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12-1. 続・未知数のカノジョ (1)

 第三話「未知数のカノジョ」より次の日――。

 その日、沙織は早朝からの仕事でクタクタになりながらも、夕方前に仕事を終えるや否や、鷹緒に電話を掛けた。今日の鷹緒は珍しく何もない休日だと聞いているが、そんな時に限って自分に仕事が入っていることがもどかしい。

『はい』

 受話器の向こうから、低い鷹緒の声が聞こえる。

「あ、鷹緒さん? 沙織です」

『ああ。終わった?』

「うん。今から出るところ」

『じゃあ事務所近くの本屋にいるから来られる?』

「ああ、あの大きな本屋さんね? わかった」

 沙織は電車に飛び乗ると、鷹緒が待つ本屋へと向かっていった。電車に揺られている間、逸る気持ちを抑えきれずにいる自分に照れてしまう。

 しばらくして、鷹緒が待つという本屋に入ってみたものの、大きな本屋のため、その姿は簡単には見つからない。だが鷹緒がいそうなところを探していると、フォト雑誌コーナーにいる一際背の高い人物に釘付けになった。

「鷹緒さん……」

 そう言って駆け寄ろうとした時、鷹緒はやってきた二人組の女子高生に声を掛けられていた。

「諸星さんですよね?」

 言われた鷹緒も、驚いて女子高生を見つめる。面識はないようだ。

「……そうですけど」

「やっぱり! BBの番組に出てましたよね?」

「ああ……」

 思い当たる節があり、鷹緒は苦笑しながら目を逸らす。最近、人気歌手グループBBの冠番組に出たおかげで、こうして知らない人に声を掛けられることもよくあった。

「やっぱり。超カッコイイ! 握手してください!」

「俺、素人なんだけど……」

「全然いいです!」

 大声の女子高生たちを気にして、鷹緒は早く終わらせようと、手を差し出した。

 そのまますぐに女子高生たちは去っていったが、鷹緒は視線を感じて振り返る。するとそこに沙織がいたので、鷹緒は苦笑した。

「おつかれ」

「おつかれさま……やっぱりモテてる」

 口を尖らせる沙織に、鷹緒は笑いながら溜息をつく。

「あれがモテてるとか言うんだ? やっぱBB効果はすごいな……」

 そう言いながら目の前のフォト雑誌をカゴに入れ、今度はカメラ関係の書籍コーナーへ向かう。鷹緒の持つカゴにはすでにたくさんの本が入っている。沙織はそのまま黙ってついていった。

「……怒ってる?」

 沈黙の鷹緒に、沙織が静かにそう尋ねる。

「怒ってるのはそっちだろ?」

 そう言われて、沙織は俯いた。仕事を終えてやっと会えたというのに、自分の一言で雰囲気を悪くしてしまったことが、たまらなく悲しい。

 その時、沙織の目に「監修・諸星鷹緒」の文字が映った。

「鷹緒さん!」

 突然大声を出した沙織に、隣にいた鷹緒は驚いて沙織を見つめる。

「なんだよ……静かにしろよ」

「ごめんなさい。だって、これ……」

 声をひそめながらも、沙織はその字が書かれた本を指差した。写真撮影の基礎が書かれているハウツー本のようだ。

「ああ……どうしてもって言われてやったことあるけど、結構前だよ? それに本なんて書けないから、技術面での監修だけっていう仕事だけど。ほら、著者は違う人だろ?」

 週刊や月刊のフォト雑誌でもそういう類の仕事はよくあるため、鷹緒にとっては珍しくもない。

「でもすごい……」

「そう? おまえのすごいは聞き飽きた」

 まるでハードルが低いかのように、沙織は鷹緒をおだててくる。そんな沙織に、鷹緒はただ笑ってやり過ごすと、更にいくつかの本を手に取って会計を済ませた。

「何食べる?」

 本屋を出るなり、鷹緒がそう尋ねた。

「なんでもいいよ」

「うーん。俺、和食な気分なんだけど」

「いいね。私もそういうの食べたい」

 さっきまでの気まずさはどこへやら、二人は笑いながら鷹緒行きつけの日本料理屋へと向かう。事務所近くのため手などは繋げなかったが、二人きりで食事出来るだけで沙織も満足だ。

