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29. 理恵の誕生日

 四月下旬の定時を過ぎたWIZM企画社内。小会議スペースの大きなテーブルに、書類を広げた理恵がいるだけで、他には誰もいない。

 そこに、牧が戻ってきた。

「ただいま帰りました。買って来ましたよ」

 そう言って、牧は理恵の前に弁当の袋を差し出す。

「ごめんね、牧ちゃん。夕飯買いに行かせちゃって……」

「いいんですって。私も今日は残業する予定だったし、足りない文具買いに行きたかったから」

「じゃあ、先に夕飯食べよっか」

「はい。お茶入れますね」

「ありがとう」

 理恵は書類が散乱したテーブルの上を片付けて、二人分の弁当を並べる。そこに牧がお茶を入れて戻ってきた。

「今日は社長もお休みですし、静かですね」

 牧の言葉に、理恵が笑う。

「本当ね。あと外回り組は鷹緒くらい?」

「はい。でも鷹緒さん、今日は直帰するって言ってましたから、もう私たちだけみたいですね」

「じゃあ仕事はかどりそう」

「うふふ。そうかもしれないですね」

 二人は弁当をつつきながら、ふと壁に設置されているホワイトボードを見上げた。そこには今月から来月にかけての大まかな予定が書かれている。

「もう五月か。早いなあ」

「本当ね」

「あ、もうすぐ理恵さん、誕生日ですよね。何欲しいですか?」

 そう言われて、理恵は苦笑する。

「いいよ、この年にしてめでたくもないし。気を遣わないで」

「そんな……じゃあ適当に買っちゃいますよ?」

「いらないってば。それに私の誕生日なんて、五月二日でゴールデンウィークにかかるもんだから、毎年流されてるもん。誕生日なんてそんなものよ」

「そんな寂しい……」

「でも本当の話。それに年取るのが毎年憂鬱だわ」

 苦笑する理恵を見ながら、牧はまたも思い出した。

「あ、そういえば鷹緒さんも来月誕生日じゃないですか。お二人とも五月だったんですね」

「うん」

「じゃあ、みんなで誕生日会とか!」

「……あの人が喜ぶと思う?」

「ああ……」

「今年は沙織ちゃんもいるんだし、二人きりで過ごすんじゃない? っていうか、どうせ仕事入ってるんじゃないの?」

 冷たく聞こえる理恵だが、鷹緒の性格がわかっているからこそ言えることでもある。

「どうだったかな……でもあっさりしてますね。もっとこう……いや、想像出来ないかも」

 元夫婦ということを思い出して二人のことを考えてみたが、結婚していた時もベタベタしているところなど見たことがなかった牧は苦笑した。

 それにつられて理恵も笑う。

「本人たちが忘れてるくらいの間柄だから……」

「でも鷹緒さんだって、誕生日くらい何かくれるでしょう」

「まさか。自分の誕生日すら忘れる人よ? ないない」

 過去の鷹緒を思い出して、理恵は平らげた弁当を閉じ、未だ食べている牧を見つめた。

「そうですか? 私たちにはちゃんと何かくれますけど」

「そうなんだ。じゃあ私だけないのかな」

「結構まめなところありますよね、鷹緒さん。毎年ちゃんとリサーチもかけてくるし」

「社員さんや取引先の人は特に大事にしてるんじゃない? あの人、三崎さんの教えを忠実に守ってるところあるし」

「三崎さんの教え……?」

 きょとんとしている牧を尻目に、理恵は目の前の給湯室へ入っていく。

「うん。他人の誕生日を大切にしてるのは、三崎さんのおかげだと思う。うんと昔だけど、仕事関係の人の誕生日を表にしてたくらいだから……きっと今でも続けてるんじゃないのかな」

「じゃあ、私たち社員も仕事関係だから……?」

 不満そうに口を尖らせながら、牧もまた食事を終えて給湯室に弁当の容器を捨てに向かう。

「ううん、社員さんは別でしょう。仕事関係の人へは、そうして繋がってビジネスに生かしてるってこと。べつに普通なんじゃない? そういう意味ではヒロさんだってしたたかよ」

「確かに……ヒロさんに、よくプレゼント買って来いとか言われますね」

「なにせうちの男どもは、やり手の人たちですから」

 くすりと笑いながら、二人は仕事にかかり始めた。


 それから数日後の五月二日。この日は理恵の誕生日だが、ゴールデンウィークにかけて長期休暇中の社員もおり、出勤している人手はいつもより少ないが、普段通りの日が始まっている。

 理恵と仲の良い社員や、まめである牧や広樹はすでにプレゼントを渡しているものの、今日はほとんどデスクワークの鷹緒は、夕方になってもそんな素振りを見せない。

 そんな鷹緒に理恵は慣れているのだが、周りの人間はなんだかそわそわしていた。二人の関係を知らずとも、同じ社内にいるのなら副社長の誕生日として、祝いたいという気持ちが働いているらしい。

 結局は定時の時間になって、モデル部の吉田琴美がおもむろに立ち上がった。

「みなさーん! 今日は副社長のお誕生日ですよ。今からちょっとしたパーティーをやります!」

 それを聞いて、鷹緒はふと奥にある予定表を見つめる。理恵の誕生パーティーということには驚いていないようだが、日にち感覚のずれがあったのか、ただ一瞬忘れていただけなのか、表情を変えないまま盛り上がる社員たちを見つめている。

