62. はじめてのクリスマスプレゼント
昨年の十一月下旬。鷹緒はスタジオ撮影の合間に、先に食事休憩を取っていた俊二に声をかけた。
「俊二。変なこと聞くけどさ……おまえ、クリスマスプレゼントってなんか考えてる?」
確かに鷹緒からそんなことを聞かれるなどと思っていなかった俊二は、不思議そうに首を傾げる。
「クリスマスパーティーでプレゼント交換でもやるんですか?」
「違うよ、牧に。個人的にやらねえの?」
「ああ……」
そんな俊二の反応で、鷹緒は聞くべき相手を間違えたことに気付いた。
「考えてなかった感じだな」
「うーん……特に毎年何もしてないですよ。牧ちゃんからはもらったりするので、帰りに一緒に行った店で、気に入るような物があれば買ってあげたりしますけど」
「なんか……若者の意見って感じだな」
「そんな年変わんないでしょ。あれですか? 沙織ちゃんに?」
「まあな……」
そう言う鷹緒は苦い顔をして俊二の隣に座り、用意されていた弁当に手をつける。
「彼女、あんまり物ねだるタイプじゃなくないですか?」
「おまえ、女を甘く見るなよ。牧だって何もいらないとは言わないだろ」
「そうですけど、僕はセンス悪いって言われてるんで……サプライズで先に何か買ってたら、こんなの嫌だとか言われるのが落ちですもん。だから一緒に出先で買うのが一番なんです」
思いのほか参考になる俊二の話に、鷹緒は食事をしながら聞き入った。
「なるほどね……」
「あ、でもそれは僕らの場合ですよ。僕らも結構長く付き合ってますから、もう空気みたいなもんなんで。鷹緒さんはまだ付き合い始めなんだし、沙織ちゃんならなんだって喜んでくれるでしょうから、サプライズしてあげたほうがいいんじゃないですか?」
「そういうもん?」
「だって、誕生日にカメラ買ってあげたんでしょ? 沙織ちゃん、僕にまで自慢してましたよ」
沙織しか知らないはずのことを俊二が知っていることに、鷹緒は恥ずかしくて顔を顰める。
「あいつ、言いふらしやがって……」
「あはは。よっぽど嬉しかったんでしょうよ。ああ……でも牧ちゃんや女性陣にはちょっとグチってたみたいですよ」
「え?」
「鷹緒さんだからでしょうけど、普通は女性へのプレゼントなら、電化製品じゃなくてアクセサリーとか身につけられるほうがよかったって。まあ、照れ隠しだって見え見えですけどね」
そうはいっても、鷹緒は今更そんなことを人伝てに聞かされ、情けなくも恥ずかしくも思った。
「やっぱそうだったか……いや、俺も散々迷ったんだよ? でもそんなこと人に言うなんて……」
「牧ちゃんだからでしょうよ。牧ちゃんも、僕のことを沙織ちゃんにグチったりしてるみたいですから。心許し合ってるんですよ」
「フォローはいいよ。はあ……アクセサリーは未知の世界なんだよなあ」
「そうなんですか? あ、今月号の雑誌持って来ましょうか。クリスマスプレゼント特集とかいくつかありますよ」
そう言って俊二は立ち上がると、楽屋に置いてあった数冊の雑誌を持って来て、鷹緒に渡した。
鷹緒はそれをめくりながら食事を続けている。しかしブランド物のアクセサリーや、人気の宝石などがランキングされていても、いまいち女性が喜ぶ物がわからない。沙織は期待しないと口では言ったが、何かしてやりたいとも思った。
その日、仕事帰りに通りかかったジュエリーショップの前で、鷹緒は足を止めた。ディスプレイされた宝石の類は、鷹緒の目にも綺麗だと思うのだが、果たして沙織が喜ぶものなのか、趣味に合うものなのかがまったくわからない。
「よろしければ、中へどうぞ」
しばらく悩んでいると、店内から女性店員が出てきてそう言われ、鷹緒は目を泳がせる。
「あ……いえ、また来ます……」
そう言って背を向けてみたが、思い直して振り返ると、女性店員はまだ微笑んでいた。
「あ、やっぱり……見せていただけますか?」
「もちろんです。どうぞ」
寒い外とは打って変わって、店内はとても暖かい。同じような仕事帰りの男性や、若いカップルの姿もあった。
「どういったものをお探しですか?」
先程の女性店員にそう聞かれ、鷹緒は軽く頭を掻く。
「いやあの……それがわからないんですが」
「彼女さんへのプレゼントですか?」
「ええ……」
「クリスマスプレゼントですか? それともお誕生日かなにか……」
「クリスマスです……あの、一緒に連れて来たほうがいいですか?」
まるでアンケートのように聞かれ、鷹緒は今まで来たこともないほど場違いな場所に、大きな身体を縮めるようにして俯いて尋ねた。
いつになく弱気な鷹緒だが、それを受け止めるように、女性店員は優しく微笑んでいる。
「そうですね……そのほうが彼女さんのご趣味に合うものをお買い求め頂けるとは思いますが、お客様が気に入った物を贈られるのも、また喜ばれると思いますよ」
「……うまいですね」
「本当のことです。いろいろなお客様がいらっしゃいますので……最近もクリスマスプレゼント用に、男性のお客様が多くご来店されます。失礼ですがお客様、彼女さんは年下の方ですか?」
「はい。すっげえ下です」
正直な鷹緒に、店員も笑う。
「すっげえ下ですか。じゃあお客様から見たら、可愛い感じのタイプなんですかね?」
「そうですね……小動物みたいな感じ」
鷹緒の言い回しがおかしくて、店員はクスクスと笑い始める。
「うふふ。じゃあ若くて可愛らしい方でしたら、こちらのネックレスとかピアスとか……指輪なんかは?」
