42-6. 特別な日 (END)
遠くで花火の音が響く中、鷹緒はフリースペースで本を読んでいた。そこには鷹緒以外誰もいない。
すると、そこから真正面に見えるエレベーターホールに、なんとも病院に似つかわしくないカラフルな浴衣姿の沙織が目に入る。
「鷹緒さん!」
急いで来た高揚感もあり、沙織は人目を気にしながらも、誰もいないことがわかって、鷹緒にそっと抱きついた。
「沙織……花火は?」
「鷹緒さんからメール来たの知って、麻衣子が後押ししてくれて……」
「そうか。ごめん、悪いことした」
「違うよ。みんなとも居たかったけど、鷹緒さんにこんなメールもらったら、すぐにでも会いたくなっちゃう」
久しぶりに抱き合いながら、沙織は握りしめていた携帯電話を見せる。
そう言われて鷹緒は照れ笑いし、先ほど沙織に送ったメールを思い起こす。
“沙織へ”
誕生日おめでとう。まだプレゼントも用意出来ないから、今の俺に出来るささやかなプレゼントを先に送ります。
退院したら、ちゃんとお祝いしような。
本当は言わないつもりだったけど……今日会いたかった。
メールはそれだけでは終わらず、ファイルが添付されていた。そこにあるのは綺麗にデザインされた“なんでも券”なるチケットで、注釈に“小澤沙織が諸星鷹緒に望むことを、出来る限り叶えます”と書かれていた。
それを思い出し、鷹緒は顔を赤らめる。
「いやそれは……ヒロのアイデアでね。子供染みてるとは思ったんだけど、そのくらいしか今はしてやれないから……」
「嬉しいよ。こんな素敵なチケットくれたことも、今日会いたいって言ってくれたのも、全部」
「そう。よかった……」
「でも何叶えてもらおっかなあ。いざという時に出さないとね」
からかうような沙織に、鷹緒は不敵に微笑んだ。
「それ、期限は今日までだから」
「ええ? なにそれ、ずるい」
「ハハハ。そうしたら、おまえが来てくれるかなって」
そう言う鷹緒は、どこかいつもより弱々しく見えて、それが沙織の胸を締めつけた。
「……詐欺だ」
「嘘だよ。そんなものがなくても、出来ることは叶えてやる」
言われて顔を赤らめる沙織は、潤んだ瞳で鷹緒を見上げた。
「じゃあ一個目のお願い……」
願い事を言われる前に、鷹緒は沙織にキスをした。静寂のそこに、遠くで花火の音が響く。
「……どうしてわかったの? 私のお願い」
「俺がしたかったから」
そう言うと、鷹緒は立ち上がった。
「……もう帰らなきゃ駄目?」
突然、不安な表情を見せる沙織に、鷹緒は微笑む。
「まだ大丈夫だよ。行こう。少し見えるらしいよ」
「え?」
そう言うと、鷹緒は沙織の手を引いて、病院の最上階へと向かっていく。そこの屋上は今日だけ開放されていて、すでに何人もの患者や看護師がいる。遠くに花火が見えていた。
「ここから見えるんだ!」
はしゃぐ沙織の頭を、鷹緒が抱き寄せるようにして撫でた。
「……鷹緒さん、今日はちょっと大胆だね」
沙織の言葉に、鷹緒は自嘲するように笑う。
「病気の時くらい、わがまま言ってみろって、ヒロに言われてね……格好悪かったけど、気持ちだけは伝えておこうと思って……来てくれてありがとう。おまえの特別な日に、少しでも会えてよかった。誕生日おめでとう、沙織」
いつになく素直な様子でそう言った鷹緒に、沙織は嬉しさを噛みしめるように微笑んだ。
「ありがとう……そう言ってもらえたことが、今日一番のプレゼントだよ」
そんな言葉に救われて、鷹緒は軽く沙織の肩を抱き寄せる。
「……好きだから」
鷹緒から発せられたその声は、沙織に届くか届かないかの小さい声だったが、確実に沙織だけに届き、その顔を赤らめる。
そして沙織は、照れた顔を隠すように前へ歩き出すと、やがて鷹緒に振り向いた。
「私も大好き」
沙織の声は大きく響いたが、遠くに上がる花火の音で、鷹緒にしか届いていない。してやられたように、鷹緒は照れた笑顔を零す。
やがて二人は寄り添いながら、夜空に咲く花火を見つめていた。