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00. 終焉には

 終焉には必ず予兆がある。


 ふと辺りを見渡してみて、動いているプレイヤー・キャラクターが少なくなったなぁ、と気づかされたり、とか。

 運営主催のゲーム内イベントが開催されなくなって久しいなぁ、とか。

 前回の、集金用ガチャの追加ではなくてちゃんとしたアップデートはいつだったろうかと、頭の中でカレンダーをめくり返したり、とか。

 委託や露天に出した品がいつもまでも売れずに残っている、というのもその兆しの一つかもしれない。

 そんな事象を寂しく感じているうちに、『運営移管のお知らせ』やら『サービス終了のお知らせ』などというものがメールボックスに届いていたりするのだ。


 渡会一郎がプレイしていた Earthgald Online の場合は『新ゲーム・テストサーバーへのご案内』だった。


 Earthgald Online は北欧神話風味をベースにし世界各地の神話を無節操に取り込んだ、よくありがちな剣と魔法な異世界 MMORPG である。業界では珍しく純国産品なこと、そして3Dロリ獣耳娘が可愛らしく動き回る様が日本人の魂を強く揺さぶったのか、正式稼働直後は人が溢れすぎて動作がコマ送りになるぐらいの盛況さを誇ったものだ。

 が、そんな栄華も今は見る影もなく。


 薄々予想はしていたが、こうして実際に現実を突きつけられると溜め息しか出てこないなぁ、と一郎は運営からのゲーム内ミニメールをそっとクローズした。

 プレイキャラは街中の安全地帯にいるのでゲームはそのまま、キーボードを操作してPCのデスクトップを表示させる。


 ブラウザで運営のHPを覧てみたが、終了のお知らせはあるものの、新ゲームの記載は一切ない。一般メールアプリを起動させてみる。ゲーム用アカウントで使用しているアドレスに、詳細な内容のメールが届いていた。

 どうやら現行プレイヤーの中でも上位に位置する、いわゆる運営にとってのお得意様限定の、未発表ゲームのクローズドテストに優先招待ということらしい。上位の基準がキャラレベルなのか累計課金額なのか、一郎としては判断に迷うところである。


 優待の内容として、Earthgald Online 内の手持ちのキャラの中から一人だけデータ移行というものがあった。もちろんシステムが全く違うのですべてがそのままというわけではない。現行の名前・性別・外観と所持金は引き継ぎが可能だという。レベルは一からのスタートになるが、移行元のキャラレベルに応じて初期ステータスにボーナスポイントが付与される。装備品やアイテムは消失、ただしプレイ序盤に必要な消耗品はセットで支給。容量アップには課金が必要なインベントリや倉庫は最初からMAXまで拡張済み。

 最後に、移行申請までの累計課金額によってサプライズなプレゼントがある……。


「いや、いきなり拝金主義を前面に出したらマズいだろ」


 思わず液晶ディスプレイに向かって突っ込みを入れてしまう一郎だった。

 正式以前にテスト前からコケそうな危うい臭いがプンプン漂ってくる。


 一郎のメインキャラは既にカンストしていたから、おまけで付くポイントは最大値と予想される。ただ、かけた時間や課金を除外したらすべてのプレイヤーは平等に、が大前提の、しかも新規スタートのMMORPGだから、優待とはいえあまりにも突出した性能にはならないはずだ。

 それでも、テスト不参加という選択はなかった。放置すればせっかく育ててきたキャラ達はやがて電子の海の中で飛沫となって消えていく。一人でも救済できるのなら、ぜひともその手段をとるべきだろう。


 一郎はメールの案内に従ってデータ移行に必要な手続きを済ませると、ゲーム内へと舞い戻る。

 倉庫NPCのいる場所までキャラを移動させると、インベントリ内のアイテムを残らず倉庫へ移し、代わりに預けていたお金をすべて引き出した。装備していた防具や武器も外して倉庫内へ。


 ふと思い立ち、ついでに倉庫内の整理もすることにした。どうせ消えるのだからと、肥やし、ゴミとなっていた不要品をインベントリへ。だいたいが、生産スキルの熟練上げの際に生じた中間素材だったり、消費しきれずにストックされたバフ効果付き料理だったりする。いつか使うだろうと残して結局手つかずのままの錬金用素材も大量にあった。イベントで配布された用途のない趣味アバター、捨てられずにいた低級ポーションなど、決心してみれば意外といらない物ばかりである。


「よし、綺麗になった」


 結果に満足して倉庫タブを閉じた。サービス終了までの短い期間、初心に返って倉庫キャラのレベル上げをするのもいいかなとも思ったりもした。

 カメラ視点をやや後方に下げ、キャラの全身像を正面から捉える。

 麻っぽい素材のチュニック、同色のボトムスという初期装備そのままの少年の姿がモニター中央に大写しになった。キャラ作成当時の一郎と見かけの年代を合わせていたから、おおよそ十代後半に見えなくもない。短めの金髪を逆立て気味にした、ちょっと生意気っぽいブルーアイのナイスボーイだった。年齢に似合わないアダルトさを演出しようと、下顎あたりに疎らな無精髭をつけたのがチャームポイントだ。


 外観の引き継ぎがあるとはいえ、キャラモデリングそのものが違うだろうから、まったく同じ見掛けにはならないはずだ。英国某有名サッカー選手の顔画像を横目にキャラメイクしたあの日が妙に懐かしく、過ぎ去った年月に思いを馳せた。


「もう五年前か…」


 高卒後、就職してしばらくしてから始めた、初めての 3DMMORPG だった。これといった趣味もなく、余暇の大半と、生活費を除いた給料の残りほとんどを注ぎ込んでプレイしてきた。サービス打ち切りを宣言した運営に向かって卓袱台返しをしたいくらいの悔しさも当然ある。

 と同時に、寂しさを紛らわすためのゲームもそろそろお終いにしようかという気持ちも湧いてくる。もっとも、他に暇つぶしの手段を知らないので、結局は新しいゲームに手を出して嵌まる自分をよく理解している一郎だ。


 時計を見る。そろそろ翌日の仕事に差し支えのある時間になっていた。

 最後にフレンドリストを開いてみた。相変わらずオフラインを示す灰色ばかりだった。昨日今日だけでなく、ここしばらくこんな状態が続いていた。


 ゲームのクライアントを終了させる。

 デスクトップで開きっ放しになっていた運営からのメールの最下段に、新作ゲームの先行ダウンロードのリンクが貼られていることに気がついた。

 シャワーを浴びている間に終わるかもと、一郎は何の気なしにクリックする。

 確認も何もなしに、いきなり画面中央にダウンロード中を意味する横バーが出現した。


「えっ、なんかまずい!?」


 PCが変な挙動をしないかと、焦る心を宥めながらバーをしばし観察する。

 細長い四角形の中で、カラフルな斜め線がグルグル螺旋を描くように回っている。

 グルグル

 ……ぐるぐる

 …………グルグル

「……あ、あれっ!?」

 ストン、と一郎の意識は闇の中に落ちていった。





 ハッ、となり、慌てて瞼を押し開く。

「あ、あれっ!?」

 視界を埋めるのは、抜けるような、どこまでも青い空だった。




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