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24. スイートホワイトデー

 ある日、WIZM企画のオフィスに大きな荷物が届いた。ダンボールの中にあるのは、ぎっしり詰まったラッピングされている袋状のもので、送り状の商品名にはホワイトデーキャンディーと書かれている。

「お、届いたか」

 宅配業者にサインしている牧にそう言って、広樹はその大きな荷物を受け取った。

「牧ちゃん。会議室に置いておくから、リスト持って来てくれる?」

「了解です」

 広樹はそのまま会議室へと向かっていく。中では鷹緒と俊二がカメラ機材を並べて、打ち合わせをしていた。

「なに、その荷物?」

「ホワイトデーのお返しだよん」

 鷹緒の言葉に広樹が答えて、その大きな荷物を机の上に置いた。すると牧がファイルを持って来る。

「はい、リストです」

「ありがとう」

「手が空いたらこっちで分けますけど、先に持って行く時は必ずリストにチェックしてくださいね。じゃないと後で大変なことに……」

「わかってるよ。ありがとう」

 広樹がそう言うと、牧は去っていった。

「すげえ量だな……」

「多めには買ったけど、同じくらいもらってるからね。おまえらもリストに載ってる人に会うなら持ってって」

 リストにはホワイトデーで渡すべき人の名前が書かれている。もちろん仕事関係の人だけだ。

「そういえばさ、なんか手軽に作れるお菓子ないかな?」

 突然言った鷹緒の言葉に、広樹と俊二は目を丸くして後ずさった。

「た、鷹緒さん。何が起こったんですか? いくら沙織ちゃんがいるとはいえ、気でも狂ったんですか!」

 そう言った俊二の額にデコピンをして、鷹緒は口を曲げる。

「沙織じゃねえよ、恵美。あいつ今年初めてチョコ作ったもんだから、俺にもお返し手作りがいいとか言いやがって……」

「ゼリーは? 冷やして固めるだけじゃなかったっけ」

「ゼリーは冷やしたまま渡したほうがいいですよね。クッキーのが無難じゃないですか?」

 広樹と俊二はそう言い合いながら、鷹緒を見つめた。

「そこからしてもうわからん……やっぱ無理かな」

「いやいや、鷹緒さんがやるなら僕もやります! 一緒に作りましょうよ」

 突然やる気を見せる俊二に、鷹緒は温度差を感じて顔を顰める。

「そこまでする? 恵美を説得出来りゃいいだけの話なんだけど……」

「なに言ってるんですか。沙織ちゃんにだってあげるでしょ。きっと手作り喜びますよ」

「とかなんとか言って、おまえも一人で作るの嫌だからだろ」

「ハハ……一人じゃちょっと勇気入りますよね」

 鷹緒は軽く頷くと、広樹を見つめた。

「じゃあ決定。前日に俺の家かマンションスタジオで。ヒロ、おまえも来いよ」

「なんで僕が……あげる相手もいないのに?」

「おまえも恵美からもらったんだろ。それにこの中で一番の料理経験者じゃん」

「お菓子は作ったことないんですけど……」

 そんな会話をしながらも、なぜか男三人のスイーツ作りが始まる――。


 ホワイトデー前日。仕事を終えた三人はスーパーマーケットへと出向いた。

「気持ち悪いスリーショットだな」

 鷹緒が呟くと、広樹が笑った。

「アハハ。僕は早くも帰りたいんだけど」

「社長。チョコチップってどこに売ってるんですか?」

「ああ、ジャムとか置いてある辺……って、オイ、鷹緒!」

 突然、広樹が怒鳴ったのは、鷹緒がお菓子コーナーから既製品のクッキーをカゴに放り込んだからである。

「やっぱり買ったほうが安くて良くない?」

「おまえ……誰のためにこんなことやってると思って……」

「まあまあ、これは俺のおやつだから」

「どういう神経してんだよ」

 二人は先に行く俊二に付いて、言い合いながら歩いていった。

 広樹の手にはスマートフォンが握られ、レシピの材料を見ているらしい。

「鷹緒。おまえんちに薄力粉ないよな?」

「なにそれ?」

「うん、わかった……全部買おう。あとはバターくらいかな」

「バターならあるよ」

「たぶん、おまえが言ってるバターと僕が言ってるバターは違うと思う」

「お菓子用とかあんの?」

「いいからついて来なさい」

 そう言って、広樹は持っていたカゴを鷹緒に渡した。すっかり後れを取っている鷹緒は、カゴをもったまま広樹の後ろを歩いていく。

「なあ。こういうの買わなくていいの?」

 ふと鷹緒が、クッキーの型を見せてそう言った。

「そっか。おまえんちにあるわけないよな」

 振り向いた広樹が答えて、いろいろある型を見つめる。

「うーん。見たことないけど」

「いろいろあるなあ。やっぱハートかな」

「ええ? こっちの動物でいいじゃん」

 すでに俊二は少し先を歩いており、はたから見たら二人はまるで妖しい関係に見える。そんな一部マニアに受けそうな二人を、振り向いた俊二が笑いながら見ていた。


