カーネリアン茶葉店パニック
ウォルヴァンシア副団長補佐官、ロゼリア・カーネリアンが体験した、
休日の日の出来事です。ロゼリア視点で進みます。
――カララン……。
「いらっしゃいませ。ようこそ、カーネリアン茶葉店へ」
出掛けている家族の代わりに店番をしていた私は、二人組の女性客の来店を迎えていた。
茶葉の陳列してあるケースを、興味深そうに眺めている。
一人はまだ女性と呼ぶには幼く、可愛らしい桃色のリボンの似合う少女。
もう一人は、少女よりも年上で凛としたしっかり者の雰囲気を纏う青色のスカートを着た女性だった。
おそらく、姉妹かそれに似た関係の二人なのだろうな。
楽しそうに話しながら茶葉を選んでいる様子を見ていると、自分達姉妹に重なるようで微笑ましくなる。
「(そういえば、あの列の茶葉は……)」
確か、前回の実家帰りの時に、姉のフィノレアが独自に仕入れてきたという茶葉が陳列してあったはず。
葉の色が薄い桃色で、何でも……。
『恋愛成就に効く茶葉なのよ!!』
とかなんとか……。事の真偽は定かではないが、女性には受けるのだろう。
カーネリアン茶葉店前に置いてある看板にも、目を惹くように大きく姉の字で『恋愛茶葉入荷!』と書いてある。
恋愛事に興味のある女性であれば、ちょっと見てみようという気になって店内に入ってしまうのだろう。
まぁ、姉の場合は商売の為というよりも、趣味と実益を兼ねているのだろうが。
「これください」
「ありがとうございます。三百二十エリュシアになります」
少女が持って来た薄桃色の茶葉の袋を、値段を見て会計を済ませると、
大事そうに袋を抱え嬉しそうにはにかんで店を去って行った。
家に帰れば、あの茶葉に願いを込めて好きな男性の事を想いながら飲むのだろうな。
「可愛らしい事だ……」
――カララン……。
一旦奥に戻ろうとした私は、再びの来店者を告げるベルの音に振り返った。
「いらっしゃいませ……、ユキ姫様?」
扉から入って来た来店者に挨拶を向けると、そこにいたのは……。
私やウォルヴァンシアの者にとって、かけがえのない大切な方、
国王陛下の兄君であられるユーディス・ウォルヴァンシア様のご息女、
ユキ・ウォルヴァンシア姫様だった。
蒼く美しい長い髪に、優しい色合いを湛えるブラウンの瞳。
腕には、ぽっちゃり丸いファニル殿という生き物を抱えていらっしゃる。
その右側には、私の上司でもあるアレクディース・アメジスティー副団長。
さらにユキ姫様の左側には、イリューヴェルの第三皇子、カイン・イリューヴェル皇子が伴をしているようだった。
「あれ、ロゼリアさん。今日は、ロゼリアさんがお店番ですか?」
「はい。丁度休みでしたので。姉の代わりに少しの時間だけ手伝いをしているのです。
……あの、カイン皇子。少々気になるのですが……、何故私を凝視しているのですか?」
ユキ姫様に事情を説明していると、ふと意味不明な視線に気付いた。
カイン皇子の視線が、何故か私の下、というか、足に向かってじっと定められているのだ。
何か気になる事でもあるのだろうか。
「お前……、スカート履くんだな」
「私の性別をわかっていて仰られていますか?」
一応、副団長補佐官の地位に見合うように日々鍛錬を重ねている身ではあるが、
姉に勧められて履いているこのロングスカートは、凝視されるほど似合っていないのだろうか?
自分では普通だと思って、違和感なく履いているのだが……。
確かに、騎士服と違いスカートはスースーするが、別段問題はないと思う。
「カインさん、ロゼリアさんはとっても素敵な女性なのに、
どうしてそういう失礼な事を言うんですかっ」
「ニュイ~!!」
ユキ姫様とファニル殿が、私の為にカイン皇子にズイッと迫り抗議をしてくださっている。
「ユキの言うとおりだ。少しは物事を考えて発言しろ」
「テメェにだけは言われたくねぇんだよ!! この万年天然男が!!」
「お前のように人を傷付けるような発言はしていない」
いえ、私は特に傷付いてはいませんが、副団長?
