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44. きらめく友情

 その日、沙織は麻衣子とともに、駅前にある大型ショッピングモールへと足を運んでいた。

「このTシャツ、可愛くない?」

「可愛い! 欲しい!」

 麻衣子の問いかけに、沙織が食いつく。

「じゃあ、デザイン違いでお揃いにしようよ」

「うん。ハワイ用ね」

 数日後、二人はテレビ番組の撮影で一週間ほどハワイへ行くことになっている。初めての海外というわけでもないのだが、仲の良い者同士、仕事で海外に行くのはテンションが上がる。

 二人は数日間の仕事を楽しむため、下準備としてショッピングを楽しんでいた。

「今日の夜はデート?」

 麻衣子の言葉に、沙織は苦笑した。

「ううん。忙しそうだから……入院中の仕事も溜まっちゃってるみたいだし」

「そっか。もう大丈夫なの?」

「術後は順調みたいだよ」

「よかったね」

「びっくりしたけどね」

 過ぎてしまえば笑い話に出来るものの、鷹緒が入院したと聞いた時は、麻衣子ですらも驚いた。まして恋人という立場の沙織には、計り知れない不安があっただろう。

「よく頑張ったね……」

 麻衣子はそう言って、ポンと沙織の頭を撫でた。

「ありがとう。麻衣子がいてくれたからだよ」

「じゃあ慰謝料、百万円」

「オニ!」

「あはは……って、諸星さん?」

 ふと立ち止まって、思わず麻衣子はそう口にした。

「え?」

 沙織も振り返ると、オープンカフェのテラス席で楽しげに食事をしている鷹緒の姿が映る。目の前には綺麗な女性がいて、まずい現場を目撃したと、麻衣子は沙織の顔を窺った。

 すると、沙織は寂しそうに口を結びながらも、やがて苦笑した。

「仕事関係の人かな……」

 そう言った沙織に、麻衣子は顔を顰める。

「いいの? これから乗り込もうよ」

「なに言ってるの。いいよ。仕事中かもしれないし……」

「あれが仕事に見える?」

 確かに仕事中の鷹緒なら、何らかの書類や仕事道具を出しているはずだが、今のそれはただのランチタイムに見えた。

「行こう、沙織」

 麻衣子に連れられて、沙織はカフェのテラス席へと向かっていく。

 すると、すぐに鷹緒が二人に気付いた。

「沙織に麻衣子?」

「あれ、諸星さん。ぐーぜん!」

 白々しい麻衣子の言葉に、鷹緒は苦笑する。

「ご一緒しますか? お嬢さん方」

「いいんですか?」

「こちらのお姉さんから、お許し頂ければね」

 鷹緒に言われて、目の前に座っていた女性が笑顔で会釈した。

「可愛らしいお知り合いね。もちろんどうぞ」

 女性は空いた椅子に置いていたバッグを退かせると、二人に席を勧める。

 気まずさを抱えながらも、沙織は麻衣子に続いて席へと座った。

「紹介してよ。諸星君」

 女性の言葉に、麻衣子は鷹緒を見つめる。

「諸星君?」

「ああ、同級生なんだ。歯科医やってる加藤奈々子」

「あ、もしかして、あの奈々子さん!」

 鷹緒の家にかかってきた奈々子からの電話を知っていた沙織は、思わずそう言った。そんな沙織に奈々子が笑う。

「どの奈々子さんかわからないけど、諸星君と中高時代に一緒だった、加藤奈々子です」

「入院してた病院に勤めてたんだ。時間なかったから一回しか会えなかったけど、世話になった礼も兼ねて食事をね」

「そうだったんだ……」

「誤解は解けましたかな?」

 どこか余裕の表情でからかう様子の鷹緒に、負けじと麻衣子が口を開く。

「誤解なんてしてませんけど?」

「ああそうですか……あ、ごめん、紹介が遅れた。うちの所属モデルの原田麻衣子と小澤沙織」

「モデルさん! だからこんなに可愛いんだ」

「おまえも学生時代はモデルやってたじゃん」

「諸星君と違って、ローカル誌なんだから自慢出来ないわよ」

「あの!」

 仲良さげなところを見せつける鷹緒と奈々子に、麻衣子が割って入った。

「お二人、仲良いですね」

 そう言われて、奈々子はにっこりと微笑む。

「付き合ってるように見える?」

「じゃあ、お二人は学生時代の……」

