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【023】少女エズムと不安の種 ◇

挿絵(By みてみん)


 それは特異点(ジャンタ)の目覚めて二日目の事であり……四柱の竜の異変が報告され、アルベド団の武装覚醒者らにそれぞれの地に赴くよう指示があった日の事だ。


「ドラヴァン班長……!? ほっ……本気ですか!」


 アルベド団本部内で、慌てたような少女の声が響く。大きな窓が続く長い廊下にはドラヴァンと一人の少女の姿があった。

 ドラヴァンの前に立っているのはピンクブラウンのセミロングヘアに、白と桃色を基調としたワンピースの少女だ。年齢は十六、七といったところだろうか。すらりとした身体に、まだ幼さの抜けきらない顔立ちでドラヴァンを見上げている。

 一方のドラヴァンはと言えばいつものようにハッハと笑い、頭ひとつ以上小さい少女を仁王立ちで見下ろしていた。


「本気も本気よ。班長の俺は野暮用で少し遅れるからな。その間の指揮は副班長である……エズム、お前さんが務めるのは当然だろう?」


 しかしドラヴァンにエズムと呼ばれたその少女は納得がいかない様子で、ムッとした顔でドラヴァンを見上げていた。


「それは……そうですけどー……。でも、今まで副班長なんてあって無いようなものだったじゃないですか。わたし自信無いですよ……」


「ハッハ! お前さんが未熟なのは他の奴らも分かってるさ。何もお前さん一人で全部背負えって訳じゃねえんだ。気張らず周りを頼ればいい」


 そう言ってドラヴァンはエズムの背中をバシン! と叩いた。……ドラヴァンは相手が誰であろうと()()をやるようだ。


「────いたいっ! ドラヴァンさん、それ止めてって言ってるじゃないですかっ! もうっ!!」


 エズムがお返しと言わんばかりに渾身のグーパンチをドラヴァンの腹部にお見舞いする。しかしドラヴァンはまるで微動だにしておらず、残念ながら効いているようには見えなかった。プリプリ怒るエズムに対しドラヴァンは「すまんすまん」とは言っていたものの、相変わらずへらへらと笑っている為あまり分かっていなさそうにも感じる。

 だがこんなやり取りもいつもの事と分かっているエズムは「はぁ」と溜め息を吐いてドラヴァンから視線を逸らした。


「……わたしが不安なのはそれだけじゃないんです。だって、アードミラーロの生息圏って……枯れ森の辺りじゃないですか」


「……カレモリ? なんだそりゃ??」


 エズムの言葉に首を捻るドラヴァンだったが、しばらくしてああ、と一つ思い出した。エズムはアードミラーロの生息森近隣の町・ウルキの出身なのだ。ドラヴァンが知らない現地の情報を持っていてもおかしくはない。

 エズムは神妙な面持ちで顎に手をあて「んー……」と唸り、酷く不安げな表情でドラヴァンを見上げた。


「あの森は……ウルキの人達にとって、アードミラーロが現れるよりずっと昔から禁忌の森だったんですよ。

 あの森に入ったら……眷属烟獣に遭遇する前に、お化けとかUMA(ユーマ)とか出るかもしれないんですよ!? ビッグフットとかチュパカブラとか出たらどうするんですか!! モスマンとかコンガマトーとか! 怖いですよ!!」


「……な、何だか分かんねぇけど大丈夫だろ……」


 ドラヴァンはエズムが言っている事が本当に何だか分からなかったが、エズムには頑張ってもらうしかなかった為そうとしか答えられなかった。


「それになぁ、ほら、第二班も調査に入ってたらしいからな。今までだって一切調査に入らなかった訳じゃねえんだから」


「そーですけどー……。でも第二班のアシュタルさん、森から戻った昨日から意識が戻ってないんですよね? やっぱりあの森で未確認生命体が……!」


「…………なあ、エズム」


 ドラヴァンは神妙な面持ちでエズムを見下ろし、エズムもその様子にピクリと身体を揺らす。


「……お前さん、()()()()()か? どうしてそんなに嫌がる。お前さんは武装覚醒者っつう立場を前向きに捉えていた筈だ。それなら、こんな時こそ故郷を守ろうと立ち上がるもんだろう? 」


「………………勿論ですよ。それに嫌がってなんて、いませんし」


 そう答えるエズムだったが、不貞腐れたようにそっぽを向く。そんなエズムの様子を不信に思うドラヴァンだったが……この年頃の少女の扱いにくさは(娘を育てた際の)経験上身に染みていたのでそれ以上突っ込む事は出来なかった。


「……まあ、俺の思い過ごしならいいんだが。じゃあ明日は頼んだからな! 俺も明日の日没前には観測基地入りするつもりだ」


「……あんまり遅いと、恨みますからね!」


 そう言ってエズムはムスッとした顔でドラヴァンを見上げていたが……結局何故エズムが後ろ向きな発言をしていたのか分からず、それはドラヴァンの心にひっかかったままとなった。






 ──────────






 ────その翌朝であり、ジャンタの目覚めから三日目となる日。第四班はウルキの町に到着し、エズムは一人宿の一室を訪れていた。


「だ、第四班副班長エズム・グリンハウンです! ドラヴァン班長が野暮用……じゃなくて、別件で到着が遅れるので代わりに伺いました!」


 エズムはドアの前でピシリと立ち、やや上ずった声でそう挨拶をする。そしてその正面にはロデの姿があった。


「第二班班長補佐のロデ・レーヴィットです。……一昨日夜、当班もアードミラーロの再調査及び眷属烟獣討伐の命を承けましたが……現時点で第四班と合流しての任に就く事は難しいかと」