ただ、何か自分に変なところがあったのだろうかと不思議に思っただけで……。
しかし、副団長とカイン皇子は喧嘩の口実を見つけたかのように言い合いを続けている。
「副団長、カイン皇子。来店者の邪魔です。
言い合いをやめるか、ユキ姫様をおいて出て行かれて頂けますか?」
「「……」」
ユキ姫様を大切に想われているお二人だが、こういう喧嘩の時は周囲が見えなくなるようだ。
私は瞳に脅しの光を浮かべて、少々物騒だが殺気も込めて声に力を入れた。
それが功を奏したのか、副団長とカイン皇子は数秒間固まった後、素直に頭を下げてくださった。
これで、ユキ姫様も安心なさるだろう。
「今、お茶の用意をして参りますので、少々お待ちを」
「あ、ロゼリアさん。そんなに気を遣わないでください。
少し茶葉を見に来ただけなので」
「大丈夫です。この時間帯は来店客も少ないので、暇を持て余すのですよ。
さ、カウンター前のテーブルへどうぞ」
奥の部屋に戻った私は、姉がお昼の茶菓子用にと焼いておいたクッキーを皿に載せ、
花の香りのする仄かに甘い茶葉を使って人数分のお茶を淹れた。
あ、そういえば、ファニル殿は専用の餌でないとお食べにならないのだろうか?
……とりあえず、ウチのペットが食べる餌を出してみるか。
「ユキ姫様、お待たせいたしました」
「すまないな、ロゼ」
「悪ぃな」
「ありがとうございます、ロゼリアさん」
三人が待つテーブルへとお茶とクッキーを運んだ私は、空いている席へと腰かける。
お茶の匂いにクンクンとファニル殿が好奇心と共に鼻を寄せていく。
「ニュイっ、ニュイっ」
香りを確認し終わったファニル殿は、小さな手を使ってテーブルをタシタシと叩いている。
何かをユキ姫様に伝えたいようだ。
もしかしなくても……、
「ファニル殿、このお茶を飲まれたいのですか?」
「ニュイ!」
最初にユキ姫様がウォルヴァンシアにファニル殿を連れ帰られた時は、
ある程度の意思疎通が出来るだけだったのだが、
どうやら最近では、人の言葉の細かい所もわかるようになってきたようだ。
ガデルフォーンという国に生息する希少な動物という話だが、色々と未知数な部分が多いファニル殿である。
「わかりました。では、ファニル殿用に淹れて参りますね」
「すみません、ロゼリアさん」
ファニル殿が飲むとなると、周りに飛び散らないように深めの器が必要だな。
器を探し、それにお茶を淹れ終わった私は店の方へと戻った。
「ニュイ~!!」
「ファニル殿のお口に合うかはわかりませんが、どうぞ」
コトンとテーブルの上に器を置くと、ファニル殿が嬉しそうにそれをぺろぺろと舐めはじめた。
お茶の味がわかっているのか、何度もコクコクと感じ入るように頷いて、また続きを舐めていく。
餌の場合は、物凄い勢いでお食べになるファニル殿だが、今は上品に舌を使っている。
「ニュイニュイッ!」
「ふふ、ファニルちゃんすごく嬉しそう」
ユキ姫様の腕中から身を乗り出してお茶を飲むファニル殿は、本当にご機嫌だ。
しかし……、何故だろうか。徐々に目がとろんと潤み始め……。
「ニュ~イ~……」
「お、なんだこいつ。眠そうになってきてるぞ」
「いや、これは……眠気というよりも……まさか……、茶で酔ったのか?」
副団長とカイン皇子が、様子を変え鳴き始めたファニル殿を両サイドから見下ろしている。
一見して今にも眠りそうだが、左右にふらふらと揺れる様を見ていると、酔っているという表現が適切だろう。
「ニュッ……」
「「「「……」」」」
酔っ払いが発する「ひっく」という音に似た声が漏れた。
そして、おもむろにカイン皇子の方に向くと、……。
――パクッ!!
突然ユキ姫様の腕から飛び出したファニル殿が、大口を開けてカイン皇子を一口で呑み込んでしまった。
「「「……」」」
あまりに突然の事で、今何が起こったのか把握出来なかった私達は、暫しの沈黙の後……。
「「「カイン(さん・皇子)~~~!!!!!!!!!!」」」
げぷっと満足そうにしたファニル殿が、今度は副団長の傍へとぷにぷにと足音を立てて歩み寄る。
まずい、カイン皇子の次は副団長を呑む気なのか!?
というか、確かユキ姫様の躾で人や物をみだりに呑んだりしないようになっているはずのだがっ。
思い当たる節はただひとつ。先ほどファニル殿が飲んだ茶だろう。
もしかしたら、ファニル殿を酔わせる効果があったのかもしれない。
しかし、それがわかったところで後の祭りだ。
カイン皇子を助けなくてはならないけれど、まずはあきらかに妖しく光ったファニル殿の眼差しが、
副団長に狙いを定めているのをどうにかしなければ!!
