俺はもう上がる」


 そう言って湯から出て、俺のいる入口の方に近づいてくる。

 湯の中では少しわかりにくかったが、このグランという男は大柄な体躯、そして実に逞しい体つきをしている。


「ふむ……やはりとても戦士の体つきには見えんな……」


 俺の身体を見て、グランが呟く。そりゃただの高校生ですからね。これでもそれなりに鍛えてあるつもりなんだけどなぁ……。


 グランが脱衣所の方へ行ったのを見届け、軽く体を流した後、湯に浸かる。

 身体の芯から温められていくこの感覚。ああ、至福とはまさにこのことか。

 

 風呂を堪能した後は、宛がわれている部屋へと戻る。いろいろ探索してみようかとも思ったけど、レスターに釘を刺されているし、控えておいた。


 ベッドに横たわり、今日の出来事を思い返す。2億もの返済義務を負ってしまったことばかりが頭に浮かぶけど、心の片隅では全く知らない異世界に胸を躍らせている自分も確かにいる。

 とにかく、こうなってしまった以上はしかたがない。精一杯この世界で生きていこう。

 やけくそ気味の決意を抱き、俺の異世界での初日は終わりを迎える。

いや、初日ではないのか……?


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