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灰色のぼくと、サボテンの話

作者: あぜ道

お題:水・風・土


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 花を愛でていた。


 ゆるやかな午後、遠巻きに見る同年代の子供達の声を聞きながら、私は一心不乱に土を盛っていた。球根を植えれば花が咲くという。そう言われ、私は花壇へと足を向けたのだ。

 先生は言った。

 美しいものを美しいと思えることは幸せだと。

 ならば私は異端であるのか。あのゴミ捨て場に捨てられた傷んだじゃがいものように、湿気にふやけた心と腐った性根は、捨てられるべきものなのだろうかと。

「よし」

 ふと見れば、丁寧に植えられた球根の先が、少しだけ土から覗く。


 ――それから雨季に入り、土砂降りの雨が何日も続いたあと。

 何がいけなかったのだろう、花が咲くことは無かった。





「おい、彰一郎」

 呼び止められ、ぼくは友人である花生に視線を向けた。

 こいつは女みたいな名前だが、性格は悪いほうじゃない。親友というには遠く、悪友というには親しいそんな関係だった。

「花生?」

「いやね、少し手伝ってほしいことがあるんだよ」

 嫌そうな顔をするぼくに、花生はさも楽しそうに言う。厄介事というよりは、何かの催し物だろう。彼はお祭りが好きだ。

「いいぞ、B定で手を打とう」

「よっしゃ!」


 彼が言うには、部活のメンバーが足らず、今度行われる学祭の店番のローテーションが厳しすぎるため、知った顔にすべて声をかけているのだそうで。

「じゃあ、今度の土日。よろしくな」

「おう」

 彼はおざなりにぼくに説明をしたかと思うと、またどこかへ走って行ってしまった。

 広いキャンパスのなかで彼の脱色した金髪は、日に焼けてやけに眩しかった。


 灰色の学生生活と言うには、ぼくのそれはあまりに平凡で、色素が全くないと言い切るには、少々鮮やかだった。彩りは悪くない。そう、決して悪くない。

 午後の講義を終わらせ、自転車に乗って寮に帰る。

 いつもの道、いつもの空、いつもの匂いを感じながら、食堂トイレ共有、風呂つき月4万のボロ学生寮、今市寮の203号室の鍵をあけた。自転車を折りたたみ、玄関の端に寄せる。

 北窓のため薄暗い部屋の電灯をつけると、染みだらけの天井や壁と対照的に、真新しい畳の上にならぶ小奇麗な空間があった。

 整っていながらも生活臭のする、ぼくの初めての城だった。

 テレビとエアコンを付け、腰を下ろし、足を伸ばす。ちゃぶ台の合間に足を投げ出し、ほっと息をつく、時刻は午後5時前だ。


「なにやってんだか」

 つと、そんなことを呟いていた。




「まっことそのとおりであるな!」

 妙に芝居がかった声で、目の前の子供にしか見えない女が声を上げた。

 古めかしい格好をした少女だ。数え年で200を超える物の怪の一種。


 そう、ぼくは最近。化け物に憑かれている。



「おい幽霊。いい加減、ぼくから離れろ。バラ色になるはずの大学生活が、お前の茶々入れのせいで黄土色になりそうだ」

「おかしいのう、これだけ祟ってやれば、土気色にもなりそうなもんじゃが」

「お前みたいなのは慣れてる、ってか祟ってたのかよ。だから最近出費が多いのか?」

 ぼくがそう言うと、幽霊はぽかんとした顔をしたあと、しきりにくっくと笑った。それなりに霊感や体験があり、慣れているはずのぼくだったが、足もある幽霊など聞いたことも見たこともない。

「いや、それは単にお主のツキがないのじゃろ、わらわはこれでも一柱の神属ぞ? 貧乏神ほど節操なしでもない故、一緒にされては困る」

「またそんなこと言って。大体な? 食事を食う幽霊がどこにいる」

「ここじゃが? というかわらわはお前にしか見えておらん」

 肩をくすめて、ちゃぶ台の上で仁王立ちするガキンチョにぼくは苛立ちの声を上げた。

「どうだかね」

「まあそう腐るな腐るな。わらわは家内安全商売繁盛千客万来笑止千万の神属ぞ? お主の薔薇色とかいう学生生活も、実現してみせよう」

 ちゃぶ台の上で、くるくると舞う着物の少女。おぼつかない足取りのくせに妙に舞いにキレがある。ちゃぶ台の足がギシギシと軋むくらいには、現実的な重みがあるようだ。

 普段は飛んでいるくせに、意味のないリアリティである。

「っておい。お前、さっき祟ったとか言ってたな」

「気のせいじゃ、土気色の人生にしてやろうなんぞこれっぽっちも思っておらぬぞ。それともわらわを信じられんのか?」

 そんなちんちくりんの格好でしなをつくられても、どうしろというのだ。ぼくにそんな趣味はない。

「信じるも信じないも、お前はぼくになにをさせようっていうんだよ。300円のサボテンから出てきたくせに」

「おう、おぬしのくれた、『みねらるうぉーたー』というものが、異常に不味かったのでな。文句を言おうと思ったら、こうなった。降臨してしまったからにはしょうがない。おぬしの(とが)が雪がれるまで、わらわはお主といっしょにおるでな」

