51. 趣味嗜好
夏、ハワイ――。
テレビ番組のロケでやってきた沙織と麻衣子は、撮影を終えるなり近くのショッピングモールへと出かけた。
「疲れないうちに、お土産買わないとね」
そう言う麻衣子は、海外も慣れている様子。沙織も海外での撮影は何度かあるのだが、自由時間はスタッフたちと行動するのがほとんどだ。今回は麻衣子が一緒のため、その楽しさは倍増している。
「気が早いなあ。まだ初日なのに」
「買える時に買わないと。撮影押してバタバタしたら嫌じゃん」
「お土産かあ。何にしようかな」
辺りを見回しながら言った沙織の腕に、麻衣子が飛びついてきた。
「事務所とモデル仲間のみんなには、一緒に買おうよ」
「そうだね。みんなで食べられるものがいいよね。あと、家族の分も何か買いたい」
「彼氏にもでしょ」
悪戯な目で笑いながら、麻衣子は沙織の胸元で揺れるネックレスに軽く触れる。それはハワイへ来る前に、沙織の誕生日プレゼントとして鷹緒が買ってくれたものだ。
「もう。からかわないでよ……」
「からかい甲斐があるからいけないんだよ」
二人は笑いながら、いろいろな店を回っていく。
「鷹緒さん、何が喜ぶのか全然わかんないな……」
思わず言った沙織に、麻衣子は店内を見回す。そこはカジュアルな総合店舗で、雑貨や食器などのほか、シャツから靴まである。
「Tシャツは?」
「……あんまり着てるの見たことない」
「そういえば、シャツ派か……Tシャツなら社長だよね。これ、社長に似合いそう」
「そうだね」
「じゃあ靴」
「……サイズもわからないし」
「もう。彼女でしょ?」
口を尖らせる麻衣子に、沙織もまた悩むように俯く。
「そういえば、服とか靴のサイズとか好みの色とか、鷹緒さんのこと何も知らない……」
うなだれる沙織に、麻衣子は笑った。
「きっちり知らなくても、大体はわかるじゃん。奇抜な色やデザインより、無難で落ち着いた色着てるのが多いとか、あの身長だからサイズはこのへんとか……」
それを聞いて、沙織は感心するように麻衣子を見つめる。
「麻衣子ってすごいなあ。判断力も決断力もあるし、行動力もあるし……」
「沙織は悩むと決められない派だよね」
「しょうがないじゃん。後悔したくないし……」
「私は失敗しても、とりあえずやっちゃう派」
「うちら、正反対だね」
「だから気が合うんじゃない?」
お互いに笑い合うと、麻衣子が口を開く。
「じゃあこの店内で、三十分の自由時間にしよ。制限時間あったら決められるかもしれないし」
「そうだね。ここならいろいろ揃いそう」
「じゃあ、三十分後にこの辺りで」
麻衣子と分かれた沙織は、店内を見回す。まだ何を買うか決められないため、自分の欲しい物や、家族や鷹緒に似合いそうな物などが混じり合い、なかなか決められない。
「こんなんじゃ、あっという間に過ぎちゃうな……とりあえず、お父さんたちから選ぼう」
一人一人に焦点を絞って、沙織は家族のために土産を選ぶ。家族の趣味などはわかっているためすぐに決まったのだが、鷹緒のことを考えると悩んでしまう。
「センス疑われたくないしな……そうだよ。こんなに決められないのは、鷹緒さんがもし気に入らなかったら、きっと正直に気に入らない態度取るってわかってるから……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、沙織は男性物のシャツのコーナーで足を止める。
「シャツ……は、誕生日にあげたしなあ。靴はサイズがわからないし、帽子も喜ばなそう」
その時、沙織は後ろにあった女性物のシャツを見つけて、思わず手に取った。
すると同時に、同じシャツが別の手で掴まれる。
「麻衣子」
やはり気が合うのか、二人は同時にシャツから手を離した。
「このシャツ可愛いね」
「うん。あ、もう時間?」
「まだもう少し。それより、なにぶつぶつ言ってたの?」
「いや……なかなか決まらなくて」
「でも結構買ったね?」
沙織のカートには、いくつかの衣料品や雑貨が入っている。
