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54-1. 日帰りバーベキュー親睦会 (1)

 ある日、都内近郊のとある河原には、続々と人が集まり始めていた。その中に一台の車が止まり、中から広樹と鷹緒、後部座席からは沙織、麻衣子、万里が降りてくる。

「すみません。私まで乗せてもらっちゃって……」

 トランクから荷下ろしする鷹緒に、万里が言った。だが鷹緒は不思議そうに首を傾げる。

「なんで? 同じ部署だし当然じゃん」

「は、ありがとうございます……」

「そんなことより、これ運んで」

「はい」

 荷下ろしを手伝う万里の後ろで、沙織と麻衣子も鷹緒を見つめる。

「鷹緒さん。私たちは……」

「んー、じゃあこれ持って」

 比較的軽い荷物を二人に持たせて、鷹緒も歩き出す。二人もそれについていった。

「ヒロ。この辺?」

 先に場所探しを始めた広樹に、鷹緒が尋ねる。

「うん。どうかな?」

「いいんじゃない? じゃあテント広げるよ」

「手伝うよ」

 着々と準備を進める鷹緒と広樹に、沙織が近付いていく。

「私も手伝う」

 そう言った沙織に、鷹緒は苦笑した。

「俺らでやるからいいよ。おまえらは少し休んでな」

「でも、車の中でも騒いでただけなのに……」

「まだみんなも来てないんだし、今から頑張ることないよ」

 そう言われて、沙織はしゅんとして麻衣子のもとへ戻っていく。

「私まで甘やかされてる感じ?」

 麻衣子の言葉に、沙織は苦笑した。

「ただ役立たずみたい」

「社長も諸星さんもアウトドア派だったんだね。手慣れてる感じ」

「昔はよくバーベキューしてたんだって」

「へえ……じゃあ、うちらは川遊びでもしない? せっかく水着も着てきたんだし」

「そうだね」

 それから続々と社員たちが集まり始め、綾也香をはじめとする電車組で来たモデルたちも合流する。

「沙織に麻衣子。もう泳いでんのかよ」

 男性モデルたちがそう言うと、麻衣子が首を振った。

「ちょっと浸かってるだけ」

「膝までがっつり入ってるくせに」

 下半身だけ水着姿でかなり深いところまで入っている麻衣子に、モデルたちも川に入ってくる。

 だが綾也香だけはそれに続かず、社員たちに近付いていった。

「おはようございます」

「おはよう」

 綾也香は広樹と鷹緒にそう声をかけるが、広樹はそう返事をしてすぐに立ち去ってしまった。

 そんな露骨な態度の広樹に、鷹緒は苦笑する。

「許してやって。あいつも不器用だから……」

 フォローのつもりで言った鷹緒だが、目の前の綾也香は不機嫌そうに俯いた。

「嫌われてるのかな……」

「それはないだろうけど……もう忘れろよ」

「忘れられるくらいなら、とっくに忘れてます」

「それもそうだな。案外一途で見直したよ」

 鷹緒の言葉に悲しく微笑み、綾也香はしゃがみこんで地面を見つめる。

「本当に髪切っちゃったんですね、社長……自惚れかもしれないけど、社長の髪が長いうちは、アタックしてもいいんだと思ってた……私のために切らないんだって」

 本質はそうだと思ったが、本当に綾也香という過去を断ち切ろうとしている広樹を察して、鷹緒は目を伏せた。

「……自惚れだな」

「鷹緒さん……」

「あいつはそこまで不器用じゃないよ。長続きしなくても彼女はいたし、過去に縛られるような男じゃない」

 そう言いながら、鷹緒は伸びをする。

「うん、そうだね……私もちゃんと前を向くわ」

「ああ……それがいいよ」

「鷹緒さん、身体の調子は?」

「もうすっかり。ご心配おかけしまして」

 すると、綾也香が不敵に微笑んだ。

「知ってます? 鷹緒さんが大変な時に、社長は沙織の手を取って、どっかに消えちゃったんですよ」

 鷹緒を傷付けるかの言い方で、鷹緒は綾也香の額に軽くデコピンをした。

「俺に当たるのは構わないけど、沙織とギクシャクするなよ」

 それを聞いて、綾也香はいじけるように河原の小石を転がせる。

「もうしてますよ……私、沙織のこと無視しちゃったもん。今だって話しかけられないから、こっちに来ちゃった……」

「……へえ」

「ああもう、自分が嫌になっちゃう。社長が沙織のこと迎えに来たのは、鷹緒さんが倒れたからだって知った後も、なんかやっぱり許せなくて……沙織の誕生日もドタキャンしちゃったし」

