【028】彼女の責任(こころ)の在処 ①
────班長のドラヴァンさんは、大役を与えられたわたしを信じてくれた。「気張らず周りを頼ればいい」と、背中を押して見送ってくれた。
わたしは幸運にも、頼れる仲間に囲まれていた。
クーストスさんはいつも一番落ち着いていて、どんな時も正しい判断をしてくれる人だ。それでいて傲らず控え目で、いつもわたしの横でそっとアドバイスをくれた。その正しさがわたしに自信を与えてくれた。
トゥーレさんは礼儀正しくて真面目で、そして兎に角優しい人だ。大人になれる程の経験も、子供でいられるだけの素直さも無いわたしだけど、トゥーレさんが目指すべき方向を指し示してくれたお陰で今のわたしがある。
ミルさんは怒りっぽくてあまり素直じゃないけど、曲がった事が大嫌いな真っ直ぐな人だ。それに彼女の言動がいつも仲間を思ってのものである事をわたしは良く知っている。ミルさんが仲間を思ってくれたから、わたしは居場所が出来た。
アトリーさんは沈着冷静で臨機応変な対応が出来る、実戦においてとても頼りになるお兄さんだ。言葉は時々きついけど、その気持ちはいつも行動で示してくれる。第四班の任務での実績を多く残せたのは、わたしのミスをアトリーさんがカバーしてくれていたお陰だ。
エルミダさんは気が利いていつも周りを良く見ている、第四班の潤滑油的な存在だ。協調性があって、だけど個を消しきるような事もなく……第四班という集団において、自分の役割を認識しながら適切な距離を取り続ける事が出来る人だ。彼女が居なければ、わたしに副班長は務まらなかった。
だけど、そんな彼等を指揮する副班長がわたしだなんて……寧ろ彼等こそ人の上に立つべき人材であって、わたしなんかの指示で動かなければならない今の仕事は彼等には役不足なんじゃないかと思える。
わたしじゃ力不足だ……わたしなんかじゃ……。
「…………っああああああああ!!」
エズムは自らの覚醒具である大槌を構え──勢い良く振り下ろしたその先で、小さな眷属烟獣が大破した。
しかしエズムはコアの破壊を確認する間も無く直ぐに地を蹴る。そして跳躍した先で更に大槌を振るい、そこに漂っていた眷属烟獣をも一撃で大破させた。
──森へ入ってから最初に遭遇した眷属烟獣である、漆黒の赤子を討伐後……十数分の間を置いて、今度は複数体の小型眷属烟獣が現れていた。
初戦で消耗したエズムは序盤は後方支援に回っていたものの、現在それなりに回復した為前線へ出ている。それもその筈で、あの巨大な漆黒の赤子を倒してから一時間近い時間が経っていたのだ。
その間も小さな眷属烟獣は絶える事無く続き、エズム達は進む事も退く事も儘ならない状態だった。
「エズム! 下がれ! 前に出過ぎるな!」
エズムに向かい後方からかけられた声は、アトリーの物だった。
「……わ、分かってます……!」
エズムはそうは言ったものの、ばつの悪そうな顔で振り返り──手薄になっていた陣形の中央に複数体の小型眷属烟獣が迫っているのに気付いた。
「グレアムさん!!」
そう叫び慌てて踵を反すエズムの様子を見て、アトリーとエルミダもその気配に気付いたようだ。離れていたエズムより先に跳躍し、それぞれ迫っていた眷属烟獣を大破させた。
「やっぱり……眷属烟獣はグレアムを狙ってない?」
「……私もそのように思います」
口を開いたエルミダに対し、グレアムが答えた。
思い起こせば漆黒の赤子の時もそうだった。──眷属烟獣は、何故かグレアムを狙っている。感知覚醒者を狙うというのは道理として分からなくもないが、その徹底ぶりは眷属烟獣らのスキにも繋がっていた為、理解し難い行動でもあった。
「……一度立て直す必要がありそうですね……。撤退、しましょう」
その判断を自信無さ気に口にするエズムだったが、アトリーもエルミダもグレアムも異論は無いようだった。
「では……これより撤退を開始します。アトリーさんはグレアムさんを守りながら後退し、エルミダさんとわたしは眷属烟獣を討伐しながらそれに続きます。……グレアムさん、信号弾を!」
エズムの指示によってグレアムが信号弾を打ち上げる。それを合図に、エズムらは枯れ森からの撤退を開始した。
「あまり無理しないでよ? エズムの覚醒具は小型烟獣には向かないんだから」
エルミダは自らの覚醒具である細剣を振るって小型眷属烟獣を討伐し、そのまま後退しながら後方のエズムに話し掛ける。
「……はい。小型眷属烟獣についてはエルミダさんのサポートに回らせてもらいます」
申し訳無さそうな顔でエズムが答えるが、エルミダはそんな様子を見て困ったようにフッと笑い、エズムに背を向けた。そして木々をすり抜け向かって来た小型眷属烟獣を一刀両断する。
エズムやアトリーの覚醒具は小型の烟獣には向かない。二人の覚醒具は威力が高い分体力の消耗も激しく、所謂雑魚にあたる小型烟獣相手ではオーバーアタックとなってしまう。逆にエルミダの覚醒具は威力が低い分体力の消耗も抑えられる。つまりエズムやアトリーは少数の大型烟獣討伐向きであり、エルミダは多数の小型烟獣討伐向きなのだ。
しかしエズムはそれを分かっていながらも、サポートに回らなくてはいけない事をもどかしく感じていた。
────わたしが守りたいものなのに。わたしは……わたしがやっと、見付けられた居場所……
エズムの精神状態は良好とは言えなかった。それは副班長として任に就いたからと言うより、生まれ育った町であるウルキに所以していた。
エズムにとってウルキは──思い出したくない記憶が詰まった場所だったからだ。
────あの場所から解放されて、やっと必要とされる居場所に出逢えたのに!