「家族の趣味はよく知ってるから……」
「ああ、肝心なのはまだ決められないんだ?」
「男の人って、何あげたら喜ぶのかな……」
そう言われて、麻衣子もまた上を見上げる。沙織と同じ年の麻衣子は、そこまで男性経験が進んでいるわけではない。
「人それぞれ……じゃない?」
「麻衣子は元彼とかに何かあげた?」
「時計が好きとか、帽子が好きとかはあったけど」
「いいなあ。わかりやすくて」
沙織の言葉に、麻衣子もまた鷹緒のことを考える。
「確かにあの人……趣味とか嗜好とか謎かもね」
「でしょ? 帽子とか時計とかも絶対こだわりあるもん。っていうか、私なんかがあげる物より、きっといい物持ってるし……」
「はあ……大人の男と付き合うのも大変なのね」
思いの外、苦労している様子の沙織を見て、麻衣子もそれを察する。
「もう。悩むなあ……」
「いっそ買わなきゃいいじゃん。買わなくたって残念がらないでしょ、あのお方は」
「そうだけど……」
その後も悩みに悩む沙織について、麻衣子もお土産探しを続けていた。
それから数日後――。
帰国した沙織は、鷹緒に紙袋を渡した。
「お土産です」
「こんなに?」
鷹緒は驚きながら、紙袋の中を見つめる。そこにはいろいろな物が入っている。
「統一感ないな……」
「悩んじゃって。鷹緒さんに似合いそうな物とか、いっぱい買っちゃった」
「そんな無駄遣いしなくていいのに……」
「そういう言い方しなくてもいいじゃん。旅の思い出を、鷹緒さんにも分けてあげたいのに……」
「喜んでないわけじゃないけど、またどうせ悩みに悩んだんだろうから、そんなことならいいって言ってんの」
沙織は苦笑する鷹緒から紙袋を取り返すと、一つ一つ出していった。
「じゃあ私が発表します。まずはTシャツでしょ」
「うん」
「キーホルダーとバッジとネクタイと、チョコレートとグミと……」
嬉しそうに発表する沙織に微笑んで、鷹緒は土産物を見つめる。
「あと、これ。向こうの煙草!」
「おお」
数種類の煙草を手にする沙織に、鷹緒の目が輝いた。
「やっぱり。これが一番気に入ると思った」
「実用品だしな。でも大量だと税関で引っかかるから気をつけろよ」
「聞いてて買ったから大丈夫だよ。それにちょっとだけでしょ」
「ありがとう。全部嬉しいよ」
「よかった」
ほっと胸を撫で下ろす沙織だが、やがてそっと鷹緒を見上げる。
「なんだよ?」
「うん……誕生日の時も結局わからなかったけど、鷹緒さんは何をあげれば喜ぶのかなって」
そう言われて、鷹緒は苦笑した。
「だから喜んでるって……」
「そうだけど……欲しい物とかないの?」
「欲しい物は自分で買うから」
「そんな……」
残念そうな沙織に、鷹緒は優しく微笑む。
「金や物の問題じゃないだろ。地方や海外行く度に買って来なくていいよ。俺は沙織が無事に帰ってくればいいから」
そう言われて真っ赤になった沙織に、鷹緒もまた赤くなった。
「おまえ……そこはなんか切り返せよ」
「だって嬉しいんだもん……」
火照る顔を押さえる沙織を抱き寄せて、鷹緒はそっと目を閉じる。
「……おまえは何か欲しい物あるの?」
突然そう尋ねられ、沙織は目をパチパチさせた。
「え……?」
「俺も出張の時は、何か買ってきたほうがいい?」
「ううん。鷹緒さんは出張多いんだし、私はべつに……」
それを聞いて、鷹緒は沙織に微笑んだ。
「だから俺の時もいいっての。わかった?」
「うん……」
それでも少し不満げな顔をする沙織は、そっと鷹緒を見上げる。
「……でも今度、鷹緒さんのサイズ教えてくれる?」
「サイズ?」
「服とか靴とかの……気に入った物があったら、買って来てもいいでしょ?」
沙織の言葉に苦笑しながら、鷹緒は静かに頷いた。
「じゃあ、今度一緒に買い物に行こうよ」
そう言われて、沙織は目を見開かせる。
「え?」
「そしたらお互い、趣味嗜好がわかるだろ」
「いいの?」
「時間合えばね」
「うん、行く!」
鷹緒はふっと微笑むと、沙織の額にキスをした。