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46. サプライズの朝

 ある朝、沙織は鷹緒の部屋を訪れた。手に大きな紙袋を提げた沙織は、ついさっきまでテレビ番組の海外ロケでハワイへ行っていたのだが、まだ早朝ということもあり、鷹緒を驚かせようと、自宅に荷物を置くなり急いでここに来たのである。

「早く――」

 合鍵を持っているので入ろうとも思ったのだが、あまり驚かせてもいけないと思い、沙織は呼び鈴を鳴らす。

 逸る気持ちを抑えきれない沙織の前にあるドアが、やがてゆっくりと開いた。

「え……」

「ん?」

 目の前の人物を見て、沙織は思わず後ずさり、辺りを見回す。部屋を間違えたのかとも思ったが、ここは間違いなく鷹緒の部屋である。

「ヒロさん!」

 そこにいたのは社長の広樹だった。

「ああ、沙織ちゃん。おはよう」

 事態を察して、広樹は苦笑した。そこに、奥から鷹緒が出てくる。

「沙織……」

 やっと目当ての人物を目にして、沙織はほっと胸を撫で下ろした。

「鷹緒さん。ただいま」

「ああうん、おかえり……まあ入れよ」

 感動の再会ということには至らず、まだ眠気眼のまま鷹緒は沙織を招き入れる。

「そうそう。まずは入りなよ」

 広樹もそう言ったので、入りづらそうにしながらも、沙織は部屋の奥へと入っていった。


「ヒロ。片付けろよ」

 鷹緒の指示で、広樹はソファに投げ出してあった布団を片付ける。他にもリビングは酒やつまみなどで散乱している。

「……飲み会でもあったんですか?」

 沙織が尋ねると、広樹は苦笑した。

「僕、今ここでお世話になってるんだよね」

「えっ?」

「悪い、言い忘れてた……一ヶ月間の居候」

 鷹緒がそう言ったので、沙織は更に驚く。

「ええ! ヒロさんがここに?」

「ああ。だからあんまり家に呼べないけど……」

「僕は気にしないんだけどなあ。一緒に食事とかしたいしさあ」

 間に入って口を出す広樹の頭を、鷹緒が軽く叩いた。

「気を遣うとかそういう話じゃなくて、おまえ意外と手早いからな。信用出来るか」

「まあ友達であれど、恋愛は自由だからねえ」

「おまえな……」

「今、コーヒー入れるね」

 自分の家のように振る舞う広樹を横目に、鷹緒は沙織とともにソファへと座った。

「どういうこと?」

 沙織が尋ねると、鷹緒は苦笑する。

「うーん。詳しくはあいつから聞いてくれる? 俺、仕事しててさっき寝たとこなんだよね……」

 そう言いながら、鷹緒は横になって、沙織の膝枕に身を預けた。

「ちょっと鷹緒さん。ヒロさんもいるのに……」

 手の置き場に悩みながら、沙織はカチコチに固まっている。しかしそんな沙織を気に留めず、鷹緒は目を閉じてそのまま寝入ってしまいそうだ。

「まったく、沙織ちゃんがいるとすっかり甘えん坊だな。デカい図体してさ」

「ヒロ。うるさい」

 やってきた広樹はコーヒーを差し出しながら、真っ赤になっている沙織に微笑む。

「赤くなっちゃって、可愛いね」

 その言葉を聞いて、鷹緒はむくりと起き上がった。

「見るな」

 まるで沙織が自分のものだと見せつけるように、鷹緒は沙織の肩を抱く。広樹が相手だからか、それはいつになく大胆で、何も隠す気すらないように見える。

「ちょ、ちょっと、鷹緒さん……」

「一週間ぶりに会うってのに、なんでおまえがいるんだよ」

 二人きりになれないのが悔しいらしく、口を曲げてそう言う鷹緒に、広樹は明るく笑った。

「あはは。だから僕は気にしないよ? どうぞ始めてください」

「ったく……ゆっくり話も出来ねえよ」

 鷹緒は沙織を離すと、コーヒーに口をつける。

 やがてにやりと笑った鷹緒と広樹を見て、沙織は自分がからかわれていることを知った。

「ひどい。二人してからかってたんですね?」

