【024】アードミラーロ観測基地
(ああっ! ドキドキした!!)
宿を出たエズムは、外に停めている馬車へと足早に向かっていた。
(こんな風にちゃんとお話ししたのは初めてだったけど、やっぱりロデさんってオトナな感じでカッコいいなぁ……。
…………って! これから枯れ森に入るのにこんな事考えてる場合じゃない! しっかりしなきゃ!!)
エズムは緊張感の無い思考を打ち消そうと頭をプルプルと振り、両手で頬をパシンと叩き自分を諌める。そして深呼吸を一つして前を向いた。
「おかえり、副班長!」
馬車のカーテンの隙間から顔を出した女性が態とらしい言い回しでエズムに声をかけた。
「……エルミダさん……そんな意地悪い呼び方しないでくださいよ」
エズムはムッとした顔を向けながら馬車に乗り込み、御者がそれを確認すると馬車はウルキを発った。
第四班はドラヴァンを班長とし、副班長がエズム、班員はエルミダ、アトリー、ミル、トゥーレ、クーストスの計七人で構成されている。
簡潔に紹介すると、エルミダは二十代後半の女性、アトリーは二十代半ばの男性、ミルは二十代前半の女性、トゥーレは二十代半ばの男性、クーストスは三十代前半の男性だ。皆エズムより年上の為、エズムの事は妹のような娘のような目で見ていた。
御者を務めている三十代程度の男性については所属する課が違う為面識は無かったが、名をギュスターヴと言うらしい。サーチ能力の低い傾向にある武装覚醒者の能力を補うために派遣された、感知覚醒者だ。
エズムが宿を訪ねているあの短時間で馬替えをしたようで、スピードを増した馬車は二十分とかからず目的地へと到着した。そこは枯れ森の西側に位置している、アルベド団東支部・アードミラーロ観測基地だ。
「武装覚醒兵第四班だな……随分と遅かったじゃないか」
馬車から降りてきたエズムらにそう声をかけたのは、この観測基地の常駐員の男だ。数十人の常駐員の中でもリーダー格のようで、克つ本部の人間をあまり良く思っていないらしい。横柄な態度が目につく。
「私がここの支部長だ。……状況の説明が必要なら私についてこい」
そう言って支部長は踵を返し、基地へと歩いていってしまった。まるでエズム達の言い分など聞く気はないといった態度だ。
「だっ第四班、到着しました! 第四班副班長、エズム・グリンハウンです! よろしくお願いします!」
用意していた台詞を言うタイミングを逃してしまうも、エズムは受け答えの言葉として何とか詰め込んだ。しかし支部長はそんなエズムには目もくれず、基地内へと入って行ってしまっていた。
副班長の大役を任されながら出鼻を挫かれたようで、肩を落とすエズムだったが……仲間らはそんなエズムの背中をポンと叩いて「気にするな」と言いたげに目配せしていく。そして彼らに奮い起たされるように、エズムは顔を上げて支部長の後を追った。
アルベド団東支部はレンガ造りの建物だ。建物自体の造りは飾りっ気が無く簡素ではあるものの、その建て構えはどこか威圧感があった。その内装も特に凝った造りのものは無いように見える。しかし室内は山のように積まれた書類で乱雑としており、外観とはまた違う重い雰囲気が漂っていた。
エズム達が通されたのは来客用の部屋のようだ。しかし、アルベド団における武装覚醒兵への待遇や与えられた部屋を考えると、随分と落差を感じる。支部長に「そこにでも掛けてくれ」と指されたソファーもボロボロで、所々中綿も飛び出ていた。本部の人間が一方的に嫌われるのは、こういった部分が要因となっているように思える。
ローテーブルを挟んで対面式になっている三人掛けのソファーには副班長であるエズムを真ん中に、その左にはエルミダ、右にはクーストスが掛け、他の班員であるアトリー、ミル、トゥーレはその後ろに立った。御者のギュスターヴは部屋のドア付近に立っている。
「……第四班副班長のエズム・グリンハウンです。班長のドラヴァンは諸事情により到着が遅れておりますので、アードミラーロの状況はわたしが伺います」
今度は慌てる事無くハキハキと言葉を発する事が出来たエズムだが、エズムの正面に座っている支部長はあまりいい顔はしなかった。年端もいかない小娘相手にへりくだらなければいけないのが嫌なようだ。勿論、エズムはそんな対応など求めていなかったが。
支部長の男は無言でローテーブルの上に複数枚の書類を並べた。
「これが先週までの状況……そしてこれが、異変が観測された際の状況のデータだ」
書類を手に取り、エズムはそれをじっくりと見つめた。
「すごい! 今までのデータがこんなに事細かに……!! 虚闇総量の変動! 濃度に干渉度数! それに伴う虚闇の放出量の概算! ……それからこっちは……これが昨日のデータですね。ああっ何ですかこれ! 高濃度箇所の変動にコアの信号変化! 烟獣を形成する虚闇同士の結合性の一部低下! この数値から必要とするコアの基準緩和、いえ水準低下が考えられますね! それからそれから……!」
