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67. 後悔

 ある日、仕事終わりの沙織は、携帯電話の着信履歴に母親からの不在着信が残っていることに気付き、折り返し電話をかけた。

『はーい』

 電話の向こうから、母親の明るい声が聞こえる。

「あ、お母さん? 沙織だよ。今、仕事終わったんだけど……どうかした?」

『おつかれさま。あんた、今度の連休も仕事よね? 久々に雅人も帰って来るって言うから、仙台のおばあちゃんの家に行こうかと思って』

 そう言われて、沙織はスケジュール帳を見るまでもなくため息をついた。

「うん……仕事」

『そうよね。じゃあ仕方がないわ』

「ごめんね……おばあちゃんによろしくね」

『うん。それより仕事、頑張りなさいよ』

「はーい」

 電話を切ると、沙織は事務所へと向かっていく。鷹緒と会えるかもしれない日だからだ。というのは、その日の仕事の進み具合で予定が変わるため、お互い事前に約束するのは難しい。


 沙織が事務所に着くと、すぐに鷹緒の姿が目に入った。奥のデスクに座り、パソコンに向かっている。

 集中している鷹緒がすぐに沙織に気付くはずもないので、沙織は受付にいる牧にまず挨拶をした。


「牧さん。おつかれさまです」

「おつかれさま。今日の仕事はどうだった? トラブルない?」

「はい、大丈夫です。予定より早く終わったし」

「沙織」

 そんな話をしているうちに鷹緒が気付いたようで、沙織に手招きをした。

 沙織は牧に会釈すると、嬉しそうに鷹緒に駆け寄っていく。

「おつかれさまです」

「ああ、おまえもな。もう帰れるの?」

 間近で見る鷹緒を前にすると、何の気なしの会話でも照れてしまい、沙織は視線を逸らして頷いた。

「う、うん」

「そう。悪いけど俺、仕事終わりそうにない」

 鷹緒の言葉に、沙織の顔は一瞬にして暗くなる。

「そうなんだ……」

 そんな沙織を前に、鷹緒は小さく吹き出すように微笑むと、その頭を軽く叩いた。

「でももうすぐメシ休憩にするから……軽く出るか」

「本当?」

 自分の言葉に一喜一憂する沙織を見て、鷹緒は苦笑した。疲れるだろうと心配もある。

「じゃあ行こう。そこのファミレスでいいだろ?」

「うん、どこでもいい」

 二人は近所のファミリーレストランに着くと、早速メニューを拡げる。

「えっと……野菜たっぷりの豆腐ハンバーグ御膳。ごはん少なめで」

 沙織が言い終わると、鷹緒はパラパラとメニューを開く。

「俺はTボーンステーキセットと、食後にチョコレートデラックスパフェを」

「かしこまりました」

 店員が去って行く前に、沙織は満面の笑顔で口を押さえた。

「すごい食欲……そして相変わらずの甘党。私は必死に食事制限してるのに」

「これから戦場だからな」

 鷹緒も苦笑しながら、煙草に火をつける。

「そんなに今日は大変なの?」

「そうだな……今日のはカット数が多いから」

「へえ……」

「おまえは? 何か変わったことないの?」

 突然そう聞かれて、沙織は目線を天井にやる。

「そうだなあ……あ、お母さんたちが仙台のおばあちゃんちに行くって」

 仕事と別の話が来たので、鷹緒は瞬時に頭の中を切り替える。

「へえ……お父さん方の? 仙台だっけ」

「うん。おじいちゃんは亡くなってるけど、おばあちゃんは叔父さんと一緒に暮らしてるの」

「そうなんだ」

「お兄ちゃんも久々に帰ってくるから、今度の連休みんなで行くんだって……」

 残念そうに口を尖らせる沙織に、鷹緒は煙草の火を消して頬杖をつく。

