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【006】目覚めによる異変

 一方────。


 ジャンタ達は枯れ森の中にいた。前を向き、全力で森を駆け抜けるジャンタは、相変わらず恐ろしいスピードだ。この調子なら数分とかかず森を抜け出せるだろう。

 しかし────。


「どういう事だ……?」


 この状況にも慣れてきたツォイスはジャンタの背中から身体を起こし、視界が狭いながらも辺りを見渡した。

 あれからどれ程経っただろうか。そろそろ目的の町まで辿り着いていてもおかしくない筈だが、辺りは相変わらず森の中だ。


「おい! ちょっと止まれ!」


「え?」


 ツォイスの声にジャンタが応える。それから前方へ大きく飛んでスピードを落とし、間もなく立ち止まった。


「ツォイスどうしたの?」


「……兎に角一旦下ろしてくれ。ああ、アシュタル君も一旦下ろして休ませてやってくれるか?」


 ジャンタはキョトンとしながらもツォイスの言う通りにした。自身の姿勢を低くして、ツォイスとアシュタルを地面に降ろす。

 ツォイスは身体を反らせて伸びをし、ジャンタはその横にアシュタルを寝かせた。相変わらず苦しそうな表情で呼吸も浅い。


「……それにしてもあのアシュタル君がこんな事になるとはね。直接的なダメージはそんなにないはずなんだがなぁ。

 ──ああ、急に悪いな。なかなか森を抜けらんねーから確認しておきたくてよ」


 そう言ってツォイスは取り出したコンパスで再度方角を確認する。


「やっぱ方角は合ってるんだよなあ……」


「おれ、ちゃんと西の方に走ったよ?」


「……確かにそうなんだがよ……」


 じゃあ何で森から抜け出せないんだ、と続けようとしたが、口には出さず溜め息となった。そう聞いたところでジャンタがその答えを持っているとは思えなかったからだ。

 ツォイスは唸りながらバリバリと頭を掻き、一先ず休憩するか、と持っていた鞄から紙袋を取り出す。それは「念のため保存の効くものを用意しましょう」というロデの提案によって、ウルキの町で購入した菓子だ。特産品であるアガの実をドライフルーツに加工したものらしい。

 気分を落ち着かせるため、考えをまとめるために何となく取り出したものの、そもそもこういった菓子があまり好きではないツォイスはそれを手にしたままぼんやりしていた。


「ツォイス、それなに?」


 気づけばその菓子をジャンタが食い入るように見ていた。


「ああ、アガの実のドライフルーツだと。食うか?」

「くう!!」


 ジャンタがおうむ返しするとツォイスはそれを一つ投げてやり、ジャンタはそれを上手に受け取ってパクリと食べた。


「んんん、おいしい!! すっぱい、しぶい、ねちょねちょする!!」


 ……それは美味そうには聞こえねぇな、とツォイスは思った。だがジャンタは菓子を幸せそうに噛み締めてうっとりとしている。その姿が何だか可笑しくて、ツォイスはその菓子を一掴み取ってジャンタに渡してやった。


「わー!! ツォイス、ありがとう!」


 受け取ったジャンタはそれを美味しそうに頬張っていたが、しばらくして不思議そうにツォイスを見た。


「……ツォイスはどうして美味しいものをくれるんだ?」

「──あ?」


 美味しいかどうかは知らないが、ツォイスは単に不要な物を渡しただけだ。まあ、強いて言うなら──……。


「そうだなぁ。礼だよ、礼」

「れい?」

「ああ。まぁ、お前が俺らをここまで運んでくれたんだからな。」


 まだ森を抜けられてないけどよ、と付け足して、ツォイスもまた菓子を一つ齧ってみた。ジャンタが言った通りの味だ。正直、不味い。

 一方のジャンタは菓子をもりもり食べつつ、自分が良いことをしたのだと気付いて何だか嬉しそうだ。


「……町まで出られたら、せめてもう少し美味いモンも食わせてやるわ。」

「もっと美味いもの!? いいのか!? ツォイス、いい人だなー! その時はアシュタルも一緒に食べれるかな!」


 目を輝かせて見つめてくるジャンタに、ツォイスは思わず苦笑いを浮かべた。

 アシュタルの容態は相も変わらず悪い。それはルジルファによるものだと思われるのだが……この目の前にいる子供はそのルジルファと何らかの関係がある筈にも関わらず、それを理解していないように見えた。


「……なぁ、お前はルジルファの事を知らないんだよな?」


「ルジルファ? 知ってるぞ! アシュタルとツォイスが話してたやつだ!」


「いや、そう言う事じゃなくてよ……」


 ツォイスは頭を掻きながら溜め息を一つ吐いた。そんなツォイスの目の前でジャンタは首を傾げ、ツォイスの言葉を待っている。


「じゃあ聞き方を変える。お前、アシュタル君と闘ったのも覚えてないわけ?」


「? ……しらないよ??」


「────そうか。……ならいいんだ」


 ジャンタの答えを聞いてツォイスはどこか安堵していた。あの時の事をジャンタが理解してしまったら、またルジルファが現れるような気がして恐ろしかったのかもしれない。


「それならお前は川辺で転がってた()()()()って事か。お前、なんであんなとこで転がってたんだ? 服もボロボロだし……しかもその服、あまり見かけない生地だな。どっから来たんだ?」


