41. ほんのひとコマ (深酒編)
朝、広樹が出勤すると、エレベーターホールに隣接した喫煙室に、鷹緒の姿が見えた。しかし鷹緒は煙草を吸っているわけでもなく、うなだれるように全面窓へともたれこんでいる。
「鷹緒? おはよう」
広樹が声をかけると、鷹緒は眉を顰めて振り向いた。
「ああ、うん。おはよ……」
「どうした? 煙草も吸わず、ずいぶんグロッキーだな」
「気持ち悪くて……」
「え、大丈夫かよ?」
「平気。二日酔い……」
確かに今日の鷹緒は顔がむくんでおり、酒臭さすら残っている。
「同情の余地はないが、おまえが深酒とは珍しい……」
「同級生と飲んでてさ……二軒、三軒と連れ回されて……」
頭を抱える鷹緒は、頭痛で辛そうだ。
「沙織ちゃんが地方ロケだからって、遊び歩いてるんじゃないだろうな」
「あいつにも昨日、電話した気がするんだけど……覚えてないな」
「ったく、少し社長室で休んでいいよ。二日酔いに効く薬もあるから」
「……広樹母さん」
「僕はおまえのお母さんじゃないっての!」
それから社長室へ向かった二人は、お互いに栄養ドリンクを飲んだ。
そして広樹は社長椅子に座り、鷹緒はソファへと横になる。
「ヒロ。仕事溜まってる?」
鷹緒の言葉に、広樹は口を曲げた。
「うーん。溜まっちゃいるけど、お手上げ状態ではないよ。なんで?」
「いや俺、結構手空いてんだけど」
「嘘?」
見つめる広樹の前で、鷹緒は静かに身体を起こす。
「本当。忙しい時期だからって、詰めすぎたかな……このところ、沙織も地方ばっかで会ってないしな」
「それで? 僕の仕事手伝ってくれるの? それとも……」
「……午前休させていただけます?」
少しだけ身を竦めながら言った鷹緒に、広樹は苦笑した。上目遣いのその顔は、女性ならすべてを許してしまいたくなるんだろう。
「おまえ、それで落とせるの女だけだからな」
広樹の言葉に、狙っていたわけではなかった鷹緒は、歯を見せて笑った。
「チッ」
「まあでも午前だけならいいよ。そんな状態で、だらだら仕事しててもしょうがないだろ」
「おお、ありがとう社長」
「そういう時だけ社長扱いかよ」
苦笑を続ける広樹に、鷹緒は笑いながら立ち上がる。
「午後から仕事手伝うから、それで許して」
「いいからゆっくり休め」
「サンキュー。地下スタで休んでる。午後から戻るよ」
「了解」
鷹緒はそのまま会社を出て、地下スタジオへと向かっていく。
着くなりソファベッドに寝そべるが、ふと設置されたパソコンが目に入って、すぐに起き上がった。
場所が変わってリフレッシュされたのか、はたまた仕事人間の性なのか、急に頭が冴え渡った様子の鷹緒は、そのままパソコンへと向かう。
それから数時間後――。
放置していたバッグの中で携帯電話が鳴っているのが聞こえ、鷹緒は急いで電話に出た。
『おまえ、今何時だと思ってんだよ』
開口一番、広樹のそんな声が聞こえる。
そう言われて時計を見つめると、すでに昼を回って午後になっている。
「おお!」
『午前休って言ったよな?』
「休んでねえよ。結局仕事しちゃってこの時間……すまん、すぐ戻る!」
電話を切って支度をし、鷹緒はあくびを噛みしめて、急いで会社へと戻っていくのだった。