「あはは。僕への愚痴は、半分本気だろうけどね」

 苦笑する広樹に、鷹緒はカップを揺すっておかわりを要求する。

「へいへい。人使いの荒いお人だこと」

 そう言いながらも、広樹は世話焼きのようにコーヒーを入れ、焼いたばかりのパンにバターを塗って差し出した。

「それで、どうしてヒロさんがここに?」

「ああ。僕は実家暮らしなんだけど、結婚して家を出た姉が、家の改築で戻ってくることになってね。実家は狭いから、僕が出ることにしたんだ」

「だからここに?」

「うん。隣のスタジオで寝泊まりしてもいいんだけど、最近よく使われてるから、生活臭出したくないのもあってね」

 広樹に説明をされて、沙織は納得したように頷く。

「そうだったんですか」

「ああでも本当、僕に気は遣わないで。二人の邪魔は極力しないようにするから」

「邪魔だなんて……なんだか嬉しいです。鷹緒さんとヒロさんが一緒にいるところ見るの、好きだから……」

 それを聞いて、鷹緒は口を曲げる。

「変なやつだな」

「そうかな? でもこうして鷹緒さんだけじゃなくヒロさんまで、独り占め出来てるみたいで嬉しいな」

 沙織の言葉に、広樹は満面の笑みを浮かべた。

「そう言ってくれるのは嬉しいね。じゃあ今日の夕飯も一緒に食べようか。僕が腕を振るってあげるよ」

「ええ? ヒロさんの手料理が食べられるんですか?」

「頑張っちゃうよ」

 盛り上がる二人を前に、鷹緒は顔を顰めながら大あくびをした。

「勝手に決めんなよ。俺は今日、夜から会議あるからな」

「いないならいないでいいよ。料理だけ作っておくから、あとで食べればいいじゃん」

 そう言った広樹を見つめながら、鷹緒は口を曲げて沙織を抱きしめる。

「駄目。俺のなんだから」

 警戒心を抱く鷹緒に、広樹は吹き出すように笑った。

「沙織ちゃんに手なんて出すかよ」

「ここは俺んちだし、そういうことなら即刻出てってもらうからな」

「おお、コワ」

 鷹緒の腕の中で、沙織が身をよじる。

「もう。苦しいよ……」

「あ、悪い」

「じゃあ、ヒロさんの手料理食べられないの? こんな機会そうそうないのに……」

 残念そうな沙織に、鷹緒は溜め息をつく。

「べつに今日じゃなくてもいいだろ。とにかく、信用しててもヒロだって男なんだから、二人きりには絶対なるなよ」

 珍しく束縛でもするような鷹緒に、沙織は嬉しさもあって微笑んだ。

「鷹緒さんってば……」

 二人の世界に入る鷹緒と沙織の横で、広樹は苦笑して口を開く。

「信用ないな、僕って」

「おまえが信用出来ないんじゃなくて、俺が信用出来ないんだよ。どうしたって仕事でほったらかしになることだってあるんだから……」

 過去の経験を口にしているのか、鷹緒は恋愛に慎重だ。信用しているヒロにさえ、警戒心がないわけではないらしい。

 それを悟って、広樹と沙織は俯いた。

「じゃあ……今度でいいから、三人で食事出来る?」

 一瞬重くなった空気を、沙織の一言が軽くさせる。

 鷹緒は自分の行動に対して気まずそうにしながらも、沙織に頷いた。

「……いいよ」

「やった。なんか嬉しいな。私、初めて鷹緒さんに愛されてるって実感したかも」

「初めてかよ」

「うふふ。それは大げさだったけど……なんか嬉しい!」

 照れ笑いを浮かべる沙織に、鷹緒はもうやきもちを妬くのさえ馬鹿らしく思えて微笑んだ。

「今度ゆっくり、ヒロの手料理食べよう」

「うん」

 それを聞いて、広樹は苦笑する。

「あのね。僕は君らのなんなのさ……」

「居候の分際で文句言うな」

「ひどい……」

「ハハハハ」

 信頼し合える男同士の友情に溶け込めたように、沙織もまた嬉しい朝を過ごしていた。

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