表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

14 海に向けて


 朝、食事を済ませてから海に向けての行軍を再開する。


 白くま君+防塵マスクの防御力は完璧で不安は一切なかった。ただ一つ懸案事項を上げるとすれば、白くま君の足の短さだろうか。別段先を急ぐ必要はないので、足りない歩幅は歩数でカバーすればいいと、ミニマップで方角を確認しつつ、一郎はのんびりと鼻歌交じりで歩いていく。


 更地の端に到着すると、携えていたクレヨンウィちゃん(火)を前方にかざす。

 範囲殲滅魔法ブレイズサークルを一発。

 待つこと十数秒で、新たな更地が行く手に現れる。


 歩いてブレイズサークル。

 再び歩いて詠唱一発。

 簡単な仕事である。欠伸が出そうだった。昨日の緊迫感はもはや忘却の彼方だ。


 礼拝堂もどきの建物から海岸線まで、思っていたよりも離れていなかったらしい。そろそろ休憩を入れようかと考えつつ撃ったブレイズサークルの炎が収まると、揺らめく陽炎の向こう側に、青い水面が広がっていた。


「おぉ、海だ~」


 自然と歩みが早くなる。波打ち際を見てやや興奮気味なのは、白くま君を着ているせいか。


 一郎が出たのは、ちょっとした広さのある白い砂浜だった。偶然だが、コース取りは良かった。横に視線を向ければ、浅瀬に常緑高木が生い茂るマングローブ帯だ。少しでも脇に逸れて密林を開拓していたら、結構困った状態になっていただろう。


 周囲の安全を確認してから、着ぐるみを脱いでチュニック姿になる。

 降り注ぐ日差しは強烈で、海面からの照り返しも目に眩しい。薄い革のサンダルの底越しに、焼けた砂の熱さがジンワリと伝わってくる。

 火照った素肌を撫でる穏やかな潮風が心地よい。


 振り返れば、幅広な更地がほぼ一直線に伸びているのが見てとれた。大規模な自然破壊の跡地は緩やかな登り勾配で、その先には広大な外輪山が青空の中でくっきりとその雄姿を浮かばせている。真ん中を強引に焼き払われたため、空き地の端には高さ五十メートル超えの巨木が迫っていて、その威圧的な全容を惜しみもなく晒していた。麓まで延々と続く緑の巨大な壁は圧巻ですらあった。

 遠足、修学旅行以外で街を離れたことのない一郎にとって、心躍る光景だった。


 ふと思いつき、視界の中でオプションのウインドーを操作する。スクリーンショットの設定があったのを思い出したのだ。

 4Kはやり過ぎかなと解像度はフルHDにし、フォーマットは画質優先で非圧縮のBMPを最初は考えていたがプルダウンメニューの中にRAWがあったのでそちらを選択する。UI表示は無しにして、シャッターボタンをショートカットに登録した。保存先の指定欄には訳の判らない記号が並んでいたので放置確定。物理的にどこにデータが収まるのだろうか。


 残り少ない自分の脳の空き容量が圧迫されたら嫌だなぁ、と埒もないことを思いつつ、まずは更地と外輪山をセンターに据えて一枚。次に緑の絶壁をメインにした構図、そしてマングローブと海の比率が半々になるようなアングルでシャッターをリリースした。


 掲示板が利用できるようになったら、日記代わりに投稿する予定でいた。はなから反応は期待していない。自分の痕跡をこの世界に残してみたい、という一郎のささやかな自己主張だった。後日振り返って、こんな事もあったんだなぁと笑えたらいいなという願望もあっただろう。


 撮影を終え、いい仕事をしたと自己満足に浸りながら昼食を摂る。暑いので重いのは控え、ダーエコ風冷麺叉焼載せ(筋力増幅微少)をズルズルと啜りながら、今後の活動を考える。


 いくらプレゼントに入っていたとはいえ、大海を泳いで渡るのは遠慮したかった。それはもう心の底からだ。ジャングルの中にあんなムカデが平然と生息しているのだ。海中にどんな化け物がいるのか想像もしたくなかった。

 そもそも30分×50個の秘薬で、どれだけ島から離れられるのか疑問だ。一郎の水泳の経験といえば、小中学の体育の時間のみである。25メートルのプールを両手足をバタつかせてなんとか踏破していた彼にとって、未知の大海での大遠泳は自殺と同意語だった。


 例の建築物を除けば人工物のない無人島だ。海岸線を見渡しても船など見つかるはずもない。


「作るのか……自分で?」


 絶望と諦念とが複雑に混じり合った呟きが自然と唇から漏れてしまう。

 ヨットは無理でも筏ならいけるだろうか。幸い、材料なら無尽蔵にある。


 海面に漂う丸太造りの筏の上にポツンと座り込む自分の姿を想像して、一郎は泣きたくなってきた。


 食べ終えた食器を水で軽く流してからインベントリに仕舞う。改めて砂の上に尻を落ち着けて座り直すと、意を決して製作のウインドーを開き、転移者用に配布された見習い製作支援セットを適応させた。


 まず、今現在保有している物資で何が製作可能かを調べていく。転移前に倉庫整理した自分を褒めてやりたい。

 鍛冶の項目で役に立ちそうなのは、巨大なホッチキスの針みたい(かすがい)と大中小様々なサイズの釘あたりだろうか。前ゲームで一般素材扱いの鉱石は全種類を結構な数を集めていたから材料に困ることはない。

 同じく一般素材の“丈夫な皮”を裁縫で縫い合わせれば帆もどきぐらいは作れるはずだ。

 筏の本体は、後ろの密林から切り出した木を木工の(かんな)(のみ)で加工して組み立てればなんとか形になる、かもしれない。


「……難易度高いなぁ……」


 最初の一枚目は練習と割り切ることにした。それを波打ち際に浮かばせて問題点を洗い出し、二枚三枚と製作を重ねて熟練値を上げて、最終的に航海に耐えうるものを作ろうと考える。


「少年のうちに大陸に渡れるのか、これ?」


 せっかくの異世界での青春時代を無人島で孤独に過ごす、なんて未来は思い浮かべただけで鬱になる。

 決意を固めて立ち上がる。

 服に付いた砂を払い落とし、よしっと拳を握って己を鼓舞する一郎だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