70. せわしない日々でのつながり
休憩中の沙織は、スタジオのそばにある喫茶店のテラスで、一人で携帯をいじっていた。
するとそこに、麻衣子がやって来る。
「いたいた、沙織。ひどいよ、私を置いていくなんて」
それを見て、沙織は驚いた。
「もう終わったの? 麻衣子だけ撮影残ってるからって、私もこうして一人寂しく出てきたのに」
「ワンカットだけだもん。すぐ終わったよ」
そう言うと、麻衣子は沙織の横に座り、アイスコーヒーを注文する。
「テラス席気持ちいい」
「うん。暑くなってきたもんね」
答えながらも携帯電話から目を離さない沙織に、麻衣子は口を尖らせた。
「もう。愛しの彼にメールでも打ってるの?」
「ごめん。SNSのチェックを……」
「え? 諸星さん、ツイッターとかやってるの?」
「ううん。事務所の……」
そう言ったところで、沙織は空しくなってやめた。
「どうしたの? あ、私のつぶやきも見た? 今からスタジオそばのカフェで休憩だよって」
おどける麻衣子の横で、沙織は悲しげに笑った。
「なんかこんなの恋人じゃないよね……自分がネットストーカーみたいに見える」
沙織はそう言いながら、口を曲げる。
「ええ?」
「鷹緒さんの周りのスタッフがやってる呟きとか、なんかチェックしちゃうんだ……時々、鷹緒さんも写ってたりして、今どこどこで何してるんだとか……なんかもう、こんな自分やだ……」
そう言う沙織は、この頃あまり鷹緒と会えておらず、周りのスタッフの行動から鷹緒の様子を覗いている状態が多かった。
「まあ、そうそう会えないんでしょ? でも、そんなことでわかるの?」
「ちょっとはね。今もメイクさんが、これから昼食だって呟いてるし……そんなのを見て、電話かけるタイミングとか窺ったりしてるんだ……」
「へえ……怖い時代だね。でもわからなくないよ。逐一報告だって出来ないだろうし、他の人が呟くのは自由だし、覗くのも自由だし、べつにいいんじゃない?」
「悪いこととは思わないけど……なんか空しい」
落ち込む沙織を横目に、麻衣子もため息をつく。
「罪な男だなあ……」
アイスコーヒーを飲みながら、麻衣子は慰めの言葉を探して外を見つめる。
するとそこに、見慣れた一行が通りかかった。
「諸星さん!」
思わず言った麻衣子の言葉に、沙織も顔を上げる。するとそこには確かに鷹緒の姿があった。周りにはスタッフも数人いる。
「あ、本当にいた!」
ヘアメイクの女性が、麻衣子に手を振って言った。
「メイクさんまで……どうしたの?」
「昼休憩で出てたら、麻衣子ちゃんが今からカフェって呟いてたからさ。じゃあ食後のコーヒー飲みに行こうって、諸星さんが……」
「諸星さんが? へえ」
何気なく繋がっているのが垣間見えて、麻衣子がにんまりと笑う。
鷹緒は視線を逸らしながらも店の中へと入り、テイクアウト用のアイスコーヒーを持って、沙織の横に座った。
「久しぶり」
しばらく会っていなかったので、鷹緒のほうも少し変だ。沙織はやっと会えた鷹緒にも関わらず、突然のことに対処出来ずに、照れたように俯いている。
「う、うん……」
「諸星さん。あんまり時間ないですよ」
未だ店の外でしゃべっているスタッフたちに、鷹緒は立ち上がる。
「ああ。んじゃ、またな」
鷹緒はそう言うと、沙織の頭を軽く叩き、振り返りもせず、コーヒーに口をつけたままテラス席から店を出て行った。
「え、あれだけ? いいの? 沙織……」
あまりに淡泊な鷹緒の態度に驚きながら麻衣子が振り向くと、沙織は真っ赤な顔をして微笑んでいた。
「うん。いいんだ……」
その顔はとても嬉しそうで、さっきまでとはまるで違う。
「あんなんで満足?」
「満足じゃないけど……満足かも。あれ以上一緒にいたら、みんなにバレちゃう」
火照る顔を隠すように、沙織は飲んでいたアイスティーを口に含み、手で顔を仰いだ。