「髪切ったんだね」

 少し雰囲気の変わった鷹緒に、沙織が言った。

「ああ。さすがに伸びきってたから」

「荷物多いけど、久々のお休みだったのに、ちゃんと休めたの?」

「うーん。午前中はたまってた洗濯物片付けて、午後は事務所寄ってちょっとだけ仕事して、あとは美容院と買い物かな。新しいカメラレンズとか欲しかったから……おまえは?」

「私は普通の撮影だから、特に変わったことはないかなあ。あ、でも今日は綾也香ちゃんと一緒の撮影だったんだ。やっぱりカリスマモデルって違うね。麻衣子もそうだけど、立ち居振る舞いっていうのかな……ポーズとか、何をしても可愛くて勉強になる」

「ふうん?」

 沙織の話に耳を傾けながら、鷹緒は軽く笑みを零して食事を続ける。目の前で嬉しそうに話す沙織が可愛いとも思う。

「そういえば、鷹緒さんも歩き方とか姿勢とかカッコイイよね。なにかレッスンとか受けたの?」

 純粋にモデルとしてのあり方を聞いている沙織を前に、鷹緒も真面目な顔をした。

「レッスンってほどじゃないけど、特訓はさせられたよ。三崎さんからね」

 またも出てきた鷹緒の師匠である三崎さんという人は、沙織自身はまだ一度も会ったこともなく、遠い存在である。

「三崎さんってすごい人なんだね。鷹緒さんにモデルになってもらいたかったのかなあ」

「うーん……というより、俺が悩んでたの知ってたから、いろいろやらせてたって感じはあると思うけど……おかげで今となっては本当に勉強になったと思ってるけどね。当時は大変だったよ」

 苦笑する鷹緒だが、どこか嬉しそうにも見え、沙織も微笑んだ。

 二人は食事を済ませると、レジへと向かう。

「払ってるから、先出てろよ」

 前の客でレジが詰まっていたので、鷹緒は沙織にそう言った。沙織は頷くと、一人外へと出る。明日は沙織のほうが休みなので、今日はこのままお泊りコースでいいのだろうか……と思うと、不覚にも顔が綻ぶ。