 その後、買い物を終えた三人は、鷹緒のマンションへと向かっていく。

「どっちの部屋でやる?」

「明日スタジオ使うから、おまえんちのがいいよ」

「じゃあどうぞ」

 鷹緒は自分の部屋を開けると、広樹と俊二を引き入れた。二人が家に上がるのは久しぶりのことだ。

 しかしすぐにキッチンへは向かわず、三人はワインで一杯だけの乾杯をする。しらふでは作る気になれなかったのである。

「では、やりますか」

 広樹の掛け声で、三人のクッキー作りが始まった。会社の女子全員分ということもあり、泡立てなどの作業も三人で回しながらやる。

「あ、ヒロ、てめえ……目分量でやるなよ」

 やがて鷹緒がそう言ったので、広樹は苦笑した。

「細かいなあ。これだから素人が」

「初めてなんだぞ。ちゃんとレシピ通りに作らないと、何が起こるかわかんないだろ」

「そうですよ。書いてある通りにしないと」

 目分量を信用していない鷹緒と、意外と細かい俊二に押され、広樹は頷いてワインのおかわりを口にする。

「わかったよ。好きにしなさいな」

 そして綺麗に模ったクッキーを、もう長いこと使っていないオーブンに入れた。

「これで十五分か……案外簡単だったな」

 鷹緒の言葉に、広樹は笑う。

「これを機に、料理でも始めれば?」

「ええ? それはねえな」

「今は男子も料理出来ないと、モテない時代だぞ」

「じゃあ料理教室通おうかな」

「アハハ。おまえが料理教室なんて想像もつかないや」

「案外そっちにハマって、カメラマン辞めかねないかも」

「おいおい。冗談でもやめてくれよ……」

 そうこうしているうちに、鷹緒の人生初クッキーが出来上がった。分量通りにしたからか失敗というものはなく、綺麗に焼き上がっている。

「おお、出来てる……なんかちょっと感動かも」

「味見といきますか」

「いただきます!」

 三人は、同時にクッキーを頬張る。

「うまい!」

 そして三人同時にそう声を上げた。

「案外やるじゃん、俺ら」

「やっぱり分量通りにしたおかげですよ」

「小学生が作ったやつみたいだけどね……」

 鷹緒、俊二、広樹の順でそう言い放つと、三人は残りの生地をどんどん焼いていく。

 その時、部屋のインターフォンが鳴った。

「お、彼女かな~」

「おい、ヒロ!」

 玄関に走っていく広樹に、鷹緒も慌ててついていった。

 広樹がドアを開けると、そこにはやはり沙織がいる。

「ヒロさん……?」

 目を泳がせる沙織に、広樹が笑う。

「どうもー。上がって上がって」

「ヒロ、引っ込めって……」

 無理にリビングへと戻すと、鷹緒は沙織を見つめた。

「悪い。バタバタしてて……」

「ううん。私も……メールして返事なかったけど、勝手に来ちゃって……ごめんね」

「いいよ。入って」

「でも……」

「あとは俊二だけだから、気兼ねいらないし」

「じゃあ……お邪魔します」

 鷹緒とともにリビングに行くと、沙織は甘い匂いにキッチンを見つめる。

「いい匂い……」

「はいこれ」

 そう言って、鷹緒は出来立てのクッキーを沙織の口に入れた。

「美味しい。え、みんなで作ったの? 鷹緒さんも?」

「ああ。人生初クッキー。どう?」

「うん、美味しい。ちゃんと丁寧に作ったって感じ。粉っぽくないし」

「美味しい頂きました!」

「イエーイ!」

 広樹と俊二はすでにワインの数杯目に突入しており、陽気な酔っ払いと化している。

「悪い。うるさくて……」

「ううん、楽しい。それに三人の手作りクッキー食べられるなんて嬉しいよ」

「チョコチップと紅茶の二種類あるんだ。両方食べて」

「うん」

 いつになく明るい鷹緒に、沙織も喜んでいた。


 そして数十分後――。

 やりたい放題に盛り上がっている三人を尻目に、沙織はキッチンへと向かう。

「うわあ……」

 無事にクッキーは焼けたものの、キッチンは見たくもないほどの惨状で、粉が床にも落ちており、すべての器具が出しっぱなしになっている。

 小さく息を吐きながらも、沙織は床を拭き始めた。するとそこに鷹緒がやってくる。

「いいよ、そんなことしなくて」

「でも暇だし。いっぱい焼いたね」

「社員分だからな」

 そう言いながら、出しっぱなしの調味料などを手に取り、鷹緒も片付けに参加する。

「見たかったな。鷹緒さんが料理してるとこ」

「おまえ、俺を疑ってる? ちゃんと俺も混ぜたし焼いたよ」

「違うよ。純粋に見たいってだけ」

「まあ……これでクッキーは焼けるようになったかな」

「あはは。普段はあんまり作らないかもね」

「また機会があればな……今日はどうする? あいつら酔ってるし、このまま泊まると思う。おまえも泊まるなら寝室使っていいし、酒飲んじゃったから送れないけど、帰るならタクシー呼ぶよ」

