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06. 無理ぜったい無理


「無理無理、ぜったいムリ!」


 TVでたまにやる“秘境探検”みたいなのを漠然と想像していた一郎は、目の前に立ち塞がる現実に、あっさりと白旗を揚げていた。


 無人島なのだから、当然、前人未踏である。

 彼の前にあったのは、緑の壁だった。

 道などあるはずもなく、分け入る隙間さえ見当たらない。


 熱帯多雨林の強靱な生命力は、一郎の良識を遙かに凌駕していた。

 高いものは五○メートルに届いているだろう。それら大木の間を埋め尽くすかのごとく、二、三○メートル級の広葉樹が枝葉を広げ重ねて密林の屋根を形成していた。

 太い幹にはツタが複雑に絡みつき奇怪なオブジェと化している。シダや菌類の繁殖力の強さはここも地球も変わりなさそうだ。

 少しでも陽が当たる地面には下草が猛然と生い茂り、その葉先は一郎の頭よりも高い位置にある。


 密林の内部まで入れば、日差しが届かないので下草の勢いも弱まり、だいぶ歩きやすいという話だが、まずそこまで進めない。

 下生えを掻き分けた途端、あっと言う間に節足動物やら環形動物にたかられて悲鳴を上げる自分の姿が、一郎は容易に想像できてしまった。


 レビテーションを使用しても結果は変わらない。梢よりも上の高度をとれない以上、木々の間を飛んでいくことになる。

 顔面から蜘蛛の巣に突っ込むとか、上からポトリと蛭が肩口に落ちてくるとか、間違いなく墜落する自信があった。


 怖いのは蚊のような吸血生物だ。接近を阻止するのが難しいうえに、奴らは草葉の陰に大量にいる。喰われて痒いのも厄介だが、危険な未知の伝染病を持ってこられたらもうお手上げだ。


「ふぅ~」


 遺跡を諦めるという選択はあまり意味がない。

 島を脱出するために海岸へ出るには、絶対に密林を突破する必要がある。今行くか、後回しにするかの違いしかなかった。


「焼き払うか?」


 声に出して呟いてみると、とってもナイスな妙案に思えてくる。

 湿気過多っぽいので、例え火を放っても半分以上は焼失を免れるだろう。生態系破壊ではない、生息域を少々狭くするだけだ。


「誰も見てないし……」


 半ば以上その気になっていた一郎だが、ふと、高校の時の歴史教諭の雑談を思い出してしまった。

 一九世紀頃の探検家が中米で遺跡を発見した時、発掘の手間を省くために密林に火を付けたという。結果、貴重な遺跡はボロボロに崩壊したらしい。

 状況はそっくりである。

 見に行くための行為で目的のものが破壊される。本末転倒といえた。


「しかたないか」


 やれやれと一郎は首を横に数回振る。


 無理は承知でも、多少は努力してみるのもいいだろう。

 駄目だった、という同じ結末に辿りつくにしろ、途中できちんと段階を踏んでいれば、その後の行動の一切を正当化させる言い訳はたつ。


 密林の手前の斜面にて、昼食のセヨッキ風ミックスピザ(物理防御力微増)を頬張りながら一郎は考える。


 まず服装からしてダメダメだ。

 肩口から剥き出しの両腕なんて、あっと言う間に虫刺されで真っ赤に腫れ上がるだろう。チュニックの粗い布地の防御力は蚊の口吻の前では無に等しい。素足に革サンダルなんて、藪の中の捕食者にしてみれば格好の餌に違いない。


 肌の露出を極力抑える、これは最低限だろう。

 ピザの最後のひと口を口中に押し込み、指先の脂やチーズの溶けカスを水で洗い流してから、一郎はインベントリから目当ての物を呼び出した。


「キューティーきぐるみシリーズ・白くま君!」


 声に出してみたのはなんとなくだった。


 雑草も疎らな斜面に、中身を失ってペシャンコになった剥製みたいな、全長二メートル弱の白い熊の毛皮が出現した。

 ガチャの外れ品だ。後にログインイベントで大量に無料配布され、課金者達の怒りを買った曰くの品である。


 中レベル帯の一般フィールドで出会うMOB、ホワイト・グリズリーを丸々素材として作られた、という設定だ。そのため、他のアバターと違って基本防御力の値が高めになっている。

 熊系はそろそろ初心者を卒業しようかという頃合いにお世話になる一般MOBで、経験値・熟練値ともに美味しいのでプレイヤーの間でも比較的人気は高い。一時期、これを着込んだ近接職がレッド・グリズリーと殴り合う姿が散見されたものだ。


 白くま君というだけあり、毛皮は陽光を浴びて眩しいほど白く、毛の密度も高くその一本一本が艶やかでしなやかだ。敷いて寝そべれば大変具合が良さそうだが、それは別の機会として。


 着ぐるみはファスナーのないシームレスな構造なので、そのままでは着用不可能だ。

 手触りを充分に堪能した後、一郎はいったん白くま君を収納した。そして、インベントリの装備タグのセット2の欄に移動させる。ちなみにセット1は現在来ている初期装備一式で、今は薄いグレーで表示されている。


 タブの下段に設置されている“着替え”ボタンを、想像上のマウスでクリックする。

 瞬時にして、一郎は白くま君になる。


 ゲーム仕様に準じているのか、下着一枚で収まった着ぐるみの中は暑くもなく寒くもなく、サイズも適当でとても着心地がよい。

 頭部まで完全に一体型で、ガオーと大きく開いた熊の口中から、一郎の顔がひょっこりと覗いている。


 もちろん、一番ガードしなければいけない場所を無防備に晒け出しておくつもりはない。

 インベントリ内でアイテムを操作し、役立ちそうなものをセット2へ。

 再度“着替え”ボタンを押す。


 直後、着ぐるみはそのままで、剥き出しだった一郎の顔面部を、透明なポリカーボネート製のフルフェイスガードが覆い尽くした。鼻と口の部分は包み隠すように別パーツで構成され、防塵フィルターを内包した短円筒形の吸気口が左右に振り分けられている。所謂防塵防毒マスクで、きちんとPM2.5対応のシールも貼ってある。ゲームの仕様によれば、状態異常をもたらすガスをすべてシャットアウトする優れものらしい。


「よし、完璧だ」


 肌の露出はただの一片もない。

 少し呼吸の際に力がいるのと、シュコーシュコー排気音が耳につくのが欠点だが、安全と引き替えだと思えば苦でもない。


 意を決して、密林と向き合った。

 大自然がどんなに脅威を示そうとも、人は知恵と勇気と道具でそれに立ち向かうのだ。

 一郎は自信満々で海ヘビちゃん(火)を装備……できなかった。インベントリから出した長杖は熊の手の間をすり抜けて地面に転がった。


「あ、あれっ?」


 熊の短い足にバランスを崩しながらもなんとか前屈みになり、杖を……掴めなかった。


「こんな盲点があろうとは」


 熊の手は物を掴むのに全く適していなかったのだ。

 せっかくここまで準備したのに、諦めるというのも業腹である。

 なんとか熊でも持てる杖はないかと探してみる。


「これ、ぐらいか……」


 アカデミーシリーズ・クレヨンウィちゃん(火)。長さ九○センチ、直径三○センチの短杖扱いのクレヨンだったが、実際には両手を使わないと持てないので、左手の装備は不可能となる。


「はぁ、行くか」


 テンションは思い切り下がったまま、一郎はジャングル踏破へと踏み出した。



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