【012】ミイラとナイフ ◇
「ぎゃーー!! 噛んだーーー!!!」
ジャンタは手首に噛みついた筋肉男を引き離そうと、必死にもがく。だがジャンタがその頭部を思い切り殴るもびくともしない。それどころかジャンタの血を啜り、その肉体はどんどん強化されていっているように見える。
「チッ……!!」
ダンッ!! ダンッ!!
筋肉男に向け、アシュタルが発砲した。
銃口を向けた瞬間に筋肉男は離れたものの、至近距離の銃弾は二発とも命中する。それは腹部と肩に当たったものの、それほどダメージを受けた様子は見られない。
筋肉男は少し離れた場所に着地すると……何故かヨタヨタとしながら口元を拭った。被弾によるものとは違う、めまいを起こしたような動きだ。
「濃ゆい……何これ栄養ドリンク? 身体に良さそうだけどいっぱい飲んだらお腹壊しそう……ああ、こんなに濃いのは久し振りで胃もたれしそうだよ……」
どうやらそれがジャンタの血の味の感想らしい。その感想が妙にしっくりきたアシュタルとツォイスだが、今はそんな事に感心している場合ではない。
筋肉男はアシュタルの方をチラリと見た。
「君が一番無難そうだなぁ……」
品定めされているようで気分が悪かったが、今のアシュタルには反撃する力は残っていない。右手に意識を集中させ覚醒具を生成しようとするも、手の甲を黒煙が撫でて消えていくだけだった。
だが筋肉男はアシュタルに向かう前に、その視線をツォイスに向けた。
「口直し……」
そう言った筋肉男がツォイスに飛び掛かる。
そこからは一瞬だった。ツォイスの目の前に筋肉男が現れたかと思うと、喉元に腕を押し付けられた状態で左腕を掴まれ引っ張られる。呼吸もロクに出来ずにいると、ジャケットの袖越しに痛みが走る。その痛みに呻き、やっと解放された時には既に筋肉男は少し離れた場所に飛んでいた。
それはあまりに一瞬の出来事だったせいで、吸血されている間ツォイスは「あれ? この筋肉ダルマ、よく見たらサラサラの金髪してたんだなぁ」なんて間の抜けた事を考えていた。
しかし、その腕の痛みがツォイスを現実に引き戻した。
「クソッ……痛ってぇなぁっ!!!」
そう言って筋肉男を睨み付けようとしたツォイスだったが、それは突然途切れた。突然身体の力が抜けて立っていられなくなり、そのままバタリと倒れてしまった。
倒れた先で横を見ると、そこにはジャンタも倒れていた。目を閉じているが息はあるようだ。……と言うか気持ち良さそうにぐーぐー寝ている。
ツォイスもまた酷い眠気に襲われていた。しかし何としても眠るまいと、噛まれた腕の痛みに意識を集中させて堪える。
筋肉男は少し離れた場所でのそりと立ち上がった。恐らくツォイスの血であろう物を口の中で転がして味わっているようだった。
やがでゴクンと飲み込むと、はぁ、と息を吐いた。
「うーん、薄味なのにクセが強いなぁ。あとやっぱり臭みがある。でもピリッとしてて思った程悪くないね」
「……貴様……何をした。吸血鬼の類いか……?」
一人残されたアシュタルは銃口を筋肉男に向け、睨み付ける。しかし筋肉男はそれに全く動じず、爽やかな笑顔で返した。
「ふふっ……やだなぁ、吸血鬼だなんて。大丈夫、噛まれてもちょっと眠くなるだけだから。勿論、吸血鬼みたいに何かに感染する事も無いよ。
────ああ、でも……」
筋肉男は顎に手をあて首を傾げた。体つきこそマッチョだが、その立ち振舞いは穏やかで優雅で、それが不釣り合いで不気味だ。
筋肉男は言葉を続けた。
「君達は■■■■■■じゃないみたいだから森から出してあげるけど、その前に少しだけ記憶を書き換えさせてもらうね。
────うん……そうと決まれば締めの一杯……」
そう言い終わるやいなや、筋肉男はアシュタルに向かって突進して来た。
アシュタルは立ち上がる事も儘ならない状態だが、冷静に拳銃を構える。そして胴ではなく、敢えて頭を狙った。それは賭けだった。
ダンッ!!
アシュタルが撃った弾は、筋肉男のこめかみを掠めた。これだけ動く標的に対し、一発目で狙いをここまで寄せることはなかなか出来ることではない。
……だがそれが最後の弾だったようだ。最早成す術もないアシュタルに、筋肉男が飛び掛かろうとする。
ダーーーーーーーーン!!!