「したい?? おれ、なんにも知らないってば。名前を呼ばれて、目が覚めて──あっ!」


 何かを思い出し、ジャンタは顔を上げた。


「そうだ、人影をみたんだ。おれ、そいつを追いかけないと」


「人影……?」


「ん! 枯れ木がいっぱいあって、空が暗くて、砂利道に立ってたひとが、塔の方に走っていった」


「はあ??」


 ジャンタの言っている事が何一つ分からず、ツォイスは顔をしかめた。それもその筈、この森には枯れ木がいっぱいという場所も、空が暗かった事も、砂利が敷かれた道も無かったのだから。


「まあいい、その話は後だ。兎に角お前は勝手にどこか行くなよ? 俺らはお前を探してこんな辺境の地まではるばる来てやったんだからな」


「おれを探しに? ツォイス達はおれを知ってるの?」


「……知っていると言えば知っているし、知らないと言えば知らないな」


 ツォイスはそう呟いて、この地へ赴く事となった経緯を思い出した。


 七年前に偶然手に入れた、とある邪教団の残したとされる予言書。それは古いものではなく、その予言内容もごく近い未来についてのみが記載されていた。

 その書を手に入れた当時、ツォイスも半信半疑ではあったが……それはアルベド団の結成に始まり、北の竜・ミェーチーに惨敗した際やその後の虚闇による被害についての詳細が綴られており、それらはツォイスが確認した限りでは全て実際に起こったのだ。

 そしてその予言書には『抗う者が集い九の年を経て、東の森で名を失った子供が目覚める。それは闇を統べる者であり、全てを知る者であり、混沌の終わりを告げる者である。』……と、あった。

 しかしいざ蓋を開けてみれば、その東の森にいたのは『名前()()を持った何も知らない子供』だったわけで、その予言書は最後の最後に外れた、という結果となったのだった。


「ツォイス、言ってる事が分かんないぞ?」


 考えを巡らせていたツォイスの顔を、ジャンタが不思議そうに覗き込んでいた。

 ────目の前の子供は予言書の内容のような禍々しい存在ではなく、どうしようもなくアホ面の何も知らないクソガキだ。分からない事も多いが、扱い方はそう難しくもない。きっと、これで良かったんだ。

 ツォイスはそう思いながら、「へっ」と吐き捨てるように笑った。

 ──その時だ。



「────おい……」


 掠れるような弱々しい声がして、ジャンタとツォイスは声の方を向いた。それはうっすらと目を開けたアシュタルだった。

 息も絶え絶えのアシュタルは仰向けに寝転んだまま視線をツォイスに向け、身体はまるで動かないと言うのに威圧感たっぷりに睨み付けた。


「ゴットハルト、何を…している……! 東の竜・アードミラーロの気配を…感じないのか……!?」


「──は……?」


 アシュタルが突然目を覚ました事以上に、その言葉はツォイスを驚かせた。ツォイスは口を閉じ眉をしかめ、辺りへ意識を集中させた。


「……ああ。確かに遠くには感じるがよ。これだけの距離があるなら心配は無いと思うが……?」


 四柱の黒い竜・烟獣が、直接人を襲う事は無い。

 嘗て北の竜・ミェーチーに挑んだ時ですら、兵の死因は濃度の高い黒煙を至近距離で浴びたことだったのだ。兵の九割はその場で絶命し、生き残った一割はと言えば、ミェーチーに怯え近付くことも叶わなかった者達ばかりだったという。

 ただ虚闇と呼ばれる黒煙を撒き散らし、近隣の人々に黒化(ニグレド)病をもたらしながら森の中を漂うだけの存在、それが四柱の黒い竜・烟獣。これはアルベド団の長年の調査によって判明している事実だ。(因みに、黒い竜や竜、という呼び名は俗称であり、烟獣という呼び名はアルベド団によって命名されたものだ。)


 それはアルベド団員であるアシュタルも理解している筈だ。アードミラーロと距離があることも否定してない。しかしアシュタルは尚もツォイスを睨んでいる。


「何を…悠長な事を……! アードミラーロは、こちらに向かって来ている……!状況が、変わった……!!」


「──はぁ!? なんだそりゃ!」


 あわてふためくツォイスを尻目に、アシュタルはその視線をジャンタに向けた。


「……名無しの、恐らく…これは、貴様の目覚めに……起因するのだろう……」


「おれ??」


 ポカンとするジャンタの横で、ツォイスは慌ただしく荷物をまとめていた。感知特化覚醒者である自分より先にアシュタルがその気配を察知した事には疑問が残るものの、これが本当ならアードミラーロの所謂活動範囲であるこの森を抜けなくてはいけない。

 今現在森を抜け出せずにさ迷ってはいるものの、いつまでもこうしているわけにもいかなかった。


「おい名無し君、兎に角行くぞ! まだ走れるか!?」


「……おれはジャンタだってば!」


 名前を呼んでもらえない事を不服と訴えながらも、ジャンタは先程のようにアシュタルとツォイスを担ぎ上げた。


「頼むぞ、全力のダッシュでな!」


「んん! まかせろ!」


 そう言ってジャンタは再び走り出そうとしたが……。


「…………?」


 ジャンタは遠くから迫る敵意を感じた。それは自分に対して向けられたものなのか、或いは全員に向けられたものなのか、正確な事は分からない。

 だがそれは確かにこちらに向けられていて、恐ろしいスピードで向かってくる。


「ねえ、何か来るよ?」


「あ? だから東の竜・アードミラーロだろ……!?」


「りゅう? ううん、それとちがくて……。わー! 追い付かれる!! 」


 ジャンタが何を指して言っているのか、アシュタルにもツォイスにも分からなかったが……ジャンタが猛スピードで走り出した事によって、それ以上考えを巡らせることは叶わなくなった。

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