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【031】そして、繋がっていく

 アルベド団東支部アードミラーロ観測基地。そこは普段、少人数の感知・干渉覚醒者が常駐しているだけの静かな場所だ。しかし今は人の出入りも多く、枯れ森から担ぎ込まれた怪我人の手当てに追われている。


 エズムが意識を取り戻してから、暫くの時間が経っていた。外は既に暗く、月明かりが森を照らしている。

 エズムは硬いベッドに横たわっていた。その回りを薄茶けた衝立がぐるりと囲っており、一人ぼんやりと天井を眺めていた。

 エズムの意識が途切れた中型烟獣出現の後……何が起こり、どうやって枯れ森から脱出したのは大筋で聞いている。()()()()皆も命に別状はなく無事だと聞いた。出血の酷かったアトリーと、分隊のリーダーを務めたクーストスについても相当な大怪我だったそうだが、今は二人も意識を取り戻し、回復に向かっているそうだ。虚闇による肉体への干渉を受けているせいか、覚醒者は怪我の回復速度が尋常ではなく早いのだという。

 だがその二人より症状が重かったのはエズムだと聞き、エズムの中で、時間の経過と共に恐怖心がじわじわと大きくなっていった。枯れ森での自身の行動を思い返すと、反省しなければいけない事ばかりだ。


 ────アトリーさんも、エルミダさんも、わたしのせいで怪我をさせてしまったんだ……。わたしがしっかりしてなかったから。あの時わたしは何をするべきだった? この時は……。──ああ、違う。


 エズムは枯れ森での出来事を思い返しながら、隊列が崩れる原因となったものを思い出した。それは複数個の眼球を持った、あの大型烟獣が現れた時だ。あの時エズムは酷く取り乱してしまっていた。


 ────あれはわたしのトラウマが具現化した姿じゃないかって、グレアムさんが言ってたみたいだけど。わたしはそうなのかよく分からない。


 分からない。そう思いつつも、あの大型烟獣がエズムのトラウマをフラッシュバックさせたのは事実だった。


 エズム・グリンハウン。

 グリンハウン家は代々ウルキの町長を務めてきた家柄だった。父も爵位を持つ貴族であり、母も良家の出身だ。そんな二人の子供であったエズムだが、幼少の頃より天真爛漫でおかしな事にばかり興味を持つ変わった子供であり、両親はそんなエズムをあまり良く思っていなかった。

 それでもエズムはしたい事をし、好むものを好み、充実した幼少期を過ごしていた。……エズムには弟がおり、両親の興味は弟にのみ注がれていたからだ。

 しかし弟は幼くして命を落とした。弟に注がれていた両親の愛情は行き場を無くし、やがて憎悪となって残されたエズムへと向けられていった。幼いエズムを父の冷たい瞳が見下ろし、忌々しげに顔を歪ませた母に虐待を受ける日々。そういった経緯もあり、両親が長であるウルキの町は、エズムにとって触れたくない場所となっていったのだった。


 しかしエズムはそれを誰かに打ち明けたりせず、ずっとその胸にしまい込んでいた。

 ……無様に思えたのだ。安っぽい同情を乞うようで。高貴な両親が庶民的な娘を忌む。そんな、どこにでもあるような話を自らに起きた悲劇とし、口にして認めてしまったのなら……自分の存在そのものまで安っぽくなっていくようで。どうせトラウマを背負うのなら、もっと違う形のものが良かったのにと、妙なコンプレックスさえ抱いていた。


 ────ちゃんと向き合わなきゃ、わたしはずっとあの記憶に囚われたままだ。


 エズムはそう思いながら、自身の身体にかけられた薄布を引っ張り上げて、顔を覆った。


 ────でもそんな事をしなきゃいけないなら、副班長なんて辞めたい。……そもそも、あんな姿の烟獣さえ出なければ、わたしはわたしで居られたのに。どうして、どうして……


