武士の兜とハプニング
今日は五月五日、子供の日という事で……、
アレクさんに身体を張ってもらいました(遠い目)
――Side 幸希
「ひ、姫ちゃん!? こ、これは一体……!!」
わたしを訪ねに来てくれた騎士団のルディーさん、ロゼリアさん。
それとカインさんが、部屋の前にあるテラスに座っていた私達を見て表情を引き攣らせてしまった。
あ~……、誰も来ないと思って、……アレクさんにこっそりお願いしたつもりだったのに……。
私の傍にお座りしている狼の姿のアレクさん。
いつもながらに綺麗な銀色の毛並みを纏っている彼の頭には……、
――日本の『武士の兜』が鎮座している。(ドーン!!)
ごめんなさいごめんなさい!! で、出来心だったんです!!
実はさっきまで一緒にお茶をしていたレイフィード叔父さんが、昔、お父さんからのお土産で貰ったという武士の兜を被って来ていたんです!!
でも、途中でお仕事の関係で席を外さないといけなくなって、叔父さんは武士の兜をテーブルに置いていっちゃって……。
それを手にとっている所に、丁度良く……アレクさんが。
「ご、ごめんなさい!! 狼姿のアレクさんが被ったら可愛いかなって思ってしまって!!」
「い、いやぁ~……、別に悪くはねーけどよぉ……。過去の『トノサマズラ』が脳裏によぎったっつーか……。アレク、お前、本当姫ちゃんに弱いな?」
「……ユキが喜ぶなら、俺はこれでも構わない」
「副団長、いい加減に人としての尊厳も考えませんか?」
「言っても無駄だろう、こいつの場合。忠実な番犬野郎は、ユキの為になりふり構わないからな」
ルディーさんがアレクさんの前に膝を着いてその肩にあたる部分をがしっと掴んで項垂れている。
ロゼリアさんとカインさんは、呆れたようにその光景を傍に来て見下ろしている。
まさか、見つかってしまうなんて……。
レイフィード叔父さんが戻ってくるまでの少しの時間堪能させて貰うだけだったのに。
「しかし、姫ちゃんの世界には、変なモンがいっぱいあるんだなぁ……」
「変な物、ではないんですけど、私の世界では、昔実在した人達がその兜を被って戦いに赴いていたんですよ」
「このような物を被って、ですか?」
「はい、あと、重たい鎧みたいな物も本当はセットであるんですけど、私のいた世界の時代では、子供の成長を祝う日に、飾ったりする物なんです」
女の子はお雛様や雛あられ、男の子は端午の節句の武士の兜や柏餅。
懐かしい日本の風習を思い出しながら、私は皆さんに説明をした。
「でも、アレクさんの方が頭が大きいので、兜が浮いちゃって落ちそうなんですよね」
「ふぅん……お、この捩じった紐みたいな奴を使って顎で固定してんのか……。おい、番犬野郎、それ痛くねーのか?」
「特に痛みは感じないが、どうにも頭の上のバランスが取りづらい」
頭の上で揺れる兜と共に、アレクさんがゆらゆらと身体を揺らす。
うーん、やっぱりグラグラしているし、外してあげた方がいいかな。
というか、カインさんが興味津々に武士の兜を指先で小突いている。
(カインさん、さりげに『記録』まで撮りはじめてる!!)
「皇子さん、『記録』に撮りたいほど笑えるのはわかるけどよ。アレクの黒歴史になるからやめてやれよ~」
「いい記念になるだろ? くくっ……しかし、ぷっ……ははははっ」
「カイン皇子、ウチの副団長を笑い者にするのなら、容赦はしませんよ? というか、本人を目の前にして爆笑しないでください」
よっぽどアレクさんの兜姿が受けたのかなぁ……。
カインさんは大笑いしながらアレクさんの『記録』を撮り続けているのだけど、……あ、さすがに癪に障ったのか、アレクさんがカインさんに噛み付いた。
「この野郎……っ、せっかく記念に撮ってやってんのに……!!」
「この姿を見られるのは構わないが、お前の場合、完全に馬鹿にしているだろう? それならば容赦はしない」
「はっ! 当たり前だろうが!! こんな面白いモン見逃す手はねーからな!!」
「ふ、二人共、喧嘩はやめてくださいっ」
今にもテラスで大戦闘を起こしそうなアレクさんとカインさんの睨み合いに、また始まったとルディーさんもロゼリアさんも溜息を吐く。
アレクさんとカインさんって、どこにも喧嘩の糸口があるかのように急に始めてしまうから……。
今回は私の好奇心が原因だから、何とかして宥めないとっ。
と、その時、回廊の方から優しげな女性の声が響いた。
「ユキ姫様、何をなさっていらっしゃるのですか?」
