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30. 前夜

 恵美の誕生祝いの前日、定時を過ぎたWIZM企画の社長室。そこでは未だ仕事をしている広樹を尻目に、鷹緒が暇つぶしとでもいうように、ガイドブックを見ながら口を曲げている。

「鷹緒。おまえね……人が仕事している時になんだよ、そのリラックスモードは。ここは一応、社長室。そんで社長は僕なんですけど?」

「だって今日は残業組多いから、集中出来ないんだもん」

「社員には気を遣うのに、僕には使わないのな……」

「そんなの当たり前だろ」

「こいつ……所場代出せよ」

「ヤクザかよ。じゃあ、コーヒーでも飲む?」

 そう言った鷹緒に、広樹は疑念の顔を見せる。

「……おまえが飲みたいだけだろ」

「失礼な。まあそうだけど」

 笑いながら鷹緒は社長室を出ていくと、すぐにコーヒーを入れて戻ってきた。

「今日はやけにのんびりじゃん。仕事終わったんなら帰れよ」

 広樹の言葉に、鷹緒は軽く頭を掻く。

「理恵待ち」

「沙織ちゃん待ちじゃないの?」

「あいつこそ地方の仕事で、今日は遅くに帰るって言ってたよ」

「へえ。なんか変な関係だな」

「しょうがねえだろ。明日は恵美の誕生日なのに、待ち合わせ時間とか全然決めてないんだから」

 そう言われて、広樹は口を曲げた。

「なるほどね……でも、そんなの電話で済むじゃん」

「ちょっと話しておきたいんだよ。まだ行き先決まってねえから……」

「おまえ……彼女でもそんな下準備しないんじゃないの? 沙織ちゃん、妬くぞ」

 鷹緒は苦笑した。

「こればっかりはしょうがない。恵美はどうにも繋がっていられないから……この先父親に戻ることもないし、いつ切れるかわからない縁なんだから、繋がっているうちにちゃんと思い出残しておきたいんだよ」

