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15. ほんのひとコマ (携帯電話編)

 夕方――。鷹緒が事務所に戻ると、そこには沙織がいた。

「おかえりなさい。よかった、会えた」

 沙織が笑顔で出迎えるが、鷹緒は焦ったようにデスクへ向かう。

「おう、待ってたの?」

「うん。今日は早く終わるって聞いてたから待ってようかと思って、ついさっき来たところ。電話したんだけど……」

「悪い。充電切れちゃって」

 そう言いながら、鷹緒はデスク脇に繋いである充電器で、携帯電話の充電を始める。電源を入れると、すぐにメールの着信音がいくつも鳴った。

「はあ……買い替え時かな。バッテリーが一日ももたない」

 苦い顔の鷹緒に、沙織はフリースペースのカウンターチェアに座り、鷹緒の後ろ姿を見つめる。

「そういえば、ずいぶん古い携帯使ってるね」

「うん。アメリカ行く前に使ってたやつだから」

「戻ってから新しいのにしなかったんだ?」

「これあるし、申し込むだけで済むからいいと思ったんだけど……新しい電池に換えたのにこんなんじゃ、もう駄目かもな……」

 沙織の言葉を背中で受けながら、鷹緒はパソコンでもメールチェックを始めている。

 そんな鷹緒に、沙織が口を開いた。

「……まだ仕事ある?」

「いや。家でやらなきゃいけない仕事あるから、早く帰るけど……メシぐらい一緒に食えるよ」

「本当?」

「ああ、でも先に携帯ショップ寄りたい」

「一緒に行ってもいい?」

「うん。じゃあ、さっさと行くか」

 そう言って、鷹緒は帰り支度を始める。

 連絡が取れずに会う日はいつも散々待たされるため、思いのほか早く終わったことで、沙織の気分も良くなって微笑んだ。

 二人はそのまま事務所を出ると、駅前の携帯ショップへと向かった。

「わあ。新しい機種が出てる。いいなあ」

 目を輝かせている沙織を横目に、鷹緒は怪訝な顔をする。

「おまえ、この間新しいのにしたって言ってなかったっけ?」

「したけどいいじゃん。あ、私と同じのもあるよ。これ」

 店頭に並んだ携帯電話を見せながら、沙織が言う。

「スマートフォンね……」

 鷹緒がそれを受け取ると、店員の女性が声をかけてきた。

「スマートフォンをお探しですか?」

「ああいや……古いタイプありますか?」

「それでしたら、こちらになります」

 奥に追いやられた古いガラケータイプの携帯コーナーで、鷹緒は携帯電話を手に取る。

「ええ? スマフォにしようよ。お揃いじゃなくてもいいから」

 沙織はそう言いながら、鷹緒についていった。しかし鷹緒は、一向にその場から動こうとしない。

「なんかこっちのが落ち着くっていうか、ボタン押してる安心感が……」

「なにそれ。考え古いなあ」

「うるせえ」

「スマートフォンは初めてですか?」

 喧嘩しそうな鷹緒と沙織の間に入って、店員が話しかけてきた。

「いえ、海外ではスマートフォンだったんだけど、最近またこっち使ってたから、出来ればこっちのタイプのが慣れてるっていうか……」

「スマフォ初めてじゃないんでしたら、今後の主流はやっぱりスマフォになりますし、今買い替えるのもいいかと思いますよ。スマフォのほうが割引ききますし」

「うーん」

 鷹緒は考え込みながら、いろいろな機種に触れていく。

「もう。スマフォにしなってば」

「いいんだけど、ヒロも最近スマフォにしたんだけど使いこなせてない感じだし、ああいうの見ると、なんかなあ……自分も不安になる」

「変なの。鷹緒さん、簡単に使いこなしそうなのに」

 そう言われて、鷹緒は苦笑する。

「こんなんなら、契約する時に新しいの買えばよかったな」

 そう呟くと、店員がすかさず料金プランを見せてきた。

「いえ。初めてスマフォに乗り換えられるなら割引がききますよ。料金の面では、こちらのほうがお得かと」

「……ゴリ押しですね」

「最終的にお決めになるのはお客様です」

 店員の笑顔につられるように、鷹緒もまた笑って頷く。

「わかりました……」


 その後、立ち寄ったレストランで、鷹緒はスマートフォンとにらめっこして口を曲げる。

「やっぱり使い辛え……」

「買った早々、文句言わないの」

 そう言う沙織は、奮闘している鷹緒を見れて少し嬉しそうだ。

「日本のスマフォには絶対しないって決めてたんだけどな……」

「どうして?」

「海外の携帯は、こんなにたくさん機能ないもん。俺は電話かけられてメール出来ればいいんだよ。はあ……あの店員の笑顔に負けたな」

「なにそれ。仮にも彼女の前でそういうこと言う?」

 沙織の言葉に返事はせず、鷹緒は沙織を見つめる。

「なあ、テストしたいからメール送って。なんでもいいから」

 普通の感じで言われたので、沙織もまた頷いた。

「いいよ。じゃあ……」

 “スマフォに機種変おめでとう”と打って、沙織はメールを送った。

 すぐに鷹緒のスマートフォンが鳴って、鷹緒もまたメールを打ち始める。

「あれ? 打つの早いね」

「だからスマフォは初めてじゃないって言ってるだろ。使いやすくはないけど……」

 やがて沙織の携帯が鳴った。

 “明日早く帰れるけど、家来る?”

 唐突なまでのメッセージだったが、沙織は恥ずかしさもありつつ、嬉しそうに俯く。

「返事は?」

 反応を見て楽しんでいるかのような鷹緒に、沙織はそっと頷いた。

 そんな沙織を、今度は鷹緒がスマートフォンのカメラで写真を撮った。

「あ、やだ。そんな写真……」

「スマフォもいろいろ使えそうだな」

「だったら私も撮るもん」

「店出てからでいいだろ。いつでも撮れるんだし」

 宥められるように言われて、沙織は口を曲げる。

「鷹緒さん、今、スマフォにハマってない?」

「ハマってはいないけど、物も使いようって感じかな」

「じゃあ役立つアプリ、いっぱい教えてあげる」

「なんか明日はそれで終わりそうだな……」

「大丈夫だよ。夜は長いんだし」

 そう言ったところで、沙織は自分の言葉に真っ赤になった。

 目の前の鷹緒は案の定、不敵な笑みを浮かべている。

「ち、違う。そういう意味じゃなくて……」

「べつに俺は何も言ってないけど?」

「顔が言ってるよ!」

 ありふれた日常の中で、スマートフォンがもたらした二人の会話――。

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