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5-2. あいさつ (祖父母編)

 それから数日後。両親に認められたおかげで沙織の心はすっかり盛り上がっていて、そんな沙織を前に、鷹緒は優しく微笑む。

「結婚しようか……」

 その夜、鷹緒の家で料理を作っていた沙織に、鷹緒がそう言った。

 沙織は一気に頬を染める。

「えっ」

「いや、まだ付き合い始めたばかりだし、もちろんすぐじゃなくて……でもそんなに喜んでくれるなら、俺だっていつでもいいけど……」

 お互いに確証が欲しかったのは事実だった。鷹緒にとっては、過去に失敗した経緯もあり戸惑うものの、沙織を逃がしたくないという気持ちもないわけではない。また沙織にしてやれることなど限られているように思い、望むならなんでもしてやりたいと思う。そして沙織はただ単純に、鷹緒のものになりたいと思った。

「嬉しい……」

 思わず泣き出した沙織を、鷹緒は抱きしめた。そんなに喜ぶことならば、すぐにでも受け入れてやりたいとも思う。

「……じゃあとりあえず、式場でも見てみる?」

 鷹緒の言葉に、沙織は真っ赤になって頷いた。そこまで言ってくれた鷹緒が、素直に嬉しいのだ。

「本当? もっと気持ちが盛り上がっちゃうかもよ?」

「俺もご両親に会って、ちょっと盛り上がってるかも。もっと段階踏んだほうがいいとは思うけど、式場見ておくのはべつに損はないんじゃないの? 最近じゃ、デートコースにまでなってるらしいし」

「うん!」


 それから二人は、いくつかの式場を回ってみることになった。

「いろいろあって、選ぶとなると大変だね」

 今日だけでたくさんもらったパンフレットを見ながら、沙織は嬉しそうにそう呟く。

「うん。今度ブライダルの企画でも組もうかな」

「もう。こんな時にまで仕事?」

「おっと、ごめん」

 鷹緒は苦笑して顔を上げると、見覚えのある顔が近付いてきて、思わず立ち上がった。

「聡子さん……?」

「もしかして……諸星君?」

 知り合いという様子に、沙織は鷹緒を見つめる。

「ああ、三崎企画にいた頃に一緒に働いていた人なんだ。だから俺が高校生の時の知り合い」

「どうも、中島聡子なかじまさとこです。今はこちらでウェディングプランナーをしています」

「中島?」

 旧姓を使っていることに、鷹緒は驚いた。

「ああ、うん……離婚したのよ。でもだからこそ、結婚に関してはプロなんで。なんでも聞いてくださいね」

「あの……聡子さん。今日の夜、空いてます?」

「え?」

「久々だし、一緒にお食事しませんか?」

 唐突なまでの鷹緒の誘いだが、聡子は頷いた。

「そうね。そちらさえよければ……」


 やがて用事で外した聡子を尻目に、沙織が膨れ面で鷹緒を見つめる。

「鷹緒さん。もう結婚のこととか考えてないでしょ? なんか仕事の顔だもん」

「仕事の顔はしてないけど、これも何かの縁だからさ」

 そう言いながら、鷹緒は嬉しそうに携帯電話をいじっている。

「……あの人、鷹緒さんの昔の彼女とか言わないよね?」

「んなわけないだろ。俺よりヒロのが長い付き合いだったし。あの人は、ヒロの初恋の人」

「ええ!」

「だから、ヒロと会わせてやろうと思って。なんかいいタイミングみたいだし」

「だから食事に誘ったの?」

「そういうこと」

 少し興奮状態の鷹緒に触発されるように、沙織もわくわくし始めた。

 やがてやってきた社長の広樹は、初恋である聡子を前にして、目を白黒させていた。そんな姿を見られただけで、鷹緒と沙織は満足げに立ち上がる。

「じゃあ、俺たちは先に失礼します」

 広樹と聡子を残して、鷹緒と沙織はレストランを出ていった。

「恋のキューピットになれるかな、私たち」

 歩きながら、沙織が尋ねる。

「さあな……でもあいつにとって大切な人の一人であることに間違いないから、そうなれるといいな」

「うん。今日はありがとう。無理して休み取ってくれたんでしょう?」

「大丈夫だよ。二日でこういうの済ませるってほうが申し訳ないし」

「ううん。明日はおばあちゃんのとこだね」

「ああ……一番気が重いけど」

 鷹緒は苦笑する。沙織の祖母は鷹緒にとっての伯母であり、高校時代はその人の家で世話になったので、母親代わりでもある。

「うふふ。おばあちゃん、びっくりするかな」

「するだろうな。っていうか俺、殺されるかも……」

「おばあちゃんは、そんなに怖くないよ」

「そうか? おまえにはどうか知らないけど、俺には厳しいよ。もちろん優しいところもあるけど、相手がおまえだからなあ……」

 頭を抱えるように、鷹緒は苦い顔をする。

「反対、するかな……」

「もし反対されたら……なかったことにしよう」

 そんな鷹緒に、沙織は今にも泣きそうな顔をした。

「いや、なかったことっていうか、その……結婚については、もっとよく考え直さない? もともと今下見してるのも、すぐ結婚ってわけじゃないだろ。反対する人がいないからって、このまますんなり結婚とかじゃなくて、もう少しよく考えるべきだとも思うから」