 そう言ったところで、鷹緒は自分の発言を後悔する。

「なんかダセェよな……」

 ふっと笑った鷹緒に、広樹は切なげに微笑んで俯いた。

「いや……そう出来るおまえは、僕も見習うべきところだよ」

 その時、社長室がノックされ、理恵が顔を覗かせた。

「ごめんなさい、遅くなっちゃって……ヒロさん、まだ仕事中でしょう? えっと……まだみんな残ってるから、会議室でも使う?」

「ああ、いいよ。ここで話してもらって。今までも鷹緒としゃべってたくらいだし」

 理恵の気遣いに、広樹がそう口を開く。

「そうですか? じゃあ失礼します……」

 そう言って、理恵は鷹緒の前に座った。

「それで、なんだっけ……明日の待ち合わせ場所と時間?」

 自分を待っていたことは知っていながらも、何を決めるべきなのかまだ頭が回っていない様子で、理恵はそう言った。

 それを受けて、鷹緒が口を開く。

「ああ。場所と時間はどこでもいいんだけど、まだ行くとこ決めてないんだよな……会う度にテーマパークってのも飽きるだろうしと思って」

 どこへ行くべきか悩んでいる様子の鷹緒に、理恵もまた眉間にしわを寄せる。

「うーん。私は何処も連れて行ってあげられてないからなあ……動物園は? あの子、動物好きだし」

「結構前だけど行ったし、割と最近、学校で行ったとも聞いてるけど」

「そういえばそうね。撮影とかでもよく行くしなあ」

「アウトレットモールは?」

 そこに、まるで助け船を出すように広樹がそう言った。

「え?」

「恵美ちゃん、ファッション系にも興味あるでしょ。そこで誕生日プレゼントも買っちゃえば一石二鳥じゃん?」

「おお、いいかもな。あいつドライブ好きだし、ちょっと遠出のモールに行けばいいかも。どう?」

 鷹緒に言われ、理恵も頷いた。

「べつにいいんじゃない? でも恵美は、鷹緒となら何処へ連れて行っても喜ぶと思うけど……」

「そう? じゃあ決定」

「でも、あんまり買いすぎないでよ?」

「わかってるよ」

 うんざり気味に言う鷹緒に、理恵が口を曲げながら顔を近付ける。

「本当にわかってる? 誕生日だからって買いすぎないで。あと、あの子はまだ小学生なの。今時おしゃれしてる小学生はたくさんいるけど、私は必要以上にブランド物を着せたくないし、大人みたいに高いコスメも与えたくないの。だってモデルとして着ることもたくさんあるし、大人になったら嫌でも化粧しなきゃならないから。だから服や小物ならいいけど、無駄に高い物を絶対買わないでよ!」

 念を押す理恵に、鷹緒は身体を引かせる。

「わかったよ……じゃあ、時間は朝十時に家へ迎えに行くんでいい?」

 話題を変えた鷹緒に、理恵はなおも口を曲げる。

「ええ? 楽しみにしてるんだから、もっと早くに会ってあげなさいよ」

「十分早いだろ」

「じゃあさ……」

 揉めそうな二人を前に、またも広樹が声をかけた。

「僕もプレゼント渡したいから、恵美ちゃん会社に連れて来てくれない? 行きでも帰りでもいいんだけど。っていうか、理恵ちゃんちに迎えに行ってからドライブってのも大変だろうし、会社で合流したらどう?」

 広樹の提案に、鷹緒は首を傾げながら考えている。

「会社で恵美と合流って、社員に怪しまれるじゃん」

「べつに時間差で出ればいいし、そんなの気にするほど暇な社員いないって。それに僕だって、理恵ちゃんのこと待ってる恵美ちゃんと、二人で食事に行ったこともあるし」

「簡単に言いやがって……でもまあ、ここら辺まで出てきてくれるなら、俺は少し楽だけど」

 鷹緒がそう言ったのは、理恵の家へ行くよりも会社に来るほうが、近い上に出かけやすいからである。

 それを察して、理恵も頷いた。

「こっちは何処でもいいわよ。毎度毎度、ヒロさんにまでプレゼントもらうのは気が引けちゃうけど……」

「なに言ってんの。恵美ちゃんは僕にとっても可愛い子供みたいなもんだからね」

「ありがとうございます」

 笑顔で会話している理恵と広樹を見つめながら、鷹緒は静かに口を開く。

「ヒロ。おまえ、プレゼントもう買ったの? 何買ったの?」

「秘密」

「なんだよ。こっちはまだどうしようか迷ってんのに」

「え? この間、沙織ちゃんと一緒に選んだって言ってなかったっけ」

「マニキュア買ったよ。ブランドだけど高いやつじゃねえし、そのくらいはいいだろ?」

 尋ねられて、理恵は苦笑する。

「まあ、マニキュアくらいなら……いいとこ攻めたわね。小学生にも人気のコスメだもんね」

「それは沙織のおかげだけど……小物だから気が引けてる」

「プレゼントなんて、大きさじゃないでしょ」

「そうだけど……まあ、アウトレットモール行くなら、服とかは買ってやるからな」

「いいわよ。でも私が注意したいのは、買いすぎるなってこと。放っておいたら、欲しがる物全部買っちゃうでしょ」

「そんなことはないと思うけど……」

 歯切れの悪い鷹緒に、理恵と広樹は苦笑する。

「まあ、何事もほどほどにってね。じゃあ八時には出勤するから、その辺りに」

「……わかった」

 まるで拒否権などないように、鷹緒は息をついて決定事項を受け止める。

「帰りは遅くなる?」

「どうかな……夕飯食べて帰すつもりではいるけど。家まで送るから心配するな」

「了解。じゃあ、よろしくね」

「ああ。それじゃあ俺、帰るわ……」

「おつかれさま」

 広樹と理恵に見送られ、鷹緒は会社を出て途中にある本屋で新たなガイドブックを買うと、家へと帰っていった。


 家に帰るなり、鷹緒はリビングで買ってきたガイドブックを見つめる。

 恵美と出かけるのは久しぶりのこともあり、また誕生日当日ではないとはいえ誕生日を楽しみにしている恵美のために、失敗は出来ないと思うと、綿密な計画を立てたがる自分がいる。

