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【019】少年エドレドの奮闘記 ③

 


 エドレドは訳も分からないまま馬車に押し込まれていた。厩舎を出た馬車に揺られ、どれ程の時間が発ったのかは最早良く分からない。

 最初は身体の痛みを少しでも和らげようと、硬い座席に横たわっていたが……振動が直に骨に響いてくる感覚に耐えられず身体を起こす。一方のドラヴァンも馬車に乗っていたが、この振動にもまるで動じずグウグウと寝ていた。……何だか負けた気がして悔しくなる。

 ドラヴァンのマイペースっぷりに腹が立ち睨み付けていたエドレドだったが、起こしたその身体がだいぶ楽になっていた事に気付いた。時間の経過によって症状が治まったらしい。馬車の上から辺りを見渡すと、アルベド団本部の城塞跡が遠くに霞んでいた。


「外、だ……!」


 エドレドは思わず声に出してしまっていた。黒化(ニグレド)病を発症してから半年もの間あの場所から出られなかったのだ。そう考えると感慨深く感じ、エドレドは遠ざかる城塞を目を細めながら見ていた。

 だが、何故外に出ることになったのか、詳しい事は分からないままだ。ドラヴァンはアードミラーロの生息森……枯れ森に向かうと言ってはいたが、何故向かうことになったのかも教えてくれていない。


「ドラヴァンさん…… ドラヴァンさん!!」


 エドレドは眠るドラヴァンを起こそうと声をかけ肩を揺すった。


「……お? おお、…………起きたか。どうかしたか?」


「どうかしたかじゃないですよ! どうなってるんですか!!」


「………………?」


 ドラヴァンは良く分かっていないような顔でエドレドを見上げると、身体を起こして座席に座り直した。


「ん? 何がだ?」


「だ、だから……今日起こった事全部! どうしてアードミラーロの元に向かってるのか、どうして急がなくちゃいけないのか、どうして俺を連れ出したのか……俺は何も聞いてないですよ!!」


 エドレドがそう言うと、ドラヴァンは心底驚いたような表情を向けてきた。


「……え? 何で聞いてないんだ?? 今朝ロッセに聞かなかったか?」


「ロッセ先生なら緊急連絡が入って出掛けたって、自分で言ってたじゃないですか!」


「あ? あーー……ああ、そうだった。俺が言うの忘れてたみたいだな。すまん」


 エドレドはこの一連の出来事を「すまん」の一言で片付けられた事に色々と文句を言ってやりたかったが、先ずはこの疑問を解決する為言葉を押し殺した。例のごとくドラヴァンは、そんなエドレドに気付いてもいなかったが。


「……各観測基地からの話は聞いてるか?」


 エドレドは何の事か分からず首を横に振った。ドラヴァンは「そうか」とだけ呟いて俯き、言葉を続ける。


「一昨日から昨日にかけて……東西南北の各観測基地から連絡があったんだ。四柱の烟獣に異変あり、とな」


「異変……!?」


 エドレドの背筋がぞくりとした。生まれ育ったウルキの町はアードミラーロの生息森にかなり近いのだ。


「……異変っつーのは……本来黒化(ニグレド)病の病原である虚闇を撒き散らすだけだった四柱の烟獣が……いきなりそれを停止して、眷属烟獣を次々と発生させるようになったらしいんだ。

 で、その連絡があったのが昨日で、武装覚醒兵は今朝から各地に派遣されてる。第一班は西の竜シアヴァス、第二班がたまたま東の竜アードミラーロの近くに居て……、第三班と第六班は北の竜ミェーチー、俺達第四班は第二班に合流、第五班と第七班が南の竜メル・ベモーだったか? 総員それぞれの元に向かって明朝発ったんだ」


「……それは眷属烟獣討伐の任に就いた、って事ですよね? それともまさか……」


「いや、四柱の烟獣については討伐対象外だから心配すんな! そもそも接触禁止令は解除されてないからな」


 そう言ってドラヴァンは不安そうなエドレドの背中をバシン! と叩いた。かなり痛かったがドラヴァンはそのまま話を続けた。


「まあ武装覚醒兵以外の覚醒者も駆り出されるんじゃないかって話が出るくらいだ。いくらぺーぺーっつったって武装覚醒者に代わり無いお前さんが引っ張り出されるのも無理の無い話だ。俺もお前さんには同情するよ」