 妙にかさついている目元。眠りながら、ずっと涙を流していたのかもしれない。……現に今だって視界が潤み、ぼやけている。

 エズムは何もかも打ち消すように目を固く閉じた。その瞳から伝うものは、薄布に吸い込まれ消えていった。






 ──────────






「……そうか。エズムが目ぇ覚ましたか……」


 そう呟くドラヴァンは観測基地の外にいた。出入口のドア付近はガス灯の灯りに照らされており、その灯りの下で壁に背を預け座っている。

 その隣には車椅子に乗ったエルミダと、エルミダに頼まれ車椅子を押してきたエドレドの姿があった。


「あとはギュスターヴが目覚めてくれればいいんだけど。傷がかなり深くて、今夜が峠じゃないかって」


 エルミダが静かに呟く。

 ギュスターヴはクーストスの分隊に同行した感知覚醒者で、第四班が馬車で移動する際の御者を務めていた人物でもある。クーストスの分隊であったミルとトゥーレの話では、大量に発生した眷属烟獣がギュスターヴばかりを狙ったのだという。こちらの分隊での調査の際もグレアムが狙われていたのを見ている為、理由は分からないもののエルミダとしてはやはり、という気持ちがあった。

 しかしそんな事など分からない新人のエドレドはその流れを断ち切るように、無自覚に口を挟んだ。


「でもエズムちゃん、まだ混乱してるみたいでした。俺の事も()()()()()みたいだし……」


 エドレドは車椅子に手をかけたままドラヴァンの方を向いた。

 エズムとエドレドは同じウルキの町の出身だとは知っていたが、二人は顔見知りであり、エズムとは幼なじみのような関係だったのだという。エドレド話を聞く限り、どちらかと言えばより年の近い姉の友人、といった関係のように思えたが。


「…………本当に知らなかったりしてな?」


 ドラヴァンが悪戯っぽく笑ってエドレドを見上げると、エドレドは言葉を詰まらせ小さく唸る。


「それは……わ、忘れられてるかもしれませんけど……。でも俺は良く覚えてますよ。エズムちゃんは昔よく俺の家に来てましたから」


「……へえ、確かお店やってるんだっけ?」


 そこにエルミダも割って入った。背後に立つエドレドの方を向き、小さな少年を見上げる。


「あ、はい。居酒屋と……簡易的ですけど、宿屋も兼ねてます。以前は俺も厨房に立ったりしてて……」


「おっ! エドレド、お前さんもしかして料理作れるのか!?」


 パッと顔を上げたドラヴァンが柏手を打つ。


「まあ……。簡単なものなら作れますけど……」

「そうかそうか! ならお前さん、観測基地(こ  こ)の調理場使って、皆にメシを振る舞ってやってくれねぇか? 今はこんな状況だし、皆メシを作ってる余裕もなさそうだしな……」

「え、いや! そんな勝手な事をしたら迷惑なんじゃ……」

「迷惑なんて事はねえだろ。ま、細かい事はここの常駐員の……グレアムってヤツに聞けばいいさ。それに俺もいい加減腹減っちまってな。……な?」

「…………分かりましたよ。じゃあグレアムさんと話をしてきます」


 そう言ってドアの向こうに消えていくエドレドを見送ってから、エルミダは苦笑いを浮かべてドラヴァンの方を向いた。

 ドラヴァンは頭を抱え力無く笑い、口を開く。


「……アトリーとは話せたか? お前さんを庇ったらしいじゃないか」


「ええ、話したわ。でもその事を謝ろうとしたら『そんな事はしていない』って突っぱねられちゃってね。落ち着いたらもう一度話してみるつもり」


「そうか。アイツらしいな」


 そう言ってドラヴァンは俯く。

 エルミダはもう一度ドアの方を見てから、ドラヴァンの方へと向き直った。


「……エドレド君に聞かれて困る話?」


 ドラヴァンの考えを見透かし、エルミダがそっと話を切り出す。ドラヴァンがエドレドに厨房に行くよう促す様子は余りに態とらしかったのだ。だがドラヴァンは表情を変えず溜め息を吐く。


「エドレドはなかなか気の良い奴だろう?」


「……そうね。それに覚醒者としても新人離れした動きだった。まだ粗いけど、でも武器を扱うセンスに長けてる。あんな扱いにくい型の覚醒具をものにしちゃうんだもの。……ドラヴァン班長と同じ、細くて長ーい型の、覚醒具をね」


 何か言いたげな態度を取りながらそれを口に出そうとしないドラヴァンに対し、エルミダは態と吹っ掛けるような言葉を選ぶ。

 やがてドラヴァンも重い口を開き、不器用に話を切り出した。


「…………以前から出てた異動の話なんだが……お上からちょっと急かされてな」


「? それって、エズムを班長にした新しい班を作る、っていう……? エドレドも……」


 エルミダは首を傾げる。

 この話は当事者である二人の耳には入っていないのだが……エズムと、今後配属されるとされていた新人、即ちエドレドについては第四班で育成した後、異動させるという話が元々あった。