「連休? ああ……おまえ、仕事か。同じ現場だったよな」

「そうだよ。人様がお休みの日ほど忙しいんだもん。でも鷹緒さんと同じ現場なのがせめてもの救い」

「なに言ってんだよ」

 その時、注文した料理が届いて、二人は食事を始めた。


 それから数日後。世間は連休だというのに、スタジオではモデルやスタッフでごった返している。

「ひゃあ……今日は人数が桁違いだね」

 ひしめき合った楽屋で、沙織がそう言った。隣にいた麻衣子は、苦笑しながらも慣れた様子で携帯ゲームで遊んでいる。

「年に一度の特別号だからね。ページ数も違うし」

 今日の仕事は雑誌の撮影だが、特別号ということでいつもと違う。また系列会社と同時取材や撮影もあって、その熱気はすごいものだった。

「A班とC班の方は、これから別の場所へ移動して休憩に入って頂きます。それ以外の方はまだ撮影がありますので残ってください」

 事前に渡された書類を見ると、沙織はAB班、麻衣子はABD班となっている。

「A班とAB班は違うよね?」

 沙織の呟きに、麻衣子は携帯から目を離して顔を上げた。

「違うでしょ。特集ごとの括りじゃないかな。今日は人数も多いから、控え室も別のところみたいだね。今日は長引きそう……」

 その時、手に持っていた沙織の携帯電話が震えた。見るとまた母親からである。

「もう……仕事だってわかってるはずなのに」

「そう言いながらも、携帯握りしめてる沙織でした」

「麻衣子だってそうでしょ。もうすぐ撮影始まるのに」

 やがて電話は切れて、すぐにメールが入ってきた。

『仕事中にごめんね。おばあちゃんが沙織と話したいって言っているので、休憩に入ったら電話もらえたら嬉しいな』

 そのメールを確認だけして、沙織は携帯電話をバッグにしまう。

「Bのつく各班の方、撮影入ります」

 スタッフの声が響き、沙織と麻衣子は立ち上がった。


 撮影フロアに行くと、鷹緒が俊二と話している。ビッグイベントの一つだからか、社長の広樹までいて勢揃いだ。

「沙織。なにニヤニヤしてんのよ」

 麻衣子にそう言われ、沙織はハッとして顔を作る。

「だって、なんか嬉しくて……」

 そんな沙織の心理が分からずに、麻衣子は首を傾げた。

「まだマンネリ化はしないんだね?」

「しないよ。微妙に距離もあるし、知らないこともまだたくさんあるし、みんなと同じ空間で仕事出来るってことが嬉しい」

 素直にそう言った沙織に、麻衣子も笑った。

「ほら、行くよ」

「うん」


 その撮影は小一時間ほどで終了したが、続けて似たようなチームでの撮影が続く。合間の短い休憩中に、麻衣子はケータリングのお寿司をつまんだ。

「おなか減っちゃう。沙織も食べる?」

「ううん。今日のお昼はがっつり食べちゃったから」

「そう? まあ、沙織は次の撮影で終わりでしょ?」

「うん。麻衣子は夜までずっとでしょ? さすが売れっ子」

「まあね。でも、やっぱり今日の飲み会は行けそうにないって、LINEで言っとこう」

 食べながら携帯をいじる麻衣子の横で、沙織もバッグから自分の携帯電話を取り出す。

「飲み会があるの?」

「地元の友達に誘われてたんだけど、保留にしてたんだ。でもこの調子じゃ最後に顔出すだけになっちゃうから、もういいや」

「そっか……」

 そう言いかけた時、沙織ははっと息を呑んだ。

「開始五分前です。準備お願いします」

 その時、スタッフからそんな声がかかり、麻衣子はすっと立ち上がる。

「さて、頑張ろう」

 麻衣子が振り返ると、そこには表情を強ばらせた沙織がいる。その手からは携帯電話が転げ落ちた。

「沙織? どうしたの?」