「ブブー。残念。至って健全なただのお友達よね? 諸星君」

 鷹緒は苦笑しながら、ちらりと沙織を見つめる。沙織はハラハラしているようで、何も言えずにいた。

「ああ。こいつ、早い段階で彼氏いたしな」

「あ。そういうことバラすんだ? 私だっていろいろネタは持ってるんだからね」

「怖え。ゆすり屋かよ」

 楽しげに話す鷹緒と奈々子の横で、麻衣子と沙織も微笑んだ。そのオープンな振る舞いは、まるで過去の不安すら感じさせない。


「あ、休憩終わりだわ。そろそろ戻らなくちゃ」

 しばらくして奈々子がそう言ったので、鷹緒は頷いた。

「ああ。わざわざこんなところまでありがとう。なんかごめん。急に客が増えて……」

「ううん。術後気になってたし、会えてよかった。現役モデルさんともお話し出来て楽しかったわ。じゃあ、また連絡するね」

「ああ。今度は他のやつらも誘おう」

「そうね。じゃあまた」

 奈々子が去った静けさの中で、鷹緒はコーヒーを飲みながら苦笑する。

「で、俺の疑いは晴れたわけ?」

 なぜ二人がここに来たのかを悟って、鷹緒はそう尋ねた。

「まあ、何もなさそうなお二人で、私はよかったと思うけど……」

 言葉を濁しながら、麻衣子は沙織を見つめる。沙織もまた終始居づらそうに身を竦めていた。

「私も……」

「あ、諸星さん。沙織のこと怒らないでね。無理矢理連れてきたのは私なんだから」

 気遣う麻衣子に苦笑して、鷹緒は沙織を見つめる。

「べつに怒ってないよ。まあ、せっかく会いに来てくれた奈々子には悪いことしたと思うけどね」

「すみません……」

 突然しゅんとする二人に、鷹緒は笑った。

「探偵気取りか知らねえけど、俺はそんなに信用ないかな」

「ううん。でも、鷹緒さんの周りは綺麗な人が多いから、ちょっと心配……」

 本音を言った沙織を見て、麻衣子も頷く。

「確かに、それはちょっと心配だよね……」

 それを聞いて、鷹緒は溜め息をついた。

「んなもん、知ったこっちゃない」

「そういう言い方なくありません?」

 思わず言った麻衣子に、鷹緒は口を曲げながら煙草を咥える。

「あのなあ。そうやって人のことかき回すのやめてくれる? 俺の周りの人間がどうだとか知らねえし、俺の口が悪いのは昔から。沙織だって、知ってて俺と付き合ってんだろ」

 大きく煙を吐くと、鷹緒は煙草を揉み消して立ち上がる。

 そして沙織の頭を軽く叩くと、見上げた沙織に優しく微笑んだ。

「おまえら、買い物の最中?」

「あ、うん。今度行く海外ロケの準備に……」

 未だ気まずそうな沙織だが、鷹緒の目はいつになく優しい。

「俺、あと三十分ほど休憩なんだ。ネックレス買いに行こうか」

 それは、まだ決めかねていた沙織の誕生日プレゼントのことを表している。何度か宝石店に入ったものの、迷って決められていなかったものだ。

「……いいの?」

「海外行く前のがいいだろ。買ってやるから、付けて行けよ」

 そんな二人の会話を聞いて、麻衣子もまた立ち上がる。

「あーもう、色ボケしちゃってヤダヤダ。私は退散……」

 そう言いかけた麻衣子のバッグを、鷹緒が先に取った。

「ちょっと、返してくださいよ。諸星さん」

「駄目。罰として、おまえもついて来いよ」

「なんの罰ですか?」

「いつも沙織のこと煽り立てる罰」

 不敵に微笑む鷹緒に、麻衣子は顔を赤らめる。

「諸星さん、私のことなんだと思ってます?」

 過去に鷹緒へ告白したことのある麻衣子(※FLASH2)への態度としては、きついものがある。それでも鷹緒がそうするのは、沙織しか見ていない表れなのかもしれない。

「大事に思ってるよ……だから一緒に来いよ」

 その後、宝石店へ向かった三人は、店内を物色する。やはり最後まで悩む沙織に寄り添う鷹緒を見て、麻衣子は二人がうまくいっているということを初めて実感していた。

「あーあ。うまく使われちゃったなあ」

 白昼堂々、二人きりでデート出来ない二人。麻衣子は自分がカモフラージュとして連れて来られたのだと感じながらも、順調に愛を育んでいる様子の二人を前に、不思議と嫌だと思うことはなかった。