 エズムを副班長に任命したのは武装覚醒兵団より更に上の、本部長による指示によるものだった。いずれ第八班を結成させ、その班の班長をエズムとするのが本部長の腹積もりだ。また新人であるエドレドについても、類似した覚醒具を持つドラヴァンの元で育成し、行く行くはその班へ異動させるつもりらしいと聞いていた。

 しかしそれを実現するにあたって……エズムの班長としての育成は成功したかもしれないが、班員となるべき武装覚醒者が揃っていない。いくらなんでも班員がエドレドだけでは心許ないし、他の班から割り振るにも人員に余裕のある班なんて無い。

 だがドラヴァンはエルミダの疑問を打ち消すように口を開いた。


「お上は班を新規に結成する事は諦めたらしい。……二人の異動先は……第二班だ」


「だっ……だ、だだ第二班!?」


 エルミダは驚きのあまり車椅子から落っこちそうになった。目は見開き口はあんぐりと開いたまま思わず固まってしまう。


 第二班。班長をアシュタル、副班長はおらず、代わりに班長補佐として非覚醒者のロデが在籍する班だ。

 正直なところ、アシュタルは覚醒者としても人としても近寄りがたい存在だった。それは虚闇内在型武装覚醒者という非常に特殊で強大な力を持っている事に加え、この国の最高位であり君主である侯爵家の長男でもある為だ。……寧ろ、あの班は班員を増やすことを拒絶しているようにも見えていた。

 アシュタルは整った顔立ちであるが故、女性らが嬉々として噂話をする姿は良く見掛けた。しかし実際に彼に近付けるのは……エルミダが知る限りでは、教育班兼第三班副班長であるロッセ位のものだった。アシュタルに対するロッセの猛アピール振りには正直呆れてしまう程だったが、アシュタルに対し腫れ物に触るかのような周りの人間の態度を見ているとその考えは改めさせられ、ロッセの行動に関心せざるを得なくなってしまったものだ。

 エルミダはそんな事を考えていた為「そんな事したらエズムがロッセに恨みを買いそう……」等と的外れな言葉をポロリと溢してしまっていた。それを聞いてドラヴァンもフッと笑う。


「……それだけで済めば良いけどな」


「で、でも、何で今更……!? だって、第二班は……私てっきり、敢えてあの班編成になってるんだと思ってたのに」


「ああ、やっぱりそう思うよな……? そこが俺にも分からねえトコでな。思い当たる理由は無い訳じゃないが、それだけだとは思えねぇんだ」


「理由……?」


「……第二班の任務が更新されたらしい。アードミラーロの……()()だそうだ」


「えっ………………!?」


 エルミダは思わず息を飲んだ。

 アードミラーロを含む、四柱の黒い竜・烟獣は今の覚醒者の力では勝てない。だからこそアルベド団はこれら四柱の烟獣について、接触禁止令を出している。それなのに突然討伐を……しかも第二班のみに命じるなんて、気が触れたのではないかとしか思えない。


「第二班を死なせるつもり……!? まさか」


「そう、そのまさかだろうな。アシュタル坊っちゃんに消えてほしいと考えている連中がここぞとばかりに声を荒らげてるんだ。その証拠に、この指令が出たのは今朝……四柱の烟獣の異変が確認されて間もない頃らしい。俺も今しがた知ったし、恐らく当の第二班もついさっき聞かされたんじゃないかと思うがな……」


 そう言ってドラヴァンは胸元から何かを取り出した。それはタイプライターで打たれた文字が並ぶ、一枚の紙だった。恐らく基地内にある、本部との連絡器機によって伝えられた内容を打ち出した物だと思われる。その内容も本部から出された指令についてのようだ。

 ドラヴァンはそれをエルミダに差し出し、その視線を森の方へと向けて静かに続けた。


「第二班にアードミラーロ討伐指令が出た後に……調査に入った班員が次々負傷して、それがその指令を出させた奴の追い風になったんだろうな。四柱の烟獣に対抗出来る可能性が一番高いなんて言われてる虚闇内在型のアシュタル坊っちゃんに白羽の矢を立てて『これ以上犠牲が出ては困る』なんて態とらしく泣きついてやがるんだ」


