12 もう一つの白い石
もう一つの白い石碑と向き合い、先ほどと同様に窪みに右手を当てる。
今度は文字ではなく、マップで最初に見た、この世界の全体図が輪郭線で石の表面に浮かび上がってきた。少し形状が違うような気もするが、誤差の範囲だろう。
大海の真ん中に一つある光点が現在位置と考えられた。他に、左右の大陸に二つずつ光点が存在する。
その一つを左の指先で触れてみた。
『指定された座標にオブジェクトが存在しません』
あっ、これは駄目なやつだと、一郎は即座に両手を引き、ついで石碑から一歩二歩と距離を取る。
しばらく待ってみたが、何も起こらない。ほっ、と安堵の溜め息を吐く。
この白い石は転移装置だ。それも、リンク先の途切れた危険極まりないヤツだ。
なんとなく、一郎はこの世界の根本を理解した。
ここは、地球のRPGを基にした、もしくはそれに類似する思考によって構築された世界だ。
それもたちの悪いことに、構築後、放棄または崩壊を迎えた世界なのだ。
誰が、何のために、等々疑問は色々と浮かんでくるが、それらはすべて些細事だ。一郎にとって一番重要なのは、どうしてこの世界がまだ健全だった時代に自分を送ってくれなかったのか、という点だ。
やはり“はじまりの無人島”はチュートリアルエリアだったと推察できた。移動、アイテム、装備の着用などの履修のためにマップやインベントリは最初から使用が可能になっていた。この建物でチュートリアル関連のクエストを終了させ、クラスを初期化することでシステムの基幹部分が解放され、移転装置を使って大陸の任意の場所に赴き、そこから冒険をスタートさせる流れだったのだろう。
その流れから一郎はことごとく外れていた。今後その流れに合流できるのか、どんなに甘く見積もっても不可能と言わざるを得ない。
そもそもシステムが正常に動作できない程の大異変に見舞われた世界において、人々は果たして再興を為し得たのか、甚だ疑問である。大陸に渡っても、文化的な生活にありつけない、なんて事態は考えたくもなかった。
「ふぅ~」
厭世感たっぷりの吐息が唇から漏れ出た。
石碑の前から離れ、建物の入り口まで引き返す。石造りの床に腰を下ろし、丁寧に磨かれた石灰岩っぽい壁に背中を預けた。
太陽はまだ高い位置にあったが、これ以上出歩く気分にはなれなかった。今日はこのままここで一泊し、日が沈むまでの時間を利用して、一郎は自分の基本性能を確認することにした。
実のところ、石碑にステータスが表示された直後から、視界の中になにやら新しいウィンドーが浮かび上がってくるようになっていたのだ。
視線を動かしても視界の中に常駐していたので、マップやインベントリと同様に、網膜か脳裏に直接投影する仕組みになっているのだろう。気の向け方次第で表示のオンオフが可能なのも同じだったから、日常生活において支障はなさそうだ。
細かな動作原理や理屈を考えても無駄であろう。使えるものや貰えるものは素直に享受する、が一郎のスタンスである。
新たに増えたのは、ステータスとスキル、クエスト、製作、コミュニティ、オプションだった。これま
でのインベントリとマップと併せて、システムの基本部分が全て揃ったことになる。
「まんま、ゲームだよなぁ」
ネット小説でよく見掛けたVRのMMORPGだとこんな感じになるのだろうか。
さすがにログアウトとGMコールは存在しなかった。
オプションを指定してみる。予想通り、ユーザーインターフェイスの設定画面が視界に映し出された。
行動の妨げにならないよう、ウィンドーの透過率は最大にし、HPとMPの簡易バーを最小サイズで視界左上に置く。メッセージ関連は全て非表示とし、現在時刻をミニマップの右上にオーバーラップさせた。ショートカットキーは最下部に一段のみをポップアップ表示にして、とりあえず初級と中級のポーションを登録した。
