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73. 突撃取材

 その日、沙織は麻衣子とともに、WIZM企画所有の地下スタジオへやってきていた。そこはまだスタジオの外で、傍らには準レギュラーを務めている情報番組の撮影スタッフが、時間などを気にしながら軽い打ち合わせを続けている。

「鷹緒さん、怒るかな……」

 苦い顔の沙織に、麻衣子は苦笑する。

「まあでも、いい企画だと思うけど。知らないのは諸星さんだけなんだし」

「うん……」

 その時、ディレクターが電話をしながら、慌ただしく地下スタジオの入口を指差した。

「行って、行って!」

 妙な緊張感が張り詰める中、沙織は麻衣子とともに言われるがままスタジオ内へと入っていった。

「こんにちは!」

 撮影終わりでまだ薄暗いスタジオ内で、カメラを覗いていた鷹緒が振り向く。

 鷹緒は撮影クルーを見つめると、驚いた顔をして口を曲げた。

「……ドチラサマ?」

 苦笑する鷹緒に、麻衣子が沙織の肩を抱いて笑う。

「沙織と麻衣子の突撃レポートでーす!」

 それを聞いて、鷹緒は自分のスタッフを見つめる。その笑顔に、自分だけが知らされていなかったのだと悟った。

「はあ……知らなかったのは俺だけなのね?」

「社長には通ってますよ」

「だろうね……」

 ディレクターから説明があり、鷹緒はそこで趣旨を聞かされる。

 今回の企画は、沙織と麻衣子が所属する会社の突撃レポートということで、さきほど会社の撮影も終わり、そのまま撮影現場に来たらしい。

 内容を理解した鷹緒は、静かに口を開く。

「で、俺は何をすれば?」

「協力してくれます?」

 目を輝かせる麻衣子に、鷹緒は苦笑する。

「会社命令じゃ断れないでしょ。可愛い親戚のためだしね……あ、俺と沙織が親戚同士だって一言テロップ入れておいてください」

 鷹緒と沙織が親戚同士だということを世間に広めることは、二人が付き合う上ではいいことだと思い、目先のメリットも考えて、鷹緒は閉じていたカメラケースを広げた。

「じゃあ、私たちに写真の撮り方教えてください」

 沙織が言うと、鷹緒は驚いた顔を見せる。

「写真の撮り方? 撮られる方じゃないの?」

「今回は会社の潜入取材なんで。カメラマンの仕事がどういう仕事か、私たちモデルがどういう仕事なのかを見てもらいます」

「ということで、どっちかモデルやるので、どっちかカメラマンをやります」

 改めて趣旨を知らされ、鷹緒は頷いた。

「オーケー。じゃあ早速どっちがやるか決めて」

 そう言われて、沙織と麻衣子は向き合う。

「じゃあジャンケンで……勝ったらカメラマン」

「負けたらモデルね? ジャンケン……」

「ポン!」

 背景スクリーンの前に、麻衣子が立つ。だがその表情はつまらなそうだ。

「麻衣子。笑ってくれないと……」

「だってモデルなんていつもやってるし」

 膨れる麻衣子の前に、鷹緒はテスト用のコンパクトデジタルカメラを三脚に設置する。

「あれ。一眼レフじゃないんですか?」

 沙織が尋ねると、鷹緒は軽く頷いた。

「写真の撮り方講座なら、一般的なカメラのほうがいいでしょ? スマホでもいいくらいだけどね……じゃあまずは普通に撮ってみて」

「はい」

 仕事ということもあり、いつも以上に緊張した面持ちで、沙織がデジカメの液晶画面を見つめる。

「沙織。可愛く撮ってよ」

「じゃあ可愛い顔して」

 沙織の言葉に、麻衣子が満面の営業スマイルを零す。その瞬間にシャッターを切るが、その横で鷹緒は苦笑した。

「沙織さん……自分の指、映ってる」

 前途多難に思えて、鷹緒は苦笑するしか出来ない。

 そんな横で、沙織は口を尖らせた。

「だって何も聞いてないもん……」

「どれどれ?」

 麻衣子も沙織が今撮ったものを見てみるが、上手い下手の問題ではない。

「沙織……センスない」

「二人してひどい!」

 膨れる沙織の横で、鷹緒と麻衣子が顔を見合わせる。

「諸星さん。コンセプトは“沙織みたいなド素人でも、上手く可愛く撮るコツ”でお願いします」

「難しいこと言うなあ……」

「お願いします」

 やがて沙織も頭を下げたので、鷹緒は溜め息をついて、カメラの位置を変える。

「じゃあ、麻衣子。もう一回そこに立って」

「了解です」

 麻衣子が立つと、今度は鷹緒が沙織を見つめる。

「まずはさっきみたいに、沙織が撮りたい構図で構えてみて」

「は、はい」

 鷹緒のレッスンが始まったと見て、沙織は緊張しながら三脚を構える。

「えっと……こんな感じ?」

 やがて沙織がそう言ったので、鷹緒はデジカメの画面を見つめた。

「うん、わかった。でも、沙織は麻衣子の何が撮りたいの?」

 そう聞かれて、沙織は首を傾げる。

「何って……」

「顔なのか、髪型なのか、服なのか、全体なのか……これだと中途半端で、何が撮りたいのかわからないだろ? だから少し大胆なくらいに一歩踏み込むか、それとも風景みたいに少し離れてみるかで、だいぶ印象が変わると思うよ」

「なるほど……」

「じゃあ撮ってみて」

 それを聞いて、沙織はこれでもかというくらい麻衣子に寄って撮ってみた。

「近っ」

 苦笑する麻衣子だが、写真写りはまあまあである。

「まあ、構図の取り方はこんなもんかな。次、シャッタースピードについて――」

 軽い取材のはずが、サービス精神旺盛な鷹緒によって、その日みっちり初心者向けカメラ講座が続いたのは言うまでもない。

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