 座っている沙織を下から覗き込む麻衣子だが、沙織は放心状態である。

「ちょっと、沙織! しっかりしてよ!」

 しばらく麻衣子がそう言っていると、騒ぎを聞きつけた広樹がやって来た。

「どうしたの?」

「あ、社長。沙織が……」

「沙織ちゃん?」

 騒然とする楽屋で、広樹は沙織の手を取る。そしてそのままフロアへと出て行った。


 休憩中のフロアもまた騒然としている。鷹緒はカメラのセッティングをして、撮影の準備に入っているようだ。

 そんな中で、広樹が沙織の手を取りながら、今日の進行役の俊二に声をかける。

「俊二。沙織ちゃん抜きで撮影始めて」

「……はい」

 社長命令に理由を聞くことも無意味で、俊二はそれを了承し、鷹緒に伝えた。

 ヒロはそのまま、スタジオの一角にある誰も居ない鷹緒のアトリエへと入っていく。

「だ、大丈夫です。ヒロさん……」

 生気のない青白い顔をしながら、沙織がそう言った。

「そんな顔で撮影なんて出来ないよ」

 その時、鷹緒が入ってくる。

「どうした?」

「あ……」

 鷹緒の顔を見るなり、押し止めていた感情を溢れ出すかのように、沙織は涙を流した。  

「鷹緒。撮影が長引くとまずい。先に進めてくれ」

「衣装チェンジが間に合わない子がいて、五分押し」

 広樹の言葉を遮る鷹緒に、沙織が抱きついた。

「鷹緒さん……」

 そう言う沙織に少し戸惑いながら、鷹緒は沙織の肩を掴んだ。

「……ここは職場だ。誰も見てないとはいえ、そういうのはやめろ」

 厳しい言葉を聞きながら、沙織は酸欠状態になりながら頷く。

「……うん」

「出来るだろ。仕事に穴を開けるつもりか? 信用なくすぞ」

 続けた鷹緒の前で、沙織は震えながら頷いた。

「馬鹿。そんな状態で人前にいるほうが信用なくす。少し落ち着かせるべきだ」

 間に入ってきた広樹に、鷹緒は腕時計を見つめ、続けて沙織を見る。確かに仕事どころではない状態である。

「……何があった?」

 鷹緒の言葉に、沙織の目から涙が止め処なく溢れた。

「お、おばあちゃんが……おばあちゃんが、亡くなったって……」

 確かに衝撃な言葉だったが、家族と密な関係ではない鷹緒にとっては、沙織の気持ちが深いところまではわからない。

 先程、祖母と電話で話して欲しいと言った母からのメール。それから数時間と経たないうちに、訃報のメールが届いたのだ。兄からも補足のメールが届いている時点で、冗談などではないだろう。

「……それで仕事を棒に振るのか?」

「だって! さっきまで生きてたんだよ? 私と電話したいて……少しくらいなら話せる時間もあったのに、どうして無視しちゃったんだろう……昨日からの連休だって、日帰りなら顔くらい出せたのに、どうして……!」

 自分を責める沙織に、鷹緒は触れることすらせずに、広樹を見つめる。

「……社長としてはいいのか?」

「僕は無理矢理に仕事をやらせるのは反対」

「……わかった」

 そう言い残すと、鷹緒はもう何も言わずに、仕事を再開するべく部屋を出て行った。


 沙織は泣くばかりで、その日はずっと鷹緒のアトリエにいた。仕切り一つの同じ空間では、穴を開けた仕事が続行している。数時間後には広樹も仕事で出かけなければならず、一人で取り残されることになり、やがて手の空いているスタッフに家まで送られた沙織は、自己嫌悪で泣きながら母親に声をかけた。

「お母さん……ごめんなさい」

『なに言ってるの。こっちも急だったのよ』

「でも……おばあちゃんの具合が悪いなんて、私ちっとも知らなかった……知ってたら電話した。知ってたら日帰りでも無理にでも行ってた……どうして知らせてくれなかったの?」

