49. さらに妖しい三人?!
ある夜、鷹緒が帰ると、すでに広樹が帰宅していた。リビングにあるパソコンに向かいながら、仕事でもしているようである。
「おかえり。お風呂あるよ。ごはんもあるけど先に食べる?」
まるで妻のような広樹の言葉に苦笑し、鷹緒はバッグをソファに置く。
「先に風呂入る。汗びっしょり」
「ああ、洗濯もしておいたよ。おまえ、最終的には全部クローゼットに入れるから、畳まなくていいんだよな?」
「うん……」
そう言いながら、笑いを堪えきれないように、鷹緒は目を細める。そんな鷹緒を見て、広樹はきょとんとして首を傾げた。
「え、なに?」
「いや……一家に一台、ヒロがいてもいいかな」
「僕はロボットじゃないんですけど」
「ハハ。洗濯物多い時期だし助かるよ。しかしおまえ、兄弟多いからって面倒見良すぎだろ」
「しょうがないだろ。一応、居候の身なんだし、これくらいはね……」
「まあ助かるよ」
そう言って、鷹緒は風呂場へと消えていく。
再び広樹はパソコン画面に向かうと、部屋の固定電話が鳴った。しかしすぐにファックスへと切り替わり、仕事の資料が届いているのが見える。
「これは休めないわな……」
帰ってからも休む暇がない鷹緒の日常を知り、広樹は苦笑した。
その時、もう一度部屋の固定電話が鳴った。今度は電話のようである。
一方、風呂場では鷹緒が風呂に浸かりながら、一日の汗を洗い流していた。すると電話が鳴り、鷹緒は風呂場に備え付けられた通話ボタンを押す。
「はい、諸星です」
『五城だけど』
このところよく電話をかけてくるようになった同級生の五城は、鷹緒にとっては今でも楽しい飲み仲間となっている。
「おう。おつかれ」
『今日も飲まないか? 昨日まで出張行ってて、おまえに土産があるんだけど』
「飲むのは良いけど、今風呂入っててさ……今日はもう外に出たくないって感じなんだけど」
『じゃあ、おまえんち行っていい?』
そう言われて、鷹緒は考えた。
「うーん。俺はいいけど、今うち居候がいるからなあ……」
『居候? 彼女か?』
「いや、男。おまえも知ってたか、木村広樹」
高校時代から腐れ縁の広樹は、当時から鷹緒と仲の良かった五城とも面識があるはずだ。
『ああ……おまえのバイト先で一緒だったっていう……』
「今は会社の社長だよ。社会人になってからも何度か会ったろ。訳あって今一緒にいるんだけど、よければ来いよ。あいつもいいって言うだろうし」
『うーん。そうだな……』
突然、渋った様子の五城に、鷹緒はバスタブから抜け出して立ち上がる。
「ああ、気が乗らないなら、また別の機会に……」
『いや、生モノだから今日がいいな。やっぱり行くだけ行くよ』
「そうか。じゃあついでに酒買って来て」
そう言って電話を切ると、身体を拭いて鷹緒はリビングへと出ていった。
鷹緒がリビングに戻ると、広樹は仕事を終えたらしく、ソファに座ってテレビを見ている。
「おかえり。電話そっちで取った? ファックスも来てるよ」
「ああ。今から五城が来るんだけど、ここでちょっと飲んでいいかな?」
そんな鷹緒の言葉に、広樹は天井を見上げる。
「五城って名前、聞いたことあるな……」
「中高時代の俺の同級生」
「ああ。あの切れ長な目の、おまえといつも一緒にいた……」
広樹は思い出したようにした途端、顔を曇らせた。
「そう、そいつ。何度か会ったことあったよな?」
「うん。でも飲むのはいいけど、お邪魔だろうから僕は席外そうかな……」
誰とでも仲良く飲める広樹らしからぬ言葉に、さっきの五城の態度も気になって、鷹緒は首を傾げる。
「あいつと何かあったのか?」
「何もないと思うけど……僕、彼に嫌われてる気がする」
「なんで? なんかやらかしたの?」
「それがわかんないんだよねえ。でも敵対心は抱かれていると、高校当時は感じてた」
そんな広樹を見て、鷹緒も天井を見上げて思い当たる節を考える。
「うーん。単純なやつではないけど……思い過ごしじゃねえの?」
「まあ、彼がいいなら僕はもちろんいいけども」
「おまえがいるのわかってて来るんだから大丈夫だろ。気兼ねすんなよ。らしくない」
「あはは。まあね」
やがて五城がやってきて、広樹は頭を下げた。
「こんばんは。お久しぶりです、木村です」
「こんばんは……五城です」
他人行儀の二人に、鷹緒は座るように勧める。
「まあ座れよ」
「お邪魔します。これ、土産物の洋菓子。おまえ、甘い物好きだったろ。あと適当に酒買ってきた……木村さんも一緒に飲みましょう」
五城の言葉に頷いて、広樹はキッチンへと向かっていく。
「ありがとうございます。じゃあ僕、軽くつまみでも作りますよ」