「……それで、異動を急かされてるって事はつまり、その任務遂行の為にエズムとエドレドを第二班に差し出せ、って事なの……?」


「いや、それも違う気がする。お上は急かしてはいるが、二人の異動時期については俺に一任してくれてるんだ。しかもそれは第二班にアードミラーロ討伐指令が出た後だ。……俺がその討伐指令を聞いた上で、少なくとも今は二人を異動させたがらない事くらい、分かってるんじゃないかと思えてな」


「……? 良く、分からないんだけど?」


 渡された紙に目を通したエルミダはドラヴァンの方を向き眉をしかめる。


「ああ、俺も分からん。分からんが……アシュタル坊っちゃんを消そうとしている連中がいる一方で、それとは別に、アードミラーロ討伐の任の()の事を考えている奴が居るって事だ。まあ、この異動に関しては単に第二班がアードミラーロに殺られちまった後の後釜に、ってだけかもしれないがなあ」


 そこまで言ってドラヴァンは深く溜め息を吐き、目を臥せた。


「……俺は不気味に思うんだよ。後者の……この異動を決めた奴が、アシュタル坊っちゃんがアードミラーロを討伐する未来を見てるようで。それを信じて疑っていないようでな。いくらアシュタル坊っちゃんでも、アードミラーロが被侵蝕干渉領域を纏っている以上無駄死にするのは目に見えているにも関わらずだ」


 ドラヴァンは、逆に討伐指令を出した前者の方はやり口がお粗末で呆れちまうけどな、と付け足して口を閉じた。

 武装覚醒兵団は本部に措かれており、お上と言えば本部長かアルベド団総長となっている。しかし総長が直々に命令をくだすことはなく、お上の指令とは本部長による指令を指していた。ただし総長に対するザクゼン侯の発言力は大きく、本部長に対する総長の発言力も大きい。団内では色々な思惑が錯綜しており、本部長はそれらの傀儡に過ぎなかったのだ。ドラヴァンもエルミダも、本部長に指示を出させているものを探り、恐れた。


「エズムとエドレドは……一体何に巻き込まれようとしているの……?」


「それが分からねえからなあ。俺が二人にしてやれる事は、異動を急かしてくる奴をのらりくらりとかわし続ける事だけだ」


 そこまで言ってドラヴァンは自嘲しフッと笑った。これでは班員の二人可愛さに、アシュタルに差し出すべき手を引っ込めたような物だと気付いたからだ。

 ドラヴァンの様子を見てエルミダもそれに気付いたようだった。眉間にシワを寄せ、神妙な面持ちでドラヴァンから視線を外す。


「……俺は悪い班長だからな。だが第二班に罵られ恨まれたとしても、慎んで全て受け止めさせてもらうさ」


「ねえ、ドラヴァン班長」


 エルミダが静かに口を開き、顔を上げてその目が真っ直ぐドラヴァンを捉えた。


「……私が班長だったとしても、同じ事をすると思う」


 エルミダの表情は真剣そのものだったが、ドラヴァンは態とらしくおどけ、笑った。


「ハッハ! そうかそうか。……だがお前さんは班長じゃないからな。俺に同調する必要は無い。背負うのは俺一人で十分よ」


 そうは言うものの、そう思うのであればこの事は胸に止めておけば良いだけの話だ。にも関わらずこうしてエルミダに溢したのは────……。


「…………いや、すまん。お前さんは聞き上手だからと甘えちまったんだ。俺の覚悟が足りなかったんだよ。……だが、聞いてもらえて助かった」


「……こんな大事な事を伝えてもらえない方が困るんだけど?」


 腕を組んだエルミダに睨まれ、ドラヴァンは引きつった顔で笑った。




 名無しの子供・ジャンタの目覚めによって四柱の烟獣に異変が起こり、それはやがて大きな渦となって多くのものを巻き込み出した。それはアシュタルをはじめとし、ロデを飲み込み、ツォイスを飲み込み……今まさにエズムとエドレドをも飲み込もうとしている。

 だがジャンタの目覚めをきっかけに生まれたその渦の中、未だ意思を持たないジャンタはただただ流れに身を任せるだけのままだった。

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