 言っていることはわかっても、悲しいことには変わりない。

「うん……じゃあなかったことっていっても、付き合ってはいられるんだよね?」

「当たり前だろ。両親が反対したらそれも考えたけど……祖父母にそんな権利ないだろ。両親説得されるのは困るけどな」

「……別れるなんて言ったら嫌だよ」

「うん、ごめん。言葉足らずだったな……大丈夫だよ」

 困ったようにしながら、鷹緒は沙織の頭を撫でる。子供みたいに接されるのが嫌でもあったが、これはこれで癒され、沙織の機嫌も直っていった。

「鷹緒さん。たとえ結婚とかじゃなくても、一緒にいてくれればいいよ」

 まるで同じことを願っていて、鷹緒は笑った。

「ああ……まあ最悪の場合は俺たちどっちも成人なんだし、問題ないよ。でも……おまえのことは大事にしたいし、両親にだって祖父母にだって、祝福してもらいたいじゃん。俺の素行の悪さが足引っ張ってるんだろうけど……過去は変えられないし、おまえのこと受け入れた時点で、俺にも覚悟が出来てるから。心配するな」

 自分に対しての虚勢でもあったが、沙織は素直に安心する。

「うん……大好き。鷹緒さん」


「私は反対です!」

 次の日。久々に寄った沙織の祖父母の家で、祖母がそう怒鳴った。それは沙織の知らない祖母の顔だ。

「……結婚じゃなくて、付き合うことも?」

 鷹緒が尋ねる。沙織の両親に向けられるものとはまた違い、緊張はしていても実の親に接するような態度でもある。

「当たり前でしょう。うちの可愛い孫に手を出すなんて、どれだけ見境ないのよ」

 図星の言葉に耳が痛くて、鷹緒は苦笑する。

「ごめんなさい……」

「謝るくらいなら、即刻別れなさい。大体、杏子たちは本当に許したの?」

「本当だよ、おばあちゃん。だからおばあちゃんにも許してもらいたくて、ここに来たんだよ? 本当は了解とることでもないのに……」

 沙織の言葉にも、今日ばかりは祖母の顔は厳しい。一方で、隣にいる祖父はただ苦笑していた。

「まあまあ。鷹緒も沙織ちゃんももう大人なんだし、我々が言うことでもないだろう」

 思わぬ祖父の助け舟に、沙織は目を輝かせる。

「ありがとう、おじいちゃん!」

「でも鷹緒……付き合うのと結婚はまた別だ。おまえにもわかってるだろう?」

 諭すような口ぶりに、鷹緒は静かに聞いている。

「……」

「まだ付き合い始めて間もないみたいだし、浮かれてばかりもいられないだろう。年上であるおまえが、しっかりしないといけないんじゃないのか?」

「うん……その通りだと思います」

「それに、二人の気持ちが本物ならば、我々は何も言わないし、何を言っても離れられないだろう。でも結婚となると別だ。おまえは離婚もしてるんだし、付き合い始めて即結婚だなんて、我々も考えてしまうのは、おまえにだってわかってるんじゃないのか?」

「わかってます……本当、結婚っていうのは俺ももっと先の話と考えていて……式場の下見は、それこそデートコースにいいかななんて思った程度で、こんなこと伯父さんたちに言うべきことじゃなかったし、軽率だったと思う。でも結婚を前提にと言うくらい、真剣な付き合いということに変わりはないよ」

 はっきりと言った鷹緒に、祖父は優しく微笑んだ。

「そうか。ならいいんだ」

「お父さん!」

 祖父は許しても、祖母の怒りは収まらないようで、鋭く鷹緒を睨みつける。

「まあいいじゃないか。二人はもう大人なんだし、我々がこれ以上言うことじゃない」

「私は鷹緒のことは大事だし可愛いけれども、沙織ちゃんはそれより大事な孫なのよ? なんだか申し訳なくって……」

「ひどい言われようだな……」

「ヘラヘラしてるんじゃないの!」

 まるで本当の母親のように叱りつける祖母に、鷹緒はなんだか嬉しそうに笑う。

「沙織にも言ったけど……伯母さんたちが反対するなら、結婚のことはもっとよく考え直す」

 その言葉に、逆上した祖母も目を見開いた。

「……本当?」

「伯母さんは、俺の母親代わりだから……だから伯母さんがそう言うならやめるよ。でも伯父さんが言うように、沙織ももう大人だし、付き合うのまでやめろっていうのは聞けない。両親の了承は得てるんだから。な、沙織?」

