65. 二度目の年末
「え、年末年始、仕事入ってたんだ?」
年末に差し掛かったある日の鷹緒の部屋。クリスマスまでの怒濤の仕事を終えて、鷹緒と沙織は久々に二人きりの時を過ごしていたのだが、鷹緒の言葉で沙織は首を傾げる。
「うん。鷹緒さんもでしょ?」
「まあ……でも、また一緒に年越したいって言うかと思って、普通に空けておいたんだけど」
「そうなの? ごめんなさい。今年はモデル仲間で集まるんだ。みんなで一緒に年越しして、初詣行って、そのままみんな同じイベントに出るの」
付き合い始めて二度目の年が明けようとしている。相変わらずお互いのスケジュールは直前まで決まらず、それでも鷹緒は仕事を詰めてなんとか年越しの瞬間だけは空けられるようにしたのだが、今の話でそれが無駄な努力だったと知らされた。
「ああ、そう……じゃあこんなに仕事詰める必要なかったのか」
そうは言うものの、沙織を責める気など更々なく、鷹緒の頭の中では新たなスケジュールが今まさに組まれていく。
「今月は全然休みなしって聞いてたし、元旦にはまた初日の出撮りとか行くんでしょ? 私も元旦からイベントあるし、誘われるがままオーケーしちゃった」
沙織も彼女としての余裕が出てきたのか、はたまた諦めムードに入っているのか、去年とはまた違う一面を見せている。
「うん、いいんじゃない? わかったよ」
「でも、今度はいつ会えるかなあ?」
「夜ならいつでも会えるよ。俺は年末年始ほとんど会社に行ってるし、おまえもイベント目白押しで忙しいんじゃない?」
世間が休みの時こそ忙しい業界。鷹緒だけでなく沙織もまた、普通の生活とは縁遠い暮らしになっているのは事実だ。
「確かに……元旦からイベントのショーがあるから」
「俺も急ぎの写真集撮りとか、元旦とかは一般の記念撮影とかも入るから、結構忙しいかも。でもゆっくりは会えなくても、食事行ったりは出来ると思うよ」
「うん」
もうそんな生活にすっかり慣れている二人は、デートという名目ではなくただ会って食事をする時間だけでも、大切に出来る関係が出来ている。それが少し悲しかったとしても、仕事を手放す気にはなれない。
「でも沙織……代わりに今日はゆっくりしていけよ?」
甘く聞こえる鷹緒の言葉に、沙織は嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん。それに絶対、私のが寂しかったんだからね?」
「なんだよそれ。べつに俺だって……」
「拗ねない、拗ねない。ワインおかわりする?」
慣れた様子で余裕を見せる沙織に苦笑して、鷹緒はワインの瓶を持とうとする沙織の手を止めると、その身を隣に抱き寄せた。
「そんなのいいから、そばにいろよ」
鷹緒の低い声が、沙織の心を心地よく震わせる。
「うん……」
急に照れたようにはにかんで、沙織は鷹緒の胸に顔を埋めるように俯いた。
突然黙り込んだ沙織を見て、鷹緒はその顔を覗き込む。顔までは見えないが、真っ赤になった沙織の耳を見て、状況を把握する。
「可愛い……」
思わず言った鷹緒に、沙織がパッと顔を上げた。すぐに鷹緒と目が合ってしまい、沙織はすでに赤い顔に、更に熱を持たせる。
「あ……」
「なに?」
不敵に微笑む鷹緒を見て、沙織は甘えるようにその腕に抱きついた。
「なんか急に恥ずかしくなっちゃって……」
そう言いながら、沙織は目の前のワインに口をつける。
正直な沙織は、鈍感な鷹緒にとっても救いだ。鷹緒は沙織の頭を撫でながら笑った。
「これ以上飲むなよ。お楽しみの前に爆睡されたらかなわない」