「結局、祟り系じゃないか!」


 はあ、と息をつきて、柱に背を預けた。

 ここ数日というもの、こころの休まるときがない。

「で、この寮は女人禁制なんだけど、そこんとこどうなんだよ。さすがに隣にはばれるだろ」

「いや?」

 幽霊だか祟り神だかが意外そうに方眉を上げた。

「この声、お主しか聞こえとらん。他人にも見えん、安心せい。お主はせいぜい、ひとりごとの激しい危ない人物として認知されておるくらいじゃろうて。隣の住人なら不気味そうに息を潜めておるわい」

「ああ、そう」


 もう、泣きそうだった。



 金曜日になった。

 大学の講義をぼくのとなりで興味深そうに聞いているこの幽霊だか神だかは、名前を持っていなかった。だからぼくは、おいとかお前とか呼んでいたが、最近は買ったサボテンの和名からとって、小町と呼ぶようになっていた。

 小町は意外に知識欲が旺盛で、ぼくは隅っこの席で誰にも見えない彼女の質問に応え続ける、不気味な変態野郎としての地位を確立しようとしていた。

 明日は花生に頼まれた、帰宅部であるぼくには縁のない学園祭の店番という仕事が待っている。

 

 階段を下り、1階の空き教室へ。

 食事を出す屋台でも、景品を出すイベントブースでもなく、そこそこ面白みのある展示物の店番だ。第一、食べ物の屋台をやるなら、検便が必要なわけで、2,3日ですむはずがないのだ。真っ白な衝立の並ぶ教室には、生けられた練習用の花達が慎ましく並んでいる。

 花生は華道部だった。


「ん、なんじゃこれは。悪趣味じゃの。死体に鞭打つとはこのことじゃ」

「お前に芸術がわからないことを今知ったよ」

「まあ俗世には興味が無いからの」

「チキンラーメンが好きなくせに」


 生けられた花たちは、明日の予行演習のためのもので、本番用ではないようだった。というのも、やや痩せた印象を受けたからだ。なぜそう思ったのかはわからない。

 だが、生命力みたいなものが、少しかけているようにぼくには思えた。

「微妙かな……」


「文句あるなら、うちに入りなさいよ」

 小町の声ではなかった。

 彼女は小さな鉢植えをもっていた。よく見るとそれは球根がはいった鉢植えで、ぼくにもわかる、それはチューリップだった。




 私は奇妙ないらだちを覚えていた。

 目の前にさえないのっぽの男と、着物を着た少女が立っている。身長差は歴然。親子かと思ったが、それにしては妙だった。

「あなた達だれ?」

「ほう、わらわが見えるか」

 子供がずいぶん古めかしい言葉で私に答えた。

「お主の球根、なぜそんなに泣いておるのじゃ」

 わけのわからないことを言う。男の方は目を見開いて動かない。気持ち悪いことこの上なかった。

「あなた、それとあなた。ここは華道部のブースよ。部外者は勝手に入らないで」

 とりあえず子供の方は置いておいて、私は男をねめつけた。

「あ、いや。明日、手伝うってことで、下見に来たんだけど」

「……聞いてないわ」

「花生のやつまた通してなかったな……」

 男が頭をかきむしる。意外と子供っぽいのかもしれない。

「副部長か……、また勝手に。まあいいわ、話はわかりましたから、今日はお引き取りください」

 なんだろう、どうして苛つくのだろうか。むしろ人員不足で廃部寸前の華道部で、部長である私と副部長の花生君と、あと二人しかいない同好会に転落しそうなこの弱小部で、手伝いをしてくれるという彼に、どうしてこんなにも苛つくのか。

