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63. 二人のクリスマス

 街はクリスマスムード最高潮を迎えた、クリスマスイブ――。

 沙織はイベントのファンションショーが終わるなり、夜の街を走っていた。

「急がないと……」

 今日の沙織は朝から衣装の直しやリハーサルに続き、夜のファッションショーをこなしたところである。鷹緒は別現場の仕事で、お互い確実に時間が空くのは夜の十時以降だということはわかっており、十時に駅前で待ち合わせをしていた。

 しかし、大人数の楽屋で支度に手間取った沙織は、約束の時間に遅れてしまい、現在走っている――ということである。

 電車に乗っている間に鷹緒へ遅れるというメールはしたが、“了解。ゆっくりでいいよ”というだけで、それ以外の言葉はなかった。

「十時半……」

 改札を出るなり時計を確認し、沙織は駅前広場へと走っていった。

 待ち合わせの名所であるその場所のベンチには、コートのポケットに手を突っ込みながら座っている鷹緒の姿がある。

「鷹緒さん……」

 その姿を見つけてほっとするなり駆け寄ろうとするが、鷹緒に声をかけた二人組の女性が見えて、沙織は足を止めた。

 鷹緒は苦笑して拒否の手を振ると、顔を伏せてこちらに振り向いた。

「あ……」

 お互いに目が合って、沙織は鷹緒に駆け寄っていく。

「遅くなってごめんなさい!」

 謝る沙織に、鷹緒は首を振って立ち上がった。

「いいよ。どっか入ろう……って言っても、もう居酒屋くらいしか開いてないけど、いいか?」

「うん。私はどこでも……」

「そうか」

「……モテてたね」

 そう切り出した沙織の前で、鷹緒はふっと笑う。

「久々だよ。逆ナンなんて……クリスマスイブで、ナンパ待ちだと思われたのかな」

 苦笑する鷹緒は寒そうに肩をすぼめると、スタスタと歩いて行く。そんな鷹緒の後を、沙織が急いでついていった。

「……ずっとあそこで待ってたの?」

「ずっとってほどでもないよ。俺も少し遅れたし、そこの喫茶店に入ってコーヒー飲んでたし」

「そう。よかった……ずっと外で待ってたらどうしようかと思った」

「俺はそこまで優しくないよ。で、どこ入ろうか。何食べたい?」

 鷹緒から振り向きざまにそう聞かれたが、沙織は悩むように俯く。

「うーん。ケータリングの料理少し食べたし、あんまりおなか減ってないかも」

 それを聞いて、鷹緒は立ち止まった。

「そうか……俺もそこまで腹が空いてるわけじゃないから、じゃあ車出す?」

「あ……私、家にケーキ買ってあるんだけど……」

「ああ……」

「クリスマスだから買っておいたの……来ない?」

 恐る恐るそう尋ねる沙織に、鷹緒は苦笑する。

「今日はこのまま帰るつもりだったんだけど……」

「え……家に泊まったりしないの?」

 無防備に尋ねる沙織とは逆に、鷹緒は困ったように微笑むだけだ。

「他の日ならまだしも、イブに男と部屋で二人きりなんて、恰好のネタだろ。過剰に思うかもしれないけど、俺は少しでも危険性があるなら排除しておきたいと思ってる」

 そんな鷹緒の言葉は、家には行かないという表れである。真っ直ぐな瞳でそう言われ、沙織は静かに頷いた。

「そっか。わかった……」

 街中が輝くクリスマスイブ。久々に二人でゆっくり出来ると思っていた沙織は、そんな淡い夢さえ砕かれてしまった。しかし、鷹緒は自分を守ろうとそうしてくれていることはわかっており、悲しくともわがままなど言えないと思う。

「……やっぱり何処か店でも入ろうか」

 肩を落とす沙織を横目に見ながら鷹緒が尋ねる。沙織はただ頷くが、やがて足を止めた。

「やっぱり……おなか減ってないし、今日はもういいよ」

 寂しげに言った沙織を見て、鷹緒は一瞬、切なげな表情を見せた。

「沙織……」

「なんかこのまま一緒にいても、寂しくなっちゃう気がして……待たせちゃったのに、わがまま言ってごめんね。でももう夜中で寒いし、これから出かけるには辛いし……お互いの家に行けないなら、今日はもう普通に帰ろうよ」

