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16 奇妙な浮遊感


 奇妙な浮遊感の中、一郎はゆっくりと覚醒した。


 視界は真っ暗なままだったが、棺桶内で迎える目覚めはもう何度目かになるので別段慌てたりはしない。腹の上で組んでいた手を解き、上蓋の裏側に掌を押し当てる。

 力を込めた。

 と、グラリと棺桶全体が大きく揺れた。


「えっ、地震!?」


 火山の爆発か、と慌てて蓋を撥ねのける。

 再び、体全体が左右に揺さぶられた。


 パシャンという蓋が水を叩く音。

 べたついた潮の香りに全身を包まれる。


 棺桶の縁に掴まりながら上半身を起こした一郎が目にしたものは……。


「ないわ~」


 見渡す限り、三六○度の水平線だった。

 島影一つない洋上に、一郎の乗る棺桶はポツンと浮かんでいた。

 昨晩、棺桶を置いた場所が悪かったのだろう。満潮時に波に浚われ、沖に向かう海流によってここまで運ばれた。


「全然気づかない俺ってどんだけぇ~~」


 鈍すぎるにも程があった。それとも、永遠の安眠を約束する棺桶の安心設計を褒め称えるべきなのか。

 水漏れはなく、海面についた上蓋がバランサーのような役割を果たしているので、さしあたって沈没や転覆の心配はしなくて済んだ。


 全体マップで現在位置を確認する。島の西側の沖上にポジションマークが付いていた。縮尺がないので正確な距離は不明だったが、肉眼で島を確認できないため、相当離れているのは確かだ。


 一郎は途方に暮れた。


 頭の中は真っ白で絶賛混乱中にも関わらず、身体は勝手に動いてインベントリからフレッシュミルクとメープルシロップ掛けフレンチトーストを取り出していた。

 少し甘めの朝食を摂って血糖値が上昇し始めた頃、ようやく一郎の思考には色彩が戻りだしていた。


「ま、なんとかなるだろ」


 物理的に流された一郎は、精神的にも流されやすい男だった。そして、立ち直りも早かった。

 今更何をしたところで手遅れなのである。現状をあれこれ嘆くよりも、これからのことを考えたほうがより建設的だった。


 まず最初に、一郎は身なりを整えることにした。せっかく海の上にいるのだから水着だろうというわけだ。彼は形から入る男でもあった。


 トロピカル:南国情緒豊かなトランクス型水着、麦わら帽子&グラサン付き

 ハイスピード:競泳用ビキニ、ゴムキャップ&ゴーグル付き

 ダイバーズ:セミドライ・ウェットスーツ、フィン&シュノーケル付き

 海の漢:日本ふんどし協会協賛、赤と白の二色あり

 スクールメイト:スクール水着紺、名札付き


 毎年夏のイベントで配布されていたから、インベントリ内にはそれなりの種類と数が揃っていた。剣と魔法のファンタジーな世界観を冒涜する外見だったので着る機会はそうそうなかったが、一度だけ仲間うちで“みんな褌でレイドツアー”を敢行したことがある。予備装備に赤褌アバターを適用させて一郎も参加したが、馬鹿馬鹿しくも盛り上がった記憶がある。“協賛費払うぐらいならゲームにもっと金遣え!”と叫びながらボスに特攻して瞬殺されたタンク職の雄姿は、今でも一郎のHDの中で眠っている、はずだ。


 現在所有している装備の中で、一番露出度の高い赤褌が一番防御性能が良いという皮肉な結果になっている。インベントリの装備タブ内で他の装備との重ね着ができなかったので、システム的には下着ではなく外装扱いなのだろう。


 スクールメイトは女性キャラ専用アバターで一郎には不要の代物だ。ガチャのレアな品で、委託で高く売り捌こうと倉庫で眠らせていたら、時期を逸してしまった残念なモノだった。


 とりあえず、一郎は無難なトロピカルセットを選択して装備した。淡い黄色地にハイビスカスのプリントも鮮やかな、いかにも海っな雰囲気を持つ水着だ。麦わら帽子とサングラスもちゃんと身に着けた。


「さて、と」


 島に引き返す気は毛頭ない。完全自作の丸太船と、破壊不可属性の棺桶を頭の中で比較したところ、安全性はさして変わらない、むしろ棺桶の方が上? と気づいたからである。幸い、西向きの海流に乗っているようなので、このまま行ける所まで進むつもりだった。無謀でも他の選択肢が思い浮かばなかった、というのもある。


 木工作業中に目星をつけていた、台所シリーズの長杖をインベントリから取り出した。杖といっても、見かけは長さ一・五メートルの特大しゃもじだ。

 棺桶のウレタンクッションに腰を落ち着け、伸ばした両足を側板の内側に当ててポジションを固定する。

 逆手に持ったしゃもじを海面下に沈めて、ゆっくりと漕いでみた。


「おぉ、進むぞ!」


 水の抵抗が大きくて振り切るにはかなりの力が必要だったが、とにかく棺桶は前に動いていた。

 小さな一歩に気をよくした一郎は、上体の筋肉を大きく使い、リズミカルに海面を漕いでいく。


 右、パシャ。

 左、パシャ。

 右、パシャ。

 左、パシャ。

 …………。


 そして、


「あ~き~た~!」


 五分と経たずに、一郎はしゃもじを放り出し、仰向けに倒れ込んだ。


 確かに前には進んでいたのだろう。しかし、比較対象物のない洋上では、どれだけ距離を稼げたのかまるで判らない。漕いでも漕いでも変わらない景色に達成感はなく、半端ない徒労感で肉体的よりも精神的な疲労がきつかった。


 これから毎日、何時間もこの不毛な作業をしなければならないと想像しただけで鬱になる。

 せっかく魔法が使えるようになったのだから、もっと簡単にこう……。そこまで考え、一郎はハッとなった。


「俺ってバカァ~」


 レビテーションの存在をすっかり失念していた。長距離航続性に難はあるが、棺桶という安全な着地点が確保できた今、使わない手はない。

 海を渡る=船、と思い至ってから、いかに漕いで前に進むしか頭に浮かばなかったのだ。昨日の作業が丸々無駄だったと気落ちしたが、波に浚われて流されなければ棺桶が安全に浮くとは想像もしなかったのだから、結果オーライということなのだろう。


 早速試してみる。

 麦わら帽子を被り直し、しゃもじを天魔シリーズ・悪魔っ子の短杖(魔)に持ち替える。


「レビテーション!」


 フワリと、一郎の身体が浮き上がる。

 三メートルほど下の海面上にはプカプカと棺桶が漂っている。


「あれっ、どうやって仕舞うんだ?」


 少し移動してみる。

 視界から一瞬で棺桶が消え、その直後、インベントリ内に格納されていた。

 あって良かった帰属属性と、一郎はそのまま西へと進むことにした。

 浮遊時の移動速度は徒歩よりも多少速い程度だったが、しゃもじで海面を掻くよりは遙かに楽だった。

 なんとなく、行く先に光明が見えた、ような気がした。




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