 広樹が指摘したように恋人にはなかなかしない行為に、鷹緒は自己嫌悪に陥りながらも、ガイドブックから目を逸らせない。

 その時、携帯電話が震え、鷹緒はやっとガイドブックから目を離し、電話を取った。

「はい」

『沙織です。今、大丈夫?』

 声を聞いて、鷹緒は微笑みながら目を伏せた。

「うん。さっき帰ったとこ」

『もう帰ってたんだね。私はこれから電車に乗るところ』

「まだ地方なんだろ? 今から帰るのか。ずいぶん遅いんだな」

『うん、でも予定通りだから。鷹緒さんは明日、恵美ちゃんとデートでしょ? 何処に行くか決まった?』

 何処へ行くかずっと迷っていた鷹緒を知っている沙織は、そう尋ねてみる。

「うん。アウトレットモールでも行こうかと思って」

『ああ、いいね。いろいろ買ってあげられるだろうし』

 賛同してくれた沙織が素直に嬉しくて、鷹緒は思わず笑みを零した。

「ああ……おまえは明日、打ち合わせだっけ?」

『朝のうちにちょこっとね。あとは暇だから、一日ゆっくりするつもり』

「そうか。明日は会えないだろうけど……」

『うん、いいの。楽しんできて』

 その声が妙に切なげに聞こえて、鷹緒の胸を締めつける。

「おまえも連れて行ければいいんだけどな……」

 それを聞いて、沙織もまた切なげに微笑んだ。

『いいよ、みんながみんな気を遣うだけになっちゃうだろうし。私のことは大丈夫だから。でも……明日が終わったら、私ともゆっくりデートしてね』

「ああ。今度遠出しよう」

『うん。私もアウトレットモール見たいし。あ、もうすぐ電車来るみたい。じゃあまたね』

「気をつけて帰れよ」

『はーい。おやすみなさい』

「うん。おやすみ……」

 声を聞けば切るのが名残惜しい。

「沙織」

 思わず電話を切る前にそう呼んでしまい、鷹緒は自らの行動に目を泳がせた。

『うん?』

「あ……」

『なあに?』

 そんな沙織の声が聞こえ、鷹緒は苦笑しながら自分を受け入れる。

「いや、ごめん……俺、切りたくないみたい」

『えっ?』

 驚いたのは沙織である。しかし、すぐに鷹緒の声が聞こえる。

「なんて……引き留めてごめんな。じゃあ気をつけて……」

『あ、鷹緒さん!』

 今度は沙織がそう止めて、鷹緒は胸を高鳴らせた。

「ん?」

『私も本当は切りたくないんだからね?』

 そう言われて、鷹緒は笑みを零す。

「わかってるよ。明後日には会えるな……楽しみにしてる」

『うん。私も……』

「じゃあな。おやすみ」

『おやすみなさい……』

 互いに気持ちを断ち切るように、二人は同時に電話を切った。

 静寂が訪れる中、鷹緒は高揚した気持ちを抑えるように深呼吸する。

「俺も駄目だな……」

 気の利いた言葉の一つも言えない自分がもどかしいと思う。沙織は必死に大人になろうとして、恵美と会うことを許してくれているのに、自分は不安にばかりさせて応えられていないと思うと、落ち込む部分があった。

 しかしせっかく沙織が送り出してくれた手前、明日の恵美とのデートは成功させてやらねばならないと思い直すと、もう一度ガイドブックを見つめる。一方で、沙織と回ったら良さそうな店ばかりが目に入り、脱線する自分に苦笑しながらも、明日のプランを練っていった。




「やべ! 寝落ちした!」

 次の日の朝、昨夜張り切りすぎたがために、ほんの少し寝坊した鷹緒は、慌てて会社へと向かっていくことになる――。

第28話「恵美の誕生日」につづく……。

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