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運命の輪

作者: 由木遥佳

 頬に触れると指先が濡れた。水よりも濃い、ぬるりとした感触。手が震える。胸の辺りが冷たい。心臓の音がうるさいくらいによく聞こえた。世界が赤く染まる。頭に血が上っているのだ。

目に入ったのは、父と母の血に濡れたナイフ。ぽたり、としたたって地面に染みを描き出す。

「うああああああああああ!」

 叫んで、ナイフを奪い取った。

 何度も、何度も、ナイフを突き立てる。人間の赤い血と、魔物の青い血が混ざり合い、気味の悪いまだら模様を描き出す。ろくな抵抗もなく、喘ぐような呼吸を繰り返した後、力が抜け目から光が消えた。それでも執拗にナイフを突き立て続ける。

 やがて手を止めた。それはもう動かない。父と母と同じだ。ゆっくりとナイフを手放した。力を込めて握っていたせいか関節が痛んだ。肩で息をつく。

 返り血に濡れた身体が気持ち悪い。幸いここは川の傍だ。冷たい水の中に入り、全身を洗い流す。川は一瞬だけ濁り、上流から流れてきた新しい水により再び透明になる。

 辺りに生えた木々の後ろから、ゆっくりと仲間達が現れた。その姿を見たとたん、涙が溢れ出す。伸ばされた腕のひとつにすがり、泣き叫んだ。

 仲間の肌を覆う硬質な、それでいて柔軟な鎧に触れる。強くて、優しい。

 ――強くなりたい。

 心の底から願う。

 力が欲しい。もう決して何も奪わせない、絶対的な力が。

 涙が止まる。どうすればもう失わずに済むのか。それだけが小さな頭の中をぐるぐると支配した。








 巨大な扉の前に立った。石造りのそれはとても分厚く頑丈そうで、簡単には破壊出来ないだろう。静かな緊張と高揚感に息を整える。

 これで、最後だ。

「いいですか、ヴィール。もしもの時はあなただけでも逃げてください。命あっての物種です。あなたは我々人間の最後の希望なのですから」

「そうだ。お前はいつも無茶ばかりする。毎度ひやひやさせられるこっちの身にもなってくれ」

 魔道師の言葉に剣士が賛同する。これからされるであろう、耳にたこができるほどに聞き飽きた言葉を、ヴィールは片手をあげてとめた。

「わかってるって。けど、お前らもダメだと思ったらすぐ逃げろよ」

 かつて、人間と魔物は同じ世界に住んでいた。しかし、人間にはない強大な力を有する魔物を、人間達は恐れていた。両者の間に大きな諍いが起きた事は歴史上なかったが、魔物を相手取る事を職業にする者はどの時代にも存在していた。

 両者の関係が変化したのは八年前の事だ。魔物達により、一夜にして大陸を二つに分断する壁が築かれた。魔物の領域と、人間の領域を完全に分かつ壁だ。以来、半分より追い出された人間達は、魔物によって奪われた土地を取り返そうとするも、魔法によって支えられた壁を越えられずにいた。現在に至るまで、小競り合いと睨み合いが続いている。

 そこで立ち上がったのがヴィール達だった。魔物に対抗するための仲間を集めているうちに、大陸で最も大きな戦力となった。

 長く延びた壁のほぼ中央に、ひときわ高くそびえる塔があり、その頂点には魔物達を統制する魔物が君臨している。ヴィール達は今その塔の最上階を目前としていた。

「いよいよ、なんだな」

 己に言い聞かせるように吐き出し、ヴィールは自身の身体を眺めた。この日のために新調した鎧にはまだ傷一つない。ここまでの魔物達は他の仲間の手によって葬られた。ヴィールの役目はただ一つ。できるだけ少ない損傷で、最上階の魔物に挑む事。

 ここに来るまでに大きな怪我をした仲間はすでに撤退させた。残ったのは、最も付き合いの長く、気心の知れた剣士と魔道師。それから、この戦いを後世に語り継ぐために記録する役目を与えられた者と、ほぼ運だけでここまで残った盾役の二人。最後の魔物に挑むには心許ないが、ヴィールがすべてを引き受けるつもりでいるので問題はない。

