【018】少年エドレドの奮闘記 ②
「ぐあっ!」
エドレドはその衝撃で後方へ倒れ、身体は一回転してしまった。直ぐ様身体を起こして辺りを確認すると、複数体の烟獣がこちらに向かってきている。
手を止めれば襲われる。エドレドはがむしゃらに多節鞭を振り回した。だが、次第に身体は重くなり息が上がりだす。覚醒具には重量が無い為、これは虚闇による疲労だ。
「はあっ……! はあ……!」
この疲労感は黒化病の感覚と似ていた。現象としては、どちらも虚闇による侵蝕である為当然だ。しかし数週間前まで病を患っていたエドレドには、その症状が重くのし掛かる。
だが────。
(早くこの状況を打破して、そして……………………ドラヴァンさんを、問い詰めてやる!!)
そう決意して、エドレドはドラヴァンを睨み付けた。当のドラヴァンはそんなエドレドの思いに気付いている訳もなく、目が合うとへらへらと笑って手を振っていたが。
「くっそおおおおおおおおっ!!」
エドレドは腕を高く掲げ、全方向を薙ぐように多節鞭を振るった。それは一体の烟獣のコアを破壊し、一体の烟獣の身体を大破させ、二体の烟獣を僅かに掠めた。
────当たった!
嬉しさは心に留め、更に多節鞭を振るう。まだ正確に狙いは定められないものの、コツは掴めてきた。
この多節鞭は一撃一撃の威力はそれほどない。しかしそれは手数とこの長いリーチでカバー出来、折り曲げて短く持てば近距離も対応可能だ。
やがてエドレドの振るう多節鞭はヒュン、という短く高い風切り音を奏で出す。精度を増した鞭は正確に烟獣を消滅させていき……遂には最後の一体を残すだけとなった。
残る一体の烟獣は他の烟獣の中でも一際小さなものだった。体長は三十センチ程しか無い。狙いを定めにくく、これが最後に残ったのも頷ける。
この場合多節鞭は二重に持ち変え、近距離での攻撃に切り替えるべきなのだろうが……エドレドは敢えてそれをしなかった。一対一ならそうするべきと思ったのだ。
多節鞭の一番重い一撃は、スピードに乗った状態でのその先端による打撃だ。エドレドはその一撃を食らわせようと "小さな的" に狙いを定める。
ヴォムッ! ヴォムッ! ヴォムッ!
残り一体の烟獣はすばしっこく宙を移動している。エドレドはその動きを見極めながら、多節鞭をなるべく正確に振るった。もう手数でフォローするような事は、するつもりも、する必要もない。
そしてヒュッという高く短い音と共に、多節鞭が命中する。狙い通り、今のエドレドが出し得る一番重い一撃だ。それによって最後の一体である烟獣は大破し、コアも破壊され……その身体は漆黒のガラス片のように砕け散っていった。
「はあ……はあ………… ウゥ……!」
エドレドは苦し気に呻きながら膝を付き、首に下げていた琥珀晶石に触れた。それと同時に覚醒具は虚闇に戻り、琥珀晶石の中に吸い込まれていく。
しかし身体は尚も重く、臓器は焼けるように痛んだ。エドレドはそのまま踞り、苦しさが通り過ぎていくのを待とうとしていたが……コツコツ、と足音がこちらに向かって来て、エドレドの前で立ち止まった。
「うっし! これなら問題無いな!」
ドラヴァンの満足気な声が頭上から降ってきた。
────問題無い? 寧ろ問題しか無いだろ!!
エドレドが胸中でそう激しく突っ込むも、ドラヴァンには届かなかった。どうやらドラヴァンにとって今現在エドレドが苦しんでいることも「問題無い」範疇の事らしい。それどころか踞るエドレドの背中をバシン! と叩いてきた。
「うぐぅっ!?」
幾らなんでもあんまりな仕打ちに、エドレドはもう驚くことしか出来なかった。さっきまではドラヴァンを睨み付けたりもしていたが、今はもう……「腹が立つ」ではなく「何この人怖い」と言う恐怖心に変換されていた。
しかし相変わらずドラヴァンは、そんなエドレドの様子に気付く気配が無い。そして何の前触れもなくエドレドの腰にがっしりとした腕を回し、小脇に抱えるようにしてそのまま持ち上げてしまった。
「うわ!? は、放せっ……!」
ドラヴァンの小脇に抱えられ突如宙ぶらりんになったエドレドはバタバタと暴れるが、この男、全く動じない。
「じゃあ俺達も行くぞ! 時間が無いからな!」
「は……? 行く?? どこに……? ですか??」
エドレドの知らないところで何か話が進んでいたらしい。どこかに行くなんて、何故時間が無いのかなんて、エドレドは一切聞かされていなかった。
しかしドラヴァンは怪訝そうに見上げてきたエドレドを見下ろし、さも当たり前のように答える。
「どこ、って……アードミラーロの生息森に決まってるだろ? もう他の第四班は向かわせてあるんだ。俺達も早く追いつかねえとな!」
「────!? アードミラー…………」
エドレドの驚嘆の声はそこで途切れた。ドラヴァンはエドレドを抱えたまま演習場を飛び出し、下郭にある厩舎へと走り出していた。