「………………」


 同情なんてどの口が言ってるんだとエドレドは思ったが、ドラヴァンの発言一つ一つに反応していると自分ばかり疲れるのでそれ以上考えるのを止めた。


「あの、第二班はもうアードミラーロの近くに居るんですよね? 第二班って確か……覚醒者が一人だけの班だって聞いたんですけど…町は…大丈夫なんですか……?」


「……ああ、お前さんはあの辺の出身だったな。特に被害は出ていないらしいから心配すんな!」


 そこまで言ってドラヴァンは顎をポリポリと掻いた。何か言いにくい事でもあるようだ。


「だが……その第二班なんだが、アードミラーロに接触しちまったのか何なのか……前日からアシュタル坊っちゃんが寝込んじまってるんだと。坊っちゃんの実力は武装覚醒者の中でもトップクラスなんだが……それをいい事に人手不足の皺寄せが全部そこに行っちまって、可哀想な事をしたよ。

 ────いや、まだ現在進行形か。第二班についても坊っちゃんの意識が戻り次第森に向かうよう指令が出てるからな。あの班には新規覚醒者だって長い事あてがわれて無いってのに。

 ……だから、今後はお前さん達が…………」


「…………?」


「おっと、あの話は今はまだ必要無かったな! まあ気にするな!」


「……気になりますよ」


 しかしドラヴァンはハッハと笑うだけで答えてはくれなかった。その歯切れの悪い言葉にモヤモヤとして、エドレドは不貞腐れたように視線を逸らす。


「まあまあ、そんな事より良かったな、里帰りが出来て! 親御さんも喜ぶだろうなあ!」


「……あ…………。は、ハイ……」


 今度はエドレドの方が歯切れの悪い返事を返す。

 ────家族はきっとエドレドの事を心配しているだろうし、エドレドも家族に会いたかった。だが……。


「アードミラーロの黒煙を浴びた時……俺だけが黒化(ニグレド)病にかかって。俺だけが心配をかけて、今更どんな顔して会えばいいのか……」


 そう言ってエドレドは俯くと大きくため息を吐いた。それ故にエドレドはドラヴァンがどんな表情をしていたのか、窺い知る事は出来なかったのだが……エドレドの正面のドラヴァンは、目を丸くしてエドレドを見ていた。


「……何言ってるんだ?」


「え?」


 心底不思議そうなドラヴァンの声が聞こえ、エドレドも思わず顔を上げた。目の前のドラヴァンは声色の通りの表情でエドレドを見ている。


黒化(ニグレド)病をもたらす黒煙……虚闇ってのは、人を選ぶ。虚闇耐性の無い奴より、より耐性の高い奴に流れる性質があるんだ。ロッセに教わらなかったか?」


「……まだ…教わってないと思います……」


「そうか。じゃあ難しい話は控えるが……恐らくお前さんと一緒にいた奴らは、お前さんよりずーーーっと虚闇耐性が低かった筈だ。虚闇耐性ってのは持って生まれたものだから、こればっかりはしょうがねえ。

 ……その黒煙を浴びた時に、もしお前さんが近くに居なかったら、他の奴らが黒化(ニグレド)病にかかってた筈だ。そして恐らく…………助からなかっただろうな」


「……え………………」


「お前さんだけが黒化(ニグレド)病にかかったのは、お前さんがその黒煙から他の奴らを守ったからだ。例えお前さんの意に反していようがな。

 …………だから胸を張っていいんだぞ!」


 そう言ってドラヴァンはエドレドの頭をスパーーーンと叩いた。


「いだあああっ!!」


 ……本当に滅茶苦茶痛かったが、エドレドはこの時ばかりは助かったと思った。

 一人悩んでいた事が何だか恥ずかしく思え、自分だけが病にかかった原因が分かった事で不安は解消され、しかも父や義兄達をアードミラーロの黒煙から守れたのだと思うと嬉しくも感じた。考えれば考える程赤面症のエドレドの顔は赤く染まり、目も涙ぐんでいたかもしれないが……それを全部ドラヴァンに叩かれたせいにして誤魔化そうとする。

 ────しかしドラヴァンは何故かこの時だけは無駄に鋭かった。


「ハッハ! 泣く程不安だったか!! お前可愛いな!」


 ドラヴァンは顔をくしゃりとさせて笑い、エドレドの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。ドラヴァンはこの歳にして孫が居るらしく、エドレドに対してもおじいちゃん目線になっているのかもしれない。

 しかし低身長がコンプレックスのエドレドは子供扱いされるのが心底嫌いだった為、ドラヴァンの手を必死に振り払った。


「……泣いてない!! って言うかドラヴァンさんは普段からもっと察する事が出来るようになってくださいよ!!」


「いやいや、俺、班長よ? そういう事も出来てるから班長が務まる訳でな……」


「……出来てない!! 絶対出来てない!!」


 そんな会話をしながらも、馬車は着実に枯れ森へと近付いていた。



 ────それは特異点(ジャンタ)の目覚めから三日目の事だった。

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