 階ごとに、一体の魔物が待ち受けていた。部屋を越えるごとに強くなる敵。ここまで誰一人として命を失わなかったのは僥倖だ。

「覚悟はいいですね」

 魔道師の言葉に頷く。それぞれ己の得物を抜き放ち、構えた。もう引き返せない。多くの者がヴィール達に期待しているのだ。裏切る事などできない。

 魔道師が複雑に溝の刻まれている分厚い扉に手を当てた。扉を開くための呪文を解析し、口ずさむ。扉は重い音を立てながらゆっくりと内側に開いた。

 重たい扉の向こうはなにやら騒がしい。言い争うような声が聞こえる。

「お逃げくだサイ!」

「嫌だ。私は最後の砦。どこへも行かぬ。それに、おぬしには私が敗れたあとに子らを守る役目があるだろう」

「クラルテ様の敵わないモノに我々が立ち向かえるはずがなイでショウ。クラルテ様さえ生きておられレば――」

 開く扉に気付いたのか、言葉が途切れた。聞き取りにくい、金属がすり合うような声と、少し低めの女のような声。最後の魔物は人間に近いもののようだ。クラルテというのが名前なのだろう。

「ほらきた、もう手遅れだ。お主こそさっさと出て行け」

 部屋の中は薄暗く、声の主の顔は見えない。がちゃがちゃと金属音が響き、小さく扉が閉まる音がする。この部屋のどこかにある、ヴィール達とは別の扉から出て行ったのだろう。

 かつり、と石床を踏みしめる音が部屋の中で大きく響く。気を取り直し、ヴィール達は武器を構えた。

「何をしにきた、人間」

「人間の地を、取り返しに」

「取り返しにだと?」

 部屋の主はひとしきり高笑いをし、すぅっと声を低めた。

「――笑わせるな。奪ったのはそちらもだろう。一方的に被害者面をするな!」

 ヴィールはがつん、と殴られたような衝撃を受けた。

「お前達のせいで、多くの仲間が殺された。私の仲間は、初めからお前達を殺そうとしたか?」

 質問の意図がわからずに、ヴィール達は黙り込む。そんな事、覚えていない。油断すれば殺される。だから、部屋に乗り込んでは相手に対応する暇を与えずに囲み、攻撃した。魔物が倒れるまで、誰も気合い以外の言葉を発する事はない。黙れば臆する。臆すれば負ける。

「せっかく言葉を解せる者を配置したというのに。これだから人間は。……私の話を聞く気はあるか?」

「ない!」

「よかろう。ならば私が直々に殺してくれる!」

 部屋の主を照らすように、中央に薄ぼんやりと明かりが灯る。複雑かつ繊細な文様を彫り込まれた石床を踏みしめるように立つモノが段々と見えてくる。

「人間じゃねぇか……!」

 腰まで届く、くせのない淡い金の髪は光を浴びてやや赤みを帯びている。透明度の高い砂色の双眸。淡く色づいた唇。全体的に色が薄いが、整った顔立ち。歳は二十前後にしか見えない。

「……んでっ。何で人間がそっちについてんだよ!」

「どちらの味方をしようと勝手であろう。魔物は私の家族だ。仲間だ。お前達にとって人間がそうであるように。彼らは私のために、仲間達を守るために、自らを差し出したモノもいた……」

細く見えるが鍛えられた身体を、上質な素材で作られた鎧に包んでいる。それらはすべて魔物から得られる素材だ。

 一方的に語られる言葉に飲まれそうになる。一つ頭を振ると、ヴィールは一歩前に出た。光の輪の中に入り込む。漆黒の髪が、灰色の双眸が、鍛えられた肉体が、傷一つない鎧がさらされる。