森に銃声が響いた。……狙撃だ。
その銃弾は筋肉男の頭を見事に捉え、筋肉男は一瞬よろめいた。
そこで全てを理解したアシュタルはその場に伏せた。
────これは"あれ"が愛用するスナイパーライフルだ。装填数は五。……あと四発来るはずだ。
アシュタルの読み通り、更に四発の発砲音が響く。それらは全て急所に撃ち込まれていた。
その銃声によってジャンタが目覚めたようだ。うとうととしていたツォイスの目も覚めた。
「あれっ? ミイラは!?」
身体を起こそうとしたジャンタの頭をアシュタルが押さえ込み、それを阻止する。その様子を見てツォイスも何かに気付いたようだ。
ほんの数秒銃声が止んだかと思うと、先程よりも近い場所から更に銃声が響いた。
ガンガンガンガンガンガンガンッ!!
その銃声はどんどん近付いていた。やがて姿を現したのは、両手に銃を構えた長髪の男だった。
その姿にきょとんとするジャンタの横で、ツォイスが歓喜の声をあげる。
「……ロデ君!!」
しかしロデと呼ばれたその男は、標的である筋肉男から視線を外さず射撃を続ける。正直やり過ぎな位だが、筋肉男の方も未だに致命傷を受けたような気配がない。このくらいが丁度良いのかもしれない。
「立てますか!? 離れてください!」
攻撃の手を止めずロデが声をかける。それにアシュタルが手振りで応え、姿勢を低くしてその場を離れた。ツォイスもそれに続き、ジャンタも真似をして続いた。
三人がある程度離れたのを確認し、ロデは標的に手榴弾を投げつける。爆発の間に空になった弾倉を入れ替え弾を装填し、弾幕も消えぬ内から更に銃で追撃をする。
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!!
その銃声は絶えず響き、やがて筋肉男の頭部は殆ど原型を留めない状態へとなっていく。口も喉も蜂の巣のように穴だらけになり、声すら出せない状態だ。
ドシャアアア……
大きな音を立て、やがて筋肉男は力なく倒れた。
それを確認し、ロデも発砲を止める。だが、銃口はまだ筋肉男に向けたままだ。
発砲音が止んだことで周りの音が聞こえるようになると、林の奥で狼達が吠えているのが聞こえた。銃声に怯えこちらに向かってくる様子は無いが、そちらに背は向けず後ずさるような形でロデはその場を離れた。
ある程度の距離を空けたことを確認すると小走りに駆け出し、真っ直ぐにアシュタルの元へ向かう。そして未だ苦し気に膝を付くアシュタルの前で跪き頭を垂れた。
「……申し訳ありません。私は命令に逆らいこの地に足を踏み入れてしまいました……」
「いや、英断だったようだ……。……礼を…言う」
ロデとアシュタルが言葉を交わす横で、ジャンタはツォイスをチラリと見上げた。
「……ろで? って?」
「ああ、西にある町で連れと落ち合うって言ったろ? それがこのロデ君だ」
そう言ってツォイスはロデに目配せした。ジャンタの肩にバン、と手を置いて口を開く。
「おうロデ君! コイツが今回の戦利品だ。だが自己紹介は後にしてさっさとずらかるぞ!」
「……ええ」
そうして四人がその場を離れようとしていた時だった。
「逃がさないよ……」
その声は、先程頭を吹き飛ばしたはずの筋肉男だった。あれだけやっても筋肉男の致命傷には至らないようで、その頭部はじわじわと復元され始めている。それどころかゆらりと立ち上がり、反撃するべく猛スピードで向かってきた。
しかしロデ冷静に、ロングコートの中から取り出したショットガンを構えた。そして筋肉男の腹にスラッグ弾を二発撃ち込む。
……それが多少効いたのか、筋肉男は少しだけよろめいた。だが直ぐに体勢を立て直し、ロデに向かって突っ込んでくる。
その距離を詰められるや否や、ロデは銃を投げ捨てる。そして飛び込んできた筋肉男の懐に潜り込むと、そのまま背負い投げた。
筋肉男は何が起こったのか分からなかったようで、地面に打ち付けられた後に目を丸くしている。
しかしロデが手を止める事はなく、その衝撃も収まらぬ内に動く。仰向けで寝転んだ状態の筋肉男に対し、複数本のナイフを素早く突き立てた。それは返しの付いた特殊なナイフであり、それらで筋肉男の腱という腱を断った。
