42-5. 特別な日 (5)
夕空の下。沙織は数人のモデル仲間と食事をしていた。女子はみんな浴衣姿でもある。
「誕生日おめでとう、沙織!」
今日は沙織の誕生日。花火へ向かう前に立ち寄ったレストランで、沙織はみんなに祝ってもらっている。
「ありがとう!」
「これ、みんなからバースデイプレゼント。今日は突然来られなくなっちゃったけど、綾也香と後輩モデルの秀一君からも入っております!」
ここにいる人だけでなく、多くの人からのプレゼントに、沙織の顔は綻んだ。
「ありがとう! こんなふうにみんなに祝ってもらったの久しぶり。すごく嬉しい」
屈託なく笑う沙織は、ラッピングされた大きな袋を開ける。すると中には、大きめの白いウサギのぬいぐるみがあり、その手には小箱が握られている。
「わあ。可愛い!」
「その箱、開けてみて」
待ちきれないような麻衣子に急かされ、沙織はぬいぐるみを膝に抱えて、小箱に手を伸ばす。
すると小箱からハッピーバースデイの音楽が流れ、中には流行のデコアクセが入っていた。ケーキなどを模した手作りのアクセサリーである。
「すごく可愛い!」
「あとは背中に商品券背負ってるよ。今度一緒に買い物行こう」
「ありがとう。本当に嬉しいよ!」
喜んでいる沙織の前で、男性モデル陣も笑う。
「ぬいぐるみに商品券なんて、麻衣子のやつ、なんてチョイスだと思ったけど、それだけ喜んでもらえるならよかったな」
そう言われて、沙織は明るく微笑んだ。
「ありがとう。ナイスチョイスだよ、麻衣子。大事にするね」
「ほらね。女子のことは女子のがわかるのよ」
「喜び合ってるとこ悪いけど、そろそろ花火会場行こう」
「そうだね」
一同は店を出ると、そのまま花火会場へと歩いていった。
少し離れた地域でも、花火の影響で大混雑だ。
「さすがにすごい人だね……」
「迷子にならないでよ、沙織」
麻衣子の言葉に、沙織は苦笑する。
「それはこっちのセリフだよ」
そう言った途端、人波に押された沙織は、前につんのめる形でよろけた。
「あぶね!」
その時、斜め後ろにいたモデル仲間の男子・玲央が沙織を支えてくれた。
「ごめんなさい! ありがとう!」
沙織の言葉に、玲央は吹き出すように笑う。
「すげえ勢い。プレゼント、デカくて邪魔だよな。持ってあげようか?」
「ううん、大丈夫。大事な物だから、自分で持ってる」
「そう? じゃあ後ろから見てるから、ちゃんと前見て歩いて」
「うん、ありがとう」
もう一度礼を言って、沙織は麻衣子の横に戻る。
「だから言ったじゃん。気をつけて」
そう言いながら、麻衣子は沙織の手を握った。
「子供じゃないのに」
「私から見てても危なっかしいもん」
「信用ないなあ。でも、これで転んだら道連れだね」
「その時は、即行手離すから」
「ひっどーい!」
笑いながら歩いていると、沙織の携帯電話が鳴った。メールらしい。
「愛しの彼?」
沙織の耳元で、からかうように麻衣子が言う。
「そ、そんなことないよ……」
そう言ったものの、沙織の表情が笑顔に変わる。それを見て、麻衣子は大きく息を吸い込んだ。
「あ!」
叫ぶような大声を発した麻衣子に、前を歩いていたモデルたちが振り向く。
「どうしたの? 麻衣子」
「ものすごいトイレに行きたい! あとで合流するから先行ってて。沙織はついてきて」
誰の意見も求めずに、麻衣子は沙織と手を繋いだまま、花火会場へ向かう人波から離れていく。
「麻衣子。トイレだったら、あそこにコンビニがあるから貸してもらえるかも」
そう言った沙織に、麻衣子は立ち止まると、キョロキョロと辺りを見回した。
「沙織。このまま抜けちゃいなよ」
突然の麻衣子の言葉に、沙織は目を見開く。
「え……どうして?」
「愛しの彼がお呼びでしょ」
微笑む麻衣子を見て、沙織は目を泳がせた。
先ほどのメールは鷹緒からだが、決して呼び出しのメールではない。
「呼ばれてるとか、そういうんじゃないよ……」
「でも沙織が今、一番笑顔になれるのも、一番一緒に居たいのも、うちらじゃなくない? 待って。今、タクシー探すから」
「……勝手に決めないで。みんなと一緒も嬉しいよ。花火に行くって決めたのは私だし、あれだけお祝いしてもらって途中で帰れないよ。それに花火終わってからでも顔は出せるもん」
そう言った沙織に、麻衣子は苦笑する。
「花火が終わってから飲み会やろうっていうのは、前から決まってるじゃん。沙織の性格からいって、それすら抜け出すのは無理でしょ」
「でも……」
「本当は行きたいんでしょ。少しでも長く一緒にいたいんでしょ」
「それは、麻衣子やみんなとも同じだよ……」
「うちらとは毎日のように仕事でも会ってるんだし、今日は綾也香たちもいないし、また来年来ればいいじゃん。それより、ここ数日も地方ロケで会ってないんでしょ。しかも相手は入院中なんだから、今を大事にしたほうがいいよ」
「でも……」
「大丈夫。みんな花火見れば沙織のことなんて吹っ飛ぶし、沙織は誕生日であの中の誰よりも今日忙しいんだから、なんとでも言っておくよ」
そう言ったところで、麻衣子はやっと見つけたタクシーを止める。
「ほら行きなよ。これ、誕生日プレゼント第二弾ね」
麻衣子の言葉に感激するように、沙織は微笑んだ。
「ありがとう、麻衣子。ごめんね……」
「いいっていいって。その代わり、私の誕生日は期待してるから。それに今度二人でゆっくり買い物しよ」
「うん!」
沙織は後ろ髪引かれる思いでいながらも、麻衣子に後押しされてタクシーへ乗り込み、そのまま鷹緒のいる病院へと向かっていった。