 ヴィールの姿を目にするなり、クラルテはかっと目を見開いた。その表情の険しさに、ヴィールはわずかに動揺した。クラルテの目に宿る色は、底知れぬ怒りと憎しみ。

「……ま、貴様、なぜ生きている!」

 突然の叫びに空白が生まれる。ヴィールたちは顔を見かわした。クラルテの双眸はしっかりとヴィールをとらえている。ヴィールだけを睨みつけている。

 なぜ生きていると言われても、死んだ事がない以上生きていると言うしかない。

「あの時殺したはずだ!」

 クラルテは腰に佩いた剣を流れるように抜き放つと、石床を蹴った。限界まで身体能力を向上させる鎧により、その速度は人間とは思えないほどに速い。

純粋な殺気がヴィールを襲う。突然の事に反応が遅れたヴィールを守ろうと飛び出した剣士は、間一髪のところで己の大剣を振りかざし、何とか受け止めた。

 甲高い金属音にヴィールは我を取り戻した。慌てて自らも剣を構え直す。

 ぱっとヴィールの視界に飛び散る赤が見えた。クラルテの鋭利な眼差しと目が合う。剣士が膝をついてその場に崩れ落ちた。クラルテの持つ細く硬質な剣からは血が滴っている。

 一瞬の事で、ヴィールには半ば何がおきたのかわかっていない。ただ、クラルテによって剣士は切られたのだという事実だけが突きつけられる。

クラルテは無表情にヴィールを切り捨てようとし、途中で視線をめぐらせた。

 部屋の隅で、魔導師が透明度の高い深紅の魔石をあしらった金属製の腕輪に手を添えて、魔法を作動させるための呪文を唱えている。魔物の体内で生成された魔石は、異界よりすべてを焼き尽くす煉獄の炎を呼び出す媒体となる。

 魔道師はクラルテに気付かれた事を悟るが、呪文を短縮する事はできない。人間が魔物の力を使用するには、すべてを正確に唱えなくてはならない。盾となるべき者は、部屋の隅ですくんだまま動けずにいる。

 クラルテは一息で魔道師に肉薄し、撫でるように胴を薙いだ。魔道師から血がこぼれおちる。完成しかけていた煉獄の炎はちろりと影だけ現れて掻き消えた。魔道師はどさりと音を立てて床に倒れ込む。石床の溝を赤い血が這い、じわじわと広がっていく。

 強い。

 ヴィールの背をつぅ、と冷たい汗が伝い落ちる。

 倒れ伏す仲間を心配する余裕もない。よそに意識をそらせば、その瞬間、確実に殺される。

 正面から飛び込んできたクラルテの剣を剣で受け、跳ね上げた。かたい音とともにヴィールの腕をしびれが襲う。とてもあの軽そうな体で放てる威力だとは思えない。

 何度も、何度も剣を打ち合わせる。剣戟は勢いを増し、クラルテの剣が何度かヴィールの肉を裂いた。ヴィールの剣も何度かクラルテに触れたが、硬質な鎧がすべてはじく。

「お前は何度奪えば気がすむのだ!」

 ヴィールには叫びの意味がわからなかった。彼女に会うのは間違いなく初めてだ。

ただ必死に剣を受け、はじく。押し切られそうになるのを何とか流し、距離をとる。特殊な素材で作られた剣は、欠ける事も、折れることもない。火花が散る。押されているのはヴィールのほうだ。

 下段から斜めに振り上げられた剣を受けきれず、ヴィールの剣ははじき飛ばされた。両腕が上がり、無防備に鎧に包まれた胴がさらされる。クラルテの鋭い蹴りがヴィールをとらえた。

 背中で地面を滑る。何とか止まったかと思うと、クラルテに胸を踏みつけられた。息が詰まり、あばらがきしむ。

 冷たい色を宿した双眸がヴィールを見下ろす。ちろちろと燃えているのは憎しみの炎。

「死ね」

 クラルテは両手で剣を握り、剣先を真下に向けた。その鋭い切っ先は過たずヴィールののどをとらえている。剣を交えて死ぬならばともかく、こんな殺され方はあまりにも情けない。