「じゃあ、社員みんなからプレゼントです!」

 そんなサプライズに、理恵は驚いている。

「え、みんなって……」

「今日お休みの人も含めて、社員みんなからですよ。おめでとうございます!」

「ありがとう。嬉しい」

 理恵は花束と大きなプレゼントを、受け取りながらそう言った。クラッカーも鳴り響き、毎年あまり祝われ慣れていない理恵は、照れくさそうに笑う。

「というわけで、まだ仕事残ってる人もいると思うけど、軽くパーティーやろうよ」

 今度は広樹がそう入ってきて、社員全員にジュースが配られる。目の前には大きなホールケーキやピザなども用意されており、軽くとはいえそこはもう立派なパーティー会場となっていた。

「やだ……嬉しい。こんなにしてもらえるなんて」

「今年も全員揃ってないけど、この時期ゴールデンウィークでいつもなあなあじゃない? 今年はモデル部の諸君が頑張ってくれたんで、仕事の合間で悪いけどさ」

 広樹が理恵にジュースを渡し、そう言った。

「ジュースで乾杯かよ」

 遠くから苦笑しつつのそんな声が聞こえ、広樹と理恵は振り向く。

「聞こえてるぞ、鷹緒」

「他に五月生まれいなかったよな? 面倒だから、俺も一緒に祝ってよ」

 そう言って立ち上がり、鷹緒は広樹からジュースを奪う。

「ええ? 副社長のパーティーなのに……」

 近くにいた女子社員たちがそう言うので、鷹緒は理恵を見つめる。

「まさか副社長、そのお年で誕生パーティー独り占めしたいんですか?」

 意地悪げに微笑む鷹緒に、理恵はむっとしながらも、相変わらずといったように笑う。

「うわあ、嫌味な人ですねえ。もちろん私はいいですよーだ」

 理恵の言葉に笑いながら、鷹緒は横目で広樹を見る。広樹も苦笑して口を開いた。

「じゃあ、今日の主役がそう言うんだから従いましょ。急遽、五月生まれさんの誕生パーティーってことで、早速……乾杯!」

「カンパーイ! お誕生日おめでとうございます」

 ジュースながらも盛り上がる中で、理恵は隣に立つ鷹緒を見上げる。

「うまいこと考えたわね」

 そんな理恵に、鷹緒は苦笑しながら首を傾げた。

「なにが?」

「とぼけちゃって。同じこと自分もされたら面倒だって思ったんでしょ」

「さあ……俺のパーティーも、誰かさんはやってくれる気でいたのかな。しかし男でしかもこの年で誕生日もねえだろ。このところこういう社内イベント多いから、避けられるもんは先に避けとかないと」

「相変わらずねえ。素直に受ければいいのに」

「わざわざわかってること喜べない」

「何もなかったらなかったで寂しくない?」

「べつに?」

 そう言いながら、パーティーは終わりと言わんばかりに、鷹緒は自分の席へと戻っていく。

「ノリが悪いなあ」

 そう言った広樹の声が聞こえ、鷹緒は口を曲げた。

「こちとら忙しいんだよ。締切、明日だぞ」

「そりゃあ大変だ。でもちょっとだけなんだから、社内行事にはちゃんと付き合ってほしいもんだね」

「金は出しましたけど?」

「冷てえやつだな……」

 そんな鷹緒と広樹のやりとりに、理恵は相変わらずだといったように笑っていた。

 社内は盛り上がりを見せているものの、鷹緒は自分の席で小さくなりながら、パソコン画面に向かっている。

「副社長、おかわりどうぞ」

「ありがとう」

 やがてそんな声が聞こえ、鷹緒は思い出したように顔を上げると、理恵を見つめる。理恵は嬉しそうに笑いながら、近くの机に寄りかかっていた。

「副社長」

 頃合いを見計らい、鷹緒はそう呼んだ。

 理恵が振り返ると同時に、目の前に物が飛んでくる。

「わっ……」

 思わず受け取ったそれは、一口チョコレートの詰め合わせのようだ。

 驚いて理恵が鷹緒を見つめると、鷹緒は少し照れるようにしながらも、普段通りの表情で口元に笑みを浮かべている。

「おめでとうございます」

 他人行儀でそう言う鷹緒に、理恵は吹き出すように笑った。

「久しぶりですね。私にプレゼントくれるなんて」

「そんな物ですいませんけど」

「ううん、ありがとう。鷹緒さんが私の好きなチョコレート覚えててくれたなんて、ちょっと感激」

「定番のチョコレートなだけだよ……恵美も好きだしな」

「素直じゃないなあ。今日くらい、私をいい気分にさせてくれてもいいんじゃないですか?」

 そう言った理恵に少し呆れるようにしながら、鷹緒は苦笑する。

「おめでとう。素直に思ってるよ……」

 もう一度そう言って、鷹緒は仕事に戻るように、パソコン画面に視線を落とす。

 それを見て、理恵もまた微笑んで呟いた。

「ありがとう……」

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