【020】夜の訪問者
「第二班に、眷属烟獣の討伐及びアードミラーロの再調査命令、ですか?」
特異点が目覚めてから一日目の夜。
ウルキの町の宿で、ロデはドアの向こうにいる訪問者を睨み付けた。それはアードミラーロの観測基地に常駐しているアルベド団員の男だ。
「はい。先程本部より通達がありましたので、意識が戻り次第早急な対応をお願いいたします。現在東の竜アードミラーロだけではなく、北の竜ミェーチー、西の竜シアヴァス、南の竜メル・ベモーについても異変が確認されており、現在それぞれに対応せざるを得ない状態で人手が足りないのです。明日にはドラヴァン・ボダン氏の第四班も合流しますので、どうかご理解ください」
「ライヌドゥス・レーヴァン総長にアシュタル様の容態は伝えてくださったんですよね? まだ意識が戻らず、原因も不明だと……」
「……勿論です。それに、アシュタル・リー・グラツィアヴィス・ヒルベルム・ザクゼン氏への指示につきましては、お父上であるザクゼン侯にもご理解をいただいております」
「………………何…ですって……!?」
それを聞いたロデは自らの顔が引きつるのを感じた。言い方は悪いがザクゼン侯がしゃしゃり出て来てまでの指示となると、まるでザクゼン侯がこれ見よがしにアシュタルを死なせようとしているとしか思えなかったのだ。
ザクゼン侯はアシュタルが黒化病で苦しんでいた際も、その病を黒化病と認めず実の息子であるアシュタルを軟禁し、そのままその命を尽きさせようとした経緯がある。その事を思い出し────ロデは無意識に、マスクに覆われた自身の喉元に触れていた。嘗て付けられた "不名誉な傷" に喉を締め付けられたかのように、悔しさで言葉も出てこない。
しかしアードミラーロ観測基地常駐員の男は、ロデが押し黙ったのを承諾と見なしたようだった。ロデから視線を逸らすとその肩越しから室内を見渡し、部屋の奥のソファーに座っているツォイスの姿を確認する。
「……それから。ツォイス・ゴットハルト氏につきましては観測基地まで御同行を。アードミラーロの虚闇解析データの提出にどうかご協力願います」
「────ああ?」
突然名を呼ばれ、ツォイスは不機嫌そうに顔を上げた。
「アシュタル君か俺か、どっちかにしてくれ。まあ、選択肢は一つしか無いんだけどよ」
「……それは、どういう事でしょうか?」
「……アシュタル君に再調査命令を下すんなら俺は行けねぇんだ。それでも俺を観測基地に連れていくってんなら……貴重な武装覚醒者であるアシュタル君が二度と使いモンにならなくなるかもしれねぇぞ。アシュタル君レベルの覚醒者が忘却者堕ちしたらアルベド団としても相当困るだろ?」
「ツォイス・ゴットハルト氏に他者への虚闇干渉能力の存在は確認されていないようですが?」
「………………誘導侵蝕時の能力はあんまりやりたかねぇから申請してねぇんだよ! それにアードミラーロの虚闇解析ならここからでも十分だっつうの」
……因みに、この誘導侵蝕時の能力の有無とアシュタルの忘却者化についてはツォイスの口から出任せだ。能力についてはツォイスの侵蝕率最大値ではリスクが大きい為自身でも確認しておらず、またアシュタルが忘却者化するにしても、侵蝕率は正常値に落ち着いている為可能性は低い。
だが、ただの伝令である常駐員の男はそれ以上の追及をする事は無かった。業務上必要な事を確認出来ればそれでいいらしい。
「しかし、ツォイス・ゴットハルト氏。ここからでは解析精度が落ちるという事はありませんか?」
「この距離なら精度は変わんねぇよ! まあ、ちょっと時間はかかるけどな。
…………こんな夜に尋ねて来てくれて悪いけどよ、そういう事なんでお引き取り願うわ。こっちのやるべき事はちゃんと果たすからよ」
「……そうですか。でしたらこちらには定期的に常駐員を向かわせますので、その際にデータの提出をお願いいたします。それと……」
常駐員の男はそこまで言うと、ツォイスとロデの顔を交互に見た。
「…………正体不明の覚醒者がいるとの情報が入ったのですが、何か思い当たる人物は?」
正体不明の覚醒者と聞き、ツォイスとロデの脳裏をジャンタの姿が過っていた。それぞれの心臓がドクンと大きく脈打つ。
「……ああ? そんな奴がいるんなら俺らが知りたいくらいだわ! こっちも人手が欲しくてしょうがねぇんだからよ」