アレクさんを取り囲む私達の様子を不思議に思って声をかけたのか、振り返った先にはセレスフィーナさんとルイヴェルさんが寄り添ってこちらを見ていた。
「おっ、セレスフィーナにルイヴェルじゃねぇか! お前らも『コレ』見てみろよ!!」
カインさんがズズイッと兜姿のアレクさんを前に押し出すと、バッチリ王宮医師のお二人に見えるように、その姿が露わになってしまう。
――……。
セレスフィーナさんとルイヴェルさんが、暫し無言でアレクさんを見つめた後、
「「……っ!!」」
お二人共口を押えてその場にしゃがみ込んでしまった。
回廊の壁があるから、正直その向こうは見えないのだけれど……。
小さく噴き出すような笑い声が聞こえてくる……。
「ありゃ、完全にツボにはまったなぁ~……」
「ルディーさん、私、なんだかアレクさんの為にならない事をやってしまった気が……」
「ユキ姫様のせいではありません。何でもホイホイ被ってしまう副団長にも非があります」
「くくっ……、やっぱ案の定、笑いのツボだよなぁ……」
「……」
あ、王宮医師のお二人を笑いの坩堝に落としてしまった元凶、カインさんを見上げたアレクさんが、またイラッときたらしく、がぶりと今度は本気の勢いで足に噛み付いている。
「このっ、離しやがれっ、駄犬野郎!!」
「グルルッ!!」
「おわっ、アレク落ち着けって!!」
足をブンブン振ってアレクさんを蹴り払おうとするカインさんだけれど、さすがアレクさん、絶対離してやるものかと本気で喰らいついてしまっている。
「アレクさんっ、落ち着きましょう!! 怒るなら、貴方に兜を被せてしまった私に怒ってください!!」
荒ぶるアレクさんの背にしがみついて懇願すると、ようやく気が済んだのか、カインさんの足からカパッと口を離して、フン! とそっぽを向くアレクさんだった。
「カインさん、大丈夫ですか?」
「やぁ、姫ちゃん。皇子さんの足からドクドク血ぃ出てっから、大丈夫じゃないと思うぞ~」
「牙が皮膚に喰い込んでしまったようですね。副団長、容赦のない噛み付きです」
「くそっ、この野郎……っ、おい!! ルイヴェル!! 治療しろ~!!」
アレクさんに噛まれた足を忌々しそうに見下ろしたカインさんが、回廊の方に向かって怒鳴りかける。
だけど、まだ笑いの最中にあるのか、返答がない……。
心配になり回廊の影へと駆け寄った私は、王宮医師のお二人の姿を見て硬直してしまった。
「……だ、駄目っ、今は……私……無理っ」
「前のズラの時よりも……くくっ……、なんだ、あれは……っ」
見事に背中を震わせて蹲り、笑い声を必死に堪えているお二人……。
声を上げて大笑いしないのは、アレクさんを気遣ってなのかはわからない。
けれど、あきらかに平常心に戻れないお二人に、自分のやってしまった事の罪深さを思い知る。
私が好奇心でアレクさんに武士の兜なんて被せちゃったからっ。
(どうしよう、今すぐアレクさんから兜を取り上げないと!!)
また立ち上がってアレクさんをお二人が見てしまったら、今度こそ大爆笑爆発だ。
私は急いでアレクさんの許に駆け寄り、紐を解こうと試みる。
しかし……。
「嘘っ、……は、外れないっ」
私の驚愕の一言に、アレクさんが耳をピンと立て、大きく目を見開く。
どうしよう、私……、固く結び過ぎてしまったのかもしれないっ。
このままじゃ、王宮医師のお二人が笑いの連撃で倒れてしまうかもしれないのに!!
「姫ちゃん、外れないなら俺が斬ってやろうか?」
「いえ、これ、レイフィード叔父さんの私物なので、ちょっとそれは」
「ユキ、そのままにしとけよ。なんだかんだ言って、似合ってんだからなぁ?」
「カイン皇子、お願いしますから、副団長の機嫌を損ねるような発言はお控えください」
傍で繰り広げられる会話も、紐と格闘する私には段々と遠くなっていって……。
ルディーさんの言うとおり、これは切るか焼くかしないと外れない可能性が高い。
だけど、これはレイフィード叔父さんの物だし……。
一度許可を貰いに行くべきかと振り返った瞬間。
――ガサッ。
「はぁ……、申し訳ありません、ユキ姫様。はしたない所をお見せしてしまいまして……」
「久しぶりに死ぬかと思うような笑いを貰ってしまったな……。ふぅ……、カイン、治療が必要なんだろう? こっちに……」
なんとか笑いの中から復活してきた王宮医師のお二人が、再度、今度は近くからアレクさんの兜姿を見てしまったが為に、芝生の上に一気に膝から崩れ落ちてしまった!!
えっ、ちょっ、セレスフィーナさんっ、ルイヴェルさん!?
