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【015】偽りと代償

「悪魔の子め……! まだあんな母親を慕っていたのか!」


 それは敬愛する男だった。女を庇い、大剣がその胸を貫いている。


「私がお前の母親を……ヤンネを殺したと疑っているだろう? ならば私を恨めばいい。いや、その歪んだ性格も母親譲りであったな」


 ────母を慕う……? 有り得ない。


 自分の中の何かがプツンと切れた。それはとても繊細で物悲しい何かだ。


 ────何も分かっていないんだ。この人は何も……。


 敬愛する男の胸を貫く大剣を更に深く突き刺す。それはズブズブと音を立て、やがてその後ろに立つ女へと到達する。そして二人が串刺しになったのを確認し、そのまま薙いで斬り捨てた。

 敬愛する男に刃を向け、それを良しとし……心は崩壊した。あまりに愚かしくて笑いが込み上げてくる。


「何も分かっていない…! 滑稽だ! 僕は総て知っていたぞ…! 母が醜いことも! 父が愚かなことも! この世界が愚かなもので溢れていることも! 全部だ!! 全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部…………!!」


 闇の中からぼんやりと現れる人影を、その姿も確認しないうちから斬り捨てた。最早躊躇いはない。次々と現れる人影をその大剣で斬り裂いていく。父も、母も、青髪の女も、義弟達も、見知らぬ女も……全てだ。

 黒い人影は斬られる度ねっとりとした黒い液体を撒き散らしている。それを返り血の代わりに浴びる度、刀身は彩度を増して妖しく輝き出した。




 刹那、真っ暗な闇の中に真っ赤な鮮血の花が咲く。それは弧を描いて舞い散るとアシュタルの顔にぱしゃりと飛んで、大剣を振るうその手を止めさせた。

 目の前に立つ人物の、見慣れた顔が血で染まっていた。……ロデだった。


「申し訳ありません、アシュタル様。貴方を救えなくて」


 そう言葉を発するロデは喉を斬られており、そこからヒューヒューと息が漏れている。


『誰がこんな事を!?

 ……いや、違う……。これ…は……』


 アシュタルは青ざめ、手にしていた大剣を見た。

 血のように赤い刀身からは、その刀身から溶け出したような色の滴がポタリポタリと落ちていた。


『…………ロデ、何故()()()()をした……!? 僕の為に身を擲つなんて、馬鹿げている』


 アシュタルは震える声でそう言葉を発するも、それはロデに届かなかった。その頭は胴を離れ、地面に落ちて転がっていたのだ。

 その頭を、複数人の何者かが蹴り飛ばそうとしているのが見えた。アシュタルは咄嗟に大剣を放り、その頭を拾い上げる。


『謝らなくちゃいけないのは僕だ。謝らなくちゃいけないのは……』


「ごめんなさい、アシュタル。ごめんなさい……」


 ロデだった筈の頭は、その妹であるメルアンのものになっていた。少女の唇が兄であるロデと同じ言葉をなぞって、頭だけでアシュタルを見上げる。

 ……この顔を見てはいけない。()()()()()()()()()。アシュタルはその顔を胸に押しあてて抱え、踞った。


『僕が足りないから……。だから、何も成し得ないまま失っていくんだ』




 気が付くと "僕" は闇の中で一人佇んでいた。

 そこにぼんやりと浮かび上がった何者かが "僕" を覗き込んで言う。その真っ赤な紅の唇で。


「男の子を産めて本当に良かったわ。良く聞きなさい、アシュタル…………」


 ああ、また悪夢が始まった。

 ……最早何度繰り返されたのかも分からないが。






 ──────────






 枯れ森から戻って、どのくらいの時間が経っただろうか。日もすっかり落ちた為今は窓を閉め、部屋の中は複数個のランプによって煌々と照らされていた。


「う……ぐ……」


 宿のベッドの中で、アシュタルは小さく声をもらしていた。悪夢に魘されているようにも見える。

 そんなアシュタルを心配そうに見つめながら、ロデはその汗を拭い、額には絞った布をあてがった。その側でジャンタは座ったまま眠り、ツォイスは窓辺のソファーに掛け直してぼんやりとしている。


 コンコン。


 室内には不意にノックの音が響き、それにロデが対応した。

 「こんばんはー!」と明るい声で顔を出したのはアーシャと言う名の女性だった。彼女はこの宿を営む一家の長女であり、ロデが枯れ森に向かう際引き留めようとした人物だ。盆に乗せた食事を運び込み、ソファーの前に設置されたローテーブルの上に並べていく。