 その時、ヴィールの体にぼぅ、と青白く光る魔法陣が浮かび上がった。クラルテが視線を巡らせると、部屋の隅で瀕死の体で魔道師がぶつぶつと呪文を唱えている。魔道師の手にした転送を補助する魔石が青く光を放った。人間を別の場所に飛ばす魔法だ。かなり高度な魔法で、失敗すれば転送途中で異空間に迷い込んだり、身体がばらばらの場所にたどり着いたりする。しかし、死を目前にした魔道師の集中はすさまじく、呪文にはほころびひとつない。

「逃がすか!」

 魔道師に向けられたクラルテの手のひらに赤く魔法陣が浮かび、魔力が漆黒の刃となり放たれる。刃は転送石を砕き、最後の一言を唱え終えたばかりの魔道師ののどを貫いた。息の代わりに血泡をはき出し、魔道師の上体はのけぞるように倒れる。

 しかしすでに転送魔法は完成しており、ヴィールの身体が強い光に包み込まれた。あまりの眩しさにクラルテは目を閉じる。再び目を開けたときにはヴィールの身体はクラルテの足元から消えていた。


+   +   +


 仰向けに倒れこんだまま、ヴィールは浅い呼吸を繰り返す。いつになっても酸素が取り込まれている気がしない。それよりもどんどん息苦しさが増していく気がした。

 ――負けた。

 殺された仲間達の事を思う。生き残ったのはただ一人。ヴィールだけだ。

 ちくしょう。

 嗚咽を飲み込もうとする。

 態勢を立て直そう。今より強くならなければ。また、仲間を集めて。

 ――そして、また全滅するのか? 

今度こそ、死ぬかもしれない。わきあがる恐怖にかちかちと歯が鳴る。

 それでも、進まなければならない。

どうにかうつぶせになり、はいずるように上体を起こす。地面に触れる手は震えていた。

「くそっ……」

 両手を握り締めた。地面に溝が刻まれ、爪の中に土が入り込む。涙が雨のように地面にしみこんだ。

 呼吸が落ち着いたところで、少しずつ思考する余裕が出てきた。あたりを見渡す。

 辺りには背の高い木々が生えており、橫には土を踏み固めて作られたそれほど広くない道が長く続いている。見渡す限り、建築物も見えない。とてものどかな風景が広がっていた。

 魔道師の転送魔法は正確なはずだ。本当は本拠地に戻るはずだったのだが、魔法が発動する直前に媒体である石が破壊されたため、照準が狂ったのだろう。どうにかして帰らなければならない。

 身体は動く。どの傷も致命傷には至っていない。最低限の手当てだけをし、立ち上がった。

 身体は動く。まだ死にはしない。

 確か、この近くに沢があったはずだ。

 そんな記憶がぽんとヴィールの頭の中に浮かんだ。先ほどからどうにもこの場所に見覚えがあるような気がしてならなかった。しかし、どこで見たのか思い出す事ができない。

 木々の間をぬい進んでいくと、確かに水音が聞こえてきた。水辺で血を洗い流す。その冷たさに少しだけ頭がはっきりした。

 ふと、川上の方で声が聞こえたような気がした。協力してくれるかもしれないと思い、ヴィールは声のした方に向かう。しかし、希望はすぐに絶望へと変わる。

 そこにいたのは二体の魔物だった。どちらも同じ形で、灰色でくびれのない胴体に、ひょろりとした腕と足のようなものが生えている。その姿は枯れかけた樹木に似ていた。

 これまでに何度も見た事のある種類の魔物だ。それほど強い魔物ではない。ただ、つい先ほどの敗北の記憶がぎりぎりとしめつけてくる。

 すっとヴィールの胸が冷えた。魔物の間には、人間の少女がいる。ヴィールからは顔を見る事はできないが、恐怖に身がすくんでいる事だろう。

 ヴィールは己の両手を見下ろした。彼の剣は今その手にない。魔王の城に置いてきてしまった。

 それでも、放っておく訳にはいかない。懐に忍ばせてあった短剣をにぎりしめる。

 何のために挑んだ。人間たちを魔物から守るためではないか。

 呼吸を整える。冷静にやれば倒せるはずだ。

 音もなく魔物の背後から近寄り、人間でいう胸の辺りに短剣を突き刺した。硬質なモノが砕ける感触が伝わってくる。体内の魔石が魔物の核であり、これを砕かれれば魔物は生きていけない。続けて隣の魔物の魔石も砕く。叫び声も上げなかった。この魔物には、声を上げる仕組みはない。