 自己嫌悪に陥る綾也香の横で、鷹緒もしゃがみ込んで煙草に火を点ける。

「ふうん?」

「どうしよう。私のほうが沙織より年上なのにさ。麻衣子だってしっかりしてるし、私ってば……」

「……沙織のいいところは、意外と度量がデカいとこ。ふわふわしてるように見えて、結構芯があるから」

「……ノロケですか?」

 鷹緒はふっと微笑むと、否定も肯定もせずに口を開く。

「でもあいつには、直球じゃないと伝わらないよ。きっと受け止めてくれるから、ちゃんと言いたいこと言えよ。じゃないとあいつも、モヤモヤしたままで辛いだろうし」

 そう言われて、綾也香は溜め息をついた。

「うん……逆に社長には、直球じゃ伝わらないんだよね」

「あいつの場合は……そうだな。伝わってても、本人にもどうしたらいいのかわからないんだよ。頑固だから」

「八方塞がり……」

「まあ忘れる努力したほうがいいんじゃねえの? 今までだって男と適当に付き合ったりしてたんだろ。今そういうやつがいないから、またヒロに執着してるとか」

 鷹緒の言葉に、綾也香は口を尖らせた。

「痛いところ突くなあ……確かに今までも、彼氏がいる時はそれとなく楽しかったのは事実。心の奥底で社長のこと忘れられなかったのも事実。今は彼氏がいないから、社長のことばっかり考えちゃうのも事実……だって社長とのことは、私の人生の中で一番ハッキリしない付き合いだったから……」

「終わってないのか」

「始まってもないのかも」

 二人は苦笑し合うと、静かに立ち上がる。

「あんまり難しく考えるなよ。でも……あいつは社長なんだ。そこはわかってやって」

「はい……本当はこの間の件で、もう終わったんだって悟っちゃったんですけどね……」


 沙織は川の中にある大きな岩の上に立って、遠くから鷹緒と綾也香を見つめていた。鷹緒が女性といるだけで、なぜこんなにも心がざわつくのか……相手が綾也香でもそうでなくても、嫉妬心が渦巻く。