「だ、駄目だ……っ、やっぱり……くくっ……」
「は、早くっ、その被り物を……ふふっ……駄目っ、我慢できなっ」
お二人以外は、誰もそこまで笑いのツボにはまっていないのに、何故このお二人に限って……。
「セレスフィーナの方はわかるけどよぉ~……。ルイヴェルの方は、そこまで笑いのツボ浅くなかったと思うんだけどな~」
「副団長の今の姿は、非常にシュールではありますが……。何かツボを押すような部分でもあったのでしょうか」
「セレス……ルイ……」
あぁ、アレクさんが、幼馴染のお二人に目の前で笑われて、悲しそうに哀愁を漂わせている。
ごめんなさい、アレクさん……っ。全ては私の軽い好奇心が起こした悲劇ですっ。
「あれ~、皆そこに集まって何をやってるんだ~い?」
紐は解けないし、王宮医師のお二人は笑いの真っ只中だし……。
責任を感じながら頭を悩ませていると、今度は待ちに待っていた人の声が聞こえた。
この陽気は声は……!!
「レイフィード叔父さん!! ……って、えええええ!?」
やっとアレクさんから兜を外せると安堵した瞬間。
まさかのまさかで、兜とセットである大きなしっかりとした鎧を身に纏ったレイフィード叔父さんが、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら、こちらへと歩み寄ってくるところだった。
なんで……、なんでセットなの!! お父さん、あれ結構高いよね!?
一式全部レイフィード叔父さんにお土産にしてあげちゃったの!?
そして、なんでそれをわざわざ纏って出直してきたの、レイフィード叔父さん!!
しかも、腰には刀が差してある!! もうどこまで本格的なの!!
「おや、アレク。その兜、良く似合っているね~。どうだい? 僕の方の鎧も格好良いだろう?」
「あ~、陛下、滅茶苦茶グッドタイミングっつ~か……。おい、セレスフィーナ、ルイヴェル。顔上げるなよ」
「レイフィードのおっさん……、マジやる事半端ねぇな」
「もう、どう言葉を発すればいいのか、わかりませんね……」
「あ、あの、レイフィード叔父さんっ。無断で兜をアレクさんに被せてしまってごめんなさいっ。それで、あのっ、紐が外れないんです!! だから、切ってもいいでしょうかっ」
とりあえず、ようやく許可を貰える相手の登場に縋り付いて、私はそれを求めた。
いまだに顔を上げられない王宮医師のお二人の為にも、一刻も早く!!
すると、事情を聞いたレイフィード叔父さんが、アレクさんの傍に座り込んで、ちょちょいのちょいで器用にも紐を外してしまった。
「えっ!? そ、そんな簡単にっ」
「ふふ~、僕は昔から色々器用でね。こういうのは得意なんだよ~。さ~て、外れたよ」
アレクさんから外した兜の中に指を入れ、クルクルと器用に回すレイフィード叔父さん。
すごい……、一分もかからずあの固い結び目を解いちゃった……。
でも、これでアレクさんも晴れて自由の身で、王宮医師のお二人も笑いの中から生還できるはずっ。
「ふぅ……、し、死ぬかと思ったわ……」
「俺もだ……」
あ、ゆらりと王宮医師のお二人がやっと復活したように立ち上がった。
まるで全力疾走した後のような息遣いと、疲れ切った顔……。
「おい、ルイヴェル!! 笑い終わったなら、さっさと俺の手当てしろ!!」
「あ! カインさん、怪我してたんですよね!! すみません、お願いします!!」
今の今まで忘れていたけれど、カインさんはアレクさんに噛まれて怪我をしていたんだった!!
笑い疲れてぐったりしながた立っていたルイヴェルさんが、その声に顔を上げてこちらに歩み寄ってくる。
「この噛み傷は……、アレクにやられたか。大方、さっきの姿のアレクをからかったんだろう? 自業自得だな」
「うるせぇよ。痛っ……」
アレクさんは結構、いや、かなり? 容赦なくカインさんに噛みついていたらしく、ルイヴェルさんが手を翳し短い詠唱を終えると、血の痕こそ残りはしたものの、カインさんの顔からは苦痛の表情が徐々に消えていった。
「はぁ、無事に外れて良かったよな~。アレク、もう、無暗になんでもポンポン被るなよっ」
「そうだな……。さすがに、外れないと思った瞬間は、少々焦った」
「すみません、アレクさん。私のせいで……」
「いや、ユキは気にしなくていい。お前の嬉しそうな顔が見れただけでも満足だったからな」
「アレクさん……」
私の好奇心の犠牲になったというのに、なんて心優しい人なんだろう。
懐が深いというか、本当に……、色んな意味でごめんなさい、アレクさんっ。
トノサマのズラに続き、武士の兜まで被る羽目になってしまった今回の騒動で、好奇心もほどほどにしておかないと駄目だなぁと感じる私なのでありました。
それから、鎧を着たレイフィード叔父さんや皆さんと一緒に、広間の方で午後のお茶の時間を過ごす事になり、その場所でもまたひと騒動あったのだけれど……。
――それはまた、別のお話です。
幸希の事を好きだからといって、アレク氏は受け身すぎますね。
もう少し副団長としての自覚を云々。(笑)