42-1. 特別な日 (1)
WIZM企画プロダクション所有の地下スタジオの女性楽屋では、まるで女子校のような盛り上がりを見せていた。
輪の中心にはトップモデルの綾也香がおり、その周りを新人に近い後輩モデルが囲んでいる。沙織は麻衣子と並んで鏡の前に座り、その話に耳を傾けながらメイクを落としている。
今日は同じ事務所所属のモデルしかおらず、撮影後の着替えの最中、ふと始まった恋バナに華を咲かせているらしい。
「じゃあ綾也香ちゃんって今、恋してるんですね!」
後輩モデルからの言葉に、綾也香は明るく笑う。
「まあ、私はいつでも恋してるよ。じゃないと輝けないじゃん」
「でも一筋縄ではいかない恋してそう」
「そうだね……難しい人ではあるけど、もういいやってなるまで諦めないんだあ」
いつでも前向きの綾也香の話に、沙織も微笑みながら立ち上がると、すべての支度を終えて、その話に加わった。
綾也香の想い人は、事務所社長の広樹である。冗談のノリでもあまり大きな声では言えない恋だが、それを知って、沙織は綾也香に尊敬の念さえ抱いている。それは自分も同じように、一筋縄にはいかない大人の男性である鷹緒に恋をしているからだろう。
その時、ノックとともに勢いよく女性楽屋のドアが開いた。着替えスペースは奥の見えないところにあるため、スタッフの男性もよく出入りしている。
今回もそうだと思い、一同が顔を上げると、そこには息を切らせた広樹がいた。
「あ、社長だ!」
後輩モデルたちがそう言うが、広樹はキョロキョロと部屋を見回している。ふと綾也香とも目が合ったが、広樹の視線は沙織と結びついた。
「沙織ちゃん!」
突然そう言われ、沙織は驚きながらもきょとんとしている。
「は、はい?」
「持ち物全部持って!」
「え?」
「来て!」
恐ろしいまでの形相で言葉少なくそう言うと、広樹は沙織の腕を掴んで、そのまま楽屋を出ていった。
「ちょ、ちょっとヒロさん! どうしたんですか?」
早歩きの状態で未だ腕を取られながら、沙織が広樹の顔を見上げる。
「乗って」
外に待たせていたと見られるタクシーの前で、広樹が沙織にそう言った。その顔は険しく、沙織の不安を煽り立てる。
「……何があったんですか?」
「事情はあとで説明するから、とにかく乗って」
車内に押し込めるようにして、広樹は沙織とともにタクシーへと乗り込んだ。
「総合病院に向かってください」
すでに指示していたのか、広樹はそれだけを言って、沙織を見つめる。
「ヒロさん……?」
「沙織ちゃん。落ち着いて聞いて……」
そう言いながらも、広樹は自分自身を落ち着けるように、軽く深呼吸して口を開いた。
「鷹緒が倒れた」