「沙織。そろそろバーベキュー始めるって。戻るよ」

 その時、沙織の下で水に浸かった麻衣子がそう言った。もう上半身まで水着になっている。

「うん。すぐ行く……」

 慎重に岩場から下りようとする沙織に、モデル仲間の玲央れおが手を差し出した。

「つかまって」

「ありがとう……」

 と、言っているそばからバランスを崩し、沙織は玲央に抱き止められた。

「だから言ったでしょ?」

 ニコリと微笑む玲央に、沙織は顔を赤らめて身を竦ませる。

「ごめんなさい!」

「いいって。このまま連れてってやる」

 そう言うと、玲央は軽々と沙織を横抱きにして、川から上がっていった。

「ヒュー。やるな、玲央」

「王子様みたい」

 モデル仲間から囃し立てられるも、玲央は照れすら見せずに沙織を岸に下ろした。

「俺、沙織のこと狙ってるから」

 玲央の宣言は、その場にいたモデル仲間だけでなく、少し離れたところにいた鷹緒の耳にも届いた。

 一同の注目が沙織に集まると、沙織は耳まで真っ赤にして放心状態である。

「そういうわけで、以後よろしく」

 玲央は沙織の顔を覗き込むようにして不敵に微笑み、一瞬、鷹緒のほうを見た。

 鷹緒は煙草を咥えながら、聞こえないふりをするように目を伏せていた。


「玲央ってば大胆だなあ。いつから?」

 やがてバーベキューが始まり、モデル仲間は玲央に群がっていた。

「んー、沙織の誕生日らへんかな。前から可愛いとは思ってたけどね」

「そうなんだ? で、沙織はどうなの?」

 ついでに攻撃されるように、沙織は首を振る。

「そ、そんなの……」

「ほーら、お肉焼けてるよ。食べて食べて」

 沙織に助け船を出すように間に入ったのは、広樹である。

「社長ったら邪魔して……社長の見解はどうなんです? 玲央と沙織」

 そう聞かれて、広樹は顔を顰めた。

「社長としては、あんまり望ましくはないけどね……」

「ええ、そうなんですか? うちの事務所、恋愛禁止じゃないのに……」

「禁止じゃないけど推奨はしてないよ。特に二人は人気絶頂というべき時期なんだし、出来れば慎重にいってほしいな」

 真面目に答える広樹に、玲央はにやりと微笑んだ。

「でも、俺と沙織ならスキャンダルでもないし、かつ話題性も十分ですよね? 無難な線だと思うんだけど」

「うちはそんな話題を望んでいません。まったくそんな無粋な話してないで、仕事の話でもしようか」

「社長。今はそっちの話題のほうが無粋ですよ!」

 盛り上がるモデル陣の輪とは別の輪では、社員たちがコンロを囲んでいる。

「みんなでバーベキューもいいですね。これなら来年も出来そうかな」

 万里の言葉に、一緒に企画したモデル部員たちも大きく頷いた。

「うん。これなら季節の節目毎にも出来そうだよね」

「それなら今より仕事ハードにしなきゃね」

 俊二がそう言ったので、女子社員たちは口を尖らせる。

「ちょっと俊二さん、夢がない」

「あはは。ごめん……でも僕でさえ、今日も帰ったら仕事あるもん」

 和やかな雰囲気の一同を見て、副社長の理恵はほっと胸を撫で下ろしていた。

 家族での参加もOKということで、その場には恵美や彰良の娘もいる。そこはもう大家族のような光景で、一同は嬉しそうだ。


 バーベキューを終えると、テント下で涼んだり、釣りをしたり泳いだりと、各々が楽しみ始める。

「諸星さんも泳ぎませんか?」

 女子社員たちにそう言われ、鷹緒は首を振った。

「俺、これから仕事だから」

「ええ? そうなんですか?」

「先に楽しんで」

 人を遠ざけると、鷹緒は車からカメラを取り出した。

「リミットは?」

 近くにいた広樹に尋ねると、広樹は腕時計を見つめて口を開く。

「うーん。遅くとも二時間以内には戻って来いよ。みんな、おまえともいたいんだから。それにみんなの写真も撮ってやってよ」

「それは俊二に任せてある。まあ遠くには行かないから、すぐに戻るよ」

 そう言った鷹緒に、沙織が近付いてきた。

「鷹緒さん、みんなと一緒にいないの?」

 バーベキューが始まってから話す機会のなかった沙織に、鷹緒は苦笑して頷く。

「せっかく遠出したから、少し撮りたいんだ」

 プロ根性というべきか職業病というべきか、鷹緒はカメラを見せてそう言った。

「そっか……」

「すぐに戻るよ」

 そう聞いても残念そうに俯く沙織に、鷹緒は沙織の顔を覗き込む。

「……一緒に行くか?」

 鷹緒の言葉に、沙織はわかりやすいまでに目を輝かせた。

「いいの?」

「急ぐから、あんまり構ってはやれないけど……」

「一緒にいるだけでいいよ」

 それを聞いて、鷹緒は静かに頷いた。

「わかった。じゃあ行こう。ヒロ……」

 話を聞いていた広樹も、頷いて手を振る。

「いいよ。ゆっくり行っておいで。親戚同士が二人で消えても、言い逃れ出来るでしょ」

「悪いな。じゃあ行こう」

 鷹緒は沙織を連れて、川の上流へと歩き始めた。

「行く当てはあるの?」

 やがて尋ねた沙織に、鷹緒は微笑む。

「少し先の上流に、小さな滝があるんだ。水も綺麗だから、水中からも撮りたい気分」

 久々の遠出で自分の好きなように撮れるからか、鷹緒は嬉しそうだ。そんな鷹緒に、沙織も嬉しそうについていった。

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