「食事! 動けないと思って適当に見繕って持ってきたよ。()()()()は具合どう?」


 アーシャはそう言って顔を上げ、アシュタルが眠るベッドの方に顔を向けた。

 因みにアレスと言うのはアシュタルの偽名だ。


「お陰様で少し落ち着きました。こちらの宿の皆さんが私達の事を受け入れてくださったお陰です」


 ロデが礼を言うのには幾つか理由があった。

 先ずは枯れ森から帰還した際、何も言わず宿の一室を提供してくれた事。あの時アシュタルは黒化(ニグレド)病のような症状が出ており、二次感染を恐れられてもおかしくない状態だったのだ。だがこの宿……マウリック家の人々はロデの「アシュタルは黒化(ニグレド)病ではなく覚醒者である為感染はしない」という主張を受け入れ、迅速に対応してくれた。そのお陰でこの事は()()()で済んでいるのだ。

 二つ目に、ロデがアルベド団であることを否定した事を咎めなかった事。そして三つ目にアシュタルの正体を知りつつ偽名を使い、庇ってくれている事だ。


「気にしなくていいよ、気持ちは分かるから。私達も弟が黒化(ニグレド)病で今はツェーレルクに居るんだ。

 それにマスクのお兄さんは保身の為じゃなくて、主が差別の対象になるかもしれない事が耐えられなかったんでしょう?」


 悪戯っぽく見上げてきたアーシャに対しロデは困ったように笑い、改めて礼を言って頭を下げた。


「……いいにおい……」


 突然割って入ってきたそれはジャンタの声だった。いつの間に起きたのか、開ききっていない目をしばたたかせてロデの背後に立っている。

 そんなジャンタに気付いたアーシャは「あら!」と声を上げて近付いた。


「枯れ森で何があったか知らないけど、あなたは随分酷い格好ねぇ……。シャワーは浴びた? 着替えはあるの?」


「む……?」


 くああ、とあくびをしているジャンタはまだぼんやりとしているようで、録な受け答えも出来なかった。

 アーシャは問いの答えをロデとツォイスに求め、その反応から答えが「無い」であるのだろうと判断した。そもそもアーシャが一番初めに会った際はアシュタル、ロデ、ツォイスの三人だった筈なのに、枯れ森から帰ってきたと思ったらいつの間にか一人増えていたのだから何となく予想はついていたのだ。


「────よし! それなら弟の服を持ってきてあげるよ。サイズも同じ位だしね。良かったら着てちょうだい」


「! いえ、これ以上甘える訳には……」


 そう口を開いたロデだったが、アーシャがもの悲しげな表情で見上げてきたところで言葉は途絶えた。


「まあまあ、そう言わず着てやってよ。……弟も、いつ帰って来れるか分からないしね」


 黒化(ニグレド)病は、治ることは無い。アーシャはそれを理解しており、だからこそロデとツォイスはアーシャの言葉に答えられなかった。だがアーシャは返事は求めていなかったようで「よし!」といつも通りの元気な声を出して背筋を伸ばした。


「じゃ、パンとスープだけで悪いけど冷えない内に食べてね。食べ終わる頃にまた来るから、その時に何着か見繕って持ってくるよ」


 アーシャは「じゃ、また!」 と明るく手を振ってドアの向こうへと消えていった。


「…………黒化(ニグレド)病患者の弟さんに、お礼を伝えに行かないといけませんね」


 アーシャが去っていったドアを見つめながらロデが呟いた。


 その後ろではソファーに座ったままのツォイスが早速パンをつまんでいた。

 そしてその様子をジャンタがまじまじと見ており、視線が鬱陶しかったツォイスはジャンタのその口にパンを複数個押し込んでやった。寝ぼけ眼での突然の出来事にジャンタはむーむー言っていたが、どうせ死なないだろうとジャンタを放っておき、ツォイスはロデの方を向いた。


「なぁロデ君も少し休めよ。メシにしようぜ」


 ツォイスがそう声をかける先のロデはベッドの横の椅子に座っていた。だがロデはツォイスに呼ばれ少し顔を上げるも「私の事はお構い無く」と答えるに止まった。

 その連れない答えに顔をしかめつつ、ツォイスはロデのその大きなマスクを見た。


「……ああ、そう言やそのマスク、外したくねえんだったか? 首にデカい傷が残ってるって聞いたような……。別にいいじゃねぇか、傷の一つや二つ」


「……隠したい "キズ" は、一つや二つじゃないんですよ」


 そう呟くロデはツォイスの方を見てはいなかった。ロデは主の汗を拭い、小さく溜め息を吐いた。 

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