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02. 次はいよいよ

 腹が満たされたら、次はいよいよ冒険の下準備である。


 緊急時に必要な物をすぐに取り出せるような鞄があれば便利だろうなと、インベントリを開いてめぼしい物を吟味する。

 ねこさんリュック、赤いランドセル(リコーダー付き)、亀の甲羅型バックパック、実寸大棺桶型収納ボックス、特選魔女っ子専用ポシェット……。

 溜め息が洩れるほどの、残念なラインナップしか見当たらない。当然だろう、不要な物を手当たり次第詰め込んできたのだ。


「やっぱり手ぶらが一番だよな」


 瓢箪型水筒というものがあったので出してみた。インベントリ内でポップアップした説明文によれば、底部に水属性クリスタルが埋め込まれ、冷たくて爽やかな天然水が無限に湧いてくるという。どんな理屈で3Dゲームの仕様を再現したのかは不明だが、役立ちそうなので腰のベルトに紐で結びつけておく。


 次いで武器の用意だ。

 一郎は火力特化型のウィザードだった。運営が素直にデータ移行をしたのなら、今のこの体も魔法使い寄りのステータスを保持しているはずだ。

 問題は、前ゲームと、この世界における魔法の法則が同一であるかどうか、だ。


 Earthgald Online では、すべてのプレイヤーはMPという形で無属性の魔力を保持していた。無属性で行使できる魔法はごく限られ、気持ち足が速くなったかななんていう簡単な身体強化や、初心者ポーションのほうがまだマシというレベルの治癒力活性化ぐらいだった。無属性に火や水といった属性を与えて魔法を具象化させるには媒体となる魔具を介さなければならず、ウィザードの場合にはそれが杖という形で実装されていた。


 杖には長杖と短杖の二種類が存在する。

 長杖はいわゆる両手杖であり、その単体破壊力は全武装中トップクラスであり、接近した敵を殴り飛ばせる打撃力も併せ持っていた。反面、魔法のクールタイムは長めの傾向にあり、振り回す速度も全武装中最低だ。

 短杖は攻撃力こそ劣るもののクールタイムが短めで魔法を連発するのに適している。また片手が使えるので、物理攻撃から身を守るための軽量盾や、魔法防御用アミュレットなどが装備できるメリットがあった。


 魔具全般の共通仕様として、一つの魔具には一つの属性しか付与できないというがある。そのため、火力タイプのウィザードは火・水・風・土のそれぞれの属性の杖を四本、ヒーラーやバッファーの場合には聖と闇の二種類の杖を常に持ち歩いて、状況に応じて使い分けるというプレイを強いられていた。戦闘中の持ち替えが面倒だ、というプレイヤーの不満に応えて、一発お着替えボタンが実装されたのは何年目のアップデートだったか。


 一郎のインベントリに入っている装備はすべてが趣味用のアバター品だ。救いは、Earthgald Online のアバターは外形データを抽出して任意の装備に反映させるという仕様のため、最低限の能力を取り敢えずは持っている点だろう。攻撃力はお察しだが、耐久値が∞なので破壊不可な点は充分な利点だ。また着用時帰属なので装備者にいったんロックされると販売・譲渡・破棄が不能になるためなくす心配がない。


「でもなぁ……自分の趣味じゃないからインベントリに突っ込んできたんだよな」


 過度な期待は抱かないことにして、装備品のアイコンを一つずつチェックする。


 アカデミーシリーズ……サ○ラなクー△ーをパクッたカラフルな短杖だが、デザインに独自性を持たせようと余計な気を遣ったのか、もはやペンシルではなくミサイルで、実際に振り回すにはNBA選手並の握力と手の大きさが必要だと失笑された品である。

 台所シリーズ……しゃもじ、だった。どう見ても殴打用だ。スタイリッシュを自認するウィザード連中は揃って背を向けた。

 和風シリーズ……素直に錫杖にすればいいものの、何を勘違いしたのか四季の小枝シリーズなんてものにしたから、センスのなさを酷評された。ちなみに、運営も反省したのか和風シリーズ2にしてようやく錫が採用された。