 声にならない中で、沙織がそう言った。

『おばあちゃんが、沙織には知らせないでって……沙織は優しいから、そうやって飛んできてくれることわかってたけど、今はテレビとかでも見られるし、寂しくないからって。でも最後には声聞きたくなったみたいでね。じゃあ仕事中だけど電話してみようかってなったんだけど……出られなかったことにも嬉しそうにしてたわよ。お仕事忙しいことはいいことだって』

 それを聞いて、沙織は更に泣いた。

「駄目だよ……私、仕事に穴開けちゃった……もう駄目だよ。みんなに迷惑かけちゃった……鷹緒さんだって、きっと怒って呆れてる……」

『沙織……とにかく、あんたのせいなんてことは少しもないんだし、そんなに泣いてたら駄目。しっかりしなさい。こっちもいろいろ準備があるから切るわね』

 電話を切られて訪れた静寂に、沙織は泣き崩れた。

 泣いて酸欠状態になった頭の中で、祖母との思い出が思い出される。地方にいてなかなか会えなかったが、会えた時には本当によく可愛がってくれた、優しい祖母。沙織が出ている雑誌を見て、喜びの電話をもらったこともある。

 そんな時、部屋のインターフォンが鳴った。だが体が思うように動かずに、出る気にはなれない。その時、玄関口で鍵が開けられる音がした。部屋の鍵は、家族と会社の人間、そして鷹緒が持っている。

「沙織……」

 聞き慣れた声の主は、鷹緒だった。

 仕事に穴を開けたことで、鷹緒は怒っているだろう。先程の態度からしても、呆れられているのは明白で、沙織は合わせる顔がないように、床に座ったまま振り返ることも出来ない。

「ごめん、なさい……」

 沈黙の中で、やがて沙織がそう言った。すると鷹緒はソファに座り、沙織を引き上げ抱きしめる。

「人の死は重いよな。後悔があるなら尚更……」

「……鷹緒さんもあるの? 後悔する別れ方……」

「いや……死についてはないと思うけど……おまえの気持ちがわからないわけではないよ」

 鷹緒の顔を前にして、沙織は目を伏せる。

「私と話したかったのに話せないなんて、寂しい思いさせて死なせちゃったと思うと、やり切れないの……それで仕事に穴開けちゃうとか、そういう自分も嫌。でも、どうしようも出来ない……」

 そう言った沙織を、鷹緒はぎゅっと抱きしめてその頭を撫でた。先程とか打って変わって、その態度は優しい。

「……無理矢理やらせようとして悪かった。でもこの業界、親の死に目にすら会えないことが多い。頑張らなきゃいけない時もある。今は沙織にとってきっと試練の時でもあるんだよ。ちゃんと支えてやるから、立ち止まるな」