鷹緒は沙織からグラスを取ると、残りのワインを口に含んだ。普段はグラス半分程度しか飲まない沙織も、気がつけば今日は二杯以上飲んでいる。
「お、お楽しみって……」
「いざとなったら照れるのやめろよ。こっちまで照れるだろ」
「え?」
「今まで散々、誘ってきたくせに」
冗談半分の鷹緒の言葉にも、いちいち沙織は反応してしまう。赤くなった顔が元に戻ることはなく、潤んだ瞳で鷹緒を見つめた。
「さ、誘ってなんかないよ!」
「へえ、そう? 機関誌撮影の時も、クリスマスの時も、俺の顔見てよからぬ事を考えてたくせに」
鷹緒はからかっているだけだが、沙織にとっては図星の部分もあって、照れた顔を手で隠した。
そんな沙織の両手を掴んで、鷹緒は不敵に微笑む。
「何か異論でも?」
「う……い、異論はあるけど……」
「嘘つき」
「な、なんか……部屋に二人きりとか久々だったから、間が持たないっていうか……」
そう言われて鷹緒は口を曲げると、突然沙織から離れて座り直した。
「なんだそりゃ。どうせ俺は会話ももたない、つまらない人間だよ」
「もう。そうやってすぐ拗ねるんだから」
「……俺も酔ったかも」
急に真顔になった鷹緒を見て、沙織もまた息を止める。そしてどちらからともなく二人はキスをした。
「……久しぶりだね」
頬を染めながら微笑む沙織に、鷹緒も苦笑する。
「ああ。ずーっとお邪魔虫がいたしな」
鷹緒がそう言ったのは、広樹が約一ヶ月の居候をしていたことで、沙織の足がここから遠のいていたことにある。忙しい時期だったのも事実だが、こうして人目を気にしないキスをするのも久しぶりだ。
「ヒロさん? 私はもう少し話したかったな。手料理食べたのも一回きりだし」
「あいつと話?」
「うん。ヒロさんの話、面白いもん。仕事の話とか、鷹緒さんとの話とか」
「俺の話はいいっての」
「なんでよ……」
苦笑する沙織の髪を撫でると、鷹緒はもう一度沙織を抱き寄せてキスをする。
「……鷹緒さん?」
「うん?」
「酔ってる?」
沙織が鷹緒を見上げると、鷹緒の目はとろんとしている。
「……少しね」
「鷹緒さんが酔ってるところ、初めて見たかも」
「……沙織に酔ってる」
優しい言葉でそう言われ、沙織は目を丸くして言葉を失っている。そんな沙織の反応を見せる沙織を楽しむかのように、鷹緒は沙織を見つめるだけだ。
「ず、る、い……」
ようやく沙織がそう言って、鷹緒は吹き出すように笑った。
「ハハハ。いい反応」
「もう。やっぱり酔ってる?」
「酔ってるのかな……眠くなってきたのはあるけど」
「もう。どっちがお楽しみの前に寝ちゃうのよ……」
そう言いかけて、沙織は自分の発言に驚き、またもや顔を真っ赤にさせた。
目の前の鷹緒は案の定、意地悪で不敵な笑みを浮かべている。
「そりゃあ失望させたな」
ふっと笑う鷹緒の前で、沙織は居たたまれなさに苛まれて思わず立ち上がった。だがすぐに鷹緒も立ち上がり、沙織の肩を抱いて胸の前に閉じ込める。
「年末年始会えない分も、今日は離さないからな」
鷹緒の言葉に目を潤ませながら、沙織は複雑な表情を見せた。内心は期待でいっぱいなものの、まだそれを素直に表へ出すことも出来ずに、コントロール出来ない熱が顔に出てしまうらしい。
そんなことはお構いなしに、鷹緒はリビングの電気を消すと、振り向いたついでに異常なまでに真っ赤な沙織の顔を撫でた。
「真っ赤……こっちまで緊張する」
言いながらも笑って、鷹緒は沙織とともに寝室へと入っていった。
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