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【010】怪獣と怪物と怪異 ◇

 身体を無理に動かした事で、アシュタルの意識はまたも途切れそうになっていた。足を動かさなければと思うも、その気持ちに身体が応えられない。

 アシュタルは苦し気に呻き、それでも何とか薄目を開ける。漆黒の赤子は二人の真後ろまで迫っていた。そして先程ジャンタを吸収した時のように腰を落として両手を振り上げ、二人を押し潰さんとしていた。


挿絵(By みてみん)


「りゃあああ!!!」


 叫び声と共にツォイスの目に映ったのは、漆黒の赤子の手に飛び込んできたジャンタの姿だった。高く跳躍したジャンタは勢いもそのまま、赤子の手を蹴り飛ばした。


 バリイィィィィィィィィッ……!


 赤子の両手が漆黒の破片となって砕け散った。それは、赤子の姿を成すコアからの完全な分離の際の現象であり、ジャンタの攻撃の有効性を表していた。


「お前! 生きてたか……!!」


 ツォイスはジャンタを見上げ、思わず言葉をもらす。二人の背後では空中で身を翻し拳で追撃せんとするジャンタの姿があった。


「あああああ!!!」


 ジャンタの拳は横に逸れ、漆黒の赤子の中心を捉える事は出来なかった。しかしそれでも十分な威力だ。その一撃により漆黒の赤子の左半身がほぼぶっ飛び、漆黒の破片となって砕け散った。


「覚醒具も無しに、どうやって……!?」


 そこまで言って、ツォイスはある事を思い出した。それはジャンタを解析した際のデータの事だ。あの時、本来虚闇だけが黒く反応するはずの解析モニターはジャンタの全身を真黒く映していた。

 それはつまり────。


「お前()()()()が覚醒具だったって事かよ……!!」


 覚醒者は身体能力強化状態に加え、得物である覚醒具を手にして武装覚醒者と分類される。だがジャンタの場合は覚醒具を必要としない代わり、持ち得る全ての虚闇(ちから)を身体能力強化にあてがっているようだ。

 とは言えこれは虚闇(ちから)の配分による違いと言うだけの単純な事ではなかった。身体能力強化というスキル自体が虚闇を身体に直接纏わせるというものである為リスクが高く、誘導侵蝕(自らの意志で侵蝕率を上げる事)の加減を間違えばそれに耐えられず肉体が弾け飛ぶ可能性が高いからだ。

 解析時に見たあのデータからしても、ジャンタの侵蝕率は尋常では無かったように思える。だが、ジャンタの中に虚闇の始源であるルジルファがいると考えれば、それが可能であることも納得がいく。


「────面白(おもし)れぇ。面白(おもし)れぇよ、お前……!!」


 ツォイスは研究者としてジャンタという存在に高揚し、見開いた目を輝かせて感嘆の言葉をもらした。


 だが漆黒の赤子もジャンタにやられっぱなしでいるわけもなかった。吹き飛ばされた断面から複数の細く長い腕を形作り、それらをジャンタに向かって伸ばす。そして空中で身動きが取りにくいジャンタの髪をわし掴み、宙で振り回してから地面に何度も叩きつける。悲鳴すらかき消す程の衝撃音だ。

 その様子は赤子が無機質なオモチャを振り回し遊んでいるようにすら見えるが、叩きつけるその威力は普通なら一度で絶命するであろう程の衝撃だ。


「チッ……!」


 その様子を目にしたアシュタルは忌々しげにその顔を歪め、右手を伸ばして手のひらを漆黒の赤子へと向けた。


「お、おいアシュタル君! 何を……!」


「侵蝕率を……一時的に、上げる。……そうすれば、一撃は、与えてやれる……!」


「──は、誘導侵蝕をすれば確かに可能だろうが、そんな事したらどう反動が来るか……!」


「……ここまで来て、()()に死なれては、困る……!!」


 アシュタルはジャンタを見殺しには出来ない、という事を言いたいのであろう言葉を吐く。ややひねくれた性格であるアシュタルは、自らがリスクをおかさなければいけない行動について、それなりの大義名分が必要らしい。