「小澤沙織だ!」

 その時、そんな声とともに、通行人の男性四人組が声を掛けた。沙織もモデルの端くれとしてよくあることだったので、とっさに頭を下げる。

「どうも……」

「うわー。生の沙織ちゃん、めっちゃ可愛い! 握手してもらってもいいっすか?」

「あ、はい……」

 鷹緒のことが気になったが断るわけにもいかず、沙織はその男性たちと握手をする。

「一人じゃないよね?」

 突然そう聞かれたので、沙織は頷いた。

「はい、あの……事務所の人と一緒で」

 聞かれてもいなかったが、言い訳でもするように沙織が答える。

「写真も一緒に撮ってもらってもいい?」

「写真ですか……」

 沙織は考えた。その場によって答えることは違うのだが、今は撮ってほしくないと思う。

 そこに、鷹緒がやってきた。

「お待たせ……」

 鷹緒の登場に、男性たちは沙織を見つめる。

「この人が会社の人? 彼氏なんじゃないのー?」

 からかうように言う男性たちに、沙織は目を泳がせる。だがそんな沙織の前に、鷹緒の手が遮る。見ると鷹緒は、男性たちに名刺を差し出していた。

「どうも。WIZM企画プロダクション企画部の諸星です。うちのタレントが何か?」

 笑顔でも強気な態度の鷹緒に、もはや男性たちも突っ込む隙すらない。

「ああ、本当に会社の人だったんスか……いや、ごめんね。俺らファンだから、これからも応援してるよ」

「ありがとうございます」

 沙織がお辞儀をすると、男性たちは去っていった。

「なんだ、ファンだったのか。からまれてるのかと思った」

「半分そうだけど……」

「おまえの言葉で言うと、モテるんだな」

「今のは違うよ……」

 と言いかけて、さっき自分が鷹緒に言ったことを後悔した。

「ごめんなさい……」

 続けて言った沙織に、鷹緒は苦笑する。

「今日は帰る? うち来る?」

 そう言われて、沙織が選ぶのはまだ恥ずかしい。

 と、言い出す前に悟ったのか、鷹緒は軽く沙織の肩を抱いて方向転換した。

「じゃあ、うちに来るんでいい?」

「……うん」

 いちいち赤くなる沙織が可愛くて、鷹緒は沙織の頭を撫で、先に歩き始める。沙織のファンもいるので、繁華街で大っぴらに手を繋いだりはほとんどしない。

「今日は早く終わったから、まだ早いね」

 沙織が言った。今日は鷹緒が休みということもあり、二人には信じられないくらい早い時間だ。

「確かに。いつもこの時間、食事すら出来てないもんな」

「鷹緒さんの明日の予定は?」

「明日は撮影入ってるけど、比較的早く終わると思うよ。おまえは休みなんだっけ?」

「うん。昼間は学校あるけどね」

「久々に学校なんて聞いたな……真面目に通ってんの?」

「失礼だなあ。でもうちは単位さえ取れれば出席日数とかあんまり関係ないんだよね」

 そう言う沙織は短期大学に通っているが、芸能系なのであまり縛りはない。

「ふうん。そうか、おまえのが学歴上になったんだなあ」

 ふと気付いて呟いた鷹緒に、沙織もその事実を初めて認識した。

「そうだね……でも知ってる通り、うちの短大はあんまり将来とか意味ないよ? お母さんが、とりあえず行っといたほうがいって言うから行ってるだけで……」

「うんまあ、俺は今となっては早めにプロになれたからよかったと思ってるよ。そうでなくとも高校すら行く気なかったから、大学なんてな……」

「もったいないなあ。頭良い学校通ってたのに……大学付属でしょう?」

 またも古い話に、鷹緒は苦笑する。

「何年前の話だよ……」

「だって……私は今、学生なんだもん」

「まあね。でもこの間ノート見せてもらったけど、俺でもわかるレベルってひどくねえ?」

「もう。この間見せたのは英語でしょ。英語が得意な鷹緒さんからしてみたら、そりゃあ低レベルかもしれないけど……しょうがないじゃない。それとも馬鹿って言ってる?」

「馬鹿に馬鹿なんて言わないよ」

「もう!」

「あはは。冗談だよ」

 車で鷹緒の家へ向かうと、二人はエレベーターの中でやっと手を繋いだ。

「もっと高層マンションだったらなあ」

 今よりも高層ならば、もっと長く手を繋いでいられる。沙織のそんな言葉に、鷹緒はそっと微笑む。

「そう? 早く着けば、手繋ぐ以上のこと出来るよ」

「エッチ」

「誰が」

 じゃれ合うようにエレベーターを降り、鷹緒は鍵を取り出しながら先を歩き始める。すると突然鷹緒が立ち止まったので、沙織は勢いで鷹緒にぶつかってしまった。

「もう。急に止まらないで……」

 沙織がそう言うものの、鷹緒は微動だにせず、やがて口を開いた。

「恵美……」

 その言葉に、沙織は鷹緒によって塞がれた向こう側を覗き込む。すると鷹緒の部屋の前では、小さくうずくまる恵美の姿があった。

「パパ!」

 立ち上がった恵美は涙に濡れていた。鷹緒は恵美に駆け寄ると、腰を落としてその顔を見つめる。

「どうした? 一人で来たのか?」

 恵美は何も言わず、立ち止まったままの沙織を見て、そっと口を開いた。

「……パパ、沙織ちゃんと付き合ってるの?」

 それを聞いて、鷹緒は静かに頷く。

「うん……とにかく中に入ろう」

「ううん……いい」

「俺に話があるんじゃないのか?」

「……ちょっと顔見たかっただけなの」

 子供心に気を使っているのが痛いほどわかり、鷹緒は恵美の頭を撫でた。

「いいからおいで。いつから待ってたんだ? 冷たくなってるじゃん」

 そう言いながら、鷹緒は部屋のドアを開ける。そのまま入っていく恵美の後ろで、沙織は戸惑いながらもそれに続いた。

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