 そうだ、彼が私の作品をイマイチと言ったからだ。

 単純なことだ。

「なあなあ、なんでお主の球根はそんなに泣いておるんじゃ? そんなのでは根腐れしてしまうぞ」

「え?」

 私は球根など持っていなかった。鉢植えに土を入れて、何を植えようか思案ついでにぶらついていただけだ。

「あなた、校舎内は学生以外、立入禁止よ? あなた、保護者ならちゃんとしてよ」

「いや、というか、見えるのか?」

「見えるって何がよ」

「いや、まあいいか」

 私はこの適当な男を睨めつけていたと思う。だが、男はにへらとした曖昧な表情で受け流してきた。イライラする。

「ふむ、どうやら、土がよくないようじゃの。しかたない。わらわが力になろう」

「何この子、気持ち悪い……」

「気持ち悪いとは何じゃ、まあよい。お主の球根はまだ芽吹く。諦めるにはちと早い」

 そう言うと少女は空に浮かび上がり、眩しく光を放った。

 こんなことはありえない。ありえない話だ。ふわりと浮いた少女は、私の手の中の素焼きの鉢植えのなかに吸い込まれていく。

 その様子は男にも見えるようで、私と男の目が交錯し、男も息を呑む。

 やがて光は収まり、手元の鉢植えには一輪のチューリップが咲いていた。

 先ほどまで花など咲いていなかったのに。

 私はことさら狼狽した。あまりに狼狽したものだから、あやうく鉢植えを落とすところだった。

 花を愛でる者として、花を落とすなどありえないことだ。

「で、これは、どういうこと?」

 少女は綺麗さっぱり消え失せていた。

「落ち着け、冷静になれ、これは幻想だ」

「あんたが落ち着きなさいよ……」

 私は小さくつぶやくと、休憩用に並べておいたパイプ椅子に腰掛け、息をついた。足元に鉢植えを置く。

「あなた、何年生? 花生君を知ってるってことは2年?」

 狼狽する青年に私は声をかける。

「はい。2年、です。瀬尾(せお) 彰一郎(しょういちろう)です」

 青年の学年を聞いて私は居丈高になった。

「私は3年。風張(かざはり) (みこと)。明日はよろしく」

 偉そうに胸を張る。張る胸はないが。

「まあ、今見たことは気にしないわ。キツネにでも化かされたのでしょう」

 落ち着かない彼もさすがに、一息ついたようだ。昔から幽霊とか妖怪とかバケモノとかには慣れている。

 そんな私に先生は、花を愛でることを教えてくれた。

 児童園の保育士だったと思う。


 もう10年以上前の話だ。その先生は、私が中学に上る前に他界した。


 嫌なことを思い出した。

「じゃあね。私、帰らないとだから」

 立ち上がり彼に背を向ける。開けっ放しの教室の戸から外に出て、足早に教室を後にした。

 ふと思うと花を置いてきてしまったことに気づく。まあどうでもいいか。鉢植えは生花と違って強い。儚い命とはいえ、そうそう枯れるものではないのだから。




 やたらと綺麗な黒髪の女性が、鉢植えにチュールップを咲かせて、その異様さに眉をひそめつつも動じず、なんか自己紹介をしあって、ぼくは彼女と別れた。

 小町はもういなかった。

 胸にポッカリと穴の開いたような感覚には何故かならなかった。

「あ……」

 置き去りにされたチューリップの鉢植え。それがぼくと重なった。寂しくはないはずなのに、妙な気分だ。イライラする。


 ぼくはそれを抱え、折りたたみ自転車を押して、寮に帰った。

 明日は頼まれ仕事をしなければいけない。


 今市寮203号室の窓辺にチューリップを置いて、ミネラルウォーターをかけてやる。

「だからふざけるなと! いっとるじゃろがあああ!!」

 次の瞬間、たびに包まれた小さな足が、ぼくのアゴを貫いた。


「花に加工された水をかけるでないわ! 痴れ者が! 全く、せっかく文字通り花を持たせてやったというのに!」

 くらくらする頭に、キンキンわめく少女、小町の声が無遠慮に響く。

「花を持ってたのは彼女のほうだろうが! 日本語の使い方を間違えるな!」

 とっさに言い返す。ボケとツッコミの関係はこの一週間で染み付いた。

「ことばのあやじゃ! いいか、お主の薔薇色とやらを手伝ってやろうとしたのに! どういうことじゃ!」

「いやいや、ぼく、あの人そんな好きじゃないし」

「なんじゃと?」

 あっけにとられる小町、こいつはコロコロと表情が変わって飽きないな。

「ま、まあいいわい」

 小町はふわりと飛んでいた身体をまたちゃぶ台の上に降り立たせ、仁王立ちする。行儀が悪すぎるだろうが、こいつは神らしいから、常識は通じないのだろう。

「いいか? その花を持って、明日あのおなごにてわたすのじゃぞ? あの娘もお主と同じ、鮮やかさが欠如しておる。そのような若人は好かん! じゃから?」

「だから?」

「お主とあのおなごをくっつけてやる」

 ペシ。と月刊漫画の雑誌で頭を叩いてやった。

「なにをする!」

「こっちのセリフだ」


 もう少し小町のやつはぼくにつきまとうようだ。この関係も悪くない。


 翌日ぼくはチューリップの鉢植えと、あの3年の先輩以外には見えないらしい小町という神だか祟り神だか、バケモノだかを引き連れて大学に向かった。

 空き教室で手持ち無沙汰を解消するために小町と漫才をしていると、花生と尊とかいう先輩がやってきた。

 先輩は着物を着ていた、成人式とかできるようなやつではなく、おとなしくも鮮やかな着物だった。

 良い土と風と水がなければ育たないチューリップのような、背筋の伸びた凛とした姿だった。

 言葉は必要なかった。



 ぼくは小町の思惑通り、恋に落ちる。

 それから数年経って、ぼくの部屋の窓辺には――。

 


 今も紅小町のサボテンが花を咲かせている。



修正を入れました、すみません。

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