 腕を伸ばしたアシュタルの手には、するすると黒煙が集まっていっていた。それは漆黒の赤子から分断された虚闇の一部だ。

 それらを吸収し、自らの虚闇残量を回復させたアシュタルは、侵蝕率を操作し強制的に上げることで侵蝕率の増減値を安定させる。

 その数秒程度の安定した瞬間に今出し得る全ての力をぶつけようと、自身を支えていたツォイスを突き飛ばす。それによりツォイスはドシャッという大きな音を立てて後方へ転ぶも、アシュタルはそれに一瞥もくれてやらず前へ出た。一撃をあびせる為なら形振り構わないといった様子だ。アシュタルは前方へと一歩踏み出し、黒煙を漂わせた右手を漆黒の赤子へと突き出した。

 そしてその手が漆黒の赤子へと届く寸前にアシュタルの覚醒具───血のように紅い刀身が美しい大剣が生成され、それが閃光のように漆黒の赤子を貫いた。


 ザンッ!!!


 絞り出した力も尽きたのか、その直後に大剣はかき消えていた。だがそれでも十分だった。アシュタルの一撃によって残る右半身も砕け散り、その中心のコアであろうものが露になっていたのだ。それは漆黒の赤子と同じ漆黒の、ピンポン玉程の球体だった。

 そして、タイミング良くそこに落下してきたジャンタの拳がそのコアにぶつかった。


 キンッ……!


 高く短い音が響いたかと思うと、それは細かい粒子になって弾け、キラキラと輝きながら消えていった。

 アシュタルはそれを確認して、そのまま膝を付いた。緩められた口元からは「ふん」という音がもれる。それは安堵からくるものだった。

 コアの破壊により、眷属烟獣一体の撃退に成功したのだ。


 ……しかし、その直後に響いた言葉は歓喜の声ではなかった。


「ああーっ!! おれが倒さなきゃいけなかったのに……うごっ!」


 それは落下中のジャンタだった。あれだけの攻撃を受けながらその声色はまるで変化が無い。最後の方は落下の衝撃で言葉になっていなかったが。

 ジャンタはどうやら最初にツォイスが言っていた "入団試験" についての事を言いたかったらしい。ツォイスは自身が「烟獣を倒して俺らを守れ」という趣旨の発言をしたことを思い出し、少し可笑しくなった。一気に気が抜けたと同時に深く息を吐いた。


「あー……そうだったそうだった。トドメはアシュタル君に取られちゃったから、入団試験はまた後でな」


「えええ……」


 分かりやすくジャンタが肩を落とす。

 ……本当はジャンタがとどめを刺していた。しかし本人が気付いていないようなので、ツォイスは敢えて濁して応える。元々入団試験なんて、ツォイスの口から出任せだったのだから。


 その後はあっという間だった。

 時間差でやってきた残りの眷属烟獣は、どちらも漆黒の赤子とは比べ物にならない程小さい。アシュタルが出る幕もなければツォイスが悲鳴を上げる暇もなく、まるで小さな雲が牙を持った様な姿のそれらはジャンタによって呆気なく片付いてしまった。


 それから、ツォイスは近隣の虚闇反応を調べた。アードミラーロはもうこちらを向いておらず、ふわふわと漂いながら森の奥へと消えたようだ。……まるでこれは、眷属烟獣をこちらに向かわせる為だけの行動だったように思える。しかもご丁寧に三人分ときたものだ。

 だが一先ず危機は去った。ツォイスはそれを確認して大きく溜め息を吐くと、ジャンタを睨んだ。

 視線の先のジャンタは頭から血をダラダラと流しているが、その言動は至って元気そうだった。それ故にツォイスはジャンタを心配するより先に、自身のイライラとした気持ちをぶつけていた。


