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53. 女子社員たちの企画案

 夏も終わりかけの、ある日のWIZM企画プロダクション。社長室には万里をはじめとする女子社員が、企画書という名の書類を持って押しかけていた。

 それを受け取った広樹は、少し青ざめている。

「な、何事?」

「企画書です」

 万里の言葉に、広樹はその後ろにいるモデル部の女子社員をちらりと見た。

「モデル部の子もいるのに?」

「嘆願書でもあります」

「なになに……謀反? 不信任案? クーデター?」

 企画書の内容を知らない広樹は、身構えながら恐る恐る書類をめくる。一ページ目には“社員旅行企画”と書かれていた。

「社員旅行企画……?」

 拍子抜けしたように、広樹は万里を見つめた。万里の後ろにいる女子社員たちも、期待に目を輝かせている。

「そうです! 去年やって楽しかったじゃないですか(※FLASH2)。でも今年はそんな話出て来なくて寂しいんです」

 趣旨を理解して頷くものの、広樹は短くなった自分の髪を軽く掻いた。

「気持ちはわかるけど、去年はちょっと余裕があったからなんだよ。鷹緒も帰ってきた年で、今ほど忙しくなかったしね」

「そうおっしゃると思いまして、社員のスケジュール調整をしました。今月末に行くと仮定すると、今から詰めれば一泊くらい何とかなるかと思います」

 数枚の企画書をめくるものの、広樹は溜め息をつく。

「社員の士気を高めるためには、息抜きも必要だと思ってるよ。でも正直、今は踏ん張り時なんだよね……なぜならモデル部も忙しくなってきたでしょ。最近はテレビ出演の子も増えてきたからね」

「そうですけど……」

 広樹は大げさに音を出して書類を揃えると、机の上に置かれたフォルダにしまう。

「わかりました。検討します」

 それ以上は拒否といった様子の広樹に、万里たちは社長室を出ていった。


「やっぱり無理かな……」

「まあ、駄目もとで言ってみただけだし……」

 そんな会話をしながら、万里も企画部の席へ戻る。すると隣の席の俊二が、苦笑して声をかけた。

「そりゃあ駄目でしょ。この忙しい時に……」

「でも、去年は出来たじゃないですか」

「去年と仕事量が全然違うでしょ。今年は鷹緒さんの入院で滞ってた仕事もあるし」

「俺がなんだって?」

 その時、喫煙室から戻った鷹緒が、俊二の隣に座って言った。

「いや……万里ちゃんたち女子社員が、社長に社員旅行のお願いに行ったんですよ」

「はあ? この忙しい時期に?」

「鷹緒さんまで……でも、べつに今じゃなくてもいいんですけど」

 万里は鷹緒にまで拒否されて、自分のしたことに身を竦める。

「今だけじゃなくても、今年は無理だろ。バレンタイン付近で生まれた企画がまだ引っ張られてるくらいだからな」

「それも鷹緒さんが、いっぱい企画通しちゃうからじゃないですか」

「お? 言うなあ……」

 鷹緒は苦笑して、パソコン画面に向かう。

「無理なものは無理だよ。うちの会社はもともと定休日とかないし。全員休むなんて無理でしょ。旅行自体が数年間やってなかったものだし、去年はラッキーだったと思って諦めなって」

 俊二までそう言って、万里はしゅんと肩を落とした。

「はい……」

 それがあまりにも落ち込んでいるように見えて、横目で見ていた鷹緒は眉を顰めた。

「俺の入院がどうのって、俺のせいでもあるってことか」

「いや、そういう意味じゃ……」

 すかさずフォローする俊二にも、鷹緒は溜め息をつく。

「そんなに社員旅行に行きたきゃ、行けば良いんじゃない?」

 やがてそう言った鷹緒に、途端に万里の目が輝いた。

「え?」

「全員は無理だけど、俺の入院でしわ寄せが来ている分くらいは、俺一人でなんとかするし。あと二、三人出勤すれば、一泊二日くらいなんとかなるんじゃねえの?」

 そう言われて、万里は口を曲げる。

「全員がいいです! 特に鷹緒さんたち重役クラスは全員いてもらわないと、社員旅行じゃないじゃないですか」

「なんでだよ。バイトだけで会社回せるわけねえだろ。そんなことなら諦めろ」

「やっぱり駄目か……残念」

「一泊ってことは二日空けることになるからな。せめて半日とかなら、なんとかなるだろうけど……」

「日帰りですか? そんなの楽しくないです……」

 食い下がる万里に、鷹緒は面倒臭そうに頭を掻く。

「まあ精々、バーベキューくらいが限界じゃん? あれも昔は毎年やってたんだけどな」

 それを聞いて、急に万里の表情が変わった。

「バーベキュー? それでもいいな」

「全然違うだろ」

 拍子抜けした鷹緒に、万里は大きく頷く。

「十分です! ようは全員で何かをするというのがですね……」

「ああ、わかったわかった。じゃあ話進めちまえよ」

 長くなりそうな話に、鷹緒は万里を見つめて言った。

「え? でも社長に通さないと……」

「半日なら一瞬でも全員なんとかなるだろ。決めちゃえば社長も参加するって」


 その夜、鷹緒の家に居候している広樹は、眉を顰めて鷹緒を見つめていた。

 鷹緒はソファに座りながら、カメラの手入れをしている。

「なんだよ?」

 そう鷹緒が尋ねると、広樹は口を曲げた。

「おまえが発端なんだって? バーベキュー」

「発端じゃねえよ。その前のやりとりがあるだろ」

「面白くないなあ。僕だけ仲間外れで」

「最終的に誘っただろ」

「決めちゃえば僕も参加するって言ったんだろ? 僕はそんな暇じゃないんだからな」

 ふてくされている広樹に、鷹緒は吹き出すように笑う。

「じゃあ来なきゃいいだろ。こっちだって暇じゃねえけど、社長が出来ないならそのくらいやってやるよ。みんながやりたがってるなら、それでいいじゃねえか。それに一泊二日を半日で済ませられるんだぞ?」

「参加するよ! こうなったら思いっきり楽しんでやる」

「素直じゃないな……そうだよ、社長なんだからどかっと座ってろ」

「ああ。そうと決まったら下準備。ここの物置にコンロあったよな?」

 ほとんど開けていない玄関脇の納戸を思い浮かべて、鷹緒は顔を顰める。

「たしかコンロは、地下スタの倉庫だったような……」

「そうだっけ? ちょっと見てくるよ」

「今からやんのかよ……」

 すっかりやる気になったようで、広樹は玄関へと向かう。鷹緒はそのままカメラの手入れを続けていると、広樹が釣り竿を持って戻ってきた。

「持ってくんなよ。しまっとけっての」

「だって埃被ってるから」

「尚更、向こうでやってくれよ」

「寂しいじゃん」

「ったく……」

 鷹緒は手入れを終えたカメラやレンズをケースに仕舞うと、煙草に火を点ける。

「ヒロ……おまえ、一番楽しんでるだろ」

 横目で見ながらそう言った鷹緒に、広樹は満面の笑みを零した。

「社内一のイベント好きは、僕の右に出る者はいないでしょ。やるとなったらやりますよ、僕は」

 それを聞いて鷹緒も笑うと、小さく息をつく。

「まあ確かに……仕事としてはキツくなるけど、たまにはこういうのもいいかもな」

 沙織の顔を思い出して、鷹緒もまた気分を高揚させていた。

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