「そう、ですか……」


 ロデの答えを聞いてエズムはどこかホッとしていた。エズムはアシュタルの事を何となく怖い人だと感じており、合同任務となる事に不安を抱いていたのだ。

 第二班は覚醒者が一人だけという特殊な班である事に加え、アシュタルの立場の事もあり近付き難い雰囲気があった。実際アシュタルは他の覚醒者との交流は無かったように思えるし、アシュタル程の実力者なら必要無いのかもしれない。


 故にエズムは目の前にいるロデと直接言葉を交わす事も数える程しか無かったのだが……エズムにとって、今まで遠目に見てきたロデは実は気になる存在だった。穏やかで優しくて仕事が出来る大人の男性というイメージで、憧れのような感情を抱いていたのだ。

 緊張とはまた違うドキドキと高鳴る胸を悟られぬよう、エズムはなるべく平常心を装うべく努めた。


「えっと……その、アシュタルさんの事はドラヴァン班長を介して伺いました。……具合は大丈夫なんですか?」


「……ええ、今は落ち着いています。力になれず申し訳ありません」


「いえ、あの……。あっ、これ! 読んでください!」


 エズムは口ごもりながら手紙を差し出した。これはドラヴァンからロデに渡すよう託された物なのだが、その様子はまるでラブレターでも渡しているようにも見える。エズムはそれに気付き……なんだか急に恥ずかしくなって、ロデから視線をそむけた。しかしそれもまた逆効果となっている事に気付き、慌てて言葉を付け足そうとする。


「ちちち違くて、これは……ドラヴァンさんが!」


 しどろもどろになっているエズムを見てロデはフッと穏やかに笑い、エズムが差し出した手紙を受け取った。


「……ドラヴァン殿からですね」


 その手紙にはやたら角張ったクセの強い字で、アシュタルを心配する言葉と任務は第四班のみで行うので第二班は休むようにという旨、そしてエズムについて「まだまだ至らない副班長故お手柔らかに」と綴られていた。


「ドラヴァンのオッサンらしいねぇ」


 そこに突如第三者の声が二人に割って入るように混じる。慌ててエズムが顔を上げるとロデの横から手紙を覗き込むツォイスの姿があった。


「えっ? どうしてツォイスさんがここいるんですか!?」


 思いがけない人物の登場にエズムは目を丸くしてそちらを見上げた。ツォイスは声を聞き付けて別室から現れたようで、ロデとエズムが向かい合うその真横に立っている。


「……何だよ俺が居ちゃ悪いかよ」


「普段研究室に籠ってる人がこんな所に居たらびっくりするじゃないですか! しかも第二班に同行してるなんて。あっ、それともアシュタルさんの体調が優れないからここに来てるんですか? ……医療班でも無いのに??」


「……前者だよ。だいたい俺だって、研究員なんだから研究の為に外くらい出るっつーの」


「……それは初耳です。ツォイスさんて研究室を散らかすのがお仕事なんだと思ってました」


「おう、それも仕事の内だ。エズム君だって俺の研究室の掃除も仕事の内だろ?」


「仕事の内なわけ無いじゃないですか! いい加減自分で掃除してくださいよ!」


 先程までの緊張感はどこへやら、エズムは強い口調でツォイスと言葉を交わしている。随分と仲がよさそうな二人の様子をロデは不思議そうに見ていた。


「……ツォイス殿は第四班の方々とも交流があるのですか?」


「あ? ああ、エズム君は烟獣の研究に熱心なんで、普段俺の研究室の一角を貸してるんだわ。っつーか第二班が他と交流無さすぎるんだっての」


 ツォイスは溜め息を一つ吐いて、エズムの方へと向き直った。


「枯れ森にはエズム君が率いる第四班が向かうわけだよな? 一応忠告位はしておくが……烟獣以外にも色々気を付けろよ。例えば……そうだな、狼とか……」


「────えっまさかUMAですか? もしかして枯れ森で何か見たんですか!?ベアウルフですか!? ウルフマンですか!? すごい!!」


「いや、落ち着けエズム君。……だがその位の用心はした方が良いとだけ伝えておくわ」


 ツォイスは興奮するエズムを窘めてから頭をガシガシと掻いた。

 ツォイスはエズムが未確認生物に強い関心を持っている事も、それ故に烟獣への興味が強い事も知っていた。そしてアルベド団の方針によって身の丈に合わない "副班長" に就かされている事も知っており、色々と不安に思うところがあったのだ。


「わ、分かってますよ。わたしだって、枯れ森に入るのは気が進まないんですから」


 エズムはつい興奮してしまった事でばつが悪そうに視線を逸らしてそう答える。

 そんなエズムの様子を見て、ロデも言葉を加えた。


「私からもお願いします。お力になれず申し訳ありませんが、どうかお気を付けくださいね、……エズム殿」


「……………………は、ひゃい!」


 思いがけず憧れの男性(ロ    デ)から名を呼ばれ、エズムはまたも声が上ずってしまった。何かに気付いたツォイスがその様子をニヤニヤと見ていたが……エズムの瞳にはロデしか映っていなかった。


「……そ、それでは……第四班、アードミラーロの現地調査に行ってきます!」


 エズムはもう一度ピシリと立ち、そう言って宿を後にした。

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