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68-1. 祖父母の家 (前編)

「今日、夕方までオフだから、おばあちゃんのとこ行こうと思ってるんだあ」

 正月明けてすぐのある日、事務所でパソコン仕事中の鷹緒に、沙織がそう言った。今日は会う約束もしていなかったが、鷹緒が午前中は事務所にいると聞いて、顔を出したのである。

「え、なんで?」

 パソコンから目を離し、振り向きざまに鷹緒が尋ねた。

「なんでって……年も明けたし挨拶だよ。今までは家族揃わないと行かなかったけど、考えてみれば近くに住んでるんだし、一人で行ってもいいかなあなんて思って」

「ふうん……とか言って、お年玉目当てだろ?」

「そんなわけないでしょ。もう成人したもん」

 沙織がそう返す横で、鷹緒は腕時計を見つめる。

「……俺も行こうかな」

 そう言った鷹緒に、沙織は驚きつつも嬉しさを感じた。

「本当? 時間あるの?」

「顔出す程度になっちゃうけど……なんとなく、おまえ一人より二人で顔見せしといたほうがいいかなって」

「うん。だったら私も嬉しい。本当はちょっと心細かったんだ。おじいちゃんもおばあちゃんも大好きだけど、しょっちゅう会ってたわけでもないから」

「じゃあ早速行こ」

「あ、ちょっと待って」

 そこに割って入ってきたのは、理恵だった。

「なに?」

「話聞こえちゃったんだけど……よかったらこれ、持って行かない?」

 おもむろに理恵が差し出したのは、饅頭の箱である。

「饅頭?」

 それは鷹緒にも覚えがあった。仕事始めの時から理恵が配っている土産物の饅頭だ。

「ちょっと買い過ぎちゃったの。みんなももう飽きちゃったみたいだし、伯父さんも甘いもの好きだったでしょう?」

 鷹緒の父母代わりだった沙織の祖父母は、もちろん理恵も会ったことがある。だがそこまでの交流はなかったはずで、鷹緒は首を傾げた。

「そうなの?」

 伯父の趣向など覚えていない鷹緒はそう言ったが、理恵は自信ありげに頷く。

「そうよ。どちらにしても、お土産としてどうかな。真空パックだから日持ちもするし。無理は言わないけど」

 そう言って沙織を見る理恵に、沙織は頷いた。

「いただきます。手ぶらじゃなんだし助かりますよ。ね? 鷹緒さん」

「……まあ」

 沙織にそう振られ、鷹緒はバツが悪そうに鼻の頭を掻く。仮にも新旧の彼女がなんの確執もないのが信じられない。出来れば理恵に関わりたくない自分もいる。

 そんな鷹緒の真意などわからず、沙織は理恵に微笑んで饅頭の包みを受け取った。

「もう。鷹緒さんからもちゃんとお礼言ってよ。時間ないんでしょ? こういうの買ってる時間もないじゃん」

 まるで鷹緒が自分のもののように言えることに優越感を覚えながら、沙織は鷹緒にそう促す。そんな二人の前で、理恵は苦笑して手を振った。

「いいのよ。こっちも余っちゃったものだから、もらってくれるなら大助かり。じゃあ、行ってらっしゃい」

 去っていく理恵を尻目に、鷹緒はコートを羽織る。

「……じゃあ行くか。本当、顔出すだけになっちゃうと思うけど」

 押し迫る時間に鷹緒がそう言ったので、沙織は頷きながら饅頭の箱を抱える。

「うん。あとで理恵さんに、お饅頭代払っておいてね」

「ええ? いいだろ、そんなの。こっちがもらってやったんだから」

「駄目だよ」

「わかったわかった。とにかく行こう」

 もう沙織の口から理恵の名前を聞かされるのも嫌で、鷹緒は足早に事務所を出ていった。


 祖父母の家では、祖母は着物を着ており、祖父もいつもと変わらず優しい表情を沙織に向ける。

「あけましておめでとう。いらっしゃい」

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。これ、お饅頭です」

「そんなのいいのに……でもありがとう。お父さん甘いもの好きだからよかったわね。ほら鷹緒も、突っ立ってないで上がりなさい。まったく沙織ちゃんがいたからついてきたんでしょう? そうでなかったら、ろくに連絡さえよこさないのに……」

「はあ、どうもすみません……」

 ぶつぶつ言いながら中へ入っていく祖母に苦笑し、鷹緒は隣にいる沙織を見つめる。

「鷹緒さん、すっかりおばあちゃんに嫌われちゃったみたいだね」

「いつもあんな感じだよ。でも参ったな……図星だからな」

 居間へと通された二人は、お茶を入れる祖母を待って、祖父と三人で座る。

「ごめん。俺、そんなにゆっくりする時間ないんだ」

 鷹緒の言葉に、祖父は苦笑する。

「そうか。相変わらず忙しそうだな」

「ごめん。沙織が行くっていうからついてきただけで……沙織は少しゆっくり出来るみたいだけど」

「うん」

「さあ、お茶どうぞ」

 そこに、祖母がお茶を持ってきたので、沙織は嬉しそうに口を開く。

「おばあちゃん、和服で素敵」

「ありがとう。昔は今よりもよく着ていたんだけどね」

「でもまだ和裁の仕事してるんだよね?」

 沙織と祖母の会話に、鷹緒が割って入って尋ねる。

「やってるわよ。お教室もやってるし」

 祖母は昔から和裁が得意で、教室を持っている先生でもある。鷹緒にも沙織にも、祖母は和服が多いという印象があるほどだが、最近は洋服が多く、それを見るのも久しぶりだった。