そんな広樹を横目で見送り、鷹緒はテーブルにグラスを並べる。ソファに座った五城は、部屋をキョロキョロと見回していた。
「そんな見んなよ。面白い物なんてないだろ」
苦笑する鷹緒に、五城も笑う。
「久々に来たからな……でも、あんまり変わってないか?」
「べつに模様替えする暇も、不便もしてないからな。それよりおまえ、この間飲んだ時の記憶ある? 俺、久々だよ。二日酔いになるの」
「アハハ。俺も次の日最悪で、午前休しちゃったよ」
「俺も。おかげでヒロにも怒られるしさ……」
そこに、広樹が何品かのつまみを持ってやってきた。
「すげえ」
「鷹緒……おまえのすごいは聞き飽きた。五城君、遠慮なくどうぞ」
明るく笑いながら勧める広樹に、五城はぺこりと会釈する。それを見て、鷹緒は口を曲げた。
「確かによそよそしいな……おまえ、人見知りするほうだっけ?」
苦笑しながら突っ込む鷹緒に、五城は驚いたように目を見開いた。
「え? いや、そんなことは……」
「大丈夫だよ。こいつ、いいやつだから」
親指で広樹を指差す鷹緒に、五城は大きく頷く。
「わかってるよ。いい人だっていうのは」
「うん。じゃあまあ、乾杯しよう」
「ああ」
「乾杯!」
三人は各々好きな酒を飲みながら、つまみに手をつけた。
「うまい!」
広樹の作ったつまみに、思わず五城からそんな声が上がる。
「口に合ったならよかった。どんどん食べてね」
嬉しそうに微笑む広樹を見て、五城はふっと笑った。
「お母さんみたいだろ」
切り込んだ鷹緒に、五城は思わず納得して頷く。
「うん。諸星の周りには、いつも世話焼きがいていいなあ」
「学生時代はおまえだろ」
「まあね。おまえ、ほっとけないもん」
「自分では自立しているつもりなんですけどね……」
そう言いながら、鷹緒は早くも空いたグラスに氷を入れる。すると、広樹が自分のグラスを差し出した。
「僕もちょうだい」
「いいけどおまえ、あんまり飲み過ぎんなよ。明日も仕事なんだから」
「わかってるよ。嗜む程度にね」
「おまえの嗜みは度を超えてるんだよ」
鷹緒と広樹のやり取りを見て、五城は酒を飲みながら微笑んだ。
「俺も諸星と大概長いけど、木村君も相当付き合い長いよね?」
そう言われて、広樹は小刻みに頷く。
「高校時代からずっとだから……でもまあ、お互いの足りないところを補ってる感じはするかな。僕も社長とか言いながら、未だに独立してるとは言えないもんね」
「いや、すごいよ……諸星のこと、これからもよろしくお願いします」
頭を下げた五城に、鷹緒は呆れるように口を開いた。
「俺はおまえのなんなんだよ……」
「学生時代の世話焼きが、現在の世話焼きに挨拶するくらいいいだろ」
「いや、僕は出来ることなら、鷹緒の世話なんて焼きたくないんだけどね……」
苦笑して言った広樹に、五城が静かに笑う。
「俺、実は木村君に嫉妬してたんだよね……」
突然言い出した五城を見て、広樹は驚いた顔を見せる。
「へ?」
「だって学校では、俺は諸星とずっと一緒にいたわけで……それがバイト始めた途端、付き合い悪くなってさ。木村君に諸星取られたって、あの頃は面白くなかったよ」
それを聞いて、広樹はずっと抱いていたわだかまりの正体を知った。
「ええ! そういうことだったの?」
「ハハハ。お恥ずかしい……でも今は、ちゃんと木村君のことも友達だと思ってるんで。まあひとつよろしく」
「こ、こちらこそ……ハハハ」
妙な雰囲気の二人を見ながら、鷹緒は飲んでいたグラスを置いて五城を見た。
「五城。おまえ……本当に俺のことが好きだよな」
歯を見せて、からかうように笑う鷹緒を前に、五城は真っ赤になる。
「諸星。おまえな……」
「ハハ。まあそれは冗談だけど……二人とも、俺にはなくてはならない存在ですよ」
冗談交じりに言った鷹緒だが、五城と広樹は照れくさそうに受け止めた。
「おまえに言われると気持ちが悪いな……」
すかさず広樹がそう返すが、五城は顔を赤らめている。
「おい、五城。冗談に受け取ってもらわないと困るんだけど」
「冗談だってのはわかってるよ。俺だってそっちのケはねえ。でも……俺の人生で輝いてたのは、おまえといたあの頃だったからさ」
青春時代を噛み締めている様子の五城を見て、鷹緒は苦笑する。
「輝いていた時代ね……俺も中学、高校くらいかな」
「僕もそうだな……駄目だな。あの頃を忘れちゃいけないよね。今を輝かせないとさ」
ロマンチストの広樹は、自分の過去を振り返っているように遠い目をしている。
それを見て苦笑しながら、鷹緒は煙草に火を点けた。
「まあ、いろいろあったよな……」
しみじみ言った鷹緒に触発されるようにして、男たちは各々過去へと思いを馳せていた。