コミュニティはフレンド、パーティー、ギルド、掲示板に項目が分けられていて、そのうち掲示板だけがグレーアウトの使用不可になっていた。荒らし防止の為にレベルで使用制限を設けるのはよくあることだ、利用する者が居るかどうかは別として……。当然ながら、フレンド、パーティー、ギルドは空白のままである。いつか、これらが埋まる日が一郎に訪れるのだろうか。
クエストのウィンドーも中身が空の枠のみの表示だった。受注できるNPCが付近に居ないのだから当たり前といえばそれまでだ。指定レベル到達によって自動受注できるクエストがどういう扱いになるのか、その時になってみなければ判らない。
製作は Earthgald Online よりも細かくなっていた。採取・採掘・調合・錬金・鍛冶・彫金・石工・木工・裁縫・料理のタブで分類され、それぞれに見習い、職人、名工、匠の階級が設定されている。一郎がゲーム時代に入手したレシピが該当する項目に登録済みになっていたが、設備が足りないためか、現状では何一つ選択不可だ。
スキルに関しては、聖と闇が支援系として一括りにされ、新たに召喚系とパッシブ系が追加されている。下級・中級・上級・特級がⅠからⅣに置き換えられ、更にその上にⅤが用意されていた。各級には十の枠があり、攻撃系の火属性でいえば、一郎が習得している五つが予めリストアップされ、残り五枠は空白になっている。この世界特有の魔法が習得できるのだろう。それがレベルによる自動なのか、それとも特定NPCから習うのか、方法によって難易度が随分と違ってくる。
水・風・土の属性の攻撃魔法のうち、行動阻害、麻痺、毒などの効果のあるものは支援系のデバフに移行していた。杖の属性の縛りが緩いのだろう。もしかしたら、この世界の魔法杖は一本だけで全属性に対応できるのかもしれない。
ウィンドーで遊んでいるうちに、次第に辺りは暗くなっていた。いつの間にか、建物の奥、石碑のある場所の天井近くに、松明とも違う不思議な灯りが点っていた。深く考えてはいけない謎現象である。
今日はここまでにしようと、一郎は全ウィンドーを閉じて立ち上がる。
西の空が朱く染まっていた。
明日もきっと晴れるだろう。
作者の覚え書き
《スペルキャスター》
クラスⅤスキル解放条件
・属性Ⅳスキルを4種以上熟練Max
・サモンⅣ共通スキル4種以上熟練Max
攻撃系ⅤスキルとサモンⅤスキルは共通
火属性の場合
Ⅴ イフリート召喚
ケルベロス召喚
フェニックス召喚
?????召喚
入手:レイドボスのドロップ
《サモン・スキル》
サマナークラス専用スキル、メイジ系共通スキルの2系列
サマナー専用スキル
Ⅰ ウッドゴーレム
ワーキャット
オウル
etc
Ⅱ ストーンゴーレム
ワーウルフ
ホーク
etc
Ⅲ アイアンゴーレム
ワーなんとか
なんか猛禽類
etc
Ⅳ 乗れるゴーレムとか
etc
入手:指定レベル到達時に自動
ただし前階級のスキル4種類以上の熟練Max
クラスⅤスキル解放条件
・専用Ⅳスキルを4種以上熟練Max
・サモンⅣ共通スキル4種以上熟練Max
Ⅴ 属性精霊好きなの
入手:レイドボスのドロップ
サモン共通スキル
Ⅰ ファイアースピリッツⅠ
ウォータースピリッツⅠ
ウインドスピリッツⅠ
グラウンドスピリッツⅠ
Ⅱ ファイアースピリッツⅡ
ウォータースピリッツⅡ
ウインドスピリッツⅡ
グラウンドスピリッツⅡ
Ⅲ ファイアースピリッツⅢ
ウォータースピリッツⅢ
ウインドスピリッツⅢ
グラウンドスピリッツⅢ
Ⅳ ファイアースピリッツⅣ
ウォータースピリッツⅣ
ウインドスピリッツⅣ
グラウンドスピリッツⅣ
入手:一般MOBのドロップ