「指輪は……欲しがっても、まだあげるつもりはありません」
「……どうしてか聞いてもいいですか?」
「なんか……縛る感じで嫌なんですよね。っていうか、それはジュエリー全般に言えるかも。古い考えなんでしょうけど」
偏見なのか、あまりにもきっぱり鷹緒が言ったので、店員は苦笑して指輪をしまった。
「なるほど……でもジュエリーは女性を美しく見せる道具ですので、そんなに固く考えなくてもいいと個人的には思いますけどね……では、こちらなんてどうでしょう?」
店員はいくつかのアクセサリーを見せる。鷹緒は沙織を想像しながら、それらを手に取ってみた。
「……他力本願でいい? 人気のあるのはどれ?」
正直にそう言った鷹緒に、店員はネックレスとブレスレットを指差す。
「やはり定番はネックレスかブレスレットですね。あとはデザインももちろんですけど、石のついているものがやはり人気です。最近はデザイン重視というよりは、シンプルのほうが流行ですね」
「へえ……」
「お客様、失礼ですがご予算はお決まりですか?」
「いや、まだ」
「お値段から選ばれるのもいいですよ。当店は三万円以下のリーズナブルなものもあれば、十万円以上のものも取り扱っております」
そう言われ、鷹緒はショーケースの中を見つめる。どれも同じに見え、よく言う女性の「可愛い」「綺麗」の基準がまったくわからない。ということは、逆にどれでもいいようにも見える。
「うーん。べつに金はそこそこあるんだけど……あんまり頑張りすぎるのもこっぱずかしいし、安すぎても悪いので……この辺りかな。それと一応、成人になる記念に、少しいい物を……」
すっかり店員に身を任せるように正直に相談しつつも、鷹緒はプレゼントを石のついたネックレスに決めた。
「あの……急いで包んで頂けますか? こんなとこ誰かに見られたら、からかわれるの必至なんで……」
気が付けば事務所近くのジュエリーショップで、この時間は帰宅時間ということもあり、同じ会社だけでなく、誰か知り合いに会わないかと気が気でない。
店員は微笑んで頷き、ラッピングの手を早めている。
鷹緒は居たたまれないように店内を見回すと、店のドアの向こうから、しゃがみ込んでまでこちらを見ている視線に気が付いた。
「んっ!」
思わず声を上げて、鷹緒は店の外へと出た。するとそこには、牧と俊二が目を細めて微笑んでいる。
「おまえら……!」
「あら鷹緒さん。こんなところで会うなんて」
わざとらしい牧の言い回しに、鷹緒は赤くなって口を曲げた。
「なんか……食べに行こうか」
「じゃあ焼肉で!」
「はい……なんでもおごりますよ」
奢らずとも二人なら言わないとは思いつつも、鷹緒はその日、口止め料として牧と俊二を連れて夕食を共にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから一年後――。
撮影帰りに鷹緒と一緒に歩いている沙織の胸元では、昨年のクリスマスにプレゼントしたネックレスが輝いていた。
「……沙織。今年のクリスマスは何が欲しい?」
静かに尋ねた鷹緒に、沙織が顔を上げる。
「いらないよ?」
「……それでも女は期待するんだろ」
「それは女性に対する偏見です。本当にいらないよ。クリスチャンじゃないし、イエス・キリストでもないし」
沙織の言葉に笑いながら、鷹緒は沙織が肩にかけているショールを直すふりをして、その顔を優しく撫でた。
「顔、冷たい」
「うん。ちょっと寒いね……あ、鷹緒さん。髪が目に入りそうだよ」
今度は沙織が、背伸びして鷹緒の前髪に触れる。
「ああ……また少し伸びてきたかな」
そんな鷹緒の前で沙織がふっと笑った。そんな沙織に、鷹緒は首を傾げる。
「……何?」
「ううん。ただ、髪とか顔に触れられるのって、恋人とかよっぽど近しい人かなって思って。それが嬉しかったの」
はにかむ沙織の横で、鷹緒も苦笑する。
「確かに、親しくない子には触らせないかな」
「触らせたら怒るよ」
「ハハ。でも、ごめんな。今月休みなくてさ……仕事終わりでも時間作るから、一緒にメシでも食おう」
「うん」
心地良い沈黙が戻って、二人は街の中を歩いて行く。やがて沙織が口を開いた。
「そうだ。今度一緒に買い物に連れて行ってくれるって、結構前に約束したよね? プレゼントはそれがいいな。何か買ってもらうとかじゃなくて、一緒に服とか選びたい」
そう言った沙織の頭を軽く撫でて、鷹緒は静かに微笑んだ。
「じゃあ近いうち。俺も楽しみにしてるよ」
「うん!」
歩き続ける二人は、やがてとある店の前で立ち止まった。
「あら。鷹緒さんに沙織ちゃん」
そこにいたのは牧と俊二である。一年前の偶然の出会いが、鷹緒の脳裏に走った。
「牧さんに俊二さん。デートですか?」
屈託なく微笑みながら尋ねる沙織に、牧が照れ笑いする。
「あはは……まあね。そういうお二人も、お食事デートですか?」
目の前には焼肉店。牧たちは店の前にあるメニューを見ながら、入る店を選んでいたようである。
「……一緒に食うか?」
いつかの口止め料が焼肉だったことを思い出して、思わず鷹緒が言った。
「一緒に食べたい!」
沙織の言葉に、牧も笑顔で頷く。
「そちらが良ければぜひ。ね、俊二君」
「うん。ぜひ」
牧と俊二の満面の笑みが恐ろしいほどに鷹緒の不安感を煽り、そのまま四人は焼肉店へと入っていくのだった。