 魔物の青い血が飛び散る。ヴィールに、少女にかかる。

 じくじくとした傷の痛みに耐えながら、ヴィールは少女に笑いかけた。片膝をつき、目線を合わせる。

「大丈夫か?」

 少女は大きく目を見開き、地面に倒れて血を流している魔物を見下ろした。震える手で少女は己の頬に触れる。魔物の血に塗れた指先を見て、ヴィールを見上げた。その目に宿っているのは、底知れぬ憎しみ。

「うああああああああああ!」

 叫び声を上げ、少女はヴィールの手から短剣を奪い取った。そのままヴィールの肩に突き立てる。

 ヴィールは反応する暇もなかった。

「んで……っ、何で殺したっ、何で、何で! ママ、パパっ、返して、返してよ!」

 何度も、何度も、少女は短剣を振り上げてはヴィールに突き立てた。その度に真っ赤な血が少女にかかる。ヴィールの赤い血と、魔物の青い血が混ざり合い、気味の悪いまだら模様を描き出す。

「人間なんてきらいだ! だいきらいだ!」

 少女の目から涙が溢れ出した。

 ヴィールはふと、思い出す。

 さっき倒れていた場所に見覚えがあったのは、あの場所が本拠地だったからだ。否。だった、というのはおかしい。これから本拠地になる場所なのだ。

 本拠地をあの場所に構えると決めた日の記憶が、走馬燈として流れていく。段々と集まる仲間。大きくなる組織。そして、自分達の拠点を作ろうと決めた。仲間の顔が、浮かんでは消えていく。

 魔道師の転送魔法は成功していた。ただし、時空を越えて。最後の一音を正確に唱えたが、発動する直前に魔石を砕かれた為に、照準が狂ったのだろう。ここは過去だ。

 ――あぁ、そうか、あの魔王を作り出したのは俺か。

 クラルテの双眸に宿っていた憎しみを理解し、ヴィールは世界から切り離された。


+   +   +


 クラルテは舌打ちし、それまでヴィールの身体のあった場所に剣を突き立てた。石畳の床に刃の半ばまでが埋まる。

「あの時、絶対に殺したはずなのに……。何度私を苦しめれば気が済むのだ」

 呼吸を繰り返し、心を落ち着けようとする。あの男はもういない。怒りを捨てろ。心が乱れれば、守りたいものも守れない。

 その場に剣を打ち捨て、クラルテは顔を上げた。生き残ったヴィールの仲間に目を向ける。ただただ恐怖に支配された姿に苛立ちを覚えた。あまりにも弱々しい。

「貴様らなど、殺す価値もない。さっさと消えろ。そして伝えろ、二度と魔物に手を出すなと」

 彼らは動揺しながらも、今にも分断されてしまいそうな剣士と魔道師の亡骸をどうにか引きずって出ていった。

 残された血だまりに、むなしさが押し寄せる。戦いの後はいつもそうだ。肺の中が空になるまで息を吐き出す。それでも、重たい何かは胸にあり続けた。

きびすを返し、クラルテは仲間である魔物の元へ戻る。残された剣はまるでヴィール達の墓標のようであった。



 まだ人間と魔物が同じ場所で生きていた頃。人間に捨てられ、魔物に育てられた少女は、育ての親である魔物を人間に殺された事により、幼くして人間を見限った。

 後に穏やかに生きていた魔物たちを統制し、大陸を人間の世界と魔物の世界、二つに分ける事に成功する。以来、魔物達の王として、守り手として、塔の頂点に君臨していた。

 魔物達が傷つかぬよう、クラルテは今日も一人、塔の上から二つの世界を眺める。

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