「なんなら二人とも、着物着る?」

 続けて言った祖母に、鷹緒は腕時計を見つめた。

「ごめん。今日はそこまで時間なくて。そろそろ出ないと……」

 出されたお茶を急いで飲んで、鷹緒は立ち上がる。

「まあ。たまに顔出したと思っても、ちっともゆっくり出来ないのね」

「すみません……でも沙織はゆっくり出来るみたいだから」

「もう。沙織ちゃんとじゃなきゃ一緒に来られないの? 今度ゆっくり出来る時にいらっしゃい」

 図星の部分もあって、鷹緒は苦笑して沙織の祖母を見つめる。

「うん……じゃあ俺、もう行くよ」

 見送りに立ち上がろうとする沙織を止めて、鷹緒が言った。元から立っていた祖母は、鷹緒の歪んだシャツを直しに近付き、襟元を正しながら口を開く。

「本当に顔出しただけなのね」

「ごめん。本当は来るつもりでもなかったんだけど……」

「口止めしようと思ったんでしょう? あなたのことはいろいろ知っているから」

 またも辛口の言葉に、鷹緒は苦笑しながらも口を曲げた。内心当たっている。

「伯母さん……」

「冗談よ」

「冗談にしてもきついな……まあでも、あながち外れちゃいないかな。沙織に余計なこと吹き込まないでおいてくれる?」

「本音が出たわね。さあどうしようかしらね」

「今度、伯母さんが好きな和菓子持って来るから」

「お得意のワイロね?」

「でも好きでしょう?」

 仲良さ気に話す鷹緒と祖母の会話が微笑ましくて、沙織は遠くからその光景を見つめていた。

「じゃあ、今度ゆっくり……失礼します」

 鷹緒は座ったままの祖父と沙織に挨拶をし、玄関へと向かっていく。その後を、そっと祖母がついていった。

「鷹緒。理恵さんに、お礼言っておいてね」

 その言葉に、鷹緒は目を見開いた。

「え……?」

「違ったかしら? あのお饅頭、理恵さんの実家近くの銘菓だったと思って」

 祖母の記憶に、鷹緒は感心するように頷く。

「よく覚えてるね……あいつも実家にはそうそう帰ってなかったのに」

「前にもあのお饅頭頂いたのよ。それに理恵さん、今も時折、お父さんの好きなお菓子や、私に似合いそうな和小物を見つけたって言って送ってくれるのよ」

 初耳のことに、鷹緒は眉を顰めた。

「本当? あいつ……」

「こちらは迷惑でもなんでもないのだけれど、未だにあなたの近況は理恵さんからの手紙で知るくらいだから悪くて……同じ職場なんでしょう?」

 それを聞いて、鷹緒は溜息をつく。鷹緒と理恵が婚姻中、伯母夫婦に会ったのは数える程度だったと思うが、まさか別れた後も本人同士の交流があるとは、今の今までまったく知らなかったのである。

「ごめん。まったく知らなかった……いつの間にそんなに仲が良かったの?」

「あら。女同士いろいろ気が合うのよ。とにかくお礼言っておいてちょうだいな。別れたといっても、良い関係でいられる付き合いなんてそうそうないんだから大切になさい。私もあの子が好きよ」

 複雑な心境に苛まれ、鷹緒はバツが悪そうに頷いた。

「わかった……じゃあまた。失礼します」

 そう言って、鷹緒は沙織の祖父母の家を後にした。いつでもついて回る理恵の存在が、意外に大きく根強くあるのだと思うと、沙織との関係に気が気でない自分もいる。

 鷹緒はそんな不安のようなものを抱えながらも、仕事へと向かっていった。


 残された沙織は、祖父母とお茶を飲みながら、改めて挨拶をしていた。

「今年もよろしくお願いします。これ、お年賀じゃないけど、私が出てるカレンダー……こっちは鷹緒さんの写真が載ってるカレンダー」

 恥ずかしそうに差し出す沙織の手には、二つのカレンダーが握られている。一つは事務所で売り出している所属モデルやタレントのカレンダーで、沙織も出ている。もう一つは風景写真が主となった写真で、鷹緒や俊二が撮ったものなのだが、去年までに撮ったもののために、海外の写真が多い。

「まあありがとう。立派なカレンダーね」

「ちょっと恥ずかしいけど……」

「コレクションが増えるわね、お父さん」

 祖母の言葉に、沙織は首を傾げる。

「コレクション?」

「そう。お父さんったら、沙織ちゃんが出ている雑誌みんな取っておいてるのよ。時々、沙織ちゃんのママがまとめて届けてくれるから」

 そんな祖母に、祖父は照れるように苦笑した。

「嬉しいからね。鷹緒の雑誌と一緒に飾ってるよ」

 それを聞いて、沙織の目が一瞬にして輝いた。

「鷹緒さんの雑誌もあるの?!」

「あるよ。全部とは言わないけどね」

「見たい! 鷹緒さん、全然見せてくれないんだもん」

「いいよ。二階の鷹緒の部屋だったところにまとめてあるから。好きに見るといい」

「ありがとう。ちょっと見てくるね!」

 逸る気持ちを抑えきれず、沙織が二階へと駆け上がっていくのを見て、祖父母は嬉しそうに笑った。

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