「一旦外に出るか……っ」
「いえ、外を歩いている住人に被害が及んでは元も子もありません。
なんとか、店内で片を着けなくてはっ」
「ファニルちゃんっ、お願いだから落ち着いてっ」
三人で席を立ち、ファニル殿から距離をとり始める。
扉は……ちゃんと閉まっている。
とりあえず、気絶させるのが先決……!
「ニュイ~~!!!!!!!!」
まるで獣の咆哮のように、雄々しい声を上げたファニル殿が、徐々に私達へと距離を詰めてくる。
可愛らしい動物を痛めつける事に、良心が痛まないわけもない。
だが、少々乱暴な手段をとらないとファニル殿の奇怪な行動は止まらないだろう。
副団長が、一歩前に出てファニル殿と見つめ合う。
――カララン。
「こんにちは~! 遊びにき」
「ニュイ~!!」
――パクッ!!
「「「……」」」
気のせいだろうか。今……、店の扉を開いて住人仕様の服装を纏ったレイフィード陛下がいらしたような……。
声がしたと思った瞬間、ファニル殿がまたまた大口を開けて呑み込んでしまったので、定かではない。
「あ、あ……、れ、レイフィード叔父さんがっ」
「もう無差別だな……っ、ユキ、せめてお前とロゼだけでもここから逃がせるように、
俺がファニルを引き付けるっ」
やはり、ユキ姫様の目にも、先ほどの来店者はレイフィード陛下に見えたらしい。
見間違いではなかったか……。
というか、副団長も絶対に気付いただろに、陛下を心配する発言が一言もない。
一応国王陛下にお仕えするウォルヴァンシア騎士団のナンバーツーなのだが、それでいいのだろうか。
しかし、今は散っていった方を気に掛ける余裕はない。
ユキ姫様を一刻も早く外に逃がさねば……っ。
「ユキ姫様、店の奥には私達の住む部屋があります。そのさらに奥に裏口がありますので、
どうか、そこからお逃げください!」
「ろ、ロゼリアさんっ」
「ロゼ、お前も行け! もし俺が犠牲になっても、お前がいればユキを王宮まで連れていけるっ」
「……っ、わかりました! では、殿は副団長にお任せいたします!!」
副団長がファニル殿の前に飛び出し、呑み込まれないように動き回りながら攻防を始める。
後ろに回り込めれば、気絶させることも可能だろう。
しかし、それを見届けている暇はない。私はユキ姫様の手首を引き、裏口へと一気に走り始めた。
「ロゼリアさんっ、アレクさんが!!」
「振り返ってはなりません!!」
裏口を抜け、通りへと向かって全速力で駆ける。
とりあえず、王宮に救援を頼まねばっ。
ユキ姫様が転ばぬように気遣いながら、少しでも早く王宮に着くようにと走り続けていると、
「お前達、そんなに急いでどうしたんだ?」
冷静な声が後ろからかかった気がしたが、そんな事に構ってはいられない。
私はユキ姫様と共に、さらに速度を上げて王宮を目指そうとした。
しかし、……。
――カッ!!!!!!!
「なっ!!」
「きゃあああっ」
住人達が驚きの声を上げる中、私とユキ姫様は急に宙に浮きあがり淡く発光する球体の中に閉じ込められた。
くっ、まさか……、新たな敵の襲撃なのか……!
だが、私達を球体の中に閉じ込めたのは、意外な人物だった。
珍しく白衣を着ておらず、完全な私服状態で私達見上げるその理知的な眼差し……。
「ルイヴェル殿!」
「ルイヴェルさん!!」
王宮医師のルイヴェル・フェリデロード殿、その人だった。
買い物をしていたらしく、腕には薬草や小瓶の入った紙袋を抱えている。
「俺の声を無視するほどの何かがあったのか?」
「も、申し訳ありません……。ですが、緊急事態なのです!」
「そうなんです!! ファニルちゃんがおかしくなってしまって!!
カインさんとレイフィード叔父さんがっ、呑まれちゃったんです!!」
「は?」
「今、アレクさんが私達を逃がす為に、
ロゼリアさんのご実家でファニルちゃんを止めてくれているんです!!」
私達の説明に、ルイヴェル殿は眼鏡の奥で深緑の瞳をすぅっと細めた。
事態の深刻さと緊急さを、わかってもらえたのだろか?