そして仕上げと言わんばかりに毒ナイフを投げ、それは見事筋肉男の眉間に突き刺さった。
だがそれでも筋肉男が死ぬことはないようだ。唯一動く首を動かし、自身の身体の状態を確認しようとしている。
「あれ……? あれ……? 腕が動かないや……。脚も……。あ…頭……、も……?」
「……これでもう起き上がれませんね? 神経毒も回るでしょうからしばらく大人しくしていてくださいね」
そう声をかけるロデの口調は静かだが、どこか怒りに満ち満ちている。主であるアシュタルに襲いかかった事で、ロデの逆鱗に触れたようだった。
やがて動かなくなった筋肉男を背にし、三人の元にロデが歩いてきた。
「おいおいロデ君格好良すぎるだろうがああ!! 助かったぜこの野郎め!!」
熱烈歓迎しているのはツォイスだ。そう叫びながらロデの腕をバシバシ叩いている。
しかしロデはそんなツォイスを横目で見ると、自分を叩く手をパシ、と掴まえた。
「ツォイス殿、貴方も怪我をしているようですから一先ず落ち着いてください。応急処置はしますが町へ戻り次第きちんと手当てしましょう」
そう言ってロデはその手首を放した。そして袖を捲りツォイスの腕の傷を確認すると、ポケットから取り出した布をくるくると巻き付けて止血した。
「きゃあなんてイケメン! ロデ君になら掘られてもいいわ! 抱いて!」
「……本当に気持ち悪いので止めてください……」
くねくねとしながら裏声で喋るツォイスがあまりに気色悪く、ロデは視界にツォイスが入らないよう明後日の方向を向いて逃げた。
だが今度はそこにオレンジ頭がパッと割り込んでくる。ジャンタだった。
「ロデ、はじめまして! おれジャンタ!」
「……初めまして。君の話は帰ってから聞かせてくださいね。ええと、怪我は……?」
「おれはケガしてないよ? 大丈夫!」
ジャンタは一番血まみれで服もぼろぼろだったが、本人が元気そうな事と急いでいる事もあり、ロデはその言葉を信じることにした。
こほん、と一つ咳払いをして、三人の方を改めて向いた。
「暗くなる前に戻りましょう。アシュタル様、肩をお貸しします」
ロデは小さく返事をするアシュタルを担ぎ、歩き出そうとする。
しかしその後ろでツォイスが不安げに後ろを見た。
「あー……その、ロデ君。そうしたいのは山々なんだがよ……俺達はこの森を抜け出せなくなってるんだわ」
ロデに話しかけたツォイスだったが、それに応えたのはアシュタルだった。
「それなら心配ない……。この怪異の元凶は…どうやら今…倒したようだからな……。見ろ……そこが出口だ…」
「へっ!?」
アシュタルが顎で指した方向を見ると、木と木の間から石畳の道が見えた。それは西の町……ウルキから続く、アシュタル達がもと来た道だ。
「……行くぞ。また惑わされるのは…御免だ……」
そうして四人は森を抜け、石畳の道を辿ってウルキの町へ向かった。
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『ガニメートノアニサン!』
筋肉男のまわりで狼達が喋った。
『アニサン、ダイジョウブ?』
『アニサン!』
『ガニメートアニサン!』
狼達はそれぞれ好きに呼び、筋肉男を取り囲んだ。
「……迂闊だったね。■■■■■■とは関係無い人達だったなんて。でも確かに気配は感じたんだけどなぁ……」
筋肉男は狼達を撫でながら話す。
「それにしても普通の人間相手に負けちゃうなんてね。やっぱり紛い物の血の石じゃ、“クリュメネー” の代わりにはなりきれないかぁ……。
あ、もう傷は治ったよ。皆がナイフを抜いてくれたからね。ありがとう」
その身体はビキビキと音を立て、だんだんと縮んでいく。
「でもやっと元の姿に戻れるし、負けちゃったけど別にいいよね。ふふっ……」
骨が縮み、筋肉が縮み、やがてその姿は普通の人間の形になっていく。それが治まると、筋肉男……狼達に "ガニメートの兄さん" と呼ばれていた男は、静かに髪をかきあげた。
「ふう」
それは金髪の美少年の姿だった。その中性的な顔立ちはまるで絵本の王子様のようだ。
「早く……灰の王を、見つけなきゃ」
ガニメートはそう呟いて、空を仰いだ。