 そう言って隣を見ると、涙を溜めて俯く沙織の横顔が鷹緒に見えた。

「ごめんなさい……でもおばあちゃんにも、ちゃんと認めてもらいたかった……」

「……沙織」

「ごめんなさい。ちょっと、トイレ行ってくるね……」

 立ち上がりながら、沙織は足早に去っていった。

 残された三人は、途端に沈黙になる。やがて鷹緒が口を開いた。

「……ごめん。そうやって反対されるのはわかってたけど……俺もいろいろ考えたし、未だに戸惑うこともあるし、申し訳なくも思ってる」

「だったら……もっとちゃんと考えなさいよ。沙織ちゃんには未来があるのよ?」

「わかってるって。でも……そんなこと言わないで。俺だって必死なんだよ。沙織の将来考えたらとか思うと、俺はいつでも引いちゃうから……でもその度に沙織は真っ直ぐにぶつかってきて……もう泣かせたくないんだ。それに俺ももう、自分の気持ちに嘘つきたくない」

 鷹緒の本音に、祖父母は顔を見合わせる。

「鷹緒……本当に、真剣なんだな?」

「うん。でも本当、結婚はすぐという話じゃないから安心してほしい。何年かかるかわからないけど、もっとちゃんと付き合って、それでも一緒にいたいと思ったら、もう一度来るよ」

「そうはいっても、あなたももう若くないんだし……」

 その言葉に、鷹緒は苦笑する。

「俺は二度目だから、いくらでも待てるよ」

「もう、あなたったら……たまに訪ねてきたと思ったら、こんな重大なことで……」

「ごめんなさい……」

「……ここはあなたの家で、私はあなたの母親代わり。それはこれからも変わらないんだから、気兼ねなくいつでもいらっしゃい。交際は許すから。沙織ちゃんを絶対大切にするのよ」

 最後に言った祖母の言葉に、鷹緒は微笑んだ。そんな優しく明るい笑顔は、祖父母にとっても久々に見る。

「もう。沙織ちゃんのおかげね。いい顔しちゃって」

 そう言われて、鷹緒は照れるように苦笑した。

 そこに沙織が顔を出す。和気藹々としている場は、さっきまでの張りつめた雰囲気はない。

「……許してくれたの? おばあちゃん」

「そうねえ……二人が真剣だっていうなら、しばらく様子を見ましょう。でも沙織ちゃん。鷹緒に何かされたら、いつでもおばあちゃんに言いなさい。おばあちゃんがやっつけてあげるから」

 いつも通りの孫一番の祖母に、沙織も安心して部屋に戻る。

「うん!」

「本当にひどい言い草だよね……俺のこと、可愛い甥っ子だと思ってるとばかり……」

「可愛い甥でも、孫と比べたら雲泥の差よ」

「あははは」

 その日、鷹緒と沙織は温かい気持ちで祖父母の家を去った。

「やっぱり……結婚はまだまだ先のことだよね」

 歩きながら沙織が言う。

「……いいのか?」

 沙織のことを考えて進めていたため、鷹緒が静かに尋ねる。

「うん。私だって、絶対今すぐじゃなきゃ嫌ってわけじゃなかったし……確かにまだ付き合って間もないし、親に挨拶したばっかりだし、まだまだこれからだよね」

 返事の代わりに、鷹緒は沙織の肩を抱き寄せた。

「焦らせちゃってごめんね……でも式場見るのは楽しかったから、また行こうね」

「ああ。どうせまた、聡子さんとも会うだろうしな」

「うん」

 昨日今日で、お互いに一歩も二歩も近付けた気がしていた。そして沙織は、その度に大人になるように違った顔を見せる。

「焦らず、ゆっくりね……」

 沙織の言葉に、鷹緒は空を見上げて微笑む。

「ありがとう。おまえがいてくれて助かった……」

「……おばあちゃんに会うの、久々だったから?」

「まあね」

「おじいちゃんもおばあちゃんも、鷹緒さんと会えて嬉しそうだったね。もっと帰ってあげればよかったのに」

 祖父母の前の鷹緒はまるで不器用な子供のようで、そんな鷹緒を見られたことが、沙織には嬉しさもあった。

「うーん。でも行くと甘えちゃうから……」

「え?」

「俺はいつも、追い込まれてたほうがいいんだ」

 意味深な言葉に、沙織は首を傾げる。

「……もっと楽に生きればいいのに」

 それを聞いて、鷹緒は笑う。

「今は大丈夫だよ。ほとんどずっと一人だったからさ……立ち止まってたら、自分が嫌になってた。でも今は沙織がいるから、立ち止まっても大丈夫だよ」

「うん、大丈夫。ずっとそばにいるからね」

 その言葉が優しく沁みて、鷹緒は沙織を抱き寄せながら、その髪を撫でる。

 結婚という文字はまだずいぶん先の話だろうが、沙織の両親にも祖父母にも話せて、肩の荷が下りた気がする。そして一歩前進したと感じて、二人の心は軽くなっていた。

この物語は、別作品「ひとつの恋のカタチ」-番外編、僕の初恋-に、一部リンクしております。

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