平然とした口調でそう話すツォイスだったが……その内心では酷く慌てていた。ジャンタの存在が何故、どこでバレたのか……。ツォイスの口はすらすらと嘘を並べながら脳は必死で答えを探す。
幸い常駐員の男はそんな二人の様子にはまるで気付いていないようだった。いや、この男は会話の内容にさして関心を持っていないようにも見える。
「……そうですか。それでは本部へはそのようにお伝えして参ります。……失礼」
常駐員の男はそう言って踵を返し、元来た方へつかつかと歩いて行った。ロデはその姿が見えなくなったのを確認してからドアを閉め、ツォイスもまた窓の外から聞こえる物音でその人物が去ったのを確認する。
「……もういい??」
「おう、いいぞ。」
ツォイスがそう言うと、ソファーの後ろからジャンタが顔を出した。アルベド団員にその存在を知られると厄介だからと、見つからないようにさせていたのだ。
ジャンタは枯れ森で出会った時とは違い、青と白を基調とした動きやすい服を着用していた。アーシャが用意してくれた服で、唯一サイズがちょうど良かったものだ。
ツォイスはその惚けた顔を見つつ……頭では常駐員の男の言葉が繰り返され、溜め息を一つ吐いた。
「何で、名無し君の事が嗅ぎ付けらるてるんだ……? しかも覚醒者と断定されてる。枯れ森から戻った時には確かに人の目に付いてはいたが、覚醒者だと言われるような事は無かった筈だ。」
「……ツォイス! おれは名無し君じゃなくてジャンタだってば! いつ覚えるんだ!」
ジャンタがムッとしてツォイスを見ていたが、ツォイスもまたジャンタをじっと見ながら考えていた。
「……お前、まさか俺らの知らないところでそうやって自己紹介して回ってないだろうな?」
「知らないところ? おれ、ツォイス達とずっと一緒に居たよ??」
「だよなぁ……。」
はあ、と大きく溜め息を吐いて、ツォイスは額に手をあてて項垂れた。そうして今までの事を思い出し考えを巡らせていたのだが、その様子をジャンタは不思議そうに覗き込んでいた。
「な、ツォイス。おれ、なんでアルベド団の人から隠れなきゃいけないんだ? ……あっ、おれが入団試験ダメだったから?」
「あ? 入団試験? 何の事だ……?」
ジャンタの言っている意味が分からずツォイスはしばらく考え込み……そして枯れ森で「入団試験として漆黒の赤子を倒せ」という旨の話をした事を思い出した。
「ああー。そう言えば……そんな話したなぁ。そうだな、お前はアルベド団には向いてないかもな」
「えっなんで!! おれはツォイス達についていって力を生かすんじゃなかったのか!? ツォイスが言ってたのに!」
鼻息も荒く詰め寄るジャンタが鬱陶しく、ツォイスはその頭を右手で突き飛ばして、よろけたジャンタを睨み付けた。
「あーーっ! うるせぇうるせぇ!! いいか、お前はな、アルベド団の手に余る存在だって分かったんだよ!」
「………………余らない! アルベド団がいい!」
「余るの! ……ってかアルベド団の何がそんなに良いんだよ……」
「んんん? …………………………なまえ??」
「……黒化に対しての白化っつったか。くっっっだらねぇ。それなら俺の秘密基地の方がよっぽど格好いいだろ。お前もそっちの方が良いよな?」
「 "ツォイスの秘密基地" は……カッコ悪い」
「……何でだよ! 秘密基地は格好いいだろが! 急に反抗期迎えてんじゃねーよ腹立つ!!」
「………………ツォイス殿、名無し君、もう少し静かにしてくださいね」
そう二人を窘めるロデだが、その表情は曇っていた。二人に対してどうこう、と言うより心ここに在らずといった様子だ。名無しと呼ばれる事を嫌がるジャンタでさえその様子に固まってしまっていた。
ロデは呆然と立ち尽くしていたドア前からふらふらと歩き主のいるベッドの横へ向かうと、布を絞りアシュタルの額の布を取り替える。……ロデは表情も晴れないが、その顔色も優れない。
「おいおい、ロデ君も大丈夫かよ……」
「…………? 私、ですか? 私が…何か……?」
ツォイスの問いにロデは顔を上げ、生気のない目をツォイスへと向けた。
「『何か?』って、そんな顔しといて何かもくそもねえだろ……。俺の力じゃアシュタル君への指令は覆せねえけど、こんな状態だ、時間稼ぎ位なら協力するからよ」
「ロデくるしいの? おれ、何か手伝う?? 出来ることある??」
ツォイスに続いてジャンタもジャンタなりの気遣いの言葉をかける。
そんな二人の様子を見て、ロデもフッと笑った。