 優しい鷹緒に、沙織は笑顔で首を振った。

「突然来たの私だし、このまま帰るよ」

「そう……悪いな、気を遣わせて」

「そんなことないよ。黙って来ちゃったのは失敗だったと思うけど、ヒロさんも俊二さんもいつも通りフレンドリーだし、おかげでクッキー一番乗りで食べれたし。楽しかった」

 そう言う沙織に、鷹緒もキッチンの床にしゃがみ込む。カウンターの向こうには広樹と俊二もいるはずで、途端に何かいけないことをしているかのような雰囲気が漂ったが、二人はそこでキスをした。

 優しい鷹緒の顔が見えて、沙織は照れるように微笑む。

「なんか……恥ずかしいね」

「じゃあもう一回」

 そう言いながら、鷹緒はもう一度沙織にキスをした。

「鷹緒」

 その時、遠くから広樹の声がして、鷹緒はしゃがんだまま声のする方向に振り向く。

「うん?」

「ワイン追加!」

「ハイハイ。すぐに持って行くよ」

 鷹緒は苦笑しながら沙織の頭を撫でると、目の前にある棚を開けてワインを取り出し、立ち上がる。

「どこにいたんだよ」

「ちょっと床掃除」

「あ、沙織ちゃんは? ごめん、僕らやりっ放しで……」

 そんな声を聞いて、沙織は雑巾をたたみながら立ち上がった。

「大丈夫ですよ。あとは洗い物だけだし……それよりクッキーも粗熱取れたと思うんで、そろそろラッピング出来ますよ」

「ラッピング……?」

 男たちは三人で顔を見合わせる。

「ヤバッ! ラッピングの袋とか買ってないじゃん」

 広樹が慌ててそう言った。

「べつに良くない? コンビニ袋とか紙袋ならいっぱいあるよ」

「そんなの駄目ですよ、鷹緒さん」

 鷹緒と俊二がそう言い合っているので、沙織は苦笑しつつも口を開く。

「だったら私、買ってきますよ。スーパーとかまだ開いてるし」

「駄目だよ、だったら僕らが行かなきゃ」

 そんな広樹の横で、鷹緒はすでに立ち上がっている。

「じゃあ俺、沙織送りがてら行ってくる」

「え、沙織ちゃん、泊まらないの? 僕らに遠慮することないのに……」

「うるさい。帰って来るまでに、キッチン片付けろよ」

 そう言って鷹緒は上着を羽織ると、沙織にもすぐに支度をさせてマンションを出ていった。


「ごめんな……今に始まったことじゃないけど、うるさい連中で」

 歩きながらの鷹緒の言葉に、沙織は笑顔で首を振る。

「どうして? 私、本当に嬉しかったよ」

「だったらいいけど……」

 二人は深夜も営業している大型スーパーへと入っていく。文具や事務用品も充実しており、ファンシーな袋も置いてあった。

「こんなのしかないね」

「いいんじゃない? 簡単に包装出来そうで」

「ちゃんと綺麗に出来る?」

「大丈夫。特にあいつら凝り性だし」

「私には、ちゃんと鷹緒さんが包んだのちょうだいね」

「いいけど文句は言うなよな」

「あはは。じゃあ言われないように心を込めてね」

「了解」

 スーパーから出た鷹緒は、タクシーを探す。

「俺、明日は夕方以降なら事務所にいるから寄って」

「うん。私も明日はイベントだけど、夕方には終わるよ」

「じゃあ待ってるから」

 鷹緒は通りがかったタクシーを止めて、沙織を乗せる。

「気を付けて。帰ったらメールして」

「うん。今日はありがとう」

「こちらこそ。おやすみ」

「おやすみなさい」

 タクシーで去っていく沙織を見送ると、鷹緒はマンションへと戻っていった。


「おまえら……」

 マンションに戻ると、広樹はソファで大いびきをかいて眠っており、俊二は床にワインを零して拭いているところだった。案の定、キッチンも片付いていない。

 鷹緒は広樹を叩き起こすと、買って来たばかりのラッピング袋を差し出す。

「ほら、やるぞ」

「眠い……」

「うるせえ。とっととやれ」

 こうして、男たちの夜は更けてゆく――。

「ん、案外難しいな、これ……」

 翌日、沙織の手に渡った鷹緒のクッキーは、ちょっと歪んだ形に包装された味のあるプレゼントとなっていたのは、言うまでもない。

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