「……副班長さん!」
不意に声を荒らげたのはグレアムだった。
「この付近で何らかのコアを拾い、小型眷属烟獣討伐後の残留虚闇から別の烟獣が生成されます!」
しかしその声はエズムに届いていなかった。思考の海で溺れながら、グレアムの声は波の音にかき消されていくようだった。
────わたしがやらなきゃ……わたしが……わたしは……?
そうしている間にも虚闇は一点に集まりだし、じわじわと体積を増して巨大な黒雲になっていく。その中心には巨大な目玉が生成され、それがエズムを冷たく見下ろしていた。そしてエズムもまた立ち尽くしたままそれをぼんやりと見上げている。
「クソッ……エズムはどうしたんだ! エルミダ! 代われ!」
後方からアトリーが叫び、それに同意だったエルミダも指示を仰ぐためエズムの肩を掴んだ。
「ねえエズム……! ────!?」
エズムの顔を覗き込みエルミダがビクリと肩を揺らす。エズムは今まさに生成されていく目玉のような烟獣を見上げながら震え、涙を流して固まっていたのだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!! もう打たないでください! わたしちゃんと良い子にするから! もっと頑張るからああっ!!」
「ちょっと……何言ってるの!? 落ち着きなさいってば!」
しかしエズムは膝から崩れ落ち、肩を抱いてガタガタと震えるだけだった。
「エルミダ! エズムを連れて後退しろ!」
「ええ!」
エルミダは細剣を片手にエズムを抱え、後方へと走った。両手は使えないが、それ以上に身体能力強化スキルが付与される抜刀(覚醒)状態の方がずっと動き易いのだ。
エルミダがグレアムの所まで下がったのを確認し、アトリーがやや前に出た状態で再度後退を始めた。小型眷属烟獣が現れる様子も無い為先程までよりもスピードを上げて走る。
「何とかあの大型烟獣が形になる前に森を抜けたいんだがな……」
後方を確認しながら走るアトリーが忌々しげに呟く。烟獣が森の外に出た例は殆ど無い為、烟獣の活動圏外である森の外へ脱出出来れば恐らくあの大型烟獣を討伐する必要性は現時点では無くなると言える。
しかし同じ覚醒者でも武装覚醒者とは発動スキルの違うグレアムは並の人間と同じ身体能力であり、元々大荷物を背負っていた為既に息も絶え絶えだ。加えて森の中は足場も悪く、このままではあの大型烟獣に追い付かれる事は目に見えていた。
「……グレアム! その大荷物はその辺に置いていけ!」
「し、しかし……」
「……支部長には俺が話をつけてやる。このままじゃ全滅しちまうぞ!」
「………………分かりました……」
アトリーに促され、グレアムが木陰に荷を下ろした。その大荷物が重量感たっぷりに傾き細い木の幹へと寄りかかると枝葉がザワリと揺れる。
「エルミダ、エズムを背負って走れるか?」
「え? ええ……」
エルミダの返事を確認すると、アトリーはグレアムの方を向いて言葉を続けた。
「俺はグレアムを背負って走る。俺達は少し距離をおいて走った方がいいかもな……兎に角一刻も早く森を抜けよう」
アトリーの発言に対しグレアムが驚いたような反応を見せるも、有無を言わせないといった態度のアトリーはそれを無視した。
「でも、眷属烟獣はグレアムを狙ってるかもしれないじゃない!? もし遭遇した時にアトリーだけじゃ……」
「どちらかでも脱出出来れば御の字だ。エズムが使い物にならないんじゃ、どうせこれ以上マシな方法も無い」
「………………」
エルミダに抱えられたエズムは心此処に在らずといった様子だ。虚ろな目からは絶え間無く涙が流れ、ブツブツと何か呟きながら身体を震わせている。
「……一体どうしちゃったって言うの……」
困惑した表情のエルミダがそう呟くも、エズムの反応は無かった。それを見たアトリーも諦めたように溜め息を一つ吐き、戸惑うグレアムをその肩に抱えた。
「……エルミダ、行くぞ」
エルミダはエズムを背負い、アトリーはグレアムを肩に抱え……二手に分かれ、それぞれ森の外を目指し走り出す。
しかしそれと同時にあの大型の眷属烟獣は烟獣としての形を成し、エズムらの方へと迫ってきた。