 魔女っ子シリーズ……男キャラの一郎には論外の代物だ。

 天魔シリーズ……先端で羽がピコピコ動く可愛らしい杖だが、聖魔属性しかないため火力職には無用の品である。

 大洋シリーズ……タツノオトシゴ。

 パンクシリーズ……六角レンチ。

 お菓子シリーズ……ペロペロキャンディー。


「ふぅ~」


 運営の消える詐欺に欺されなければ、もっとマシな装備を持ってこれたはずだ。

 胸の内側で猛烈に運営を罵りつつも、一郎はようやく一本の杖を選び出した。

 海賊シリーズ・海ヘビちゃん(火)。リアル志向な造りならともかく、その名が示すとおりデフォルメが酷すぎて、もはやヘビではなく不思議生物な見掛けの長杖だ。先端部でパックリと開いたヘビもどきの口には火属性を表す赤いクリスタルが咥えられていて、魔力を流すとそこから色つきの水煙がゆらゆらと立ち上るギミック付きだ。

 使えればいい。何もないよりかはマシなのだ。


「さて、と」


 出した杖を椅子代わりにしていた岩に立て掛けると、その場から五メートル程離れた場所までゆっくりと歩いていく。


 緊張していたのだ。3Dゲーム内のショートカットキーを叩いて使う魔法ではなく、自分の体で初めて行使する未知なる技に、年甲斐もなく胸のワクワクドキドキが止まらない。


 逸る気持ちを落ち着かせるには、やはりこれが一番だろう。

 チュニックの裾をたくし上げ、前開きのないボトムズの腰紐を緩めて太腿までズリ下ろす。

 トランクスっぽい下着の下から……。


「オ-、……アメリカン?」


 喜べばいいのか、悔しがればいいのか、一郎はなんとも言えない気分になる。ただ一つ確かなのは、もし現実の日本に帰ることができたなら間違いなく落ち込むだろうという点だ。

 用を済ませ、服装を整えてから、元の場所まで引き返す。


「あれ!?」


 海ヘビちゃん(火)がいなくなっていた。

 杖が自立行動するなんて聞いたこともない。首を巡らせてみたが、持ち去るような人影も獣の姿も見当たらない。岩を中心に一周してみたが、地面に転がり落ちてもいなかった。

 ふと気づき、インベントリ内を覗いてみる。

 あった。

 これが着用者帰属で破棄不可の効果なのだろう。

 離しておける距離や時間を調べる必要があるなと脳の片隅にメモを残しつつ、もう一度海ヘビちゃん(火)を手元に呼び出した。


 杖の中ほどを両手でしっかりと握りしめる。垂直に立て、尾を模した尖った先端部を地面すれすれにまで下ろして身構える。口に咥えられた赤いクリスタルはちょうど一郎の目の高さにあった。

 こうして意識して杖を構えてみると、魔力を通す、という意味がごく自然と理解できる。

 中にいる人間渡会一郎の知識としてではなく、このキャラクター、金髪碧眼のナイスボーイの肉体に刻み込まれた経験、とでもいうのだろうか。

 心臓から血管を通して送られる血液のように、体の中心部から両腕の中を流れて、不可視の力が杖へと注ぎ込まれていく。

 赤いクリスタルが輝きを放ち始める。


「いける!」


 沈めたはずの気持ちが再度昂ぶってくる。首から上からカッと熱くなり、鼓膜の内側では心臓の鼓動が反響して周囲の音を一切閉め出している。

 クリスタルの輝きはいよいよ眩しく、燻る赤い蒸気は陽炎となって目の前の光景を歪ませていた。

 放つのは火属性下級魔法。


「ファイアボール!」


 直後。

 大地に小型の太陽が出現した。




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