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42-4. 特別な日 (4)

 その日の夜。消灯時間を迎えた鷹緒の病室では、個人用のライトが点りながらも、鷹緒はベッドに半身起こす形で、自分の片手を枕にして目を閉じていた。

「寝てる?」

 突然、女性の声が聞こえ、鷹緒は目を開いた。目の前には白衣姿の女性。どこか懐かしい面影が、鷹緒の記憶をくすぐる。

「遅えよ」

 眉を顰めながら、鷹緒は途端にそう言った。

「相変わらず可愛くないなあ」

「出よう」

 そう言って、二人は同じ階のフリースペースへと向かう。そこはすでに誰もおらず、女性は電気を点けて椅子に座る。

「本当に久しぶりだね。電話してもちっとも出ないんだから」

「悪い。手紙も返信しそこねてて……」

「まあ、こうして連絡してくれたんだし? まさかこんなところで会うとは思ってもみなかったけど、私としては諸星君の寝顔見られただけでレアだわ。弱ってるイケメン見るのってそそるわよね」

「奈々子。おまえな……」

 鷹緒は苦笑しながら立ち上がると、自動販売機に小銭を入れる。

「コーヒーでいい?」

「ビール」

「あるか、そんなもん」

「じゃあブラックで」

 カップコーヒーをテーブルに置くと、鷹緒は女性の前に座る。

 その時、広樹が顔を出した。

「鷹緒」

「おう。ヒロ」

「悪いな、消灯時間過ぎちゃって……あっと、先生とお話し中か」

「いや、主治医じゃねえし」

 近付く広樹に、鷹緒は隣の席を勧めるように椅子を引く。会釈する二人の間で、鷹緒が口を開いた。

「こいつ、会社の社長の木村広樹。こっちは加藤奈々子。中高時代の同級生」

 鷹緒からの簡単な紹介に、広樹と加藤奈々子と紹介された女性は驚いた顔をする。

「え、鷹緒の同級生?」

「諸星君の社長さん?」

 二人が驚いている間にもう一つコーヒーを買って、鷹緒は広樹に差し出した。

「ああ、ありがとう……え、なに? 同級生がたまたまこの病院にいたってこと?」

「いや、ずっとここに勤めてるのは知ってたよ。でも歯科医だから会う機会なかったし」

 広樹の言葉に、鷹緒が答える。すると奈々子が苦笑して口を開いた。

「どうせ忘れてたんでしょ? ひどいんですよ、諸星君。電話しても全然出てくれないし、今回の入院だって、今朝になってやっと電話かけてきて――」

「電話しても出なかったはおまえもだろ」

「診察中に出られるわけないでしょ。携帯の番号知らなかったから、最初誰かわからなかったし」

「ハハッ。そりゃあ悪かったなあ」

 そう言いながらも、鷹緒と奈々子は明るく笑っている。そんな二人を見て、広樹も微笑んだ。

「僕も鷹緒とは高校時代から知ってるけど、やっぱ僕らに見せる顔とはまた違うな」

 広樹の言葉に、鷹緒は驚いた顔を見せる。

「そうか?」

「もしかして木村さんも、同じ年ですか?」

 奈々子に尋ねられ、広樹は大きく頷いた。

「ええ。高校時代から同じバイト先で」

「ああ、そういうことなんだ。だから社長さん相手にそんな偉そうなんだ」

「偉そうで悪かったな」

 会話の弾む広樹と奈々子に、鷹緒が口を曲げる。

 そんな鷹緒に微笑んで、広樹は一つのファイルを差し出した。

「これ、頼まれてた資料。こっちのことは心配するな。ちゃんと休めよ」

 そう言って、広樹はコーヒーを一気飲みして立ち上がる。

「もう帰るのか?」

「届けに来ただけだから。それに消灯時間過ぎて怒られちゃうからね」

「わざわざ悪いな。今日中に欲しかったんだ」

「いいけど根詰めるなよ」

「うん。ただ、再来月以降の企画も持って来てくれない?」

 それを聞いて、広樹は軽く溜め息をつきながらも頷いた。

「おまえな……」

「他にやることねえんだもん。暇つぶしとして持って来て」

「ったく……了解。明日は一日忙しいから、朝のうちに持って来る」

「サンキュー」

「いいや。僕は美人ドクターに会えてよかったよ。鷹緒のこと、よろしくお願いします。じゃあ、おやすみ」

 去っていく広樹に会釈して、鷹緒は奈々子を見つめ直した。

「悪い。バタバタして……」

 言った途端に視線を落とし、鷹緒はもらったばかりの資料に軽く目を通す。

「相変わらず忙しそうだね。誰かと連絡取ってないの?」

「んー……この間、五城とは飲んだけど」

「へえ、そうなんだ? こっちには全然連絡くれないくせに」

「ごめんって。でも、五城とも偶然会ったんだ。それで一回飲みに行っただけ」

「二人、仲良かったもんね」

「学生時代の腐れ縁だけどな。でもまあ、奈々子ともこうして会えてよかったよ」