私達に少し待っているように言い置いて、背後の店の扉を開けたルイヴェル殿が中へと呼びかける。
すると、店内から「まだ選んでるんだけどねー」と買い物を邪魔されたらしき青年が表へと連れて来られた。
あれは……、
「サージェスティン殿?」
「あれ、ウォルヴァンシアの副団長補佐官の子だね。こんにちは」
「ご無沙汰しております」
何故、遠く離れたエリュセードの裏側にあるガデルフォーン皇国の騎士団長殿がここにいるのだろうか。
いや、ファニル殿の故郷でもある地の方がいて下さるのは心強い。
もしかしたら、ファニル殿の豹変を止めてくださるかもしれないのだから。
「ファニルがカインと陛下を呑み込んだらしい」
「おかしいね。シュディエーラが人を呑まないように躾をしていたはずなんだけど」
「私が淹れた花の香りのするお茶を飲んでから、おかしくなったのです」
「花の……香り、ねぇ。
それ、向かいながらでいいから、茶葉に使われてる材料教えてもらっていい?」
「はいっ」
ルイヴェル殿が術を解除し、私達は地面へと降り立った。
私を先頭に、茶葉店へと誘導するように駆け出すと、その横にサージェスティン殿が並んだ。
後ろでは、ルイヴェル殿がユキ姫様を支え後を追いかけて来る。
「……という材料なのですが」
「なるほどねー。それ、滅多にガデルフォーンじゃ出回ってない材料なんだけど、
ファニルにとっては、酒とワインの類と一緒なんだよねー」
「なるほど……。それであんな状態に」
「酔っ払った反動で、行動の把握が自分で出来なくなったんだろうね。
それで、見境なく人を呑み始めた、と」
「大方、人が菓子や餌に見えたんじゃないのか?」
「そんな……っ」
「ルイちゃんの言うとおりだろうねー」
一応、緊急事態なのだが、サージェスティン殿にとっては、それほど重い事態ではないのかもしれない。
暢気に笑みを浮かべながら、私の実家であるカーネリアン茶葉店へと走り続ける。
――カーネリアン茶葉店。
「副団長、ご無事ですか!!」
扉を勢いよく開ければ、店内でいまだに攻防戦を続けている副団長とファニル殿の姿があった。
良かった、まだ副団長は無事だったようだ。
隙を見せないように、副団長は器用に店内を素早く移動しながら、ファニル殿と距離をとっている。
「ニュイ~!!」
「ははっ、すごいハイテンションだねー。これは完全に酔っぱらってるなぁ。
アレクくーん、気絶させられなかったのかーい?」
「何度もやってはいるんだが……っ」
「副団長が手こずるとは厄介ですね。
酔っているせいか妙に動きも速いですし、捕まえようと近付けば大口に呑まれてしまう……。
どうにか出来ないのでしょうか」
「術でも叩き込むか」
ルイヴェル殿が、ファニル殿を見据えて右手を前に翳す。
しかし、そのすぐ傍でユキ姫様が「いけません! ファニルちゃんが怪我をしてしまいます!!」と、
腕に縋って術の行使を止めてしまわれた。
傷付けたくないというユキ姫様のお気持ちはわかる。
しかし、術を行使した方が事態の収束もスムーズにいくと思うのだが……、やはり無理か。
「仕方ないね。アレクくーん。ちょっとファニルを引き付けて口を開けさせてくれるかなー」
サージェスティン殿が懐から薬らしき物が入ったケースを取り出す。
水色のカプセル薬を指先に持ち、副団長とファニル殿の動きを注意深く目で追い始める。
「ニュイ~~~!!」
「くっ」
ギリギリのラインまで身を近付けた副団長に、ファニル殿が一気に大口を開けて襲い掛かろうとする。
そこにサージェスティン殿がカプセル薬をピンポイントで放り投げ、ファニル殿の口に入った瞬間、
「アレクくーん、もういいよー!!」
退避の合図を出し、副団長を危険から離脱させた。
パクッ! と副団長の服の裾が危うく噛み付かれそうになったが、何とか無事のようだ。
「ニュイ~……」
カプセル薬を呑み込んだファニル殿は、ぴたりと動きを止め、大きな欠伸と共に床へと倒れ伏した。
ユキ姫様が駆け寄り、その丸くて桃色のボディを腕に抱き上げる。
「ファニルちゃん、大丈夫?」
「すー……、すー……、ニュイ~」
安らかな表情で寝息を立てるファニル殿……。
先ほどのサージェスティン殿の投げたカプセル薬は、即効性の睡眠薬だったのだろうか?
