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07. 熱烈な歓迎


 下生えを掻き分けて五歩と進まないうちに、一郎は熱帯多雨林から熱烈な歓迎を受けることになった。


 抱えたクレヨンウィちゃん(火)で目の前に立ち塞がる緑の葉を押し倒した途端、まず先兵として二枚の羽を持つ虫どもが一斉にたかってきた。

 透明なポリカーボネートのフェイスガードが一瞬にして黒く蠢く双翅類に埋め尽くされるのは圧巻だ。眼球から五センチと離れていない所でカやらハエらがウゴウゴとひしめく様を見せつけられるのは、小心者を自認する一郎にはなかなかの拷問だった。

 団子を連ねたような触覚はブユなんだろうなとか、スケルトンなオレンジの胴体はさすがにエグいなぁとか、意識を拡散させていないと目眩とともに倒れそうである。


 純白のはずの白くま君はとうに斑模様だ。

 毛並みの良い肩口に薄茶の六本足の昆虫が乗っている。細長い四角状の頭部に大きなハサミ型の大顎、シロアリの兵隊さんだ。

 とりあえず払い落としておいたが、キリがないと簡単に予測できる。


 今ならまだ引き返せる。

 弱気が一郎の胸中で声高に主張し始めていた。

 勇気や根性といったものと縁のない生活を送っていた彼には、とても正当な主張である。

 だが、完璧な装備が、一郎の判断をこの時ばかりは誤らせた。


 五歩といわず、あと五分。


 何をトチ狂ったのか、そんな決断を下してしまった。蛮勇である。

 纏わりつく虫達を毅然とやり過ごし、再び足を前方へ。


 と、左足が僅かに引っ掛かる。

 クレヨンウィちゃん(火)が視界を邪魔しているので脇に抱え直す。さらに、視線を塞ぐポッチャリ仕様の白くま君の下腹を避けるように、バランスを崩さないように気遣いながら前屈みになる。

 緑銀色に鈍く光る紐状の物体が白くま君の左足首に絡みついていた。どうもヘビっぽい。

 牙を突き立てているようだが、ホワイト・グリズリーの強靱な毛皮の防御力を突破するには至らない。


「ふっ」


 鼻で笑う。肉球付きの右足底で胴体部を踏みつけた。

 あっさりと口を離したので踏む力を弛めると、不利を悟ったのか、クネクネと茂みの中へ逃走していった。

 噛まれた箇所が、なにやら紫色に濡れ光っている。毒持ちだったようである。


「危険がいっぱい、かよ」


 防毒マスクをシュコーシュコー言わせながらぼやいてしまう。

 ファンタジー世界の冒険家達はこんな命懸けの行為を毎日繰り返しているのかと、賞賛の言葉を贈らずにはいられない。

 Earthgald Online のように、モニター越しの冒険が一郎には精々だ。リアルでするものではないと心底実感させられる。


 藪を掻き分ける。

 緑の葉っぱがやけに抵抗を示した。

 その葉が、突然、クタッと一郎にその先端を向けてきた。


「生きてるのかよ!」


 ナナフシっぽい昆虫だった。

 大きい。擬態していたその全長は三○センチほどで、淡紅色の短い羽を拡げて精一杯の威嚇行動を取っている。

 思わず、その生意気な態度にクレヨンウィちゃん(火)で横殴りにした。

 奇怪な色の粘液を撒き散らしながら、細長い体節は四散した。

 縄張りに乱入してきたのは一郎の方なので、ナナフシにとっては災難であろう。


 とりあえず、障害を排して前進を続ける。

 掻き分けても分けても、延々と下生えが視界に立ちはだかってくる。地面に凸凹がないので、歩きやすいのが救いだ。


 体長五○センチを超えるカマキリと遭遇した時、つい一郎は“異世界スゲぇ”と心から叫んでいた。

 キシャーと鎌状の前脚を振り上げる姿に、ホッコリと癒やされる。生身だと痛いでは済まされないその攻撃も、白くま君状態の一郎にしてみれば、仔犬にじゃれつかれているようなものだった。


 逆三角形のその端正な頭をつい撫でようとして鎌に挟まれる。

 効かない。

 白くま君の手だとカマキリの体を壊さずに引き剥がす自信がなかったので、そのまま連れ歩くことにした。先ほどのナナフシと対応が違うのは、一郎の心の中昆虫ランキングの第一位がカマキリだったせいである。ちなみに第二位はオオクワガタ(♂)だ。


 そして歩くこと五分。

 退却の二文字が頭の隅をよぎりだした頃、遂に一郎は群生する下生え地域から脱した。


 景観は一変した。

 広葉樹の大木の拡げる枝葉が頭上を覆い尽くし、陽光を完全に遮っている。時間経過をいきなり飛ばして夕刻過ぎになったかと錯覚するほどに薄暗い。

 土の下から飛び出した太い根が複雑にうねり、地表に深い影を作っている。下生え地帯とは違った意味で、白くま君の短い足だと歩きにくそうな起伏に富んだ地面だった。

 幹に絡みつく緑色はシダの類いだ。

 直径一○センチほどの傘を開いたキノコも散見する。


 生椎茸の茎を取り、マヨネーズを載せてオーブンで焼いたマヨシイタケの味をふと思い出す。取った茎はスライスしてミックスベジタブルとともにバターで炒めてもよい。

 あのキノコはいったいどんな味がするのか。

 傘の色が毒々しい赤でなければ、好奇心に負けて幾つか採取していただろう。

 さしあたって今日の夕食の献立はアーキツ風キノコシチューに決まりだ。


 早く安全な場所を見つけようと一郎は歩き出す。

 右腕にひっついてたカマキリはいつの間にか姿を消していた。

 これが何を意味するのか、彼は気づくべきだった。


 そして、ヤツが現れる。



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