 それを聞いて、沙織は鷹緒の顔を見つめた。

「……うん」

「ゆっくりでもいい。でも、おまえは今までだって一人で乗り越えてきたはずだろ」

「うん……ありがとう。私、ちゃんと挽回出来るかな」

「それはおまえ次第だろ」

 そう言うと、鷹緒はもう一度沙織の頭を撫でて、静かに立ち上がる。

「じゃあ俺、戻るから」

「あ……抜け出して来てくれたの?」

「一時間の夕飯休憩にな」

「ごめんなさい……」

 しゅんとしたままの沙織に、鷹緒は優しく微笑んだ。

「謝るくらいなら、今後の仕事で挽回しろ」

「はい」

「じゃあ、そろそろ行くな」

 慰めにだけ来てくれた鷹緒に、沙織の折れかけていた心が温かく支えられたような気がする。

 玄関先で靴を履く鷹緒に、沙織は後ろから抱きついた。

「まだ駄目か?」

 優しい鷹緒の声が聞こえて、沙織はそっと鷹緒から離れた。振り向いた鷹緒はやはり優しそうな目で沙織を見つめている。

 そんな鷹緒を前に 沙織は微笑んで首を振った。

「ううん。わざわざありがとう……元気もらった」

「そう?」

「私、今から仙台行ってくる。おばあちゃんに会ってくる」

「え……でも、明日も朝から仕事だろ」

「もちろん間に合うように帰ってくるよ。でも今日は仕事に穴開けちゃって、このままここで泣いていてもしょうがないもんね」

 強く立ち上がろうとしている沙織を、鷹緒は正面から抱きしめる。

「無理するな。でも、少しは無理しろよ」

 そう言った鷹緒に、沙織は笑顔で頷いた。

「うん。無理する。けど、辛くなったら頼ってもいい?」

 鷹緒は沙織の髪を梳かすように撫でると、そっとキスをする。

「もちろん。気をつけて行って来いよ」

「うん」

 去って行く鷹緒を見送って、沙織は早速支度をすると、電車に飛び乗って祖母の家へと向かっていくのだった。


 その日の夜。祖母の家がある最寄り駅に着いた沙織は、迎えに来た兄の雅人の顔を見るなり、溢れそうになる涙を必死にこらえてタクシーに乗った。

「泣くかと思った。偉いじゃん」

 そんな兄の言葉に、沙織はそっと涙を流す。

「頑張らないと……」

 必死に涙を堪える沙織の頭を、雅人が軽く叩き、一冊の雑誌を差し出した。それは割と最近沙織が出た雑誌である。

「……え?」

「ばあちゃんの部屋にあった。何の言葉も残ってなかったけどさ、会う人会う人に自慢して回ってたって叔父さんが言ってたよ。おまえ、会ったらすぐ泣くと思ってたから、慰めるために持ってきたけど……おまえも成長してんだなあ。強くなったな」

 自分を宥め慰めるためだけに、その雑誌を持ってきた雅人。新しい雑誌ながらも、祖母がよく見てくれていたのか、いくつか不繊が挟まっており、クタクタになっているのがわかる。

 やがて家に着き、亡き祖母と対面した沙織は、やっとそこで涙を流した。

「おばあちゃん……ごめんなさい……寂しい思いさせちゃったよね……私も最後にちゃんと話したかった……声が聞きたかったよ……」

 後悔の念を零しながら、沙織は冷たくなった祖母の手を取った。もう何年も会っていないとはいえ、家族として大切な存在ということは変わらない。会えばどんどん後悔が出てくる沙織の肩を、母親が叩いた。

「おばあちゃん、沙織には元気な姿のままでいたかったって。だから知らせないでいてくれてよかったって。今回も来なくてよかったって。そう言ってたんだよ」

「どうして……」

「沙織は昔から泣き虫だったからな。心配させたくなかったんだよ。おばあちゃんの中のイメージじゃ、沙織は大きくなって会っていても、小さい時のイメージのままだって、前に言ってたよ」

 今度は父親がそう言って、沙織は涙を手で拭う。

「……私、前より強くなったよ。今日は馬鹿やっちゃったけど、もっと強くなるから……そばで守っていてね」

 決意のように言った沙織に、その場にいた一同がそっと微笑んだ。

「きっと見ていてくれてるよ。ずっとそばにいてくれるよ。だから父さんはちっとも寂しくないんだ」

 自分の母親が亡くなったというのに、沙織の父はそう言って微笑む。それはやせ我慢などには見えず、沙織の心を軽くさせた。

「うん。本当だね。そばにいるみたい……」

 何処か温かく身体を支えられているかのように、沙織の側に暖かな風が吹く。

「よし。じゃあもう休もう」

「あ……私、もう帰らないと」

 来たばかりの沙織の言葉に、一同は驚いた。

「本当に? 来たばかりじゃない」

「明日も早朝から撮影で……ごめんね。でもどうしても来たかったの。おばあちゃんに会いたかったの」

「そう……おばあちゃん、喜ぶよ。沙織が頑張っているところ見られて」

 両親にそう言われ、沙織は頷き立ち上がる。そして祖母に振り向くと、そっとお辞儀をした。

「私、頑張るから……そばにいてね。見ていてね」

 静かにそう言い残すと、沙織はトンボ返りで東京へと戻っていくのだった。

私事ですが、この物語を亡き彼に捧げます。前へ進めますように。合掌――。

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