しかも、呑み込んだだけですぐに効いてしまうとは……。
「(騎士の他に、医者としての腕もあると前に聞いたような……)」
なんによせ、あの方がいて下さったおかげで穏便に事は片付いた。
しかし、肝心の中に呑み込まれた犠牲者のお二人を助けない事には、
本当の意味で終わったことにはならない。
「陛下とカイン皇子の事は、どうすればお助け出来るのでしょうか」
「ファニルが目を覚ますのを待つしかないだろねー。
あ、でも、話をする事なら出来ると思うよ。
おーい、皇子くーん、生きてるかーい?」
……。
いくら待っても声は聞こえてこない。
全員の訝しむ視線がサージェスティン殿に集まるが、本人は一切動じた様子はない。
「呑まれたショックで気絶でもしてるかなー」
「サージェスティン殿……」
「そういえば、私も初めてファニルちゃんに呑まれた時は、意識がなくなって、
気付いたらベッドの上にいたんですよね」
以前ガデルフォーンに遊学をなされた際に、ユキ姫様はファニル殿に呑まれた事を苦笑交じりに話してくださっている。
経験者の発言は、信用性がある。私は「なるほど……」と頷き、陛下とカイン皇子もまた、
ファニル殿の中で気を失っていらっしゃる可能性に頷いた。
別に消化されるわけでも、危害が及ぶわけでもないとはわかっているのだが……。
「では、ファニル殿が目覚めるまで……、副団長は店内の片付けを手伝って頂けますか?」
店に戻った際に気付いてはいたのだが、副団長とファニル殿が攻防を繰り広げた店内は、
その痕跡がわかるように色々と支障が出ている。
テーブルも椅子も床に転がっており、ファニル殿がぶつかったらしき壁のへこみ具合も見える。
フィノ姉さんが帰って来たら、どう言い訳すればよいものか……。
ガラスの蓋に守られた茶葉達は、幸いな事に無傷のようだが、それでも被害は酷いものだった。
「ごめんなさい、ロゼリアさん。
私がファニルちゃんを連れて来てしまったから……」
「いえ、ユキ姫様のせいではございません。
偶然が重なって起きた、不運な事故だったのですよ……」
「事故で皇子君と陛下呑み込んじゃうってのも、すごいけどねー」
「サージェス、お前は黙っていろ。
ロゼリア、修復の術をかけておくから、店内の掃除だけで済むと思うぞ」
修復の術とは、その名のとおり、壊れたり傷付いた物を元の形に修復する術の事だ。
ルイヴェル殿ほどの術者であれば、お任せしておいても大丈夫だろう。
その後、私は副団長と共に店内の掃除と片付けを行い、フィノ姉さんの帰宅を無事に迎える事が出来たのだった。
――おまけ――
王宮に戻られたユキ姫様達は、ファニル殿の目覚めと共に、無事に陛下とカイン皇子を救出出来たそうだ。
しかし……、
「このぽちゃ丸が~!! もういっぺん躾直してやる!!」
「ニュイ~!!」
「やめてください、カインさん!! ファニルちゃんだって反省してるんです!!」
意識を取り戻し、自分がファニル殿に呑まれていた事を知ったカイン皇子は、
案の定、怒り狂い、もふもふの桃色ボディを引っ掴んでファニル殿を叱りつけたようで、
その後も、逃げ出したファニル殿を追って、カイン皇子が王宮中を駆け回って怒鳴り声を響かせたらしい。
……らしい、というのは、私も後日ユキ姫様に伺った話だからだ。
レイフィード陛下の方も、皆に心配されながら寝台で目覚められたらしく、
ファニル殿に呑まれた事よりも、空いた時間にお忍びを満喫できなかった事が切なかったらしい。
「せっかく城下の皆と同じような服を着て外に出たのに……。
はぁ……、ツイてなかったなぁ」
「レイフィード、呑まれた事よりそれを気にするのかい、お前は?
相変わらず、我が弟ながら図太いね」
「ふふ、だってレイちゃんだもの。そうなるわよね~」
これもまた、後日ユキ姫様から教えて頂いた話である。
人でも何でも身の内に収納してしまうファニルという動物の脅威を実体験しても、
我らがウォルヴァンシアの王には、どうという事もないらしい。
次のお忍びをいつ決行するかで、色々お悩みのようだ。
今回の犠牲者は、カインとレイフィード叔父さんでした(遠い目)
もうちょっと面白く書きたかったんですが、まだまだ技量が足りないようです。
頑張って精進いたします。