トンッ
不意に横のエルミダから小突かれ、エズムはハッとして顔を上げた。いつものクセでつい興奮してしまったようだった。
「すっすみません! つい……」
「あ、ああ……」
どうやら支部長の方もエズムの反応に面食らったようだった。恐らくエズムの見た目から、烟獣の知識は最低限のレベル程度であろうと推測していたのだろう。
エズムは一呼吸置いてから口を開いた。
「この反応を見ると……昨日の異変というのは烟獣の存在がまるで別の物に変換されたようにも思えますね」
「……そうだ。烟獣から放出された虚闇は今までは人間にのみ反応するような性質だった。しかしその性質は著しく変化し、人間以外のものも侵蝕……もとい、コアとする事で眷属烟獣が発生しやすいものとなっている」
「黒化病患者を生み出す為に存在したものが、今度は眷属烟獣を生む為のものに存在が変換された、と言った状況ですね。そしてその要因が何かは分からない、と」
そこまで言って、エズムは考えを巡らせた。
眷属烟獣は物理干渉を受けない為、それらに存在意義があるとすれば、対覚醒者・黒化病患者と言うことになる。そもそも烟獣はこの国の人々を憎んでいるルジルファの化身だと言われており、人間を弱らせ、殺すのが目的であれば、この変化は分からなくもない。……だがそれにしては、随分とまどろっこしいやり口に思える。
因みに眷属烟獣の虚闇によって健常者が黒化病にかかる可能性は低い。これは覚醒者からの感染が無い事と同じ原理で、コア(覚醒者であればその肉体をコアとする)が安定する事でコア以外への侵蝕が起きにくくなるのだという。ただしコア破壊後に残留した虚闇からは感染する為、健常者にとっても危険である事に変わりはない。
エズムは口元に手をあて無意識にウーンと唸っていた。そしてふと思い出す。
「あっそう言えば……ウルキにツォイスさんが来ていたのはご存知ですよね? ツォイスさんにデータ資料は提出させてないですか?」
「………………」
エズムに言われなければ出さないつもりでいたのか、支部長は書類の山から数枚の書類を取り出してエズムに差し出した。こんな辺境の観測基地に派遣された彼らにすれば、本部で悠々自適に暮らしている団員に仕事を奪われたようであまり良い気はしなかったのだろう。
エズムもだんだんと彼らのそんな気配を察知し、その書類に目を通しながら感嘆の声が漏れないよう心掛けた。それにしても────。
「……ツォイスさんの字、相変わらず汚いですね……わたしは見慣れてるからまだ読めますけど」
これは昨日ツォイスが宿で取ったデータだ。酒場で酒を飲んだ翌朝ではあったが……この字の汚さは酒が残っていたせいではなく、普段と変わらないものだ。
エズムは書類をローテーブルに置き、顔を上げて所長の方を向いた。
「それで、わたし達は森で烟獣の変化の要因を探し、眷属烟獣の発生を確認次第討伐すれば良いんですね?」
「そうだ。ただしアードミラーロへの接触は許可されていない。規定の距離を空けるよう常に心掛けろ。それから……お前達に私の部下を一人預ける」
そう言って支部長はドアの前に立っている男性を指した。
そこには御者を務めていたギュスターヴの他に、恐らく支部長の言う部下であろう男性が立っていた。二十代半ば程度だろうか、班員のアトリーと同じ位の年齢に見える。
「アードミラーロ観測基地所属のグレアムです」
そう言ってグレアムと名乗る男性がペコリと頭を下げる。支部長はそれを確認し、再び口を開いた。
「第二班の合流が難しいとの事だったからな……第四班には二手に分かれて探索を行ってもらいたい。グレアムとギュスターヴについてはそれぞれに付き、周辺のサーチと……連絡手段として信号銃を携帯させる。信号弾は白、赤、黄、黒の四種。それぞれ発砲時の発煙に加え、打ち上げ後に爆発し音を発するものだ」
「……それなら森の中でも見落とす心配は減りますね。では……」
エズムは班員を見回し、少し考えてから口を開いた。
「二手に分かれるにあたって、もう一人のリーダーをクーストスさん、お願いします。それぞれをA班、B班とし、A班はわたしとエルミダさんとアトリーさん、B班はクーストスさんをリーダーにミルさんとトゥーレさん。サポートは……グレアムさんがわたしの班に、ギュスターヴさんがクーストスさんの班に……付いてくだ、……さ、い……」
不安になったエズムは急に萎縮し、同意を求めるように辺りの様子をチラチラと窺った。皆概ね賛成のようだ。
「……ふん。それで良いだろう。方位と時刻の確認は怠るなよ。日が落ちる前に基地へ戻れ。夜の森は烟獣の有無に関わらず危険な場所だからな」
「はい。……では、あまり時間も無いので早速ですが森へ入ります。それではグレアムさんをお借りしますね」
そう言って基地を出ると、エズムとクーストスはそれぞれの進路を話し合ってから枯れ森へと足を踏み入れた。