 ふと顔を上げると、奈々子が満面の笑みで微笑んでいた。

「……なんだよ?」

 鷹緒が尋ねると、奈々子は笑顔のまま首を振る。

「ううん。なんか諸星君、前より丸くなった?」

「は?」

「眼鏡かけてないせいもあるかなあ。そんな社交辞令みたいな言葉だけど、会えてよかったなんて言ってくれて嬉しいわ。昔の諸星君なら考えられなくない?」

「……まあ、俺も大人ですから」

「あはは。そうよねえ、離婚したんだっけ?」

「いつの話だよ……結構昔。おまえは?」

「私も即行別れたわ」

「だから言ったじゃん。おまえに合う男なんてそうそういねえって」

「あなたに言われたくないわ」

 その日、家族のことで落ち込んでいた鷹緒は、久々に会った同級生と遅くまで話をすることで、気を紛らわせていた。


 次の日の朝。広樹は廊下ですれ違った人物に息を呑んだ。鷹緒の父親である。

 相手は広樹に気付いていないだろうが、広樹は知っている。驚きを隠すように顔を背けると、去っていくその人の後ろ姿を見つめた。

 そのまま鷹緒の病室へ行くと、どこか見覚えのある女性が頭を下げている。鷹緒の義理の母親だ。

「じゃあ、退院の手続きに行きます。こんなところなのが少し残念だけど、鷹緒君に会えてよかったわ。本当、気軽に家に遊びに来てほしいな。ゆっくり食事でもしましょうよ」

「ええ……気が向いたら、是非……」

 社交辞令に微笑んだが、鷹緒は一度もその女性を見なかった。

「じゃあ、失礼します」

 女性は振り向くと、広樹がいたことにやっと気付き、会釈をして病室を出ていった。

「ヒロ」

 苦笑する鷹緒の前で、広樹はあからさまに不機嫌な顔を見せている。

「何が気軽に家に遊びに来いだ……ゆっくり食事でもしましょうだ。鷹緒の気持ち、全然わかってないんだな」

 はらわたが煮えくり返っているような様子の広樹に、鷹緒は吹き出すように笑う。

「なんでおまえが怒ってるんだよ」

「そうだけど……向こうも入院してたのか? いつ知ったんだよ」

「おととい本人と会った。向こうは検査だけらしいから、今日退院だとさ」

「そうか……おまえの具合は?」

「ああ。こっちも検査終わって、順調。明後日には退院出来るって」

「それはよかった」

 ほっとする広樹を見て、鷹緒は苦笑した。

「そっちはどうなんだ? 毎日のように社長が来てる暇あんのかよ」

 それを聞いて、広樹は笑う。

「今日は午前休みだし、優秀な部下がいるもんでね。おかげで社長は楽させてもらってる。それに昨日言ってた資料持って来たよ」

「そうか……悪かったな。この忙しい時期に」

「仕方ないだろ。まあ一週間程度でよかったよ。みんなも安心するだろ。沙織ちゃんも……」

 沙織という名前に、鷹緒は深く息を吐いた。今日は沙織の誕生日なのだが、一緒に祝うことも叶わず、沙織はモデル仲間と花火を見に行くと言っていた。

「……」

「なんだよ。喧嘩でもしたのか?」

「いや……年下に気遣われてるのが辛いだけ」

「年下っていっても彼女だろ。べつにいいじゃん」

 慰める広樹を前に、鷹緒はいつになく肩を落としている。

「不甲斐ないよなあ……去年の誕生日当日も、ほんの数分しか祝えなかったし」

「べつに当日じゃなくてもよくない?」

「そう? 女って記念日とか大事にするじゃん。ちゃんとやっておかないと、後日なんか言われそうだし……それに俺がちゃんとしてやりたかったんだよ」

「そうかもしれないけど……今回はしょうがないだろ」

「はあ……嫌だな。こんなことで距離開くの」

 いつになく落ち込む様子の鷹緒に、広樹は笑った。

「おまえも人間だったんだな」

「なんだよ。喧嘩売ってるのか?」

「いいや。でも沙織ちゃんなら大丈夫じゃない? きっとあとで来るだろう」

 それを聞いて、鷹緒は首を振る。

「今日は来る予定ないし、来たって何がしてやれるっていうんだよ……」

「会えるだけでいいんだろ。病気なんだし、こんな時くらいわがまま言ってみればいいじゃん」

「出来るかよ。ただでさえ、不甲斐なさ過ぎて格好悪いのに」

 虚ろな目をする鷹緒を見て、広樹は軽く溜め息をつくと、思いついたように口を開いた。

「おまえ、入院してなかったら、沙織ちゃんとどう過ごすつもりだったの?」

「どうって……レストラン予約してたくらいかな。プレゼントに目星はつけてるけど、最終的には一緒に選ぶ予定だったから、まだ買ってないし」

「ふうん。じゃあさ……」

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