「…………しっかしお前さぁ、あんな闘い方が出来るなら最初からやれっての! 無駄に肝冷やしたじゃねーか!」


「……えっ、ツォイスがかくせいぐをせいせい?って言ったからやったのに! おれ、そんなこと分かんないってば!」


「うるせぇ!! そもそも俺がお前の事なんか分かるわけねーだろが! 甘えんな!」


 ジャンタに腹が立ったツォイスはその脛にチョップをお見舞いする。一応傷のある場所は避けたが、ジャンタは「いたい!」と言って少しだけ静かになった。

 ツォイスは先程アシュタルに突き飛ばされた事で強打した腰を擦り、ゆっくりと立ち上がった。そして自身の前方で膝をついて動かないアシュタルに歩み寄る。


「それより……アシュタル君、生きてるか?」


 ツォイスはアシュタルの肩に手を置こうとするも、その手に遮られた。そして振り向いたアシュタルがツォイスを睨む。


「……誰にものを言っている」


 それを聞いたツォイスは手を引っ込め、肩を竦めて見せた。


「ハッ……! 上等上等。アシュタル君が死んじまったら俺もどうなるか分かったもんじゃねぇからな。これでアルベド団には戻れそうだ」


 そうは言うものの、アシュタルの体調は相変わらず優れないようだ。目を伏せて俯き、呼吸も浅い。先程無理矢理力を引き出している為、今後はその反動で更に悪化する可能性すらある。


「……アシュタル、苦しそうだ」


 その様子を見ていたジャンタがアシュタルの顔を覗く。ただしジャンタも頭からダラダラと血が流れていた為、お前が言うなと言いたくなる状況だ。


「西の町に行くんだよな? 早くしなきゃ。おれ、また走るぞ!」


 血みどろの見た目とは裏腹に、ジャンタはまだまだ元気なようだ。屈伸をしては腕を振り回し、ジャンタなりの準備運動をしている。


「ああ、そうだな……。あの眷属烟獣を倒した事で、森から出られるようになってるといいんだが」


 そう言ってツォイスはその場にしゃがみ、無精髭の生えた顎に手をあてた。


「……だがそんな現象を烟獣が起こすなんて聞いたことがないからねぇ。───ん? 前例がないと言えば……」


 そう言ってツォイスは一人立っているジャンタを見上げた。


「……お前、記憶喪失なのか何なのか知らねぇけど、この森の事は何か知らないわけ? お前は()()()()()の方なんだろ?」


「?? おれは記憶喪失じゃないぞ?」


 ……当然ながら、ツォイスは「はぁ?」といった反応だ。そして頭を抱えて溜め息を吐いた。


「ってかお前って本当何なわけ……。突然現れるし、無茶苦茶な動きはするし、覚醒具を生成できないのかと思ってたら素手で闘い出すし……」


「おれは死体の方でもないし、冷たいやつの方でもないんだぞ! あっ、でもどっちかが出てきたら、おれは消えちゃうみたいだ」


「………。」


 ジャンタはこの森と同様……いや、それより遥かに謎だらけの存在だった。今は如何にして森を抜け出すかを考えたいのだが、これでは話が進まなくなる。ツォイスは一先ずジャンタについて、それ以上追及するのを止めた。

 だが考えたところで答えも見つからず、苛立って頭をガシガシと掻いた。


「あーっ! この状況って結構やべぇんじゃねーの!? せっかく烟獣からも生き延びたのに野垂れ死にとか冗談じゃねぇっつうの!」


「えっ死ぬの!? ツォイス死ぬの!?」


「うるせぇ!!」


 ジャンタが鬱陶しく騒ぐので、ツォイスは先程効果があった脛に再チョップを食らわせる。ジャンタはまたしても「いたい!」と言って少しだけ静かになった。


「……ふん。ゴットハルト、随分となつかれたんじゃないか?」


 その様子を見てアシュタルが鼻で笑う。


「……はあぁ……。まさか "名無しの子供" の正体がこんな無茶苦茶なチビだったとはなぁ。アシュタル君に同行してもらって正解だったわ……」


「……迷惑な話だな」


 アシュタルとツォイスはこの森へ向かう前の話をしていた。

 アシュタルはジャンタが "ジャンタ" を成す前の何らかの気配を察知し、アードミラーロの偵察としてアルベド団に届け出を出し発とうとしていた。そこに同じく不穏な気配を感じ、克つ予言の書を極秘に所有していたツォイスが無理矢理付いてきた、といった形だ。

 まさかこんなことになるとは……と、お互い自嘲気味に話している。


 そんな中、ジャンタは一人立ち尽くしていた。ツォイスに怒られたからとか、自分の知らない話だからという理由からではなかった。


「あ、見つかっちゃった」


 ジャンタがそう呟いた時────もう一つの足音が、茂みを揺らし近付いてきた。

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