 そう言われて、鷹緒は静かに頷いた。沙織の本心ではないとわかっていても、もともとクリスマスを特別視していないこともあり、引き留めるには至らない。

「そうだな……じゃあ送るよ」

「うん……」

 二人の間に重い空気が流れる中でも、夜中に近いというのに街は未だに明るさ見せている。

 鷹緒は灰色の空を見上げながら沙織へのフォローの言葉を考えるが、クリスマスプレゼントの一つも買えておらず、沙織を喜ばせる物さえない。

 軽く溜め息をついた鷹緒の横で、沙織は怯えるように顔を上げた。鷹緒の横顔は、まるで無表情に見える。

「……怒ってる?」

 やがてそう聞かれて、鷹緒は沙織を見つめた。

「え?」

「ごめんなさい……」

 謝る沙織に、鷹緒は苦笑する。

「なんで謝るんだよ。怒ってねえよ」

「だって、なんにも言わないから……」

「……いらないって言われてても、プレゼントの一つでも買っておけばよかったと思って」

 鷹緒が考えていることは、沙織の思いにかすりもしなかったので、沙織は驚いた。

「そんなこと気にしなくても……べつにいらないよ。大丈夫」

「じゃあ、余計に俺には、沙織を喜ばせる方法がわからない」

 そう言われて、沙織は苦笑した。

「私は物で釣られないもん」

「そうだな……簡単な女じゃなかった」

「そういうの、なんか過去にそういう人と付き合ってたみたいに聞こえるんですけど」

「一般論だろ」

 ようやくいつもの調子に戻って、二人はそっと微笑み合う。

「プレゼントなんていらないから、一緒にいたいな……」

 ぼそっと言った沙織を横目に、それが応えられない不甲斐なさを、鷹緒は身に沁みて感じていた。

 そこまで慎重になる問題ではないのかもしれないと思っても、自分の存在が沙織の将来を邪魔しないとは言い切ることが出来ず、沙織の望むことや自分の感情のままに受け入れることが、鷹緒にはどうしても出来ない。

「ヒロでも誘えばよかったかな……」

 今度は鷹緒がそう呟いた。そういう話ではないとお互いにわかっているが、沙織は鷹緒にそう言われたことで、今夜二人で一緒にいることは諦めなければならないと悟る。

「……会えただけでいいよ」

 本心ではなかったが、沙織はそう言って微笑んだ。それがあまりに悲しげに見えて、鷹緒は自分の腕時計を見つめる。だがこんな時間では、店の選択肢も限られてしまう。

 そんな時、一際大きな音のBGMが聞こえて、二人は同時に振り向いた。そこはビリヤードやダーツなど総合娯楽施設となったビルで、一階にはゲームセンターがある。

「プリクラでも……撮るか」

 鷹緒の言葉に、沙織は驚いて後ずさった。

「えっ!」

 あまりの驚きようを見て、鷹緒は顔を赤らめて目を伏せる。

「いや、言ってみただけだけど……」

「や、やだ、撮る!」

 そう言いながら、沙織は鷹緒の腕を掴んで、ゲームセンター内へと入っていった。 小さいことでも、写真嫌いの鷹緒が自分から言ってくれたことが、沙織にとっては嬉しくてたまらない。

「へえ……最近はいろんな種類があるんだな」

 深夜のプリクラコーナーは、あまり人がいない。機械の明かりが異常なまでに明るい中で、鷹緒は沙織について行く。

「鷹緒さん、プリクラ撮ったことある?」

「そりゃあ、それくらいはあるよ。ここ数年はないけどな」

「そうなんだ。あ、これにしようよ」

 一つの機械の前に立ち、二人は自然に寄り添ってカメラを覗く。

「なんか気恥ずかしいな……」

 そう言いながら、鷹緒は小銭を機械へ投入すると、そっと沙織の肩を抱いた。

 密着する二人が画面に映り、沙織に嬉しさと緊張が走る。こんなツーショットを、互いに見ることなどそうはない。

「嬉しい……」

 沙織がそう言った瞬間、シャッターが切れた。ふと顔を上げると、鷹緒の顔が迫ってくる。そのまま二人の唇が触れて、二回目のシャッターが切れた。

「鷹緒さん……」

 潤んだ瞳でそう言われ、鷹緒はそっと微笑みながら、沙織の肩をもう一度抱いてカメラレンズを見つめた。

「少しは機嫌直った?」

 すべて撮り終えて、鷹緒は密室状態の場所からフロアへと出ていく。

「べつに、機嫌損ねてるわけじゃ……」

 そう言いながら沙織もフロアへ出ると、出来上がったばかりのプリクラを手にした。そこには恋人同士の二人が映っており、思わず沙織の顔が綻ぶ。

「形になるって嬉しいね。鷹緒さんも欲しい?」

「いや……でも、絶対持ち歩くなよ?」

「わかってるよ……家のアルバムに貼っとく」

 寂しい気持ちもあったが、沙織はすっかり笑顔に戻っていて、鷹緒もほっと胸を撫で下ろした。

 沙織は上機嫌のまま鷹緒の前を歩き、指を差す。

「あ、UFOキャッチャー」

「やるか?」

「私、取れたことない……鷹緒さんは得意?」

「ヒロほどじゃねえけどな」

「へえ、ヒロさんうまいんだ? なんでも出来るなあ」

 それを聞いて、鷹緒は口を曲げる。

「欲しいのどれ?」

「取ってくれるの?」

「俺の前で他の男褒めるやつには、取ってやらないよ」

「うふふ。じゃあ黙っておこう」

 聖なる夜にロマンティックな時間は過ごせなかったものの、二人は深夜過ぎまで一緒に遊んでいた。

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