15 木材の加工
更地の方へと歩いていく。一番困難と思われる木材の加工にチャレンジして、大雑把な日程を立ててみるつもりだった。
近づけば近づくほど、密林のスケールの大きさに圧倒される。高さ30メートルは当たり前、50メートルを超えるものもチラホラある木々の列は、傍によれば押し潰されそう圧迫感で視界いっぱいに迫ってくる。
自分の体よりも太い幹を眺めつつ、一郎はふと考える。
“丸太を水平に組むより、幹に穴掘ってカヌーっぽくしたほうが楽じゃね?”
船体から片側に腕木を伸ばし、海面に着く先端に浮き輪ならぬ浮き木を取り付ける。確かシングルアウトリガーカヌーと呼ばれる形状で、TVでやっていたヨットレースの中で観た記憶がある。番組の中では、それに帆を付けたものも登場していた。南の島の原住民の方々はそんな船で外洋に乗り出して漁猟生活を送っているという。
何の知識もない素人が適当に削った丸太が、果たしてバランス良く水に浮かぶのか。
試せばいいかと、なるべく楕円に扁平した幹を持つ木を探して更地の端を辿る。
「これでいいかな」
見繕った木の横に立ち、念のために白くま君+マスクに着替えると、クレヨンウィちゃん(水)を装備した。
可能な限り魔力を抑え、慎重に狙いを定めて魔法を発動させた。
「ハイドロカッター」
水鉄砲の迸りにも似ているが、収束率は桁違いである。
更地側に傾斜がつくように、幹に当てた水の刃を斜め下へとずらしていく。輪切りにしたところで放射を停止させた。
自重による摩擦係数が大きかったのか、動き始めはゆっくりだった。が、すぐにズレる幅が広がりだし、重い擦過音を響かせながら巨木の幹は地面に向かって滑り落ちていく。
ズシンと腹に堪える重低音とともに、切断された幹の先端が地面に突き刺さる。ユラユラと不気味に木全体が揺れ……それだけだった。狙い通りに幹は更地側に落ちたが、梢は逆向きに傾き、密度の高い近くの枝に支えられた格好で倒れるのを免れていた。
斜めにカットするだけでは駄目だったらしい。
木樵は技術職だったのかと妙なところに関心しつつ、杖を風属性のモノに持ち替えて木の裏側に回り込む。
「エアボール」
反対側から押してやれば倒れるだろうと単純に思考を巡らせ、幹の高い部分に空気の塊を連続で叩き込む。
かなり強引なやり方だったが、結果的には上手くいった。梢の大部分を飛び散らせ、高さが三分の一に減った巨木が無事空き地側へと倒れ込んだ。
舞い上がった土煙が収まるのを待ってから、カヌーの本体に使えそうな部分を五メートルほどの長さで輪切りにした。
この切り出した幹を海岸まで運ぶのが一苦労だった。風魔法で転がしていくことも考えたが、加減を誤って粉々にする可能性が極めて高かったので、自前の筋肉で妥協する。
白くま君の格好で、腰を落とし、右肩を幹に押し当てて全身の筋肉に力を込める。
一気に転がすのではない。振り子を揺らすように、最初は前後に小さく揺すり、動きが大きくなって加速がついたら、タイミングよく前方に押し出すのだ。一回転したら、勢いを殺さないよう、両手を使って幹に回転運動を加えてやる。
下り勾配のまっさらな地面が丸太の運搬には好都合だった。それでも、直径一メートル強、長さ五メートルの木の塊は手強い相手だ。砂浜に着いた時には、毛皮の下の肌は汗でびっしょりと濡れていた。
一度着ぐるみを脱ぎ、水分を補給してから先ほどの切り出した場所まで引き返す。真っ直ぐな枝を見繕って何本か切り落とし、それらを抱えて丸太の傍まで運んだ。当然、虫に刺されないよう、白くま君装着のうえ、である。
「ふぅ~」
いくら肉体のスペックが高いとはいえ、重労働であったのには変わりない。これを二回も三回も繰り返すというのは苦痛である。でれきば最初の一回で成功させたい。
船底にする予定の面が上になるように丸太を置き直すと、周りの砂を盛り上げて転がらないようにする。更に持ってきた枝も支えに使い固定する。
ここからは細かい作業になるので服装をチュニックに戻した。
製作ウインドーから木工を選ぶ。
砂の上に出現したのは、縦挽きと横引きの両歯の鋸、四角い箱状の木台に刃のついた平鉋、刃先が真っ直ぐになっている平鑿、あとは木槌と鑢という日曜大工セットみたいなものだった。ホームセンターの特売用ワゴンに積まれているような、もっと率直に言えば、安物らしい外観と質感を備えた品々である。
巨大な丸太とそれら工具を交互に見つめ、一郎は深く溜め息を吐く。
「太刀打ちできないだろ……」
それでも立ち向かわなければ島からの脱出は望めない。
最初の工程は、舳と艫を形取りするための、丸太の両端の面取りだ。
鋸を持ち……無理だと即座に諦めた。直径一メートルを超す丸太に比べ、鋸の歯は三十センチほどしかないのだ。
海へびちゃん(水)に持ち替え、色々と飛び散るだろうと予測して防塵マスクを被る。杖のクリスタルを木の表面ぎりぎりにまで近づけると、慎重に魔法を発動させた。
「ハイドロカッター」
魔力の込め加減を間違わなければ、随分と使い勝手のよい水魔法だった。
斜め下に向かって先細りの形状になるように、木を少しずつ削っていく。
大雑把ながら船の先っぽみたいな形になったのは、お日様が水平線に大分近づいた頃である。ただし、片側だけだ。綺麗に鉋で丸めるのは胴体を抉った後の予定だ。生木なのでさぞかし削り難いだろうなと、実行前から嫌な気分になる。
「そういえば、表面を焦がしてやれば耐水性が上がるんっだったか?」
そもそも生木で船を造るのはどうなのか、という疑問はとりあえず横にどけておく。
本日の作業はここまでとして、やや離れた場所にお馴染みの実寸大棺桶型収納ボックスを置いた。
閉じたままの蓋の上に、夕食のライダコ風ジャージャー麺(筋力値微増)を出す。飲み物は水でいいかと、フレッシュミルクが入っていた空コップを皿の横に並べた。
モグモグと甘辛のタレが絡んだ麺を咀嚼しながら、“飛行できる騎獣を持ってきていればこんな苦労はしないのに”と考える。
実用アイテムはゲームの倉庫内なので、当然手元に呼び出すことは不可能だ。今の一郎のインベントリに入っている騎乗アイテムは、趣味に合わない痛車とか三輪車、ダブッて入手した馬や狼といったものばかりだった。それに、ペット用餌は一つもないので、生モノを召喚するのは気がひけて仕方ない。
「まぁ、頑張るしかないか……」
食べ終えた食器を片付けると、することもないので棺桶に入って横になる。
「おやすみなさい」
翌朝、目が覚めた時、一郎はプカプカと海の上に浮かんでいた。