「あ、このチャームいいな」

「どれ?」

 店の隅で一人見ていた麻衣子の横に、いつの間に鷹緒がいる。

「諸星さん。沙織は?」

「まだ悩んでる」

 苦笑する鷹緒越しに、欲しい物を決められない沙織が見えた。

「まだ?」

「あの調子で一ヶ月くらい」

「私とは正反対だなあ」

「じゃあ、おまえはこれで決定?」

 そう尋ねながら、鷹緒は店員を呼ぶ。

「え、買ってくれるんですか?」

「付き合わせちゃったしな」

「いいですよ。沙織、妬きますよ?」

「だから沙織の分も選んで」

 そこに店員がやって来たが、麻衣子はくすりと笑う。

「諸星さん、そんなことされたらイチコロですね」

「はあ?」

「じゃあお言葉に甘えて……これ二つください。沙織とお揃いで買ってもらおう」

「ハイハイ、いいですよ。沙織の友達は、俺も大事」

 選んだ商品を持つ店員とともに、鷹緒は沙織のもとへと向かっていく。

「決まった?」

「う、うん。このハートのやつでいいよね?」

「いいんじゃない?」

「あれ、チャームも買うの?」

「麻衣子とお揃いな」

 そう言われて、沙織は麻衣子に振り向き微笑んだ。

「可愛い。さすが麻衣子。センスいい」

「おねだりしちゃった」

「麻衣子とお揃いなんて嬉しい。じゃあ、ネックレスもこれで決定で」

 やっと決まった沙織に、鷹緒は頷く。

「よし。じゃあ、これください」

 宝石店から出るなり、二人はすぐさまバッグに買ってもらったばかりのチャームをつけた。

「すごく可愛い」

「ありがとうございます、諸星さん」

 そんな二人を横に、鷹緒も微笑んだ。

「喜んでもらえたなら、なによりですよ。じゃあ俺、仕事に戻るから」

「あ、ありがとう、鷹緒さん」

 そう言った沙織の頭を撫でて、鷹緒は足早に去っていった。

「くぅ……やっぱり諸星さん、カッコイイね」

 麻衣子の言葉に、沙織は顔を赤らめながらも息を呑む。

「もしかして、惚れ直しちゃった?」

「そうだねえ。恋心薄れてたけど、復活しちゃうかなあ?」

 からかうような麻衣子を見て、沙織は口を曲げた。

「心配だけど……ライバルが麻衣子なら、仕方ないとも頑張れるとも思っちゃう」

「もう、沙織ってば可愛いんだから。大丈夫。私、今まで沙織のほうが振り回されてるって思ってたけど、あの様子じゃ案外振り回してるの沙織のほうなのかも。それがわかってちょっと満足だから」

 恋愛しようとどこか必死に見えた鷹緒を思い出し、麻衣子はくすりと笑う。それがわからない沙織は、顔を顰めた。

「どういうこと?」

「ん? 教えなーい」

「ちょっと麻衣子……」

「見て見て、沙織。このチャーム、揺れると超キラキラ!」

 買ってもらったばかりのチャームは、宝石の輝きで光って見える。

「綺麗」

「やっぱりお揃いっていいね。諸星さん、ちゃんとわかってるなあ」

「え?」

「友達のしるしじゃん」

 そう言われて、沙織もまた満面の笑みで、麻衣子の腕に抱きついた。

「うん!」

「じゃ、旅行準備の続きしよ」

 そのまま二人はショッピングへと戻っていく。

 友達でありながらライバル。そんな二人の関係は、壊れそうもない。

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